空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

リアクション公開中!

聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

リアクション


(・それぞれの思い)


「さて、出撃前に機体について説明しておこう」
 ホワイトスノー博士が、偵察用の機体説明を始める。
「まず、光学迷彩についてだ。限界稼動時間は、機体の稼動時間と同じだ。機体のエネルギーが切れたら自動的に解除される仕組みになっている」
 ただ、迷彩を常時起動した場合、機体の限界稼動時間は一時間ほど短くなると付け加えた。エネルギーが連動しているのだから、やむを得ないだろう。
「また、レーダー、無線の強化以外に、電波干渉や通信傍受も行えるようにしてある。こちらからの信号は全て暗号化されるから大丈夫だ。それを利用して、敵からの機体識別を誤魔化すことも可能にした。上手く使いこなせば、堂々と姿を晒しても問題ないだろう」
 加えて、この場には情報のスペシャリストが来ていることを彼女は告げる。ただ、役割としては主にロザリンドがパラミタのプラント方面、アレンが偵察隊の連絡を行うという風に分担がなされた。
「続いて、敵機の目撃情報だが……ミスター・マックス」
 スクリーンに、東南アジアの地図と、イコンらしきものの写真が映し出される。
「これは某国の軍事衛星が捉えたものだよ。まあ入手ルートについては置いておくことにして、これはシュメッターリングと呼ばれてる機体だね。ただ、結構堂々と飛んでるように見えるかな」
 アレンが写真をスライドショーに切り替えて表示していく。
「これは予測だけど、ASEAN加盟国――少なくとも、ベトナムとカンボジアの政府は敵と協力関係にあるんじゃないかな」
 もちろん、イコンで両国の領空に侵入するということも政府には伝えていない。これも、既に手を組んでいる可能性を考慮してだ。それもまた、敵機で偵察に向かう理由の一つのようである。
「とはいえ、肝心の基地は衛星でも捉えられていない。だが、機体の消失ポイントはある程度判明している」
 博士が指摘した部分に、アレンが印をつける。
「考えられるのは、基地が地下施設であること。もう一つは、拠点そのものを覆うほどの遮蔽装置が働いていることだ。こちらとしては、前者であって欲しいものだが」
 仮に後者であるとすれば、敵の技術力水準は相当高いものになるからだ。ホワイトスノーとしては、自分達の科学力が劣っているとは考えたくないのだろう。
「さて、私からは以上だ。あとは、各自出撃に備えてくれ」
 

* * *


「親戚から話は聞いてたけど、こんなところで会えるなんてねー。美人さんだねー、よろしく頼むねー」
「なるほど、あなたがそうでしたか。しかし、加入といいましても……」
 ちょうどPASDの人が来ていて、しかも親戚の人の友人であると知った桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)は、この機会にPASDへの加入を申し出た。
「じゃ、これにサインして」
 その話を聞いていたのか、司城が景勝に一枚の書類を渡す。
「おっと、ボクは司城 征。一応PASDの副責任者を務めている。まあ、学長が色々と忙しいから、実質的には責任者なんだけどね。加入に関しては大丈夫だよ。天御柱学院の生徒にも、手伝ってもらう機会はあるだろうからね」
 中性的な風貌の人物は、書類に沿って組織の概要を説明する。それを聞いた上で、景勝はサインをした。あまりしっかりとは聞いていないが。
「はいよ、っと」
「じゃ、名簿に加えておくよ。ジール、とりあえず後でキミの研究成果を見せてもらっていいかな?」
「構わん。それより、例のデータは持ってきたか?」
「ちゃんとあるよ。まあそれは彼らを送り出してからでいいんじゃないかな?」
 ホワイトスノー、司城は何か二人にしか分からない話をしているようだ。ただ、時間も迫っているため気にしている場合ではなく、研究所内にあるハンガーへと向かう。

