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黄金色の散歩道

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無名と無貌


 ここはパラミタ内海中央部、幾つもの青が織りなす“原色の海”(プライマリー・シー)
 三つの旗の部族が集い治める地域、そして……とある守護天使の青年の故郷。
 どういうわけだか、一人の少女が彼を訪ねてはるばるシャンバラからやってきていた。一見するとスラヴ系の少女に見えるが、背中に生えた翼が、彼女が光翼種のヴァルキリーであることを示していた。
 ふわっとした印象の少女の、けれど落ち着いた瞳がシャンバラとの入り口、交易都市・ヴォルロスの道を見回している。
 そして雑踏の中に彼を見付けて……手を振った。
 彼は少女に気付くと軽く頭を下げると、雑踏の中を流されそうになりながらこちらに向かってくる。
 二年以上前に会ったきりだというのに、彼の印象は全く変わっていない――いや、印象というほどの印象もないのだが、例のどこか曖昧模糊としたフレンドリーな笑顔は変わっていないような気がする。
「こんにちは、アルカディア――アルカディア・ヴェラニディアさん?」
 少女は笑顔で言ったが、その実少し自信がなかった。
 一拍、二拍、三拍。時間を置いて、
「そうですよ」
 と彼が答えたので、ようやく安心して胸を撫で下ろした。
「よかった、これで間違っていたら切腹モノだものね。牢屋で会って以来だったけど、元気にしてた?
 名前で呼んで貰える様になったんだもの元気だよね。おめでとう!」
「ええ、ありがとうございます。確かヒルダさん、でしたよね」
 彼女は大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)のパートナーヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)
 なかなか名前を覚えられない守護天使と反対に、何故か顔を覚えてもらえないヴァルキリーである。
 平凡な二人にとって最初で最後の出会いが牢屋というのは珍しい経験だったが、勿論犯罪者仲間ではない。非合法な手段を用いて守護天使やヴァルキリーの翼(抜けたら消える光翼も、である)を集めて高級寝具に仕立て上げていた悪人グループに二人とも捕まっていたからだった。これも、ここヴォルロスでの出来事だ。
「そうだよ。本当はすぐにでもお祝いに来たかったんだけど、ちょっとドタバタしていて。はい、これはプレゼント。既に作ったかもしれないけど名刺と日本式の印鑑よ」
「あ、これはどうも。ありがとうございます。なんか耳が早いですね?」
 名刺と印鑑セットを渡すと、守護天使はペコペコしながらそれを受け取った。受け取って、おおーとか、これで名前もバッチリですね、とか言いながら物珍しそうに印鑑を眺めていたのだが……、
「あと、お土産に名前入りのケーキも持ってきたので一緒に食べましょ」
「え!?」
「なんか、そういうのって誕生日用のケーキしかないらしくて、余計な文字が書いてるけど気にしないでね。……そういえば、誕生日はいつなの?」
 遠慮とか色々でヒルダの語尾は消えかかっていたが、守護天使はそんなことは気にしていなかった。
 雷に打たれたような衝撃に貫かれ、固まってしまったからである。
 何故なら――彼の誕生日が設定されていたかどうかなど些末な出来事だった――女の子にプレゼントを貰い、名前入りのケーキでお祝いしてもらえ、更に誕生日まで聞かれたのだ!!
 名前を長年覚えてもらえなかったことを気にしていて、女の子にモテたくて女の子がいるとだいたいそのことを考えたりしていたりもする彼が生まれて初めてこんな状況に置かれたなら、誤解するに決まっている。
 例え、プレゼントがものすごく自己アピール用とか就活生に対する大学の就職課のようなビジネス的なものでも、誕生日じゃない日おめでとうケーキでも、それを悪いなと感じて気遣ったちょっとの興味と社交辞令だったとしても、である。
(……も、もしかして、ヒルダさんは僕のことを……!?)
 本当のところは、ヒルダは互いに“覚えてもらえない同士”の親近感を感じているだけなのだが。
「あっと、それでね。実はヒルダもね、もうすぐ顔を覚えてもらえるかもしれないんだよね」
「……だったら、ええ、僕もお返しをしなくてはいけませんね!!」
 守護天使は張り切って、ヴォルロスで樹上都市の人間が良く使っているという宿に案内すると、早速ケーキを食べた。
(女の子と二人でケーキ……!)
 誕生日おめでとうという文字が浮いていたが、そんなこと気にしていない。
 彼は食べ終えると、宿に行く前に近くの文具店に寄って買ってきた画材を取り出し、
「お礼なので、似顔絵を描きますよ!」
 と、申し出た。名刺のお礼のつもりである。
 ――ところで、アルカディアの仕事は、故郷の樹上都市の族長代理である父親の手伝いである。そして、趣味と特技は絵ではない。あんまり描かない。敢えて言うなら料理が特技……だろうか。
 守護天使は絵を描く。
 守護天使は絵が得意ではない。
 そしてヒルダの容姿は掴みにくかった。
 つまり……書いた絵は、ヒルダとは似ていなかったのである。
「……済みません、頑張ったんですが……。……あっ、そうだ! 空京のプリクラとかどうでしょう!?
 ……そうそう、どうせなら一緒に空京まで行ってプリクラ撮りませんか?」
「……それはちょっと。あっ、そうだ用事があるんだった! 似顔絵ありがとう! じゃあまた今度会おうね!」
 ヒルダは立ち上がると、似顔絵の紙を手に、ヒルダは慌ただしく店を去り、
「……あ、また今度……」
 守護天使はヒルダの背中を一人寂しく見送るのだった。