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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

 さすが躾の行き届いた令嬢達が通う百合園女学院と言うべきか。
 シニフィアン・メイデンというアイドルユニットとして活動し、それなりに顔も知られている二人が通っても騒ぎ立てたりはしなかった。
 皆、歓迎の微笑みで優雅に会釈をしていく。
 これがパラ実だといかついナリの男達に囲まれて、下手すると触ってこようとする。
 居心地の良い空間のおかげで、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)も安心して花火鑑賞をすることができていた。
 この花火大会のために二人は浴衣を揃えた。
 小花に笹の葉の柄で、さゆみは暖色系、アデリーヌは寒色系と対になっている。
 おもしろいのは、二人が浴衣を交換して着ても印象は変わらないことだ。
 さゆみはかわいらしい感じに、アデリーヌは大人っぽい感じにまとまる。
 空京大学のスペースで、二人は自然と手を繋いで花咲く夜空を見上げていた。
 ふと、さゆみの脳裏にパラミタへ来てからの五年間が蘇る。
 アデリーヌと出会ったのは、雨の日の公園だった。
 その頃のアデリーヌは、精気の抜けた抜け殻のような存在だった。
 生きながら死んでいるような姿についに我慢できなくなったさゆみは、出会ってから二年目、パラミタに渡ることを提案したのだ。
「ぼんやりして、どうしましたの?」
 不意に呼びかけられ、さゆみはハッとした。
 あの頃とは違うしっかりした瞳で、アデリーヌがじっとさゆみを見つめていた。
「何かを思い出していましたの?」
「うん……アディと会ってから今までのことを、少し」
「そう。──ふふっ、いろんなことがありましたわね。わたくしにパラミタへ行こうと言ってくださったものの、ご両親が出した条件が蒼空学園へ入ること……でしたっけ? あなた、泣きながら勉強してましたね」
「な、泣いてないわよっ」
「あら、半泣きだったかしら」
「だから泣いてないってば! もう、受験生に泣いてる暇なんてないんだから。涙なんてこぼしてる余裕があるなら、数式の一つ、文法の一つでも頭に刻み込むの!」
「今も刻まれているのかしら?」
「……あ、当たり前よ」
 目をそらしてしまったさゆみに、アデリーヌはくすくすと笑った。
「あなたの努力のおかげで今のわたくしがありますの。深く感謝していますわ」
「そんな改まって言われると照れるわね……」
 もぞもぞと体を動かして座り直すさゆみを、アデリーヌが愛しそうに見ている。
 酷い話だが、さゆみに出会ったばかりのアデリーヌは、亡くした恋人の面影を持つ彼女を身代わりのように思っていた。
 心の穴を埋めるためにすがろうとしていた。
 けれど今は違う。
 さゆみをさゆみとして見て、愛している。
 かつては寿命のない身を激しく呪ったこともあったが、今は穏やかに受け入れている。
 寿命という観点で言えば、いつか必ずさゆみはアデリーヌより先にいなくなる。
 けれど、それを悲観せずにその時まで二人で過ごした時間をたくさん残したい。
 アデリーヌはそう思っている。
 さゆみも同じ想いだった。
 アデリーヌと過ごす時間は、楽しいものも、腹立つものも、泣きたくなるものも、全部彼女への贈り物だと。
「ま、あの猛勉強も、今となってはいい思い出よ」
「卒業論文もがんばりましょうね」
「勉強から離れようよ、アディ……」
 アデリーヌは困り顔のさゆみの頬を、楽しそうに微笑みながら軽くつついた。


 流しそうめんの時はすれ違ってしまったチョウコと舞花は、蒼空学園のスペースで再会した。
「会場設営ご苦労さん」
 と、チョウコが炭酸飲料の缶を舞花に渡す。
「契約情報サービス、役立ってるみたいだな。移住希望者はまず問い合わせるんだって?」
「ええ。至らないところもありますが、少しでもお役に立てているなら嬉しいです」
「荒野のすべてを把握しようとは思わなくていいんじゃないかな。主要なところだけでさ。そのほうが何かあった時あたし達も支援しやすいし。……っと、今日は仕事の話はナシだ。花火大会だもんな。舞花は好きなあるか? あたしは、やっぱ派手なやつだな」
「ふふっ。チョウコさんらしいですね」
 それから話題は御神楽夫妻の子、陽菜のことに移っていった。

 舞花とチョウコからほど近いところでは、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が寄り添って花火を見上げていた。
 二人の間に特に会話はないが、それでも充分居心地が良い。
 陽太が目だけで環菜を覗うと、彼女は物思いにふけるような顔で夜空を眺めている。
 何かに想いを馳せているようだと陽太は察した。
 それにつられるように陽太の想いも2020年へと遡る。
 当時の彼は、やはりヴァイシャリーの花火大会に招待された環菜の送迎兼護衛で訪れた。
 その時は環菜と同じ花火を鑑賞した気分だったのが、今となっては少し恥ずかしい。
「……何をニヤニヤしているの?」
 環菜の声に我に返ると、不審な目を向けられていた。
「ニヤニヤなんて……ちょっと、昔のことを思い出していただけですよ」
「昔のこと?」
「四年前のヴァイシャリーの花火大会のことです。環菜は覚えてますか?」
「あなたは送迎係だったわね」
 やっぱりそれくらいの印象ですよね、と陽太は苦笑する。
「それがどうかしたの?」
「いえ、その通りなのでいいんです。ただ、俺達の関係は大きく変わったけど変わらないものもあって、きっとそれは永遠に変わらないんだろうなって思ってたんです」
「何だか漠然としてるわね」
「そうですね……この気持ちを、はっきりした言葉や数値で表すのは難しいですから」
「そう。そういう時はね……」
 ふわりと陽太の手にあたたかいものが重ねられる。
 環菜の手だ。
 自分でやっていて恥ずかしくなったのか、環菜は花火だけを見上げた。
「あなたなら、こうするんじゃない?」
 ぼそぼそと呟かれた言葉に、陽太の口元に自然と笑みが浮かんでいく。
 陽太は環菜の手を一瞬強く握り返すと、その手を外して彼女の肩を抱き寄せた。
「すみません、勘違いしてました。変わらないものはもっと深く強くなってました」
 環菜は返事の代わりに陽太の肩に頬を寄せる。
 陽太もそれ以上は何も言わずに花火を見上げた。
(環菜にとっても、俺の隣が幸せな居場所になっていたら嬉しいな)
 そんな願いを抱いた。