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第10章 未来に向けて

 イルミンスール魔法学校の生徒でも、百合園女学院で行われた打ち上げに参加はせず、学校で資料作成に勤しんでいた者がいる。
「どいつもこいつも、好き勝手動きやがって……まったく」
 走り書きのメモや書類を見ながら、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は呟き声や愚痴を漏らしていく。
 結果的に彼は魔法隊の隊長のような立場となっており、気付けば学校と百合園への報告書の作成を押し付けられていた。
「うう、頭が痛くなる」
 図書館の書物や、教師の助けも得て、離宮から持ち帰った資料の解読を進めていく。
 最後に調査をしたキメラの製造が行われていたと思われる部屋から持ち帰った資料に関しては、専門用語が含まれているため、図書館の資料と照らし合わせても素人には解読は不可能だった。
 こちらはグレイスに任せてある。
 女王器は離宮から持ち帰れなかったのだが……他に、宝物庫から持ち帰り、きちんと調べていないものがあった。
 そう、魔法陣が描かれた箱に入ったものだ。
 ウィルネストがイルミンスールに戻って調べた結果、その魔法陣の鍵を解除することができ、箱を開くことが出来たのだった。
「けど、中に入っていたこの玉、特別な効果はないっていうし。古代のエネルギー源とかそういうものらしいけど、使い道あんのかね」
 イルミンスールに所有権はないので、その玉は報告書の写しと共に、後ほどヴァイシャリー家に送ることになっている。
「配達はイルミン代表に任せようかね。つーか、生粋のイルミン生は困ったヤツばっかりだ」
 ふうとため息をつきながら、ウィルネストは作業を続ける。
 地上に戻ってきたら、既にイルミンスールを離れてしまった者が何人かいた。
 また、戻ってくるとは思うけれど。
 そんな自分も、周りから見れば、ちょっと困った生粋のイルミンスール生なのだが。
 離宮にはGなどといった生物もおらず、魔法隊の任務も概ね順調に進めることが出来たため、この最後の仕事をきちんとこなしたのなら、ウィルネストの株は上がるだろう。

〇     〇     〇


「スポーツにも力を入れているのね。それとは別に白百合団の訓練もあるんだ……」
「緩い雰囲気の学院だけど、結構厳しい練習してるよね!」
 百合園女学院の校庭と体育館の見学を終えたユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)はそんな感想を口にした。
 ユーナとシンシアは葦原明倫館の生徒だが、主に白百合団が気になり百合園女学院に学院見学を申し入れたのだった。
 案内として、教師が一人と、白百合団の団長である桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)が2人に付き添っていた。
「白百合団としては、エリュシオンに対してどのような意思を表明するのですか?」
 歩きながら、ユーナは鈴子に問いかけた。
 校庭で行われていた白百合団の今日の訓練は、走りこみや素振りといった基礎訓練だった。
 指導しているのは、運動部の顧問の教師らしく、戦闘能力に秀でている人物というわけではないようだ。
 普段は武道有段者である副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)も指導に当たっているようだが、休みをとっているそうで、姿はなかった。
「白百合団は百合園の生徒会の一部です。百合園の生徒の為の団ですから、団として意思を表明することは今のところ考えてはおりません」
「でもさ、そんなこと言ってたら、潰されるかもよ? 百合園はヴァイシャリーを守ったりしないの?」
 シンシアが鈴子にそう尋ねていく。
 その間に、ユーナの方はそっと近くの百合園生に話しかけてみる。
 白百合団の信任投票が行われるということだけれど、どんな人に纏めて欲しいか、などと。
「あくまで、百合園女学院は学び場ですわ。守るために武器をとることはありますが、ヴァイシャリーにはヴァイシャリー軍があり、百合園の生徒も、軍の保護下にある存在です」
「なるほどね……」
「そっか」
 ユーナとシンシアは笑みを浮かべる。
 そう、学生の本分は勉強のはずなのだ。
 百合園は戦闘術を学ぶ場ではない。
 教導団のような軍隊でもない。
 だから……ユーナはこの桜谷団長が白百合団の団長に相応しい人だと感じた。
 そして、勇猛果敢だという、神楽崎副団長が、支えるという今の体制を支持したい気持ちだった。
 他校生なので、口には出さなかったけれど、今の百合園がとても素敵だと感じていた。
「今日はありがとうございました」
「うん、楽しかったよ!」
 ユーナとシンシアは校門まで送ってもらい、教師と鈴子に見送られながら笑顔で百合園女学院を後にした。

