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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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第七章 幽閉2

 マホロバ城では、正気に戻った貞継であったが、貞継は以前として病状が思わしくないときもあった。
 だが、これまでの箍(たが)が外れたのか、奥泊まりをして過ごすことが多くなった。
 しかも、相手を特定せず、御花実であろうと御繭であろうとお庭番であろうと構わないといった調子で、まるで何かに取り憑かれたのか、生き急いでいるかのようである。
 これは別の心配を大奥取締役にさせていた。
 肝要と思われた葦原房姫、瑞穂睦姫には一向にお渡りがなかったからである。
 たとえ他で世継ぎが誕生しても、様々な形でしこりが残るのは誰が見ても明らかであった。

卍卍卍


 絶望的な気持ちで、瑞穂 睦姫(みずほの・ちかひめ)は大奥の庭の鯉を眺めていた。
 唯一の救いは葦原房姫にもお渡りがないという事だったが、それが何になるというのだろうか。
 将軍家の世継ぎが他に生まれてしまえば、彼女の身だけでなく、せっかくここまで足がかりをつけてきた瑞穂藩の努力も徒労に終わることになる。
 彼女を見守っていた百合園女学院オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)はかける言葉に迷っていた。
「少し冷えてまいりましたね。お寒くはないですか」
 睦姫は答えない。
 オルレアーヌは意を決したように、自分の身の上を語り始めた。
「私の父は優れた……間者でした。どんな人間も言葉巧みに操り、籠絡させる才能を持つ人物でした。しかし、自身は裏切らない、強い意志と使命感に生きていました。たとえ、娘の産まれた国であっても、強い使命感に裏打ちされた意思を貫き通したのです」
 オルレアーヌの記憶に、かつての家族がなまなましく蘇る。
 母のことも、彼女が父のせいで親元を離れ、パラミタに赴くことになったことも。
 オルレアーヌは国に翻弄される人々の姿を睦姫に重ねていた。
「貴女は何処か似ているのです。その強い意志が。目が。私にはそれを止める術はありません。ただ、全ての行く末を見届けたく思います」
「オルレアーヌ、私は……」と、睦姫はぽつり答えた。
「私の意思も、身体も、自分のものだと思ってないの。自分の為じゃなく、私を育んだ故郷や、頼りにしている人々の為に生きるのは愚かなことなのかしら。私の血肉が、マホロバの血肉となることは悪い事じゃないわよね」
「……はい」
「だけど心は自由にして良いと言われたわ。だから、私は神様に祈ってるの。その間は、私は自由だから」
 そういって、睦姫は首のロザリオをずっと触っていた。
「それが、アンタの本心か」
 葦原明倫館紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、庭影からこちらを見ていた。
 彼の周りではパートナーの剣の花嫁エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が警戒に当たっている。
「唯斗、急げ」と、エクス。
 彼は注意をしながら足早に近づくと、睦姫の手を強く握った。
「アンタがそう覚悟を決めているなら、俺は何も言わない。ただ、もう泣くことがないように全力を尽くすだけだ。瑞穂藩の日数谷現示を知っているな。あいつはアンタと同じように瑞穂の為に身体を張っている。何か言いたいことがあるなら、俺が伝えてやる。何か、あるか」
「日数谷?」
 睦姫は唯斗にそう言われて、瑞穂で一時彼女を警護していた控えめで無口な銀髪の侍を思い出した。
 その現示が今、瑞穂藩士を率いた急進的な存在であることを、彼女はにわかには信じられずにいた。
「では、鎖を……まだ持っていますかと聞いてください」
「鎖? ……わかった、伝えよう」
 エクスが唯斗を急がせる。
 彼は自分の連絡先を睦姫に渡すと風のように去った。



「なんだか、無理してる感じです、睦姫さん」
 唯斗の帰りを受けて、アリス紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が呟いた。
 魔族とは言っても、人並みの感情はある。
「そうだな、だが俺のやるべき事も見えてきた気がする。まずは、プラチナムにメールだ。睦姫の伝言を日数谷に伝えないとな」
 唯斗はそう言って、魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)へメールを送信した。