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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』

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『君を待ってる~封印の巫女~(第3回/全4回)』
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第5章 それぞれの試練
(「……本の中の世界、か」)
 周囲を見まわし、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は心の中だけで思った。
 詳しい説明は無い。或いは、人によって姿を変えたりするのかもしれない。
 つまりそれは、何が起こってもおかしくない、という事だ。
「レイ、気づいたらうっかり入口だったなんて事は勘弁してなのじゃー」
「何だとぉ!」
 なのにセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)はいつも通りで、それがレイディスにはおかしくも心強い。
「む、何を緩んでおる。お主の方向音痴は芸術の域だからのう……行く道は私が指定するから変な方にいかないでじゃ」
「つっても、道なんてないけどな」
「ぬ、ぬぅ」
 そんなセシリアを見やり、レイディスは拳を握りしめた。
(「何が起こるかは分からねぇけど……セシーだけは絶対に守らねぇと……!」)
 本人には素直に言えないけれど。
「二人ともほんとーに緊張感とかないよね……」
 やり取りを眺め、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)はついつい苦笑をもらしてしまう。
「だけど試練かぁ……面白そうだから付き合ってきたけど、戦うとかない、よね……?」
 戦うのは苦手だった。
 キョロキョロと周囲を窺うミリィ、瞬間、背後から伸ばされた手が、口をふさいだ。
「……あれ?」
 暫くじゃれ合っていたレイディスが異変に気付いたのは、直ぐの事だった。
 セシリアの姿が随分とちんまりしていた。
 よくよく見れば、自分の手も何だか小さい。現に、剣が重く感じられ。
 そして何より、セシリアのパートナーである}の姿が、セシリアの隣に無い事に。
「え、な、何よこれ!? お、おねーちゃん!」
 そこに響く、悲鳴。
 見ると黒い影が、ミリィをはがい締めにしていた。
「ミリィ! 不埒者め、ミリィを放すのじゃ!」
 杖を持とうとした手、だが、杖を持った身体はガクリと前のめりになってしまう。
「……な、なんじゃこれ? つ、つえがうまくもてぬ……!」
 慌てるセシリアもようやく気付いた。自分が小さくなっている事に。
「れ、レイも何だか頼りなくなっておるし……」
「おう。見た感じ、俺は12くらい、セシーは6歳ってトコか」
「なっなんじゃとぉぉぉぉぉぉ!?」
「これが試練なのだろうが……正直、勝手が違うし一旦引いた方が良いんだろうが……」
「しかし、ミリィが捕らえられておる……引くわけにはいかぬ!」
「まぁそうだよな」
 元より、引くつもりはなかったレイディスは、
「捨てるしか、ないか」
 12歳くらいの身体に今の鎧は重すぎると、鎧と盾とを捨てた。
 それでも、肝心の剣とて使い勝手はいつもと違う。
 セシリアもまた火術の魔法を唱えた……が!
「……魔力も弱まっておる。まずいの、結構洒落になっておらぬ……」
「もういい、かないっこないんだから逃げて!」
 状況に青ざめたミリィは叫んだ。
 拘束するモノ。ズルリとした闇は冷たく恐ろしかった。
 だが、それよりも尚、セシリアやレイディスに何かあったら……その方がより恐ろしかった。
「妹をみすてる姉がどこにおる……!もう少しまってろじゃ!」
 そんなミリィにセシリアは怒鳴った。
 未来の大魔女である自分が……レイと一緒の自分が、こんな試練に負けるわけがないのだと。
「今までも色々あったが、全部乗り越えてきた……それはこれからもじゃ!」
 チラリと送られてきたサインに、頷きを返す。
 魔力が残り少ない……チャンスはそう、何度もない。
 隣に並ぶ。こうしていると不思議と、不安だの疑問だのごちゃごちゃしたものが消えた。
 ただ眼前の敵を倒すだけ……仲間を守る為に。
 だからレイディスは、セシリアの詠唱に合わせ剣を構え。
 切っ先と杖の先が、合わせられる。
「おねーちゃん達だって頑張ってる。……確かに私は戦えていないけれど、こんなのって……! 動いて……戦いたくないなんて言わないから、動いてよ!」
 やぶれかぶれの抵抗。だが、意外だったらしいそれに、拘束が一瞬緩む。
 震える身体を叱咤し、地面に転がるように逃れる。
「おるーちゃん!」
 そうして。
「獅子ッ!」
「雷貫閃ーーーっ!!」
 同時に放たれた雷撃と轟雷閃とが、影をのみ込みかき消したのだった。