 白百合団員の神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)はパートナーのミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)と共に、校長室に訪れていた。
 校長室には、校長の桜井 静香(さくらい・しずか)と、百合園女学院の実質管理者であるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)、それから選挙管理委員会のメンバー集まっていた。
 また、有栖と同じ理由で訪れた伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)屍食教 典儀(ししょくきょう・てんぎ)の姿もある。
「百合園生、白百合団は精神面と武術面に於いて、もっと強くなるべきだと考えます。そのためには、団長には実績のある神楽崎優子先輩が適任だと思います。優子先輩は常に団員を率いて、団員達と共に戦ってこられました。今後も先輩の指揮下で結束を固め、私達も先輩と共に強くなっていきたいと思います」
 有栖は信任投票に於いて、候補者全員を信任すると共に、団長には強く神楽崎優子を推した。
 また、特殊班の結成が検討されているという話にも、大賛成であった。
「特殊班の訓練の為に、軍から教官や能力に秀でた人を招くべきだと思います。私もいずれは特殊班の一員になれるよう頑張ります」
「わたくしも、お嬢様……いえ神楽坂有栖と同じ気持ちですわ。神楽崎優子先輩のお力が必要と思われます。白百合団を軍隊にしようというのではなく、百合園を守るために、生徒達が戦闘術について学べる体制が必要と思われるからですわ」
 ミルフィもそう意見を出した。
「わかりました。お二人のご意見も参考にさせていただきます」
 委員長がそう答えた。
「現在のところの皆さんのご意見はどうなのでしょうか?」
「現状維持が多いみたいだよ」
 答えたのは、藤乃だった。
「あたいもそう思う。白百合団員じゃないけどね」
 藤乃も全員信任はしたけれど、意見は有栖とは違っていた。
「白百合団は変わらなくても良いんじゃないかと思う。団長は桜谷鈴子を推すよ」
「でも、私達はもっと強くならないと、今回のような事件を乗り越えていけません……」
「百合園女学院は学校だからね、勉強するための。自衛の為に団は必要なんだろうけれど、他校と渡り合う必要も必ずしもあるわけでもないし。変わる必要は特にないんじゃないかなーと」
 意見を対立させるというよりは、一般の百合園生らしい思ったことを語っただけの言葉だった。
 正直、藤乃としてはちょっとどうでもいいかもという気持ちがあった。
 だから、それ以上は何も言わずに「それじゃ」と、挨拶をして典儀と一緒に校長室から出ていった。
「本当に、今のままが良いという意見が多いのです、か?」
 有栖の問いに、委員長は少し迷った後、こう答える。
「殆どが現状維持です。鈴子さん、優子さん、それぞれに不信任もありますし、有栖さん、ミルフィさんと同じように優子さんを団長に推す声もあります。ですが……有栖さん達ほどに、百合園が強くなるべきとご意見を出される方は今のところいません」
「そう、ですか……」
 有栖は残念に思いながら、ミルフィと校長室を後にした。
 百合園は今のままが良いと思う人が多いようだ。
 それならばやはり……自分は、特殊班に所属したいと強く思う。
 有栖はアレナが人柱になった時から、ずっと自分を責め続けてきた。
 同じ百合園生として、『仲間』として、アレナに、副団長の神楽崎優子に、自分は何一つしてあげれなかった、と。
 パートナーを失う事がどれ程悲しい事か、辛い事か。有栖はミルフィと深い絆で結ばれているから、それが痛いほどわかる。
 今の優子の気持ちも。
(副団長がアレナさんを物として見ていた? アレナさんがいなくても平気……? そんな訳ないじゃない!!)
 百合園生から出るそんな陰口を耳にしては、声には出さずとも、心の中で否定し続けていた。叫びたい衝動に駆られていた。
(私は、、私達が護りたかったのは『建物』なんかじゃない、アレナさんをはじめ百合園の人達、街の人達……『百合園』なんです、『みんな』の本当の笑顔なんです……!)
「お嬢様……わかっています、から」
 悲しげな顔をしながら廊下を歩く有栖を、ミルフィが気遣う。
「ミルフィ……私、『力』が欲しい……百合園を……大好きなみんなを、もう誰も失いたくない、護りたいの……」
 有栖の目から涙が落ちた。
「わたくしも、同じ気持ちですわ」
 自分達だけではない。きっといる。
 同じ志を持った、仲間は――。

