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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

リアクション


■■■リアクションA 

第1章 響く槌音

 シャンバラ教導団本校に近い樹海で発見された遺跡、通称《工場(ファクトリー)》。
 その《工場》をめぐり、数ヶ月に渡って鏖殺寺院と戦ってきた生徒たちは、ひとまず鏖殺寺院を退け、《工場》周辺地域一帯を制圧することが出来た。しかし、樹海の外縁と《工場》を徒歩で往復しているこれまでの状態では、本校から機材や装置を運び込んで、大規模な調査研究を行うことは難しい。そこで教導団は、樹海を切り開いて、輸送車両が通行可能な道路を敷設することにした。
 道路の敷設に先立ち、教導団機甲科所属のルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、技術科主任教官の楊 明花(やん みんほあ)に上申書を提出した。
 「正直、《冠》にはすっごく興味があるの。だって、砲台の核にしても良いし、一緒に見つかった人型の機械だって、もし動かすことが出来るなら、機甲科の範疇でしょ?」
 ということで、まずは研究の環境を整えることに最大限の努力をすることにしたのである。上申書の内容は、《工場》で大規模な調査研究を行うのであれば、今までよりさらに物資輸送の必要性が上がるので、予算をかけてもしっかりした道路を敷設すべきであること、大型の車両が往来できるように構造を考えること、作業に当たる生徒たちの管理について、道路からの攻撃に備えるため、可動式の柵を設置する案、などだ。
 ところが、分厚い上申書を仕上げたところで、パートナーである技術科所属の剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、浮かない表情でルカルカの元にやって来た。
 「さっき技術科で聞いてきたんだが、楊教官は人型機械をバラして調査することにしたそうだ」
 「えーっ!? 何で、そんなもったいないこと……」
 ルカルカは思わず悲鳴を上げる。
 「確かにもったいないんだが、どんな構造か判らないものに生徒を乗せるわけに行かないだろうし、《冠》を制御する方法が見つからなければ、一瞬だけもの凄い力が出せても、その後動作不能になるだけだしな。それに、一機だけじゃ、戦力として運用するのは難しい、という考えもあるみたいだ。今は、あれ一機動かせるようになるより、《冠》を確実に制御できる方法や、人型機械を量産する可能性を重視したんだろう」
 ダリルの説明を聞いて、ルカルカはがっくり肩を落としたが、せっかく書き上がった上申書は明花に提出することにした。
 上申書を受け取った明花は、
 「これはどちらかと言うと、私より総指揮の林に提出すべき内容だと思うのだけれど」
 と眉を寄せてため息をついた。明花にしてみれば、『研究に必要な環境を整えるのは、自分の仕事と言うより周囲がやって当たり前のこと』なのだ。だが、明花は一応上申書を預かり、林 偉(りん い)に渡すと言ってくれた。
 「よろしくお願いします」
 頭を下げるルカルカを見て、もう一人のパートナー、英霊夏侯 淵(かこう・えん)が苛立たしげに口を開いた。
 「ルカルカ、本当は、《冠》のテストに参加したいのだろう。《冠》や人型機械に興味があるのなら、楊教官にはっきりとそう言って、使わせて欲しいと志願すれば良いのに、なぜそうしない?」
 そして、そうルカルカに命じて欲しいと言いたげに、じっと明花を見た。だが、明花はその視線をまっすぐに受け止めて言った。
 「志願するかどうかは、本人の意思でしょう。あなたの言う通り、ルーやガイザック、そしてあなたが話し合って志願するかどうかを決めるべきで、そこに私が口を出すことはないわ。私が攻城戦を見て候補に選んだ生徒たちも、最終的に被験者となるかどうかは自分たちで決めたのだし」
 候補者として選んだ生徒たちに、明花は参加するかどうかを決める権利を与えている。その結果、参加しないことを選んだ生徒もいるし、逆に、後からテストに参加したいと志願して、補欠を選考する対象になることを許された生徒もいる。そのことを聞くと、淵は唇を噛んで押し黙った。
 「被験者にならなくても、《冠》に関わる方法はあるでしょう。ルーが被験者以外の方法を自分の意思で選ぶのなら、私には、その意思をまげて被験者になれと言うつもりはないの。なりたくてもなれかった生徒も居るんですからね。ルーだけを特別扱いはしません」
 厳しい言葉にうつむく淵の肩を、ルカルカは叩いた。
 「教官のおっしゃる通り、ルカルカは自分でこの道を選んだんだよ。……教官、すみませんでした」
 ルカルカが頭を下げると、明花は微笑した。
 「もしも、今からでもテストに参加する気があるのなら、技術科の研究棟にいらっしゃい。もっとも、当分は適性があるかどうかを見せてもらうことになるけれど」
 明花の言葉に、ルカルカはもう一度頭を下げた。


