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リアクション
◆夜の部
目移りしても、結局はあなたのため
「はぐれないように、手を繋いでもいい?」
と愛する者に言われたら、たいていの人は断れないだろう。
月崎 羽純(つきざき・はすみ)もそうだった。
そうして遠野 歌菜(とおの・かな)の歩調に合わせてフリーマーケットの賑わいの中を歩いていたはず……だった。
「羽純くん、あっちに行ってみよ……ううん、やっぱりこっち!」
右から左にぐいっと方向転換する歌菜。
引っ張られた羽純の手が、ありえない方向に曲げられそうになる。
「ま、待て歌菜!」
「早く早く! 掘り出し物がなくなっちゃうよ!」
「わかった。わかったから手を……」
「あ、手ね。羽純くん、迷子になっちゃダメだよ」
握り直された手は正常な繋ぎ方になっていたが、言われたが釈然としない羽純。
それでも歌菜の手は離さずについていくと、そこのブースでは台所用やお風呂用の掃除道具が売られていた。
「これはもしや、お中元とかの……?」
「そうなんです。内緒ですけど、うちじゃ使わないメーカーのなんで……」
店の主が遠慮がちに言った。
「じゃあ、これください! これで少しは家計の助けになるかな」
「歌菜、買うのはいいがまだ他も回るんだろ。かさばるぞ」
羽純に言われた歌菜は、ハッとして今日の戦利品を入れるための袋を見た。そして、周囲のブースも。
困り顔で歌菜が羽純を見上げると、彼は小さくため息をついて店の主に取り置きはできるか尋ねた。
「すみません、取り置きはできないんです」
「そうか。それなら俺が持とう」
「ありがとう、羽純くん」
二人は店の主に会釈して、次はどこへ行こうかと話し合いながら歩き出した。
行き先はすぐに決まった。
歌菜が目ざとくレース細工のブースを見つけたからだ。
オアシスから来たと思われる母子が出していた。
「うわっ、かわいい! 見て、羽純くん。すごく細かいレース! 手作りなんですか?」
「うちのオアシスに伝わるレース編みよ」
「伝統工芸品ですか……!」
幾重にも重ねて作られた花びらにリボンをつけた髪飾りに、歌菜はうっとりと見入っていた。
すると、羽純がそれをひょいと持ちあげ、
「いくらになる?」
と母親のほうに聞いていた。
「羽純くん、買ってくれるの? 嬉しい!」
「そんなよだれ垂らしそうな顔して……連れとして恥ずかしいから」
「よ、よだれなんて垂らさないよ!?」
と言いつつも、口の端に手をやる歌菜。
羽純はその慌てぶりに笑みをこぼし、買った髪飾りを歌菜につけようとした。
「じっとしてろよ」
羽純は、ピンの部分を開いて歌菜の髪に挿した。
「よく似合ってるわ」
店の主に褒められ、歌菜は照れくさそうに笑った。
その次に目をつけたのはリメイクした古着を置いているブースだった。
古着と言っても、ほとんど着ていないように見えた。
「ちょっとワイルドなデザインが多いね。──あ、これなんて羽純くんに……」
歌菜は、手にした服を着た羽純を想像した。
やや攻撃的な服装の羽純から醸し出される、ワイルドな色気……。
ふと見ると、この服は対になっていて、レディス用としてワンピースがあった。
二人でこれを着て、並んで歩く。
(いいかもしれない……!)
「また締まりのない顔をして……」
「ひゃっ。い、いひゃい」
羽純の指がむにっと歌菜の頬をつまむ。
「今度はそれか? いいんじゃないか。似合いそうだ」
「やった!」
羽純は、ワンピースが歌菜に似合いそうだと言いたかったのだが、喜ぶ歌菜は一緒に着てくれるものと受け取った。
思った以上に素敵な買い物をしてご機嫌な歌菜の足取りは軽い。
「次なる出会いは……あれ?」
歌菜は、パートナーや恋人募集として自分を売りに出しているコーナーに気づいた。
清楚な女性、色気のある女性、元気で健康そうな女性……。
そのうちの一人がこちらを見てにっこりと微笑んだ。
「羽純くん、あっちは近づいちゃダメです!(あの女の人、絶対羽純くんを見てた!)」
「あぁ……そうだな」
この時、羽純は羽純で、パートナー募集中の男性の何人かが歌菜を見ていたことに気づいていた。
羽純は彼らを一瞥し、歌菜の肩を抱き寄せてこのコーナーから離れたのだった。
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