校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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白い薔薇 連絡も入れずにふらりと帰ったのだけれど、屋敷の皆は諸手を挙げて黒崎 天音(くろさき・あまね)の帰省を迎え入れた。 いきなりでは迷惑になるのではと気にしていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、そのことにほっとしたのだけれど、天音は家に帰れば食事と寝る場所くらいは用意されるだろうとあっさりしたものだった。 ブルーズは密かに天音の親の顔を見てみたいと思っていたのだけれど、父親は不在だった。仕事で海外に行っているのだと使用人たちは申し訳無さそうに告げたけれど、天音は気にした様子も無かった。 屋敷に滞在した2日間、下にも置かぬもてなしを受けた後、天音とブルーズは墓参りへと出かけた。 桶と柄杓、そして白い菊の束を持つ天音の後から、掃除道具に線香とロウソクとマッチ、樒等の細々とした物を持ったブルーズは、墓石の並ぶ景色を物珍しく眺めた。 この時期だからだろうか。どの墓にも花やほおずきが供えられて、墓地全体が華やいで見える。 「それにしても、お前の父親が不在なのは残念だったな。久しぶりに積もる話もあっただろうに。――しかし、料理長が腕をふるってくれたワショクというのは、なかなか美味かったぞ。ハモの湯引きとやらが特に」 「……帰るとも連絡していなかったし、僕は会いたくもないから残念でもないな。――ふふ、ブルーズは随分箸使いが上手くなったよね」 父親の話と和食の話を同列に並べての会話をしながら、2人は墓地を歩いて行った。 「またそんな事を……。地球の諺にもあるのだろう? 孝行したい時には親はなしと。――ふむ、日頃の精進の賜物だな」 「孝行は、お釣りがくるくらいしたと思っているから……ん?」 どこか得意げなブルーズを1つ2つ冷やかしてみようかとしていた天音は、ふと眉を寄せる。その視線の先には、こぼれんばかりに白い薔薇が飾られた墓があった。 「ふむ。薔薇の香りがするな」 つい先日供えられたばかりという風情の白薔薇は、甘い香りを漂わせている。それを無造作に抜き取ると、天音はブルーズに持たせたゴミ袋の中に突っ込んだ。 まだ十分に瑞々しい薔薇をゴミ扱いする天音にブルーズは呆れ顔になったが、天音が掃除をはじめるといそいそとそれを手伝った。 誰かが掃除したばかりなのだろう。ほとんど掃除が必要な箇所がない墓を作法通りに清めると、天音は墓に手をあわせた。 天音は黒のスラックスに白いシャツ。軽く俯く肩から黒髪が流れている。 供えられた菊の白。 モノトーンに彩られた風景の中に倣うようにブルーズも頭を垂れると、少々の愚痴を述べた後、無茶をする天音をしっかり守ると心の中で誓った。 顔をあげれば、すでに天音はお参りを終えている。その素っ気無さに、ブルーズは聞いてみた。 「母親はどんな人物だったのだ?」 「さぁ……僕が赤ん坊の頃に亡くなっているからね。特にこれと言った記憶も無いな。なんて本人の墓の前で言うと親不幸かも知れないね」 天音は菊を飾った墓にもう一度目をやると、薔薇が好きな人だったらしいよと付け加えた。それ以上を問う間を与えず、空になった桶と柄杓を手に戻り支度を始めながらブルーズに話を振ってくる。 「ブルーズの両親ってどんな人だい? そともその辺りはドラゴニュートたちの秘密?」 「秘密などというものではないが、どちらもシャンバラ宮殿の森を巣にしているドラゴンであるが、滅多に会いに行くことは無いな」 いつ会ったきりか、とブルーズは考える。そして今やシャンバラは東西に分かれ、シャンバラ宮殿には西シャンバラの代王高根沢理子が入っている。薔薇の学舎に属するブルーズが、両親に会いに行くような機会がこれからあるものか……。 そんなことを考えていたブルーズは、ふと視線を感じて振り返った。 背の高い、緑色の瞳を持つ壮年の男性が、こちらを見ている。 ブルーズと目が合うと、男性は軽く会釈をするような仕草で物陰に消えた。 もしや……。 そう思ったが、その間にも天音はさっさと戻り始めている。 ブルーズはもう一度、男性の去った辺りに目をやると、持ってきた用具や白薔薇の入ったゴミ袋を取り纏め、天音の後を追って行ったのだった。