|
|
リアクション
第5章 後ろの正面だあれ
正面で派手に戦っている一方、大きく迂回している部隊がある。戦力は約一個中隊規模。今回の隠し戦力、戦部支隊である。そこにバイクが戻ってきた。
「どうだ?」
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)少尉は目を細めて聞いた。
「今の所、敵の警戒は一個中隊強。様子を見させているがそこからは厳しい」
大岡 永谷(おおおか・とと)少尉は先に偵察から戻ってきたところだ。今の所、部隊は森の外縁部に潜んでいる。これ以上接近すると気づかれる可能性が高い。先にこっそり大岡指揮の一個騎兵小隊で偵察に出ていた。戦部支隊の現在位置は敵後方斜め。方角的には北東の方角数キロと言うところだ。知っての通り国境線周辺の街道北側には森林地帯が帯状に広がっている。そこを通って、側面後方に出たのだ。
「ただ、周辺を見たが偏っている風はない。未確認だが敵の司令部は中央後方で間違いないと思う」
「とりあえず、方角は確認出来たと見ていいな」
「今の所、塹壕は確認出来ていないが、両翼には障害物がある。真ん中の部分にはさすがにないがそこは敵の密度が濃い」
「撤退路は確保しているということか」
比島 真紀(ひしま・まき)少尉がざっと図を書いて確認する。
「で、デコ隊長、どうする」
林田 樹(はやしだ・いつき)が戦部の方を見て言った。緊迫した雰囲気が台無しだが、この場合、それも悪くはない。
「塹壕がないなら好都合だ。予定通りでいく」
現状で戦力は一個騎兵小隊と二個歩兵小隊で歩兵小隊は戦部と比島がそれぞれ指揮することになっている。
「まずは、騎兵小隊で攻撃を掛ける」
「重騎兵の弾幕で攻撃する。俺は攪乱して敵をつり上げればいいか?」
大岡は帽子を被り直した。
「上等だ。その後は小隊が二手に分かれて両翼から突っ込む」
「障害物は?」
「AFVで踏みつぶす。ある程度はそれでいけるだろう」
「それで、AFVをあれだけ借りてきたわけか」
林田は森の中を見る。一応、八両ほどAFVがある。
「止まったところで下車戦闘だ」
「ところで、例のヴァルキリー。あれは指揮官だと思うでありますが、それは可能な限り無視!でよいでありますか?」
比島は念を押して確認する。
「それでいい。俺達の目的は司令部を占領することだ。敵は追い払えばいい」
「了解であります」
「大蠍はそれほど数は無いと思うがその場合は合図だ。金住に任せるから不用意に戦うな」
「準備はできているであります」
真面目な金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は緊張した顔を崩さない。
「それでは作戦開始だ!」
とりあえず時間優先なので側面からの強襲で片をつけることとなった。
まずは大岡の騎兵小隊が一斉に動き出す。ほぼ真後ろ方向からの攻撃となる。
重騎兵を中心にサイドカーで構成させてある。そのため機関銃を相手の歩兵に向かって射撃。敵も素早く伏せて撃ち返してくる。それを騎兵部隊は左右に移動して敵の射撃を散らせる。
「なかなか、出てこないよお」
熊猫 福(くまねこ・はっぴー)はサイドカーの側車で機関銃を撃っている。
「それはそれで好都合。足止めできればそれでよしです。せいぜい、敵をからかってやりましょう」
運転しているファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)は不敵に笑いながら敵陣へ侮蔑の視線を向ける。大岡も近づいては器用に片手でカービンを撃つ。ラッチにランスは掛けてあるが、まだ使用するのは早い。
敵が騎兵小隊に攻撃を集中している間に分かれた二つの歩兵小隊はしばらく様子を見た後、斜め側面から一気に突入した。タイヤは一応軍用パンクレスなので茨はシャフトに絡まない限り大丈夫だ。正面側とは違い障害物もそれほど濃密ではない。
「正面だったら動けなくなってるかもね」
緒方 章(おがた・あきら)がAFVを運転しながら言う。せっせとクラッチを切り替えて踏みつぶす。やっかいなのは逆茂木である。
「ジーナ、やっちゃって」
「解りましたです」
ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は重装備だ。林田の指示に小型六連ミサイルポッドを発射して吹き飛ばす。
「いけるところまで行くよぉ」
緒方はAFVをそのまま進ませる。こうしてがりがりと敵後方に切り込んでいく。