 道路敷設の作業が始まった。もともとサバイバル訓練や体験入学に使われていた場所でもあり、外縁までは既に輸送車両が通れる道路があるので、その先を《工場》に向かって切り開いて行くことになる。
 「所々水が湧いていて地盤が軟弱な所があるから、そこを避けながらとなると、まっすぐ一本道には出来ないわね」
 地図を見ながら剣の花嫁綺羅 瑠璃(きら・るー)が言う。
 「作業中の水源の確保も考えると、潰すわけには行きませんわ。それに、敵が道路伝いに攻めて来ることがあった時には、多少曲がっていた方が守りやすいですもの」
 瑠璃のパートナーの沙 鈴(しゃ・りん)は、地図の上に指で予想ルートを描いてみながら言った。彼女と瑠璃の仕事は、敵の警戒をしつつ、道路の正確な地図を作ることだ。
 「ただ、急に敵に襲われることがないように、周辺の視界の確保は必要ですわね。道巾より少し広く木を伐採して、見通しを良くした方がいいかも知れませんわ。いかがでしょう、林教官」
 鈴は、引き続き《工場》関係の作戦の総指揮にあたっている歩兵科の教官林 偉(りん い)に意見を求めた。
 「そうだなぁ……道の外側に多少スペースを作ったところで、その外の木に隠れて遠距離攻撃するとか、攻撃手段は色々と考えられそうだから、最終的には輸送部隊に護衛をつけたり、工場入口を固めたりと、要所要所に警備のための人員を配置するしかなさそうだがな。とりあえずやっておいてみるか」
 道路の全長に、ずらりと生徒を並べて警戒させたり、樹海の木を全部伐採するわけにも行かんし、と林は腕を組む。
 「では、そのように指示してまいります」
 鈴と瑠璃は一礼して小走りに去って行く。しばらくして、樹海の入口に整列していた生徒たちが、いっせいに木を切り倒し始めた。重機や工具は使わず、光条兵器や自前の血煙爪を使って木を切り倒して行く者も多い。
 「一応、重機や工作機械の使用許可は学校から取ってあったんだがな……」
 林はぼりぼりとぼさぼさ頭を掻く。その目が、一人の生徒に向いた。
 「おい、木が倒れる方向を考えて作業をしろよ。むやみやたらと切ると、自分の方へ倒れて来たり、他の生徒を巻き込むぞ」
 「あ、はいっ、すみません!」
 林に注意されて、最近教導団に入ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、直立不動の姿勢で敬礼をした。
 「幾ら衛生科が随行してて、怪我をしてもすぐに治療できると言っても、怪我なんかしない方が良いに決まっているんだから、気をつけろよ」
 「はいっ! ……あのう、林教官、一つおうかがいしてもよろしいでしょうか。このあたりには、水運に使えるような川はないのでしょうか? 川を使って、機材や補給物資を運べると、色々と便利だと思うのですが」
 ローザマリアは直立不動のまま返事をしてから、おずおずと申し出た。だが、林はかぶりを振った。
 「湧き水を水源にする小川程度ならあるが、水運に使えるような大きな川はないな。あっても、本校とは高低差がありすぎて、来るのはいいが帰りが大変だから、便利そうに思えるが現実的じゃないぞ。道路を敷設した方がよっぽど簡単で効率的だ」
 教導団の本校は、ヒラニプラの山岳地帯のかなり標高が高いところにある。一方、この樹海は山岳地帯の麓に位置しているので、本校から樹海まで物を運ぶのには使えても、船を本校まで戻すのが一苦労なのである。
 「未探索の場所に川がある、という可能性は……」
 ローザマリアのパートナーハールカリッツァ・ビェルナツカ(はーるかりっつぁ・びぇるなつか)が尋ねたが、
 「この樹海は教導団のサバイバル訓練にも使われてるし、《工場》が発見された時に航空科が規模を調べたり侵入者を排除するためにさんざん上空を飛びまわってるから、水運に使えるような川が発見されていないということはないはずだ」
 と言われてしまった。
 「うーん、やっぱり、教導団は陸上戦力が主力なのかぁ……」
 海軍(水軍?)に憧れるローザマリアは残念そうにため息をつく。その時、
 「そこの木、貰って行っていいかな」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)が、ローザマリアとハールカリッツァに声をかけて来た。
 「何に使うんですか?」
 ハールカリッツァが首を傾げる。
 「道路の左右に、フェンスを組むんだ」
 亮司は、道路の入口に近いあたりで杭打ちをしているパートナーの剣の花嫁向山 綾乃(むこうやま・あやの)を指さした。
