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リアクション
戦塵の大荒野
シャンバラ大荒野。
今日でハスターにトドメを刺してやる、と殺気立ったパラ実生が結集している。
その中に全身黒ずくめの支倉 遥(はせくら・はるか)が混じっていた。
立ちふさがるハスターを蹴散らして、ロケットで宇宙へ行こうという彼らに遥は親しげに話しかける。
「お前らも宇宙に行こうってのか? じゃあ、こんな話は知ってるか?」
ちょっと思い出したんだけどさ、と続ける。
「地球の衛星軌道に行くためにはヴァン・アレン帯っていう放射能が大量に飛び交うシャバいところを通過するんだが、そこを無事生きて通過するためには、愛情のこもったチョコレートを大量に摂取しなければならないんだ。そもそもそれがバレンタインデーの起源らしいぜ」
驚きの事実に集まったパラ実生が目を見張り、どよめきが起こる。
「マジかよ!? 聖ウァレンティヌスが当時のローマ皇帝が出した婚姻に関する禁令に背いて、こっそり兵士の結婚を助けたために殉教したっていうことから始まる記念日じゃなかったのか!」
「アンチョコ見ながらの説明ご苦労」
叫んだパラ実生の手からメモを引っこ抜き、にっこりする遥。
「それが一般的なんだが、それがすべてじゃない。物事には裏がある……キミ達だってよくわかってることだろう?」
「な……何てこった」
「どうするよオイ。チョコなんてもらったことねぇぞ」
「奪ったことならあるけどな!」
「ダメだなそりゃ。あっという間にヴァン・アレン帯で死ぬな。愛も何もねぇもんな」
落ち込むパラ実生は、ふと遥を見る。
遥は見た目は育ちの良さそうな女の子だ。
彼女が今ここで愛のこもったチョコレートを。
「くれてやってもいいぜ? こんなこともあろうかと、ハニーの作ったチョコレートをタンマリ持って来ているからな」
ニヤリとして言った遥の後ろから、パラ実女子が着てそうなセーラー服姿のベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)が、チョコレートを山盛りに積んだ籠を持って、ちょっと困ったような顔で進み出た。
遥はベアトリクスの腰に手を回し、強く引き寄せる。
「いやん、だーりん♪」
やや棒読みだが、いつもと違う役回りから恥ずかしそうにするその姿に、パラ実生は誰も気にしなかった。ちなみに普段なら男の子にしか見えないベアトリクスも、素材が良いためか今は女の子にしか見えない。
「さあ、みんなでチョコ食って宇宙へ行こうか!」
「うおおおっ、これで放射能もへっちゃらだぜ!」
「チョコくれ〜!」
遥の声にパラ実生がいっせいにベアトリクスに群がる。
目を回しそうなベアトリクスにぴったりくっついて、遥もチョコ配りに参加した。
にこにこしながら忙しくチョコを手渡しながら、ベアトリクスの内心は複雑だった。
こんなふうに腰を引き寄せる遥は珍しくて、それがパラ実生をからかうための演技なのだと思うと、ため息が出そうになってしまう。
ちらりと横を見れば、ベアトリクスの気持ちも知らない遥が、楽しそうにチョコをばら撒いていた。
パラ実との決戦に意気込んでいたところ、出鼻をくじかれたハスターの周囲の空気は一気に殺伐としたものに変わった。
「オイ、てめぇら! バレンタインだからって、こんなところでチョコ貪り食ってんじゃねぇぞ!」
「時と場合を選べや!」
「パラ実ってのは、とんだ馬鹿の集まりだな!」
口々に罵るが、今年ももらえないと思っていたチョコをもらえたパラ実は有頂天だ。
笑いながらハスターに言い返した。
「なんだなんだ、羨ましいのかァ!?」
「欲しいか? 欲しいのか? やらねぇよ! ギャハハハハッ」
「鼻血たらしながら言ってもしまらねぇんだよ! ハゲが!」
「まだハゲてねぇよ!」
「だったら俺がハゲにしてやるよ!」
とてもささいなことからパラ実生もいきり立つ。
遥とベアトリクスはそんな中を、少しずつ後退していった。喧嘩に参加する予定はない。
その代わりではないが、赤い髪をポニーテイルにした女がパラ実生の先頭に踊り出た。
今まで何をしていたのか、手には超有名銘柄の日本酒が握られている。
「ふぅん、おまえ達がハスターか。私、群を薙ぎ倒していくのも好きだよ」
無邪気な笑顔で思い切り挑発する霧雨 透乃(きりさめ・とうの)。
すでに気が立っていたハスターは、あっさり引っかかった。
「皆殺しじゃあ!」
鬼のような形相で武器を振り上げ、透乃やパラ実生に切りかかってくる。
その顔に真っ青になって後ずさる御人 良雄(おひと・よしお)。
透乃の後ろに隠れたがまだ足りない、とどんどん下がっていく。
その時、良雄は何者かに襟首を掴まれ、さらに後ろに引っぱられた。
いきなりのことに奇声をあげた良雄に、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がどこか冷えた微笑みで言った。
