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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●Epilogue――新しい命

 金元 シャウラ(かねもと・しゃうら)は今、幸福のゲージが振り切れた状態にある。
 金元 ななな(かねもと・ななな)との結婚生活が順調であること、そればかりか、春先に彼女の妊娠が判明したこと、それが主たる理由だ。
 つまりもうすぐ、シャウラは父親になるのだ。
 聞いてほしい。それを言う権利のある者だけが許された、この至福の言葉を!
「信じられるかよ、俺がパパになっちゃうんだぜ〜」
 このときシャウラがめろめろな表情であり口調であったのは、万有引力の法則なみに当然のことであった。
 それからの数ヶ月、シャウラは口を開けば、
「男の子かなあ、女の子かなあ、ちっちゃいんだろうなあ」
 と顔面土砂崩れ状態で言うハッピー野郎っぷりで、長年の友人であるナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)とて、「まったくこりゃ付ける薬がねぇなぁ」と苦笑するしかない状態であった。
 一方、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)には気がかりなこともあった。
 妊婦のなななが、
「M76星雲人は、特定の超音波に弱いんだ!」
 などと珍説をもちだして、頑としてエコー検査を受けようとしなかったからである。
「いや、最近のエコーは決して有害なものではなく……」
 と言ったりして説得をはかったものの、お腹をかばうようにしてななながイヤイヤを繰り返すので、まったくどうしようもなかった。
「エコー検査は赤ちゃんの状態を知るために大切なものです。たしかに、性別が事前にわかってしまったりもしますが、それは検査する側が黙っていればいいだけのこと。最初は目立たなかったお腹が、どうもこのところ急に大きくなりすぎているような気もしますし……まあこれは成長が早いだけかもしれませんが……やはり調べておいたほうが……」
 ユーシスはシャウラに対しては、理を尽くして話したのであるが、
「いやあ、でも、なななが嫌っていうものを無理にするのもなあ……」
 と彼は乗り気にならず、結局、それ以外の定期検診だけで進めることになってしまった。そのことが、気がかりなのである。
 ――とはいえ、今のところ母子ともに健康のご様子……。まあ、人類史においてエコー検査ができるようになったのはごくごく最近で、そんなものがなくてもちゃんと人間種族は数を増やしてきたわけですから、いいとしましょうか。
 そんなこんなで、夏も終わりに近づいたこの日のことである。
「ゼーさん」
 なななが言った。正確にはもう、シ超音波ウラの旧姓にもとづく『ゼーさん』はおかしな呼称ではあるが、つい彼女は癖でこう言ってしまう傾向があった。
「うん?」
「産まれそうかも」
「うまれ……? ええええええ!??」
 まだ九ヶ月、そろそろ臨月とはいえ、ちょっと早い時期ではある。
 しかもなななはケロっとしているのだ。まあ、妊娠中がはっきりわかってからも安定期には、創造主に向かう人々の援護に参戦しちゃうくらいのパワフルさが彼女にはあったわけで、いざというときにこれほど落ち着いていてもおかしくはないわけだが。
「ま、ま、マジ?」
「たぶん」
 なななは苦しくなってきたのか、やや声がかすれていた。それでもシャウラに心配かけまいと、気丈に振る舞っている様子であった。
 気丈でいられないのはシャウラのほうだった。
「きゅっきゅきゅっきゅ救急車!」
 座っていた椅子から転げ落ちると、生まれたての子牛のようにガクガクしながら、電話のところに這っていこうとした。
「おいおい、うろたえすぎだろ」
 ななながメールしていたらしい。ちょうどそのとき玄関からナオキが入ってきた。
「救急車? 慌てるな、こういうときはタクシーのほうがいい。目指すのは救急病院じゃなくて、普段通ってた総合病院の産科なんだからな」
 狼狽120%のシャウラを尻目に、ナオキはてきぱきと電話でタクシーを呼んだ。
 すぐにタクシーが来て三人は乗り込む。
 そのとき、いいタイミングでユーシスが到着していた。
「私は、保険証と当面の着替え類や日用品等をもって後から行きます。家の鍵もかけておきますよ」
 そんなユーシスに送り出され、タクシーは病院を目指したのである。
 到着してすぐ、なななは分娩室に入ることになった。
「ま、まだ早いんじゃないか……早産だけど大丈夫なのか?」
 シャウラは気の毒なくらい青ざめている。
 分娩台に乗った当事者でありながら、なななのほうが彼を落ち着かせるように言った。
「大丈夫だって、ゼーさん。一ヶ月早産ならよくあることだって聞いてるし、子に障害が起きる可能性も、十か月児とあんまり変わらないようだよ」
 陣痛がはじまっているだろうに、なななは痛いとも言わない。母は強しというものだ。
 このときにはもう、ユーシスも到着している。
「医師に聞きました。やはり本日中の可能性が高いようです」
 まさか出産になるとは――という内心の驚きは、表に出さない。
「じゃあ行ってこい! 出産付き添いか……戻ってくるとき、お前はもうパパだ!」
 ナオキはそう言って、シャウラを分娩室に送り出した。
「ラ、ラマーズ法とかで横でやんなくていいのか? ひっひっふー、ひっひっふー」
「ゼーさんテンパりすぎ。この病院じゃやらないみたいだよー」
 分娩室で最初に、ふたりがかわした会話がこれだ。
 一時間経った。
 寄せては返す陣痛に、とうとうなななも、うめき声をあげ始める。それでも大騒ぎするというよりは、
「ゼーさん……お願い……!」
 と、シャウラに手を握っていてくれるよう、頼んでひたすらに耐えていた。
 ところがこのとき、シャウラにとって衝撃の報せが医師よりもたらされたのである。
「え……っ、切開ってなんだよ?」
「帝王切開」
 ななながそっと言ってくれた。
 つまり出産するのにメスを使うということだ。
 一瞬、血の気が引いたシャウラであるが、彼には底力がある。
 ――ここで俺がうろたえてちゃダメだ……パパになるんだからな!
 しゃんと立って、彼は医師に頭を下げたのである。
「お願いします」

