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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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 百合園女学院の更衣室から、赤い牡丹の花をあしらった浴衣を纏った女性が出てきた。
 軽やかな足取りで、彼女は昇降口に到着をした。
「ファビオさん!」
 そこには、壁に寄り掛かって彼女――橘 美咲(たちばな・みさき)を待っていた男性がいた。
「どうでしょう?」
 彼の前に到着すると、美咲は軽くくるりと回って、自分の浴衣姿を見せる。
「可愛いよ」
「……綺麗ではなく?」
 美咲は少し悪戯気な顔で問う。
「綺麗だよ……とっても似合ってる」
 ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)は少し照れながら言った。
 そんな彼の姿に、彼の言葉がお世辞ではないと解って。
 美咲はすっごく嬉しそうな笑みを浮かべる。
「今度はファビオさんも浴衣で!」
 並んで歩きながら、美咲はファビオを見上げて言った。
 今日の彼の格好は、ベージュのパンツに、ブラックのTシャツ、シルバーのネックレスに黒のブーツだった。
 特別な日でない、普通のデートの装いだ。
「浴衣……似合うかな?」
「似合いますよ! というか、似合うのを選ぶんです。翼、出せるものが良いでしょうから、オーダーメイドで。生地や柄選びから、一緒にお店を回って選ぶんです」
「それじゃ、来年の夏に間に合うように、早い時期から探さないとね」
「はい!」
 2人は、微笑み合って並んで歩き、校門付近の屋台を回っていった。
 美咲はりんご飴と、綿菓子を買い、ファビオはたこ焼きと焼きそばを購入し、交換して食べながら屋上へと向った。
 ファビオはいつものように優しい笑みを美咲に向けていたけれど……ふとした拍子に、笑みを無くしてどこか遠くを見ていた。
 屋上について、花火が始まって。
 皆が空を見上げている時も――時折、1人花火ではなくもっと遠くを見つめる眼をしていた。
「なんくるないさー」
 花火を観ながら、美咲が軽く口ずさむように呟いた。
 ファビオが不思議そうな目を、美咲に向けてきた。
「日本の沖縄の方言です。意味は『人として正しい事をし、誠実に生き、懸命に努力をしながらやれるところまでやったならば、後は何とかなる。きっと上手くいく。そう信じることだよ』という想いが込められた言葉です」
「……」
「なんくるないさー」
 美咲は笑みを浮かべながらまた口ずさんで。
「負けないで行きましょう」
 と、ファビオに笑いかけた。
 ファビオの上司のような存在のラズィーヤが行方不明で、世界の情勢も落ち着かない状態だから。
 彼がそのことを気にして今を楽しめていないのだと、美咲は解っていた。
「……」
 ファビオは軽く微笑んで。

 パーン、パン、パパパン

 空に浮かぶ光の花を見つめて。
 それから再び、美咲に視線を戻した。
「……美咲ちゃんは、空の星々よりも、派手に咲く花火よりも、綺麗にいつも輝いてる」
 ありがとう。
 そう囁きながら、ファビオは少し躊躇しながら美咲を抱き寄せた。