「そんな面白そ……じゃなくて、重要なことがわかるなら、ボクは行くぞー」
 鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)は好奇心に瞳をキラキラさせ、本へと飛び込んだ。
「おっおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜!?」
 どこまでも落ちていく。
 と、前方……下方に暗い穴がぽっかりと見えた。
「んんん?」
 咄嗟に両手と両足を突っ張ったのは、無意識とも言える危機察知能力。
 キュイィィィィィィン!
「やっやばっ! にしても唐突だなぁ」
 ようやく止まった身体、その眼前には無数の剣が突き立っていた。
「こ、こんな古典的な罠に負けるかー」
 気合を入れて落とし穴をよじ登る。
「他の人も来てる筈だけど……よそはよそ、ボクはボクだもんね」
「……そうだね。結局キミは……『ボク』は、自分だけ良ければそれで良いんだもんね」
「えっ……えええぇぇぇぇぇ〜、ボク?」
 声の主はそう、翔子自身だった。
 そして。
「あれ? ミコトちゃん……本物、じゃないよね?」
 パートナーである筈の、八神 ミコト(やがみ・みこと)
「ミコトちゃんは保健室で休んでる筈だもん」
 花壇で水をやっていたミコトは、発生したバジリスクにより石化……保健室で療養中なのだ。
「そうですね。でも翔子、あなたは私の身の安全よりも自分の好奇心を優先させました」
「自分の好奇心を満たす方が、面白い事の方が、大切だもんね」
「そんな事……」
 反論は自分とパートナーの前に、途切れる。
 確かに、ここに飛び込んだのも、好奇心に勝てなかったからだ。
 封印の真実も気になるけれど、やはり面白いそうだから、という気持ちの方がより強い。
「そんな事ない……もん」
 考えるより先に行動するのが翔子である。
 考えるのは苦手……というより、ほとんどやった事がないので、困ってしまう。
「あなたはパートナーとして相応しくありません」
「!?」
 そんな翔子に言い放ち、ミコトはメガネに手をやり。
 メガネからビィィィィィィィム、を放った!
「うわっ危なっ!」
「避けるなんて、ボクって本当サイテーだね」
「いやいやいや、危なかったから!……でも、おかげで目が覚めたかな」
 暗い瞳をした自分を見据え、翔子は息を整える。
「ミコトちゃんはメガネからビームなんて出せないし、何よりそんな事、言わないもん」
 考えなくても分かる、考えるより先に分かってる、大事な事。
「ボクは負けないよ。自分自身には……本物のミコトちゃんの為にもね」
 言って、翔子は一度目を閉じてから、ハンドガンを構えたのだった。

「真実の断片を知ることが、痛みをともなうものだとしても、受け止めてみせる」
 悩むのも絶望するのも、そして選択するのも、真実を知ってからにしよう……神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)と共に最深部を目指していた。
「でも、試練って何でしょうね?」
「もしかしたら……っ!」
 或いは、と思い描いた人を認め、自然綺人に緊張が走った。
「アヤ、あれって……」
「うん、大した試練だよ」
 剣を構えた兄に、一つ深呼吸して綾人も剣を抜いた。
『綾人、お前は本当にパラミタに行く覚悟があるのか?』
 そう問われたのはずっと昔の事のようであり、ホンの数日前の事のようでもある。
「結局勝てなかった……兄さんを納得させる事は出来なかったんだよな」
 試されたのはあの時も、剣術の腕だった。
 兄は強かった。
 あの時も強くて、綾人は負けてしまったのだ。
 兄の為自分の為クリスの為、決して負けてはいけなかったのに。
「だけど兄さん、今度は……今回だけは僕が勝つよ」
 ダガーを構え、一歩踏み出す。
「アヤ、それで良いのですか? リーチが全然違う……不利ですよ」
「いいんだ。これが今の僕の精一杯……全力を出せる戦い方だから」
「そう……ならばもう、何も言いません」
 その背に、クリスは言葉を……気合を掛けた。
「試練も妨害も全部ぶち壊していきましょう。それが例えお兄さんの姿を借りていたとしても……!」
「了解」
 応え、綾人は兄と対峙した。
 そして、仕掛ける。
 繰り出したダガーの一撃は剣に阻まれ。返す刃が胴を薙ごうとするのを、身体をひねってかわす。
 そのまま上空より仕掛けるが、それもまた剣に受け止められ弾き飛ばされる。
「やっぱ兄さん、強いや」
 ヒット&アウェイで打ち合わせる事、数度。
 隙がない兄に、けれど、不思議と「勝てないかも」という気持ちは湧かなかった。
 クリスが見てる。それに、学園を……白花と夜魅を救わねばならないから!
「僕は、負けるわけにはいかないんだ!」
 気迫が、鉄壁の守りを打ち崩す。
 そうして、ダガーの切っ先が身体に触れた瞬間、兄の姿はスゥっと静かに途切れた。
 どこか満足げな笑みを残して。

