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リアクション
第7章 青年、夜空に舞いし
白百合団副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に、ティアレアとアルメリアは報告をした後、優子の指示に従い持ち場に向かった。
怪盗の予告時間まであと数時間に迫っており、家は緊迫した空気に包まれていた。
「では、侵入経路なども全く定かではないのね。盗まれたものも、厳重に管理されていたものは殆どないようだし。あとは……」
集った資料に目を通し、桜月 舞香(さくらづき・まいか)が分析していく。
「狙われた人は、ヴァイシャリーで中流。つまり身分のある裕福な家。場所には一貫性はなく、盗まれた品にも統一性はない。また、ヴァイシャリー以外でこの怪盗が騒ぎを起こしたという話はまだ聞いたことはない。これは一体何を表しているのかしら」
深く考え込むも、誰もすぐには答えを出せそうも無かった。
「ただ、持ち主にとって盗まれたものは大切なものであったことには、恐らく間違いはないみたいだから。この家でも、ご主人の大切な物の周りに分散して白百合団を配備すべきだと思うわ。警備兵だけでは数が全く足りないと思うし」
「私と白百合団に所属していない者は、主人が待機するリビングを守ります。窓は全て封鎖しているようですので、玄関、使用人口、非常口にの傍にもそれぞれ配備しましょう。……舞香、キミはどうする?」
「私も副団長のお傍に」
優子の問いに、ICレコーダーを手に舞香はそう答えた。本当は防毒マスクや対閃光眼鏡等も用意したかったのだが、それらのものは普通に店では売っておらず、白百合団はあくまで百合園女学院の生徒会の組織でしかないため、一般的な武器防具以外支給されることはなく、持ってはこれなかった。
これまでの怪盗の手口から、向こうから危害を加えてくることはないと考えているが、今回は舞香も含めこちらから攻撃をしかけようと考えている者もいるらしく、そうなると相手もどのような手段を講じてくるか予想が出来ない。
「あたし達は、外の警備を担当させていただきます。翼の有る種族ならば、飛び道具があったらよかったかもしれませんね」
一通り話を聞いた教導団の大神 愛(おおかみ・あい)が、パートナーの神代 正義(かみしろ・まさよし)に目を向ける。
「出来るだけのことはしよう。だが、何か裏がありそうだよな」
正義は腕を組んで、考え込む。
「今回狙われているのは、仲間でも、仲間の大切なものでもないが。見ての通り、ここには多くの仲間がいる。身を引き締めて対処するよに」
優子の凛とした声が響く。
白百合団と協力者達は「はい」と返事をついて、持ち場につくのだった。
「一帯に禁猟区を形成しました。光さんにも、はい」
リビングにて探偵帽を被った、ミニスカート姿のアイシア・セラフィールド(あいしあ・せらふぃーるど)が、パートナーの神薙 光(かんなぎ・みつる)に、禁猟区でブレスレットを作成する。
「ありがとうございます、お嬢様」
光はふかぶかと頭を下げる。
「お嬢様、屋敷内を調査した結果ですが、窓は封鎖したとはいえ、爆破系の能力を持っている人物ならば破壊することも可能でしょう」
「そうなのです。つまり、封鎖をして警備をしていても、逃げ場所は幾らでも存在してしまうんです」
アイシアは眉を寄せて、むむむっと考え込む。
「恐らく怪盗はここに現れますし、魔法や武器を使う前には必ず隙が出来ます。そこを押さえましょう」
「畏まりました」
アイシアの発案に、光は胸に手を当てて頭を下げた。
「副団長。休憩のことなんですけれど」
エプロン姿の高務 野々(たかつかさ・のの)が、優子に近付きその耳に何かを囁いた後、「お茶を淹れてきます」とキッチンの方へと向かっていった。
パン、パパン――!