「怪我をしたくなければ下がっていてください」
「はいィィィ! そうするっス!」
良雄はあっという間に一番後ろまで下がっていった。
逆に陽子は、前線でハスターの攻撃を耐えている透乃の傍に駆け寄り、ドスを突き刺そうとしてきたハスターにアボミネーションを向ける。
突然襲いかかった得体の知れない恐ろしい気配に隙ができた。
透乃がそれを逃すはずもなく、今まで防御にあてていた盛夏の骨気を今度は攻撃に変える。
チャージブレイクとヒロイックアサルトで威力を増した重い一撃が、目の前の敵を吹っ飛ばす。
何人か巻き込んで倒れた彼はしばらく目を覚ましそうにない。
狩りを楽しむように目を細くした透乃は、いまだアボミネーションから立ち直っていないハスターへ、次々と飛び掛っていった。
一撃必殺を狙う透乃の拳にハスターは呻き声を上げて地に転がる。
陽子も透乃に負けじとファイアストームでまとめて炎に包んでいくが、不意にそれが氷結系魔法で阻まれた。
見れば、ハスター側と契約したと思われるパラミタ人。
「そういえば、ここに来ているハスターは契約者だけでしたね」
ヤクザは違うが。
今はチョコや透乃の挑発で頭に血が上っている状態のハスターも、落ち着きを取り戻したら面倒な相手になるだろう。
その前に、ロケットを目指す者達には行ってもらわないと……と、そちらを見れば、すでに心得たように生徒会長を先頭に駆け出していた。
良雄はビクビクしながら最後尾をついていく。
(置いていかれたら死ぬっス!)
石原肥満校長は死なないとか言っていたが、良雄はそれを信じていない。自分だって死ぬ時は死ぬはずなので、あの時の校長の銃弾が外れたの、は年寄りだから手が震えてたり老眼でぶれたに決まっていると思っていた。
一刻も早くこんな怖いところを脱出したい、と走る足に力をこめた時、それがいけなかったのか石ころに足を滑らせた。
ギャッと叫んだ良雄の頭上をダガーが飛んでいく。
それはリターニングダガーで、持ち主の辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は戻ってきたダガーを手の中に収めて、じっと良雄を見つめていた。
(気づいている様子はなかったがのぅ……)
ならばもう一度、と刹那はハスターの中を素早く掻い潜り、ダガーの射程内におさめた時、透乃にぶっ飛ばされたハスターが脇をかすめ、まだ走れずにジタバタしている良雄の横に転がった。
「ひええええっ、ど、どこから飛んできたっスか!」
キョロキョロする良雄が刹那を捉える。
刹那はわずかに眉をしかめると、今の良雄なら避けられないだろうと、ダガーを構えた。
しかし、横から感じたひやりとする気配にとっさに飛びのく。
刹那がいたところには、透乃が滑り込んできていた。
気づかなかったら蹴飛ばされていただろう。
「早く行って!」
透乃の声に、硬直していた良雄はハッとなって駆けていった。
刹那と透乃が鋭い視線をぶつけあう。
「ただの子供じゃないってわけか」
「そういうおぬしも、ただの女ではなかろう?」
「手加減無用ってね……元からしてないけど」
「死にたいなら手加減でも何でもすればよい」
フッと笑うと、刹那はすかさず乱闘の中に身を躍らせた。そこに参戦するわけではない。
刹那の小柄な体がハスターやパラ実生の体格の良い連中の中に紛れ、透乃が見失った時、後ろのほうから何かを感じた。
その感覚のままに身を捩ると、ギリギリの箇所をダガーの切っ先がかすめていく。
戻るダガーの位置を確認したが、刹那らしい影はもういない。
「そういう戦い方か……」
それなら、こちらは予定通り一人ずつ潰していき、刹那の盾をなくすまでだと透乃は口の端を物騒な形に吊り上げた。
刹那は刹那で、透乃の位置を気にしつつもハスターの援護もしていた。
鬼眼で怯ませた後、一気に懐に飛び込み袖の長い服の中に隠れていたダガーで切り裂く。
そうして良雄を追いかけようとしたが、新手の出現により難しくなってしまった。
良雄と入れ替わるように現れ、ハスターの進路をふさいだトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)。
「てめぇ、どこからわいて出やがっ……!」
ハスターの怒鳴り声は中途半端に途切れ、彼の膝がくず折れる。
特に武器の攻撃で気絶させたわけではない。その証拠に、倒れた男からはいびきがもれている。
トマスは聞こえていないだろう彼に、にこやかに教えた。
「最初から待ち構えてたよ。君達が良雄を追いかけてくる前まで、僕らに背を向けていただけ」
石原校長に頼まれた良雄が、ヒラニプラに用意された人面ロケットで宇宙に行くと聞いたのは、トマス達がヒラニプラにいた時だった。
だから、良雄の邪魔をしようと陣取ったハスターに対し、トマスは後方から駆けつける形となり、それを利用したにすぎない。