「そのまま、止まらずに続け」
比島も後ろから別のAFVでついていく。サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が上の機関銃を撃って敵歩兵をなぎ倒していく。
「歩兵は何とかなる」
「それより、敵の司令部は確認出来たか?」
「まだだ」
「急いでくれ。突入最優先だ」
反対側でも、戦部の小隊ががりがり進んでいる。こちらは障害物に苦労している。
「シャフトに噛みこんだぞい」
グスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)がアクセルを踏み込んでいるが空回りしている。
「なら下車だ。無事なAFVについていくぞ」
後方の扉が開いて次々と降りていく、そこに敵の射撃が行われた。戦部の腕をかする。
「!!」
真っ青な顔でリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が近づく。幸い、ほとんど怪我というレベルではない。
「こいつら〜」
アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)がAFVの機関銃で攻撃する。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。なんか、この間から怪我づいてるな」
「運の使いすぎ?」
「それはないと思うが」
「じゃれてないで、急げ!」
クリューガーが声を大きくする。
「私はここで固定陣地になるから急いで!」
頷くとそのまま進んでいく。敵側もそうはさせじと動いている。
さすがに敵も必死である。ここが下手にやられると退路を断たれてしまうからだ。もちろん、それ故に戦部支隊は街道正面空の突入はしていない。
そのままずりずりと進んでいく。
「本隊は派手にやっている様だけど」
レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は遠くの喧噪を耳にしている。
「こちらはゆっくりじっくり、抜き足差し足忍び足であります」
金住はAMRを肩に担いでゆっくり歩いていく。
「……そうは言っていられないみたいですよ」
前方に人影が見える。アラストリウスはその姿に息をのんだ。
「どうも後ろが騒がしいと思えばネズミか」
ヴァルキリーが少し向こうに立っている。どうやら後ろの様子を確認しに来た様だ。金住はゆっくりと一度だけ深呼吸する。そして横なぎにAMRをぶっ放した。それをヴァルキリーはよける。しかし間髪入れずに金住は銃口を向け、もう一発撃ち込む。
「相手をヴァルキリーだと思うからいけないのであります!人型をした戦車だと思えば!」
「こ、この夷狄があっ!」
今まで動じなかったヴァルキリーが珍しく顔をゆがめて驚いている。さらに一発。さすがのヴァルキリーも命中すればただではすまない。万一にも当たらないよう距離をとる。そうなると得意技が使えない。そのうちに本隊の方で派手な爆発が起こった。向こうもどんどん押しているらしい。冷や汗を流すヴァルキリーに金住は銃口を向ける。しばしにらみ合った後、ヴァルキリーは戻っていく。
さらに十秒ほどしてようやく金住は息を吐いた。AMRの弾倉は三連発である。つまり、今、AMRに弾はない。
正面からは大分押しているが、さすがに敵も粘っている。現在、幅広の壕で食い止められている格好だ。
壕の手前でグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)は停止したAFVの機関銃を撃っている。嫌らしいことに幅が広すぎてAFVがわたれない。現在、歩兵は下側に降りて突入の機会を伺っているところである。
「まだですか?早くしないと側面も危ないですよ」
その下をレイラ・リンジー(れいら・りんじー)が負傷者を担いで通っていく。
「…………」
リンジーは無言のまま首を器用に動かしている。どうやらクレインにはそれで意味が通じるらしい。
「周辺から回り込むのは難しいし、航空支援を要請するしかないかしら」
ワイヴァーンもあちこちで危なくなったところを爆撃している。戦力的にはすでに優勢になっているはずだがここに来て敵も戦力をまとめて抵抗している。
しばらく様子を見ていた皆である。まもなく、月島 悠(つきしま・ゆう)がわずかに顔を覗かせた。
素早く周りを見た月島は首を引っ込める。
「なんか、火力はなかなかだが、少々ばらついてないか?」