「うぷっ。まだ気持ちが悪い」
 典儀は吐き気をもよおし、トイレへと駆け込む。
 先日の祝賀会に意気揚々と出席し、残り物を重箱に入れて沢山貰って帰って、今朝も沢山食べてきたのだけれど。
 暴飲暴食続きで、流石に体の調子がおかしくなっていた。
「食べ物以外にも色々収穫あったんでしょ? 欲張るからそうなるんだよ」
 トイレに付き合いながら、藤乃はため息をついた。
 闇組織の事件のことは、公開されている範囲だが藤乃の耳にも入っていた。
 これからも百合園はそんな事件に巻き込まれていくのだろうか。
 自分にも何か、出来ることはあるだろうか……。

 藤乃と有栖達が去ってしばらくした後に、警備員と白百合団員に護衛をされながら、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が、校長室に顔を出した。
 2人は大きな袋を抱えていた。
「これは差し入れではない」
 校長室に通されると、ヴァルは椅子に腰掛けて紅茶を飲んでいるラズィーヤの元に歩み寄った。
「資料と報告書だ」
 書類を纏めた分厚いファイルを取り出して、テーブルの上に置いた。
「……ありがとうございます。お2人でこれを?」
 ファイルを捲りながらラズィーヤが尋ねる。
「大した事ではない」
 肯定も否定もしなかった。
 離宮から帰還後、ヴァルは寝る間を惜しんで自分の持つ知識、能力、記憶を最大限に振り絞って資料まとめに精を尽くしていた。
 多くの者は自分の学園や大切な者の元に帰っていったが、ヴァルはヴァイシャリーに残り、ずっと資料作成に携わっていたのだ。
「タイトルは自由に決めると良いだろう」
 ゼミナーがそうラズィーヤに言う。
 ファイルの背表紙には何も書かれてはいなかった。
「そうですわね……探索隊絵日記☆ とでもつけましょうかしら」
 悪戯気な笑みを受けるラズィーヤにヴァルとゼミナーは苦笑する。
「あなた方が閲覧できる場所に、おいておくべきかしら?」
「内容は帝王の頭の中に入っているさ。最も迅速に取り出せる場所だ」
 物分りのいい諦め顔をしたくはない。それは変わらない。
 『その日』、そう離宮の問題を完全に解決させる日を引き寄せるのは『今この時』だ。
 自分が終わらせない限り、この戦いは終わりはしない。
 ここにはいない仲間と協力し、それぞれのやり方で戦い続けることを、ヴァルは誓っていた。
「わかりました。ご協力感謝いたします。報酬は貴方にお支払いすればよろしいのでしょうか?」
「貰っておこう」
 ヴァルの言葉を受けて『冒険屋』への報酬……銀貨1枚をラズィーヤは取り出して、ヴァルに手渡した。
 本当に、銀貨1枚だけだった。
「キメラ討伐の報酬ですわ。またよろしくお願いいたしますわね。実働に対する不足分はその時に」
 くすりと、ラズィーヤは笑みを浮かべる。
「伝えておこう」
 ヴァルは銀貨1枚を受け取ると、ゼミナーと共に百合園の校長室を後にする。