「こしゃくな奴だ……たたんじまえ!」
振りかざしたハスターの釘バットに火炎が宿る。
トマスは慌てずに、眠らせた男が持っていたナイフをサイコキネシスで操って牽制した。
そこに、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が光術で目晦ましをかけたかと思うと、ブージ片手に急接近する。
「釘バットの他には、ナイフにナックルに……鉄球? こんなものぶつけられては、当たり所が悪ければ死んでしまいますね。それにこれは催涙スプレーにスタンガンに……いろいろ持ってますねぇ」
呟きながら素早く巧みにブージを操り、男が所持していた他の武器を次々露わにしていく子敬。その際、服も切り裂かれていき……。
「はい、これでおしまいです!」
武装解除が終わった頃には、男はパンツ一丁になっていた。
「ご、五右衛門かよ……!」
「斧だけど斬鉄剣……」
「ふふ、つまらぬものを斬ってしまった、とでも言っておきましょうか?」
どよめくハスターに、子敬は微笑む。
ハスターの気勢が弱まったかに見えた時、蓮田レンの叱咤が飛んだ。
「怯んでんじゃねえ! 向こうが鉄を斬るって言うなら、てめぇらは鋼だって斬れるぜ」
うっすらと笑みを浮かべて言い切ったレンに、ハスターの士気が高まる。
「オラオラァ! 真っ二つにしてやるぜ!」
威勢良く叫んだ彼が放ったのはアシッドミストだった。
「馬鹿か。それで真っ二つになるかよ!」
「こうやるんだよっ」
笑う男の陰からトマスに突進してきた別の男がソニックブレードの構えを見せる。
とっさに子敬がトマスの前に滑り込み、その一撃を受け止めた。
ブージがわずかに欠ける。
同時に、吸い込んだ酸に小さくむせた。
「止めやがったか、さすがだな」
手応えを感じた嬉しさから彼は二撃目を打とうとしたが、それはミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の子守唄により不発に終わった。
トマスとミカエラで押し寄せるハスターをできるかぎり眠らせていく。
ハスターの後ろからはパラ実生が迫っている。
このまま挟み撃ち状態でここで終わりにしたかった。
「御人良雄さん達への道案内はすませたわ」
ミカエラの報告に頷きを返すトマス。
ハスターに追われるうちに、ロケット打ち上げ場への道からそれていたため、ミカエラが正してきたのだ。
その時、ハスターの一団がトマス達の脇を駆け抜けていった。
すぐに捕まえようとしたが、別からの攻撃に阻まれる。
(テノーリオ……!)
万が一に備え、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)には後方に控えてもらっていた。
迫り来るハスターをテノーリオは腕組みし、堂々と待ち構える。
「何だあいつ! 一人で俺達をやろうってか?」
「ナメた奴だ。ゴミ屑にしてやるぜ!」
勢いに任せて駆けるハスターだったが、その先頭が突然何かに足を取られたようにつんのめり、投げ出された。
前を行く者が崩れたため、後続もバランスを崩し転んだり、あるいは立ち止まったためにさらに続く仲間に突き飛ばされたりと、混乱を引き起こす。
それを見たテノーリオが、何かを呼び寄せるような合図をすると、地響きと共に遠くから何重もの足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ど、動物ぅ!?」
気づいた誰かが叫んだ数秒後、テノーリオの仕掛けた罠に足止めされたハスターの上を、獣の群が思う様蹂躙し、それはあっという間に過ぎ去っていった。
後には、体中足跡だられにして伸びているハスター。
「単純な奴ら」
自分のことは棚に上げてトマスのほうをうかがうと、やや苦戦しているようだった。
「兄貴が助けてやらないとな!」
トマスを弟のように大事に思っているテノーリオは、身を隠せそうな岩陰を見つけると、スナイパーライフルを構えた。
ハスターを眠らせることにそろそろ疲れを覚えてきていた頃、警棒でトマスを突き殺そうとしていたハスターの武器が、どこからか飛んできた銃弾により弾かれた。
手首を押さえて呻く彼に、トマスは灼骨のカーマインを突きつけて尋ねる。
「君達はどうしてシャンバラ進出を?」
「な、何を……?」
「疑問に思っただけ」
「俺はレンさんについていきたいからここに来た」
「じゃあ、そのレンの理由は?」
「ハハハ。マジで聞いてんのか? 日本はもうレンさんがシメた。それなら、次は俺らの頭の上でいい気になってるパラ実だろ」
蒼空学園でもイルミンスールでも教導団でもなく、パラ実。
同じ不良としてライバル意識を持ったのだろう。
だが、本当にそれだけだろうか。
トマスはどうにも腑に落ちなかったが、レンの姿は見える範囲にはなかった。
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