「あれ、話は終わったのか?」
「ん、まーねー」
 榊 孝明(さかき・たかあき)が景勝に声を掛けた。
 そして、彼らは搭乗する機体を確認する。そこに、オリガの姿も加わった。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ。この前は申し訳ありませんでした」
 天沼矛防衛線以降、オリガは人が殺し合うという現実に恐怖を覚えてしまっているようだった。
「なに、気にすんなって。あんまり無理はすんなよー?」
「あくまでも今回は偵察だからな。ちゃんと敵を知って、帰って来ることが重要だぜ」
 景勝、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)も声を発する。
 間もなく出撃だが、それまでに互いに話して、緊張を和らげようというのもあるのだろう。
「しかし、小隊名が面白いことになったな。そう思わないか?」
 孝明が微笑を浮かべる。
 彼ら四機と教官を含む小隊の名前は【特攻野郎Aチーム】だ。
「お前ら、小隊名がそれだからって、本当に特攻なんかすんなよ?」
 困った連中だ、といった様子で彼らの前に立つのは、教官の五月田だ。こちらの小隊は彼が率いる。
「とはいえ、なんとなくお前達らしいっちゃらしいが……向こうとはなんだか対照的だな」
 五月田がもう一つの小隊を見遣る。
「ほう、役割分担まで決めてあったか。なら、オレの方ではそれを集約して連絡するとしよう」
 どうやら、ある程度打ち合わせをしたらしい。この【インビジブル小隊】を率いるハーディン教官は、感心している様子だ。
「教官、出来ることならデータは全機に蓄積されるようにした方がいいんじゃない? 万が一にも、教官が敵に狙われないとも限らないじゃない」
「おい、茅野。お前は少し礼儀ってもんをだな……」
 その様子を見た五月田が茅野 茉莉(ちの・まつり)を叱責しようとする。
「シン、そんなカッカするなよ。若いうちはこのくらいがちょうどいいだろう」
「ほんと、お前は昔っからそうだよな、デイブ。少しは教官らしく厳しく接してないと、また教官長に怒られるぞ」
「はは、それも悪くないものだ。こっちに来てからはあんまり彼女が感情を出すところは見てないしな。そうだ、ベトナムに行くついでに本場の生春巻きでも買ってってやるか。それと敵さんの情報を肴に飲むのも悪くない」
 教官らしからぬ素振りに、五月田は頭を抱えているようだった。
「……操縦技術が一流なのが、せめてもの救いだぜ。まあ、帰ったら久しぶりにアイツも入れて三人で飲むのも悪くはない、か」
 同僚に呆れつつも、何かを懐かしんでいるようでもある。
 一応、彼にはハーディンが生徒の不安や緊張を軽減するために、冗談めいた物言いをしていることは分かっていた。とはいえ、生徒に対しての規則が厳しいように、その模範となるべき教官達に課せられているものも厳しいのだ。
 まして、出撃をすることが、命をかけることになりかねないパイロット科ならば。
「生春巻きってベトナム原産だったんだー」
 月谷 要(つきたに・かなめ)がそれを知り、感心いた。
「要、いろいろ食べてるのに、知らなかったの?」
「オレは食べる専門だからね」
「誇ることじゃないでしょ」
 彼に突っ込みを入れる霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)。出撃はもうすぐだが、大分空気は和らいだようだ。
「…………」
 それでもどこか浮かない顔をしているのは、オリガだった。表面的には分からないように誤魔化していても、五月田はそれを見抜いた。
 そして、彼女を諭すように静かに呟く。
「俺達はパイロットだ。戦場に出て戦う役目を担わされている。だが、胸を張って戦えとは言わない。例え避けられぬ戦いであっても、人を殺すことを誇ったら人間失格だ。それでも、俺達にしか出来ないこと、そして守るべきものがあるからどんなに苦悩しようと踏み出せるんだ」
 五月田の目には、迷いがない。
「俺達教官だって、特別な人間なわけじゃない。正直、死ぬのは怖いし、トリガーはいつも重く感じるくらいだ。だけどな、俺達がしっかりしなきゃ、多くの可能性を秘めている生徒達を失う。学校のためなんかではなく、子供が戦場で人を殺さなきゃいけない、それが強いられるこの理不尽な社会を終わらせるために、俺達は戦っているんだ。少なくとも、俺や教官長、デイブのヤツはそうだ」
 確固たる意志があるから、恐怖を乗り越えられる。そういうことだろう。
「よし、出撃だ」

 二小隊の面々は、ハンガーの機体に搭乗し終えた。
 特攻野郎Aチームから、順に発進していく。
「機体、壊すなよー」
 佐野は機体のパイロットに向かって軽口を叩きながら見送る。
「無事に戻ったら、デートでもしようぜー」
「……デートですか誠一さん」
 整備中がそうだったように、また拗ねる真奈美。
「いえ、誠一さんのぷらいべーとですし、そこまでふみこむわけじゃありませんけど。でもわたしだって……いえなんでもありませんよ、なんでも」
「? 何ぶつぶついってんだ」
 大方の理由は察しているが、あえて知らないフリをする誠一。

「ほんと、皆、ちゃんと帰ってこいよ」

* * *


 その頃、海京某所。
「と、いうわけで、ベトナム偵察のためにイコンを出撃させるところです」
 ホワイトスノーの補佐を務めているイワン・モロゾフは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)達に今回の偵察任務のことを伝えていた。
 彼女とグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、校長護送の際に顔を合わせている。
 そこで、海京に居合わせた彼女達にモロゾフがある仕事を任せようとしていた。
「大佐とPASDは、東南アジア諸国が既に敵の手中にあると推測しています。そこで、現地に赴いて調査して頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ、引き受けさせて頂くわ」
「あと、これはPASDのアレン・マックス氏から頂いたものです。国際電話で現地から連絡する際にはこの番号を、とのことでした。現地入りする人が見つかったら渡すようにと言われましたので」
 モロゾフがメモ書きをローザマリアに渡す。
「それでは宜しくお願いします」
 
 こうしてもう一つのベトナム偵察任務が、密かに始まった。