「そういや、さっきまでと比べて見た目は変わらないけど何となく」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は棒を握り直した。旗を心棒に丸めて縛っている。
「んとね、なんていうか音が浮ついた感じ?」
マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)も聞き耳を立てていたが妙な感じを受けたようだ。
「どうやら指揮系統に何かあったらしいな」
張 飛(ちょう・ひ)が経験豊富な所を見せる。反対側で金住がヴァルキリーとやり合ったことは当然知らない。
そこに長物を担いだ高月 芳樹(たかつき・よしき)がやってきた。
「このままだとらちが開かない。僕が先に突破する。隙を見ていけるようなら突入してくれ」
「危険が大きすぎるよ」
麻上 翼(まがみ・つばさ)は心配そうだ。
「何、ここは事の軽重が大事だ。今回の作戦のキモは君らが敵司令部に突入すること……てぇことは僕達の役目は突入させること、だ。戦部支隊ばかりにおいしいところをもってかれるのもな」
「確かに、戦部支隊の方が成功率が高いと思っている連中も多いようだ」
張も腕を組んで頷いた。
「ここは一発踏ん張りどころだ」
「突撃命令は出ていないぜ?」
ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)は司令部の突撃命令がありしだい突っ込むつもりだった。
「この局面では前線で穴見つけたら突入するシチュエーションだ。おお、格好いいぞ、僕!」
そう言って高月は穴の底を這いずって行く。ケラーの首根っこも掴んでいる。
「君もきなさーい。と、言うわけで援護よろしく」
「解ったわ。骨は拾ったげるから」
クレインが機関銃を構え直す。
「行くぞ!」
高月の合図にクレインが全力射撃を行う。その間によじ登り、AMRを構える。
「心頭滅却、覚悟!」
AMRの三連バーストが敵陣の真ん中に直撃する。派手な爆発と共にその辺りが崩壊する。ケラーも射撃を開始。アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も必死でカービンを撃つ。
「ほ、ほれ、弾の用意も出来ておる」
やはり必死で登ってきた伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が抱えていた弾倉を用意するが、高月は反動で膝をついている。そこに残った両脇の敵が射撃する。射撃が集中する高月の周りはたちまち土煙だ。ケラーは踏みとどまって撃ち続けるが高月は転げ落ちた。慌ててストークスが駆け下りて受け止めようとする。
「よし、あそこだ!」
月島の合図に突入を開始する。後ろでは曖浜ががっちり棒を抱え込んでいる。真っ先に走り込んだ麻上は腰だめにでっかいガトリング砲を構えて撃ち始める。
「だーかーら!ガトリングの花嫁っていうなあ〜」
そんな事言ってない、と相手は否定する間もなくなぎ倒される。そして敵に近づいた張が蛇矛を振り回す。こうなるとほとんど人間台風だ。近づいてしまえば張にかなう者はそうそういない。
月島達が暴れまくっている間に曖浜は紐をほどく。月島はホリィ・ドーラ(ほりぃ・どーら)に合図する。
「解ってる。さーあ、全部燃えちゃえ〜」
ドーラは片っ端から周辺に火術で火の玉をぶつける。たちまち周りは赤く燃え上がる。
「よし、引っ張れ」
「うん!」
エニュールが旗を引っ張り、曖浜は棒を回した。そして高々と教導団の校章が染め抜かれた旗が広がる。曖浜はがっしりと棒を掴むとそれを大きく振り回した。
「旗が揚がりました!」
「やったわね……」
旗を確認した志賀に笑顔の和泉。
「さあ、お前達の負けだ!さっさと逃げ帰れ!」
炎と煙を背に曖浜が叫ぶと司令部周辺に近い所から敵兵が次第に離れていく。そしてそれは波となり、やがて敵兵は両脇へと走り出した。遂に敵兵が崩れたのだ。勢いに乗って手当たり次第に発砲するとやがて敵の動きは敗走へと変化した。
「先を越されたか……」
後百数十メートルのところで翻る旗を確認した戦部は肩をすくめた。
「まあ、よいではないか。作戦は成功したのだ」
林田がやや煙に汚れた顔で笑って見せた。白い歯が眩しい。
「仕方ない。敵の撤退に巻き込まれたら大損だ。回収してさっさと戻ろう」
戦部が見るとAMRを担いだ金住と今だ警戒を怠らない比島も近づいてくる姿が見えた。
こうしてワイフェン軍は国境線から敗走。遂に第3師団は領域の完全回復に成功した。