リアクション
* * * (あれからもう一年ですか) 空京大学へ向かう道中、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は去年の出来事を振り返っていた。 ジェネシス・ワーズワースを巡る一連の事件の発端となった、古代遺跡の調査。 そして、 「お兄ちゃん!」 金のロングヘアーに、金色の瞳を持った黒いゴスロリの女性が彼に向かって来た。 ――モーリオン・ナイン。 彼女と出会ったのも、それを通してだった。 友人から話を聞いていたとはいえ、半年前よりもさらに大人びた雰囲気のモーリオンに抱きつかれると、どこか気恥ずかしくなる。 「リオン……?」 「久しぶり、お兄ちゃん!」 あどけない笑顔を見せる。と、そこでモーリオンがはっとしたように頬を赤らめる。 「ご、ごめん。急に……びっくりしちゃった、よね?」 「い、いえ、大丈夫ですよ」 以前にも増して女性らしくっており、やや戸惑う。電話で声を聞くのと、こうやって顔を合わせるのでは、全く違うというのを実感した。 「それと人がいる場所では、私のことは『兄』か『エメ』でお願いします」 「う、うん、分かった」 モーリオンの見た目は二十歳前くらいである。本人にも自分の外見への自覚が備わっているらしく、今頃になって恥ずかしそうにもじもじとしている。 「いらっしゃい」 入口で、司城がそんな二人の様子を眺めていた。 「お久しぶりです。つまらないものですが、こちらをどうぞ。リオンの分もあります」 二人に自分が焼いたマドレーヌを手渡す。 「さ、こっちへ。ゆっくりお茶でも飲もうか」 PASD内の一室へ通され、三人は椅子に腰掛けた。 「お変わりないようですね、先生」 「うん、見事なくらいにね。ジールからも『お前、本当に何歳だ?』って言われたりするくらいだよ」 軽口を交えつつ、世間話に興じる。 「ああ、ジールっていうのは今、海京の極東新大陸研究所海京分所にいるジール・ホワイトスノー博士のことだよ。天御柱学院のイコン技術に深く関わってる。彼女もまた、『新世紀の六人』と謳われた科学者の一人だよ」 海京にはロボット工学の第一人者がいる、という話は聞いたことがあったが、まさか先生の旧友だとは。 「そういえばジールさん、最近ちょっとあせってる感じだよね」 と、モーリオン。 「負けず嫌いだからね。イコンで先を越されたから、悔しいんだろうさ」 「ふーん、負けず嫌いかぁ……」 どうにもモーリオンには、勝ちとか負けという概念は薄いらしい。 「そうだ、リオン。ボクの研究室に、鴨がマホロバから送ってきた土産があるから取ってきてくれないかな?」 思い出したかのように、司城が言った。それを受け、リオンが部屋を出る。 「鉄扇を新調するためにマホロバまで行くなんて、鴨もよく頑張るよ。 ……と、まあ冗談はこのくらいにして、今のうちに本題といこう」 エメの様子を察していたのか、司城があえてモーリオンを席から外させたようだ。 「先日のヴァチカンでの聖戦宣言と、テロを制圧する様子を見ました。神の代行者――クルキアータ。正直、美しいと思いました。でも、どんなに美しくてもあれは戦闘の機械。 ……ただ、イコンを始めに創造した人は何を思って作ったのだろうかという疑問があります。『代理』とは何の代わりであることを意味するのか、と」 「キミはそれを知りたいと、そういうことかな?」 「はい。もしもイコンの創造者の想いが分かるなら、それが優しい想いや救いを求めるものなら、私は出来うる限りのことがしたいと思います」 ふむ、と司城は彼の言葉に耳を傾けている。 「大きな力を持っているからといって、最初から争いのためにもたらされたものだとは限りません。リオン達がそうであるように」 もちろん、この先エリュシオン帝国や地球と戦争することになっても、彼女達は巻き込みたくない。 護るために戦う必要があるならば、剣となり自ら立ち向かっていくことも決めた。盾として護ることに限界を感じたからだ。 「……キミは一度、彼女に会った方が良さそうだ」 「彼女?」 「『罪の調律者』。ジールのパートナーで、イコンの創造者の一人だよ。五千年前の、さらに五千年前――一万年前を知る人物でもある」 イコンの秘密を知る者。 「面会に必要な紹介状はボクの方で用意するよ。天御柱学院関係者以外に厳しいからね、あそこは。この前もボクを頼って二人ほど来たくらいだよ」 PASD情報管理部関係で手伝いをしてくれている学生が訪ねて来たとのことだった。 「持ってきたよー」 そこへ、モーリオンが戻ってきた。 「ありがとう。ちょっと席を外すから、二人で先に食べてるといいよ」 司城が目配せをしてくる。 用意している間、モーリオンとごゆっくりということらしい。 そこから二人は、ワーズワースの一件以後に経験してきたことを語り合った。 |
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