「ここに真実の欠片とやらがあるんだよね」
 レオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)はパートナーのアーミス・マーセルク(あーみす・まーせるく)ウトナピシュティム・フランツェル(うとなぴしゅてぃむ・ふらんつぇる)、そして、たまたま一緒になった志位 大地(しい・だいち)シーラ・カンス(しーら・かんす)と共に、本の中へと降り立った。
「真実ですか。それが常に優しいとは限りませんが」
 真実が白花や夜魅に、世界に優しいものかどうか分からない。
 自分が迷うのは、御柱の命を掛けた封印を目にしたからだろうか?、ふと大地は考える。
 彼女は真実が白日の元にさらされるのを望んでいるのだろうか?
「それでも、知らないよりは知った方がずっと良いと思うよ」
「……それはそうかもしれませんね」
 迷いながら、レオナーズに頷く大地。
 どちらにしろサイは投げられた。
 白花も夜魅も封印もこのままではいられない以上、行動するしかないのだ。
 そして、その為にも今は少しでも多くの情報が欲しかった。
「あらあらあらあら、男の子同士の熱いトークバトル、いいわねぇ」
「そうかなぁ、ワタシは難しい話って苦手☆」
「……それよりレオ。俺様今、何か踏んじゃった、かも?」
 てへ♪、とウトナピシュティムが可愛らしく小首を傾げた時だった。
 {bold}ガトンゴトンゴ……ゴゴゴゴォォォォォ!{/bold}
「冒険映画とかで見かけるシュチュエーションですね」
「感心してないで、逃げないと!」
 通路いっばいの大岩、こっちに転がってくる様は滑稽で、だからこそド迫力だ。
「レオナーズ達は逃げて、ここはワタシが食い止めるわ!」
「バカ! そんな事、出来ないよ!」
「俺様の封印を解け、レオ!」
「仕方ない……行くよ、ウトナ」
「んっふっふ、あのくらいの岩石など、造作ない」
 次の瞬間、バ〜ン、大岩は破裂した。
「って、派手すぎだよ」
「気を抜いてる暇はありませんよ!」
 一難去ってまた一難。
 気を抜いた一同は、ガートルード・ハーレックの警告に再び身構えた。
 現れたのは、影。
 人だったと思しき影はゆらゆらとレオナーズ達へと近づき。
『助ケテ……』
『苦シイ』
『帰リ……タイ……』
「っ!?」
 口々に言い追いすがる。
「ちょっとこれは……どう対処して良いか迷いますね」
「罠、なのでしょうか? 悪しきものとは思えませんが」
 ただひたすらに増えていく影に、大地もガートルードも困惑する。
「……哀しい声がします」
 やはり真実を求めてやってきたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、影をじっと見つめ悲しげに目を伏せた。
「メイベル、これってすっごく罠っぽいよ」
「足止めだと思いますわ。このまま先に進むのが正解だと思います」
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に口々に言われ、だが、メイベルは緩く首を振った。
「はい、多分それが正解なのでしょう。ここで彼女達を切り捨てる選択が、必要なのでしょう。ですが、私には出来ません。彼女達を見過ごし先に進む事は出来ないのです」
 例えそれで試練失敗となったとしても。
「まぁ、困っている人?、を助けないならメイベルらしくないものね」
「はい、とてもメイベルらしいですわ」
「それって褒められているのですよね?」
「「勿論」ですわ」
 口々に誇らしげに言われ、メイベルは少しだけ頬を染め。
 スゥッ、と息を吸い込んだ。
 口ずさむは、鎮魂歌。
 静かに優しく、白き空間を包み込むように。
『ア、アァ……』
 歌声に導かれるように、影達の身体が透き通っていく……そう、それは確かにメイベル達とそう変わらぬ年の女の子達の姿をして。
「死霊? どうしてこんな所に……」
 それも女の子ばかりが、思わず眉をひそめるセシリアに、歌い終わったメイベルが悲しそうに呟いた。
「おそらく封印は今まで何度か解けかかった事があるんです。そしてその度に生贄が……」
「今回は夜魅様、という事でしょうか?」
「いいえ、多分……」
 メイベルはただ沈痛な表情で、首を振る事しか出来なかった。