 来賓を特等席に案内した静香が、テントで一息ついていると……。
「キャー、静香校長せんせー☆」
 突如黄色い声?が響いた。静香が振り向くと、そこには早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に小突かれるヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の姿があった。
「お前がそんな調子じゃおかしいだろう、今や公然の事かも知れないけれど…」
「あうぅ……わかってるよー。静香校長せんせーこんにちはー」
 しゅんっとしながらヘルは挨拶をして、呼雪の後ろからついていく。
「お久しぶりです」
 静香に近づいて、呼雪は軽く頭を下げた。
「今宵はお招き頂き、ありがとうございます」
「うん、来てくれてありがとう。楽しんでいってね!」
 静香は呼雪に笑みを向けた。
 静香と呼雪はこれまで深い親交こそなかったが、呼雪はパートナー達とこのような静香が主催するイベントに参加したり、ロイヤルガード時代、行動を共にしたことがあった。
「よかったらここ、どうぞ」
「わーい、静香校長のとなりー♪ ……冗談だってば」
 静香が勧めた席に割りこもうとしたヘルは、呼雪に冷たい目で見られて、すごすごと身を引いた。
「失礼します」
 呼雪が静香の隣に腰かけて、その隣にヘルが腰かける。
「どうぞ」
 教師の祥子が冷たいお茶を2人に入れてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがと♪」
 礼を言って受け取り、一口飲んでから呼雪は静香に語りかける。
「種族も身分も、立場も関係なく集まって、争うことなく皆で同じ催しを楽しめている。
 ……素敵な企画を、いつもありがとうございます」
「こちらこそ、参加してくれて本当にありがとう。僕は1人じゃ何もできないから……百合園の皆や、こうして呼びかけに応えてくれる人達のお蔭で、ここで生きていられるんだ」
 静香の言葉は、少し寂しげだった。
 静香の繊細な心と、儚げな表情に呼雪は気付いていた。
「以前から、桜井校長とお話しをする機会が持てたらって思っていたんです」
 静香の事情については、友人や関わった事件、風の噂で聞き及んでいる。
「俺と同い年なのに急に女子校の校長をやる事になって、とても大変だろうなと思っていました。
 でも、あなたが戸惑いながらもあなたなりに頑張っている姿も、耳に届いていたものです」
「はははは……頑張ってるつもりなんだけれど、僕はホントダメなままで……」
「いいえ」
 静香の言葉に、呼雪は首を横に振った。
「いざという時に立ち向かったり、気弱でただ守られているだけの存在ではなく、内に強いものを秘めている人だと感じていました。
 どんなに辛い事があっても校長を続けてきた事も」
「今まで僕にはそれしか道がなかったから。でも……」
「この観賞会を企画されたことから、これからも、ご自身の意思で続けるつもりだということも分かります」
 呼雪の言葉に、静香は気弱であったが笑みを浮かべて頷いた。
「俺は……出来ませんでした。
 例え人に評価されても、自分としては至らない事ばかりで、『もっとこう出来なかったのか』『別の道はなかったのか』と悔いばかりが残っています」
「僕の方こそ何も出来てないよ。何か出来ていることがあるというのなら、それはラズィーヤさんが上手く僕を使ってくれていたからで……。僕なんか、後悔しようにも、やっぱり自分にはどうにすることも出来なかっただろうな、という諦めばかりで……」
 苦笑しながら静香は言う。呼雪は穏やかな目で静香の言葉を聞いていた。
 それから、空に浮かぶ光の花、テントで働く百合園や関係者たち、集まった人々を見回して。
「桜井校長が、この景色を支えているんです。
 ラズィーヤ様は沢山のものを背負っていらっしゃいましたが……。あの方がパートナーに選んだだけの事はあると思います」
「綺麗だよね、皆とっても幸せそうだし!」
 空を見上げ、人々を見ながらヘルもそう言った。
「ありがとう」
 2人に向けた静香の微笑に少しだけ強さが生まれた。
 こくりと頷いて、呼雪はヘルと共に立ち上がる。
「それでは、また」
「うん、今日は楽しんでいってね」
 静香も立ち上がって、2人を見送る。
 会釈をして呼雪とヘルはテントを後にして、花火が行われている方向とは逆の――夜景が良く見える場所へと歩いていく。
「5年か……思い返すと胸の痛む事ばかりだな……」
 呼雪のそんな呟きに、ヘルの表情も曇っていく。
「楽しい事だって沢山あった筈なのに」
 手すりに腕を置いて、呼雪は夜空と街を眺める。
(呼雪の思い出が、まっ黒な穴だらけになってしまってる……)
 ヘルは泣きそうになりながら、手すりの上の呼雪の手に自分の手を重ねた。
「僕には期待していいよ!? 絶対裏切ったりしないから!」
 強く真剣な目で言うと。
 呼雪はしばらくヘルの目をじっと見つめて。
 何も言わず、ただ、瞬きをして。
 重ねられたヘルの手に、指を絡めた。