予告時刻数分前、突如、頭上のシャンデリアが割れた。
降り注ぐガラスの雨に、女性達から悲鳴が上がる。
「落ち着いて下さい。動かなければ怪我はしません!」
ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)は咄嗟に声を上げる。
「武装していない者は物陰へ下がれ。ヴェロニカ! 壁際、割れていないシャンデリアの下だ」
優子の言葉に、ヴェロニカはガラスが乱舞していない場所――1つだけ無事なシャンデリアの方へと目を走らせる。
パン、と。
最後のシャンデリアが弾け、非常灯の薄い光の中に、ガラスの欠片が舞う。
その中に――闇の中から光の欠片が生まれていく。
派手なダンサーのような装いだった。
衣装には細かな宝石が散りばめられているようで、光を反射しキラキラと輝いている。
胸元ははだけており、噂どおり男性であることがひと目で解った。
身長は190cm近くと思われる。目の周りは変わったアイマスクで覆っており、暗さもあり顔は良く解らない。年齢は――若い。二十歳前後だろうか。
口元に軽く笑みを浮かべていることだけが感じ取れる。
「随分と女の子が多いね……。怪我、しないように下がっていてくれないか?」
ハスキーな声で青年は言った。
その言葉が終わるや否や、ヴェロニカが動いた。
「これ以上、近付けさせません!」
踏み込んで、ランスを青年に繰り出す。
「私達、ただの女の子じゃないのよ……っ」
横に跳んで避けた青年の元に、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が箒を突き出して行く。
「どうやって侵入したのかは知りませんが、すでにあなたは包囲されています。無駄な抵抗はやめて大人しく投降しなさい!」
橘 舞(たちばな・まい)が声を上げる。
青年は身軽にヴェロニカとブリジットの攻撃を避けるが、自ら攻撃を仕掛けることはなかった。
「誰にも人の大切な物を奪い盗る権利などないはずです。盗んだ物を持ち主に返して罪を償ってください。心から謝ればきっと皆許してくれますから!」
舞は叫ぶように言葉を続ける。心から訴えれば相手が極悪人の泥棒だとしてもきっと、想いは伝わるはずだと真剣に思い、信じていた。
「可愛いこと言うんだね。それじゃ全て終わ……いや捕まった時にはそうしよう」
青年はくすりと笑った。
「怪盗舞士グライエール! 一体、何が目的なの!? 何のために物を盗んでいるの!?」
白百合団の黒岩 和泉(くろいわ・いずみ)は、核心を問う。
目的が金ではないことはもう分かっている。単なる愉快犯なのか。それとも他に何か目的があるのか――。
「答えて、下さい」
犯行時に姿を見せるという事は、誰かに何かを伝えたいという何らかの意思表示だと、和泉は理解していた。
青年――怪盗舞士グライエールは、その問いに少しの間をおいた後、こう答えた。
「……世間を騒がせるのが、愉しいから」
舞士は軽く笑い声を上げた。
自嘲的と思える笑いだと、和泉は感じた。彼が口にした言葉が、真実とは思えなかった。
舞士がダンスのように、ステップを踏んで、攻撃を避けながら跳ぶ。
閉め切っているというのに、風が部屋を吹き抜けた気がした。
「っ……守りを固めろ」
優子は防衛に徹する。
風で舞い上がったガラスの破片が舞い踊る。
「避難して下さい!」
レッザ・ラリヴルトンが、ドアの鍵を開けて女性達を逃がそうとする。
人が多く集っているため、部屋の中には隠れられる場所が殆どなかった。
皆、身体を覆って蹲った。
「嘆きの遊女、戴きます――」
再び、ガラスの破片が落ちてきた時には、既に青年の姿は無かった。
「風はドアの方に吹き抜けた。まだ屋敷内にいるかもしれない!」
白百合団に所属する笹原 乃羽(ささはら・のわ)はそういい残して、ガラスの破片を払いながらドアから廊下へと駆け出る。
「僕も追います」
光が窓へと駆け寄り、封鎖している板を剥がし、鍵を開ける。
「い、いきましょう」
探偵帽をぎゅっと押さえて蹲っていたアイシアもふらふらと起き上がり、光に近付く。
「お嬢様はここにお残り下さい。行って参ります!」
敬礼をして、光は夜闇の中に飛び出した。屋敷の側に、街で借りたバイクを隠してある。
「ま、待って、探偵は私ーっ」
手を伸ばして声を上げるも、アイシアは何も掴むことが出来なかった。
「姿を消す能力があるらしいわ。警備を掻い潜り、外に出ると思う。ドアが開いた場所に注意して」
セラ・スアレス(せら・すあれす)は、携帯電話でパートナーのフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)に手短に状況を伝えながら、周囲にも目を光らせる。
姿を消しているのなら、まだこの部屋にいる可能性もある。
「逸早く気づいた野々の話では、非常に僅かだが姿を消していても影があるそうだ」
優子の言葉も、セラはそのまま伝える。
「……奴のターゲットは、私のス……いや、万年筆だったようだ」
リビングに苦しげな声が響いた。家の主人の声だった。
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