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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第2回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

リアクション

 スレヴィの予測通り変熊 仮面(へんくま・かめん)は、密航者の少年、梶原大河とともにいた。密林へと踏み込んでいく大河の足取りは、まるで目的地が分かっているかの如く迷いがない。
「いいか、大河。ここから先は本格的なサバイバルになりそうだからな。俺が博識のスキルで手に入れた鉄則を教えてやろう」
 大河の後を追いながら変熊は大きな声で叫んだ。
「サバイバーの鉄則その一、むやみに動き回らない」
 彼らが現在いるのは、地図にも載っていない未知の島だ。どんなモンスターがいるのかも分からないし、先ほどの空賊が再度襲いかかってくる可能性だってある。変熊にしては至極まっとうな忠告だ。
「鉄則その二、食えるものは何でも食え!」
 食物を摂取しなくては人は生きていけない。一見、正しい意見に思えるが、これは間違いである。美味そうに見えても毒を保った茸や果物もたくさんあるのだ。むしろそこら辺で見かけたものを、無闇に口に入れるのは危険であることを大河は経験上、知っていた。
「鉄則その三、むやみに肌を晒してはならん!」
 これも正しい意見のはずなのだが…。
 彼はすでに制服の上着もシャツも脱ぎ捨てており、革靴に靴下、下着だけの姿である。言っている本人がすでに半裸なのだから説得力がないことこの上ない、
「アンタが言うな」
「これはあくまでもマーキングだ。他の連中に俺達のことを知らせておく必要があるだろう」
 そう言うや否や、今度は靴を片方脱いで近くにあった木の枝にかける。
 ただ単にコイツは服を着ていたくないだけではないのか…大河が大きなため息を付いたそのとき、茂みがガサリと鳴った。
 もそり…と姿を現したのは、額に鋭く尖った角を持つ巨大なサイのようなモンスターだった。しかし、変熊達を見るモンスターの目は、明らかに草食動物のものではない。
 腹を減らしているのか、その瞳は獲物を見つけた喜びで爛々と輝いており、涎に汚れた口からは鋭い牙がのぞいている。
「うわっ、やべっ?!」
 脱兎の如く逃げだそうとする大河の首筋を、変熊がガシリとつかむ。
「いきなり逃げ出すなよ。少しずつ後ろに下がるようにしながら距離を取るんだ」
「…あ、あぁ…」
 及び腰になりつつも大河は変熊の忠告に従った。
 じりり、じりりと二人はモンスターと距離を取っていく。
 しかし、モンスターもまた二人を逃すつもりはないのであろう。一歩、また一歩と距離を縮めてくる。このままでは埒があかないと変熊が思ったそのとき、モンスターの足下に銃弾が跳ね上がる。
「そこまでだ!」
 勇ましい声とともに変熊の背後にあった茂みから姿を現したのは、銃を構えたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)とウサギのゆる族アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)だ。
「もう大丈夫です!」
 大河を守るようにモンスターの目の前に飛び出したのはユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)。モンスターと正対するように剣を構えてみせる。
「今、助けるからね」
 その横では小さなドラゴニュートファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が魔法の詠唱をはじめていた。
 ファルが呼び出した炎を天高く舞上げようとしたそのとき。モンスターがその凶暴な爪を空へと掲げ、牙を剥き出しにした。
「ま、待て! 俺はモンスターじゃないっ!」
「…え?」
 モンスターの口から人の言葉が発せられたことに一同は驚きを隠せない。
 目を丸くして動きを止めた薔薇学生達に向かって、モンスターは小さく舌打ちをした。
「ちっ、やっぱり姿を現したのは間違いだったな。俺の名はブルーノ・ベリュゲングリューン(ぶるーの・べりゅげんぐりゅーん)。イエニチェリ中村 雪之丞(なかむら・ゆきのじょう)と契約を結んだゆる族だ」
 自分が、アレフティナのような誰からも愛される存在とはほど遠い姿であることをブルーノは自覚していた。だから、雪之丞から「姿を消していろ」と厳命されていることに対しても、素直に納得していたのだが。やはりこのような現場に出くわすたびに正直、気持ちは凹む。しかし、ブルーノの厳つすぎる顔では、凶暴そうな笑みを浮かべているようにしか見えなかったが。
「お前ら、この先にある遺跡に行くんだろ? 俺もそこに用事があるんだ。協力しねぇか?」
 呼雪が恐る恐ると言った様子でブルーノに問いかける。
「…この先に遺跡があるのか?」
「あぁ。さっき見つけたんだが、中に入る方法が分からなくてな。お前らの力を借りてぇんだ」
 ブルーノの言葉に変熊の表情が輝く。
「もしかしてそこに、大河を呼んでいるという相手がいるのではないか!」
「声…なんだそれ?」
 変熊は一人納得しているようだったが、墜落時その場にいなかった者達は一様に首を傾げている。
 そこで大河は素早く飛空艇内で聞いた「謎の声」について皆に説明した。
「すごい、やっぱり大河と一緒にいると大冒険ができるんだ!」
 無邪気に喜ぶファルの隣では、彼の契約者である呼雪がむっつりと応えた。
「よく分からないが、とりあえずそこに行けば、何かが分かるってことか?」
「だが、報告はどうする? 運良く遺跡の中に入れたとして、罠が仕掛けられている可能性も高いぞ」
 スレヴィの意見も至極尤だ。
「そんなときこそ俺が施したマーキングの出番だ!」
「お前の服だったら、回収済みだよ…」
 胸を張る変熊に呼雪は、ここまでの道中で拾い集めてきた変熊の服を手渡した。
「ここから先、何が起きるか分からない。服はちゃんと着ておいた方が良いよ」
「サバイバーの鉄則その三、むやみに肌を晒してはならん! だしな?」
 大河は楽しそうに笑いながら変熊を皮肉る。
「野郎の裸なんか見たくねぇ。さっさと服を着ろ。ルドルフへの報告なら俺がもう済ませてある」
 ブルーノはそう言い捨てると、短い足を繰り出し歩き始めてしまう。歩幅が短い割にかなりの早足である。ブルーノを追いかけ大河とファルも走りはじめる。
「そうだな、早く行ってみようぜ!」
「薔薇学探検隊しゅっぱ〜つ!!」
「ま、これも成り行きだ。しょうがないな」
 呼雪とスレヴィは顔を見合わせると、彼らもまた先に行った者達に続く。
 気がつけば、その場には半裸姿の変熊だけが取り残されていた。
「待てっ、お前ら! 俺を一人でこんな寂しい場所に置いていくな〜!!」