「全てを投げ打つ覚悟……私やユーベルの命を差し出せって要求は来ると思うの」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)と並んで歩きながら、覚悟を語った。
「その場合、私の命であれば即断で差し出すわ」
 状況はどんどん悪化している。それを何としても止めたかったから。
「リネンの覚悟は分かりましたわ」
 頷きつつ、だがユーベルもまた決めていた。
(「試練で命を求められたなら、リネンより先にあたしの命を差し出しますわ」)
 シャンバラの為に全てを投げ打つ覚悟はないけれど……ユーベルはリネンのために全てを投げ打つ覚悟があるのだから。
 その足元がふっと、かき消えた。
「代わりばえのしない風景だわ」
 落ちていく落ちていく落ちていくどこまでもどこまでもどこまでも。
 蒼空学園変形ダンボールロボ・あーる華野 筐子はつまらなそうに呟いた。
「でも、このままなら何の妨害もなく、最深部に辿りつけるのではないですか?」
「そうなら、良いでござるが」
 共に在るアイリス・ウォーカーは希望的展望を口にするが、一瞬 防師は懐疑的だ。
「まぁ、そう簡単にはいかせてくれないわよね」
 もらしたのは、前方……黒い点が急速に広がったからだ。

 闇が視界を、五感を、全てを覆い尽くす。
「何……これ……?」
 本能的な恐怖に、身がすくんだ。
 それは闇。それは影。それは悪しきもの。
 それは……大いなる災い。

 五千年前にシャンバラ古王国を滅ぼしたモノの、断片。

 無垢なる赤子に封じられし、災い。

「う……あ……」
 逃げまどう人々。
 悲鳴と。
 怒声と。
 絶望と。
 血と血と血と痛みと絶叫と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と。

 筐子は決めていた。
 最期の選択。シャンバラの平和と他の生徒達の未来を守る為に、夜魅に封印されていた災を己が身に受け止め、災いを封印する為の第3の御柱と成る事を。
 だが、これは。
 これはそんな生易しいものではなかった。
 人が背負うにはあまりに重い、荷が重すぎるもの。
 触れただけで魂を腐らせ、狂気に陥らせる最悪の、災厄。
 呑まれ魂が引き裂かれる、寸前。
「こっち!」
 グイと誰かに腕を掴まれた。
 そこから急速に感覚が……現実が戻ってくる。
「筐子!」
「しっかりするでござる!」
 そして、温かな声と感触が、筐子を包み込んだ。
「アイ……リス……」
「拙者もいるでござるよ」
 そこは元の……図書館だった。
「あれは何……あれは……」
「……あなたはそれを知っている筈」
 静かなキアの声に、筐子はダンボールを振るわせながら小さく小さく頷いた。
「あれは……あれが、災い」
 同じくアレを垣間見たリネンもまた、珍しく顔を強張らせていた。
「大丈夫ですの、リネン」
「ユーベルはアレを見なかったの?」
「ええ、あたしは……アイリスさん達も同じようですわ」
「パラミタ人では多分、耐えられないから」
「あれが災い……だからこそ、あれを解き放ってはいけないのね」
 頷くキアに、リネンはギュッと手を握りしめた。