 やがて、
「産まれた!」
 ナオキとユーシスは顔を見合わせ、思わず待合のベンチから立ち上がっていた。
 あれはたしかに赤子の泣き声だ。
「すごく元気らしい! 何人分だよってくらいの声だな!」
「ええ! 男の子でしょうか、女の子でしょうか!?」
 ……両方であった。
 正確には、男の子三人と女の子一人。
 四つ子だったのである。
 シャウラ一人では全員抱けないので、彼が最初に産まれた男児を抱っこし、つづけて三人の看護師が、ずらっと並んで子ども『たち』を披露してくれた。
「そりゃ……何人分だよってくらいの声だよな」
 ははは、と生命の神秘に圧倒されながらもナオキは笑った。
「ああ、なので切開……」
 産まれたばかりの赤ちゃんというのはあまり泣かないものだ。ぱっちり目を開けた四つの顔を順々に見て、ユーシスも感無量の様子である。
「まだ湯気が立ってる感じでクシャクシャですね」
 いずれの子もやや小さめだが、未熟児室には入らずにすむかもしれない、とのことだった。
「触っていいか?」
 と断って、ナオキがちょんと触れた赤ちゃんの頬は、ぷにぷにしっとりとした感触だった。
 ナオキの肩には『宇宙刑事ポムクルさん』たちがいて、
「「ちっちゃいのだー」」
「「可愛いのだー」」
「「宇宙刑事になるのだ?」」
 などと快哉をあげているのだった。
「助かったよ。みんながいてくれて……ありがとう」
 ここでようやく、実感が湧いてきたらしい、シャウラは半分泣きそうな顔をしている。
「礼なんていらないよ」
 それには気づかないふりをして、
「どうだい、パパになった感想は?」
 握り拳を作ると、ナオキはシャウラの肩を軽く押した。
「心配事が……あるんだ」
「なに?」
「どうしたんです?」
「名前……四つもどうしよう!」
 切実な声であった。
「あー……」
「まあ……二週間以内、だっけ? ゆっくり考えたらどうだ?」
 そのとき分娩室からシャウラを呼ぶ声がした。なななの処置が終わったらしい。
 ――名前のことは、とりあえず置いておこう。
 シャウラは振り返った。
 まずは妻に見せようじゃないか、四つの宝を!



 ――『思い出のサマー』 了
 

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 ご参加本当にありがとうございました! マスターの桂木京介です!

 みなさんの気持ちがギュッとつまったアクションを、いただけて誠に光栄です。
 こちらもできるだけお応えすべく、手抜きせず全力で書きました。
 多分終わったら、私はぶっ倒れてしばらく寝込むでしょう……いやあんまり、冗談ではなくw
 ご感想をいただければ、これに勝る喜びはありません。

 夏の日常系シナリオとしては、最後の一作となりました。
 ですが、これはあくまで『夏の日常系シナリオ』のラストです。
 桂木はまだ、シナリオを用意しています。

 それでは、あなたとはまた次回シナリオでお目にかかりたく思っております!
 お待ち申し上げます。桂木京介でした。


―履歴―
 2014年8月16日:初稿
 2014年8月18日:改定第二稿
 2014年12月2日:改定第三稿