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リアクション
第二章 月の下で3
貞継は房姫達と別れた後、倒れ込むように大慈院の廊下に戻った。
再び、鬼の血が騒ぎ出すのが分かる。
急いで戻ろうとする彼を、昼間に将軍の見舞いに来ていた大奥の女官度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が柱の陰からとっさに現れ、支えた。
「鈴鹿、いつの間に……帰ったんじゃなかったのか」
「帰りません。ずっとお待ちしていました」
鈴鹿は思い詰めた表情で貞継に肩を貸していたが、やがて重さに耐えられなくなり、近くの扉が開いていた部屋に彼を下ろした。
長く使われていない、仏像などが置かれる慈院庫だった。
「ここは、底冷えしますね」
鈴鹿はそう言いながらも顔は上気したように赤い。
彼女は帯に手をかけ、花びらが散るようにはらはらと着物が足下に落ちた。
「一体……なにを」
「貞継様、私の胸は醜うございますか」
格子から差し込む月明かりが、彼女の生まれたままの姿を、白い肌を浮かび上がらせていた。
鈴鹿は羞恥心を精一杯に押さえ、貞継の目を見据えて尋ねる。
「上様にとって、私はただの大奥仕えの女官。たいした存在ではないし、お母様の代わりにもなれません。でも、貞継様の苦痛と肩の重荷を少しでも分けて頂けるのなら、お役に立てる事を嬉しく思います」
「御糸から色々と聞いたのだな」
「はい。けれど、これは私の意思です。貴方様の答えを受け止めたく存じます」
「こんな……将軍らしいことを、何一つしてやれないというのに」
貞継は止められなかった自身の凶行と幽閉となった身の上を何度も悔いていた。
命を削ってまで守ろうとした女官達を、自らの手で殺めたのだ。
にもかかわらず、彼の中の鬼は断末魔の最中に快感すら覚えていた。
貞継は自らの中が引き裂かれようとするのを、バラバラにならぬよう必死にかき集めていた。
「お前は、もう知っているのだろう。全てを」
「……大奥に上がったときから覚悟は決めていました。大奥の女は、全て将軍様のためにあるのです。今更、驚くこともありません」
「今……押さえがきかぬ。加減はできぬかもしれんぞ」
「構いません……」
鈴鹿がそう答えるか得ないうちに、貞継は慈院庫に置かれていた独鈷(どっこ)を手に取った。
その先端で自分の舌先を傷つけ、次に鈴鹿を抱き、乳房の先を噛む。
「い……っ」
「さっきの答えだが……人間の身体で醜い部分など何処にもない」
すぐに痛みはなくなり、代わりに貞継の『天鬼神』の血が鈴鹿の体内を巡り始めた。
痺れるような感覚とともに快感が波打つ。
「もしも、いつか将軍の座をお退きになったときは……そのときは私も……!」
月光が二人の姿態を照らしている。
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・
・
魔女織部 イル(おりべ・いる)は月の下で、これから生まれてくるマホロバの子供たちのために童歌を歌っていた。
月光に映える晴れやな舞。
陽の下 桜木の
幼き子らよ まほろばの
うるわしき 夢となれ
月の夜 影山に
幼き子らよ まほろばの
尊き思いを 胸に抱き
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