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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第2回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

リアクション

 領主邸の玄関を出た瞬間、その場にいた者達すべてがホッと全身の力を抜いた。さすがはタシガンを統べる領主である。その眼光は鋭く、威圧感も半端ではない。
 アーダルヴェルトに向かって真っ向から異を唱えたシャンテにすれば尚更だ。大切なパートナーを悪し様に言われ頭に血が上ったからとはいえ、今更ながらに身体が震えてくる。
「リアンさんがアーダルヴェルト様とお知り合いだなんて驚きましたよ。シャンテくんは知っていたんですか?」
 アラン・ブラック(あらん・ぶらっく)は感心したように問いかけた。
「…ううん。タシガン出身だってことは聞いていたけれど」
 シャンテの視線を感じたリアンは小さく頭を下げた。
「…すまん」
「気にしてないよ。誰にだって言いたくないことはあるし」
 そう言うとシャンテはリアンにニコリと笑いかけた。
 と、そのとき。眉間に皺を寄せたマフディーが、生徒達に注意を促す。
「和んでいる場合ではないようだ。何やら門の先が騒がしい」
 慌てて石造りの門の方に視線を向ければ、そこには人混みができていた。
 ディヤーブを中心にクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)といった薔薇学生達が脇を固めるようにして、門を固めている。彼らの正面には、タシガンの民らしき人々が多数押し掛けている。多くの者は非武装であったが、その中心にいる人物は、日本風の鎧甲を身にまとい腰に刀を差していた。
「我らはアーダルヴェルト卿の依頼を受けて、この場を警備しているだけだ」
「はんっ、警備だって? 巫山戯んじゃないよ。アンタ達がやっているのは武力による包囲って言うのさ」
 立ちはだかるディヤーブに向かって、鎧姿の女が主張したのは、奇しくもラドゥがジェイダスに指摘したことと同じだった。
 同時にそれは、自分たちの行動を正義を信じて警備についていた生徒達にとって、大きな動揺を誘う言葉であった。
 しかし、ディヤーブは表情ひとつ変わらない。
「領主邸は地球からやってくる大臣との会談場所となる。我らは万が一の事態に備えているだけだ」
「あの…ディヤーブさん、この方達の話も聞いた方が良いのではないでしょうか?  一緒に警備を手伝ってもらえるなら、その方が良いでしょうし」
 強硬な態度を崩さないディヤーブの耳元にサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は遠慮がちに囁いた。
 それは小さな声だったが、女の耳にも届いたようだ。
 女は露骨に顔をしかめると、まるで汚いものを追い払うかの如く右手を振った。
「アンタ達はもう帰りな。領主邸の警備はこの私…上杉 謙信の仕事なんだからさ」
「……上杉…謙信?」
 女の名乗りにサトゥルヌスは一瞬、言葉を失った。
「地球で死んだ者が、ここパラミタで英霊として甦ることもあるとは聞いているが…」
 サトゥルヌスの契約者である吸血鬼 アルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)は眉をひそめる。
 英霊…いや恐らく分霊であろうが、アルカナですら名を知るような誇り高き戦国武将が吸血鬼に仕える…そんなことがあるのだろうか? それとも…。
 アルカナは自分の隣にいたカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)をチラリとのぞき見た。カーリーはインドのカーリー神がパラミタで甦った英霊だと言い張ってはいるが、あくまでも自分の実姉である。
 英霊であり、吸血鬼。そんな都合の良い存在がいても良いのであろうか?
 ちなみに姉であるカーリーを大の苦手とするアルカナは、彼女の存在自体をできれば認めたくないと思っている。この上杉謙信と名乗る人物にしても同様だ。派手な見た目もそうだが、謙信からは姉と同じ匂いがする。できればこれ以上関わりたくない相手だ。
「あなた本当に領主様のご家臣?」
 火に油を注ぐような一言を呟いたのは、案の定カーリーだった。瞬間、謙信の表情が大きく歪む。
「姉さん?!」
「だってそうじゃない? 私はもう何千年も前からこのタシガンに住んでいるけど、上杉謙信なんて家臣がいるなんて聞いたことがないわ」
 謙信のこめかみがぴくりと動く。しかし、気を取り直すように懐から舞扇を取り出すと、何やら和歌を詠いだした。
「…もの思ふ 過ぐる月日も 知らぬ間に 年も 君が世も 今日や尽きぬる」
 当然のことながらパラミタ出身であるカーリーに意味が分かるわけはない。しかし、得てして「悪口を言われている」という事実だけは伝わるものである。
「貴女、私を馬鹿にしているわけ?」
「ふん、この程度の和歌の意味も知らぬような下賤の者と話す言葉はないわ」
 生前の謙信は源氏物語を好んで読んだと言われている。このとき謙信が詠ったのは、幻の章に出てくる和歌を一部もじったものである。
 謙信の歌を訳するならば「歳月が流れたことにも気づかぬうちに、今日この場で貴女の命も尽きてしまうのでしょう」といったような意味になるだろうか。何とも挑発的な歌である。
「まぁ、まぁ。リーさんも、上杉家のお姉さんもイライラしないで〜。ここは落ちついて話し合いましょうよ」
 銭 白陰(せん・びゃくいん)が飄々とした様子で仲裁に入るが、二人とも全くと言って取り合わなかった。
「アンタは黙ってな!」
 二人から同時に一喝された白陰は、ビクリと身体を震わせ口をつぐんだ。
 しかし、それでも臆することなく醜い女の争いに挑もうとする勇者がいた。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)である。
「貴女がタシガン家の家臣だと言うなら、領主邸の一室をお借りできるよう取りはからっていただけませんか? 立ち話も何ですし、そこでゆっくりお互いの意見を交換するべきだと俺は思います」