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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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――――後日。
「メニエス様、ネットに顔が流れていますよ」
 セレスタインから戻って、何も収穫がなかったことに悔しい思いをしつつ、錯乱しているとまで言われた状態からは落ち着いていたメニエス・レインは、ミストラル・フォーセットにそう声をかけられた。
 画面を見てみれば、写真入りで、今回のメニエスの悪事が色々と暴露されている。
 コメントがついていて、他の場所でやらかしたことも色々と書き込まれてしまっていた。
「あらら……、まあ、隠してもいなかったしね。
 どこかで写真とか盗られてたような気もするし……」
 あちゃあ、と苦笑して、
「あーあ、学校から呼び出しとかくらっちゃかしら。
 そしたら行かないとまずいわよね、やっぱり。
 ……でもまあ、一番重要なところは知られてないから、いっか」
 一番重要なところ。ミストラルはピクリと反応する。
「……そうですね」
 それは無論、自分達が実は、鏖殺寺院のメンバーであるということだ。

 ともあれ、それは後日談である。



 聖地カルセンティン。
 『カゼ』と出会い、戦った、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)にとっては因縁のある場所で、リカインは『カゼ』が付けていたものとよく似た腕輪を探して、泉の縁に供えた。
 亡骸を葬ることはできないから墓を作ることはできなかったが、何か、後に残る標が欲しくて、小さな塚を作った。
 この場所に佇んでいた、彼の姿を思い出す。
 最後まで、リカインには『カゼ』と戦う、という選択肢を選べなかった。
 彼のしたことは誰にも、リカイン自身にも許すことはできない。
 けれど、それでも、誰を「滅ぼす」ことも、リカインにはできなかったのだ。
「また余所者が入り込んでると思ったら、お前か。
 それは奴の墓か?」
 いつの間にか、アレキサンドラが現れて、祈りを捧げているリカインを見て言った。
「うん……迷惑かな?」
「いや? いいんじゃねえか。好きにするさ」
 アレキサンドライトは肩を竦めて軽く言う。

「……世界を滅ぼす方法は、沢山あるのかもしれないけど……でも、ひとつの存在を滅ぼす方法は、ひとつだけ。
 その存在を、忘れてしまうことだと思う」
 だから、もしも世の中が慌ただしく続いて言って、年月が経ち、誰もが『カゼ』のことを忘れてしまっても、自分だけはずっと、憶えていようと思った。
 決して忘れない。
「我を忘れるな、リカ」
 パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が、心外そうに言う。
「貴公が忘れないということは、即ち、我も忘れないということだ」
「……そっか」
 リカインは少し微笑む。
「そうだね」

 ――それは、都合のいい思い込みなのかもしれない。
 けれど、朱黎明が、あれほどの憎悪を向けながらも、『カゼ』の腕輪を狙ったのは、もしかしたら、憎悪の奥底で彼も本当は、『カゼ』を救ってやりたかったのではないか、と、ほんの少しだけ、思うから。
 彼が憎悪を向けていたのは”ネフライトに生み出された『カゼ』”であり、その本質であった地脈の精霊ではなかったのでは、と。
「……うん、信じる者は救われる、よね」
 世界には、絶望ばかりがはびこっているわけではない。
 だから、きっといつか、黎明にも別の道が見えてくるのかもしれないし、荒涼としたこの大陸だって、いつか緑萌える国に甦る日を迎えるかもしれない。
「――見ていてね」
 語りかけ、よし、と気を取り直したリカインを見て
「もういいのか」
とキューが訊ねる。
「うん、行きましょ」
 どこからか、ずっと、見ていて欲しい。
 滅ぼされなかった世界を。
 『カゼ』もまた、この世界の住人なのだから。