 亮司と綾乃は明花によって《冠》の被験者候補に選ばれていたが、直接戦闘に関わることになりそうな《冠》の使用者になるよりも、輸送科の本分をまっとうしたいと考え、辞退を申し出て道路の敷設に参加している。二人の申し出を聞いた明花は、
 『二人で考えて、話し合って出した結論ならいいわ。もともと、辞退者が出ることを考えて、《冠》の数より多く候補者を選んであるし』
 と、あっさりと二人の辞退を認めた。
 ちなみに、なぜ自分たちが選ばれたのか疑問に思っていた亮司は、選考基準について明花に質問してみたのだが、
 『まだ補欠の被験者の選考中だから答えられないわ。そうね……戦闘で派手に活躍することが条件ではなかった、とだけ言っておきましょうか。あなた以外にも、直接戦闘に出なかったのに選ばれた生徒がいるでしょう?』
 とかわされてしまった。
 「使用者が本決まりになったら、もう一度聞いてみるか」
 「そうですね。やっぱりちょっと気になりますから」
 ……と言うわけで、亮司と綾乃は希望通り道路敷設に参加することになったのだ。と言っても、道路を作るというより、道路の左右に柵や壕を作って輸送部隊が敵に襲撃されるのを防ぐことを主眼にしている。
 「検問所や監視塔を作るといいんじゃないかなと思ってたんだけど、言われてみればそれよりまずフェンスかも知れないわね。私たちは木を切る方をやるから、そっちで先に使って構わないわよ」
 「じゃ、遠慮なく」
 亮司はローザマリアが切り倒した木の枝を、血煙爪を使って落とし始める。ローザマリアたちが木を切った後は、他の生徒が切り株を掘り起こして土をならし、固めて行く。このあたりの作業はさすがに、重機が主力だ。
 そんな作業の脇を、大岡 永谷(おおおか・とと)とパートナーの剣の花嫁ファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)とゆる族熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、周囲の木々の間にあやしい気配がないか、油断なく見渡しながらゆっくりと歩いていた。鏖殺寺院の襲撃を阻止するのが主な目的だが、工事に参加する生徒たちがダレないように、気を引き締める役割もある。さすがに、作業が始まったばかりの今は、皆真面目に作業をしているが。
 「……でもこれ、距離が伸びて来たら大変だね」
 てくてく歩きながら、福がはーっと息を吐く。
 「そうなんだよなあ」
 永谷はうなずいた。見回りの件は林に許可を得て人員を回してもらっているが、それでも、道路の距離が伸びればその分目が届きにくくなる。
 「実際に襲撃を防ぐというより、警戒してるって態度を見せて、敵を襲撃しにくい心理状態に持って行くのが目的ではあるんだけどさ。俺たちは『禁猟区』とかは使えないから、やりすごされて後ろから襲われても感知できないし」
 「永谷がやられたら、その時は、わたくしが誠心誠意治療して差し上げましょう」
 ファイディアスがにーっこりと笑う。
 「ファイディアスの治療は、交換条件求められそうで嫌だ」
 永谷は眉間に皺を寄せた。だが、ファイディアスはにこにこと笑って答えた。
 「交換条件とは人聞きの悪い。ただちょっと感謝の意を示して頂きたいだけですよ。しかも、出世払いです」
 具体的には体とか体とか体とか、なのだが。
 「出世払いにしなきゃ払えないようなものは『ちょっと』じゃないだろ……」
 永谷は大きなため息をつく。
 「警戒しなきゃいけないのは、敵よりまず味方みたいね」
 ちゃき、と福が安全装置を外した銃をファイディアスに突きつけた。
 「待ってください、皆の気を引き締める役目の我々が、じゃれているのは良くないのでは?」
 ファイディアスはまあまあ、と福を押し留めながら言った。福はじ、とファイディアスを見ると、銃口をそらして樹海の方へ向けた。樹海に敵が潜んでいるなら牽制になるだろう、と考えての行動だ。
 「しかしなあ……これ、道路とか、道路を通る輸送部隊を守っても、別の方向から樹海を抜けて浸透されたら防ぎようがないよな。《工場》の場所はもう敵にもわかってるんだから、《工場》の中にあるものが目的だったら、直接攻撃してくるかもなぁ」
 福が銃口を向けたのと反対側の樹海を見回して、永谷はさっきとはまったく別の意味でため息をついた。
 「《工場》を守ってる連中が、しっかり守りを固めてくれてるといいんだが……」