「うう……書いても書いても終わりません……」
 書類の山に埋もれて、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は呻き声を漏らした。
 こんなことなら、事前に許可を取って行くんじゃなかったかも、などと、逃避じみたことを考える。
 アリーセは、後処理に追われているのだった。
 聖地ヒラニプラへの偵察は、正式に調査隊としての任務として申請して行ったものだったので、その報告書の作成に追われているのだ。
 更に、ついでに、と、今迄教導団に届けを出さないままあちこち飛び回っていた連中も、欠席扱いにならずに自分と同じ活動、の補佐、をしていた感じで課外出席していた扱いになるよう、色々と手回ししている最中なのだ。
「お疲れ、アリーセ。コーヒー淹れたぜ」
 全くこういう時に何の役にも立ちませんね、と辛辣に言われたパートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は、かいがいしく、飲み物やお茶菓子をアリーセの元にせっせと運んでいる。
「いただきます」
 作業の邪魔しないで貰えませんか、と言いつつも、カップにはちゃんと手を伸ばしてくれるアリーセに、グスタフはにへらと笑って、
「気持ち悪いので用が済んだらさっさと出て行ってください」
とアリーセに睨み付けられてしょんぼりしていた。

 ――あの後。
 終わらない魔獣の襲撃と、ヘリオドールと柱の限界。
 もう駄目かと思ったその時、意外な人物が現れたのだ。
 自らの聖地を護り通した後、詳しい事情を聞いて、まず向かった空京から”渡し”を使って一気にここまで来たのは、聖地カルセンティンの”守り人”、アレキサンドライトだった。
「こりゃあ……ひでえことにやってやがるな」
 クリソプレイスの有様をその目で見て、険しい表情を浮かべたアレキサンドライトは、アリーセに組み付いていた魔獣を払い飛ばし、アリーセを庇って倒れていたグスタフを掴み上げて回復させ、彼にアリーセを預けると、柱に向かって、ヘリオドールの身体をそこから引き剥がした。
「…………あっ…………」
 ヘリオドールは、衰弱しきった眼差しを、それでも絶望に染める。
 魔のものが、溢れてしまう。広がってしまう。
 絶望のまま、力尽きようとしたヘリオドールに
「しっかりしろ。もう少しだ」
と、アレキサンドライトが、聖地カルセンティンで護っていた”核”を、彼女の手に持たせたのだった。
 ヘリオドールが目を見張る。
「俺も補佐する。できるな?」
 ヘリオドールは微かに頷くと、両手で”核”を握りしめ、再び柱へと寄り添った。
 ズシ、と響く振動に、咄嗟にグスタフは、柱から庇うようにアリーセを抱きしめる。
 直後、強い衝撃のようなものが、グスタフの身体を貫いた。
 耳が破裂するかのような音が響いて、それから、何かが引いて行くように、静かになる。
 顔を上げて振り向いたグスタフは、そこにあった柱が、跡形もなく消えているのに驚愕した。
「どうなったんだ?」
「”散らした”んだ。地脈の流れを、少し変えた。
 ここはもう、力場じゃねえ」
 ぐったりと力尽きているヘリオドールを抱き上げて、アレキサンドライトが答える。
 グスタフは周囲を見渡した。
 『元に戻った』のではなかった。
 周囲の光景は、魔境化しかかったこの状態のまま、しかし「地脈の流れを変えた」ことにより、少なくとも、シャンバラ中にこれ以上広がることは、なくなったのだ。
「ここにいるのはお前等だけなのか? このまま戻るが、一緒に来るか」
 はびこる魔獣も、勿論そのまま、普通にヒラニプラまで来た道をそのまま帰るよりは、”渡し”の力で一旦空京に行った方がいいに決まっている。
 グスタフは「頼む」と頷いた。

 思い出して、アリーセはふうと溜め息をひとつついた。
 あの後、何度もグスタフに様子を見に行かせたり連絡を取らせたりしているが、ヘリオドールは意識を失ったまま、目覚める気配は無いらしい。
 空京、正しくはその郊外、”渡し”の発着地点となっていたオリヴィエ博士の元へ着いた後、程なくして、とんでもない有様でセレスタインから戻ってきた面々と合流し、教導団に戻ってきた。
 色々互いに報告しあって、無事や目的完遂を喜びあったりし、そうして、アリーセは報告書書きに追われているという現状である。
 別れ際、ヘリオドールは力を使い果たしていて、このまま息絶えるかもしれないとアレキサンドライトは言っていた。
「……影の功労者は、ヘリオドールさんですのに……」
 何ひとつ報われず、礼のひとつも言えずに、彼女が死んでしまうのは、何だかとても悔しい。
 ふっと息を吐いて、気を取り直すように頭を振り、アリーセは再び書類に向かった。



 空京のある島、その最南端。
 ざく、と朱黎明は錫杖を突き立てた。
「墓を作る時間もありませんでしたよ」
 全く慌ただしい脱出劇だった。
「黎明様……」
 心配そうに、少し離れた背後から、ネアが声をかけた。
 セレスタインではずっと、思いつめたようにしていた黎明のことを案じていた。
 ちら、とネアを見やって、黎明は再び錫杖を見る。
「……意味の無いことをしていますね、私は」
「そんなこと……」
 強い強い憎悪を、胸の内に飼っている。
 いつ自分の正気を食らいつくし、心が壊されてしまうか解らない程の、強い憎悪。
 その憎悪から自分を護る為に、常に他の何かを壊そうとしていなければならなかったのだ。
 今回のこともそうだった。
 『カゼ』は、自分にこの憎悪を植え付けた者に似ていた。あの目が。それだけの理由で、『カゼ』自身をも憎んだ。
 やつあたりだ、解っている。
 それでも、止めることはできないのだ。
 踵を返し、健気に待っているネアの元へ戻る。
 ほっとして笑みを浮かべたネアに、案ずるなと言う代わりに肩を竦めた。
「……これから、『カゼ』を名乗って行くのも、いいかもしれませんね」
 解っている。――――それでも。


◇ ◇ ◇



「イルミンスールです!」
「いーえ、パラ実ネ!」
 ソアとレベッカが、一歩も引かない形相で言い合う。
 ハルカの今後について、口論しているのだ。
 平たく言えば、ハルカの取り合いである。
「パートナーの居ないハルカは、イルミンスールには行けないネ!
 その点パラ実は門戸が広いヨ! ハルカはパラ実生になってワタシの後輩になるネ!」
「門戸どころかバラ実なんて、名前だけで最早どこにも存在しないじゃねえか!
 ハルカはイルミンスールだっ! パートナーなんて、これからいくらでも……」
 ベアはそこまで言って、はたっとオリヴィエ博士に目を向ける。
 ここで、パートナーの居ないシャンパラの民は彼だけだ。
 暫くここに居ればいいよと言った彼だし、形だけでも契約してしまえば、あとはイルミンスールに連れて行けるのではないだろうか。
「いや、そこはさすがに勘弁してくれないかな」
 不穏な視線を感じとって、博士は苦笑する。
「あまり、契約とか興味ないんだよね」
「……残念です……」
 ベアの思い付きに、名案かと思ったソアが、残念そうに言う。
 パートナーがいなくては、イルミンスールへの入学はおろか、自由にシャンパラを歩き回ることもままならないのだ。
「仲良しさんなのです」
と、微笑ましくソア達とレベッカ達の学校対決の様子を眺めているハルカにそっと、
「ハルカさんは、どちらがいいです?」
と訊ねてみる。
「ハルカは、イルミンスールで魔法使いになるのです」

 どうだ! と、ベアが勝ち誇った笑みをレベッカに向ける。
 レベッカは愕然として
「ハルカ!?」
と叫んだ。
「でも今は無理みたいなので、レベさんやたけさんと、キマクをツーリングする約束したのです」
 行ってもいいってはかせも言ってくれたのです、と続けたハルカに、レベッカは得意げに胸を張る。
「全く、やかましいわね」
 明智ミツ子が、溜め息を吐いて、
「幸せで、いいと思いますわ」
と、アリシアが答える。
 沢山のものを乗り越えて、ここまで来たのだ。
 仲良く言いあっている姿が、アリシアには嬉しい。
「ま、いいんじゃないですか」
 オーコ・スパンクも肩を竦めた。
 それよりも、目下オーコの関心事は、何故かここに居るリシアとオリヴィエ博士の持つスナネズミだ。
「それだけ獣を従えていて、まだ目移りしているの?」
とミツ子を呆れさせていた。
「じゃあ、パートナーが決まったら、真っ先に連絡をくださいね。
 約束です」
「約束なのです」
 ソアとハルカは、そう言って小指を絡めあう。
 道は分かれ、また繋がる。
 約束が果たされる日は、遠くないはずだった。