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「すみませんが、招待状のない方をお通しすることはできません」
 橘 美咲(たちばな・みさき)は自主的に、校門前で警備員を手伝って警備を行っていた。
 今回のパーティには、招待状を持った招待客と、迎えに出ている百合園生がいる場合にのみ、参加できる形になっている。
「じゃあさ、君が招待してよ! 俺、君と話したいな〜」
「俺も俺も〜。君の友達とも話がしたいぜ!」
「プチ合コンーみたいな?」
 ちゃらちゃらした少年達が美咲に言いよってくる。
「仕事がありますので。また一昨日いらしてください」
 美咲は丁寧に断ると、次の客の対応に向かおうとする。
「招待客はもういないようですし、校門閉じてしまいましょう。あとは私達に任せてあなたもパーティを楽しんでください」
 職員の警備員にそう言われ、美咲は校門の外に目を向ける。
 確かに、招待客と思われる者も、待っている百合園生の姿もない。
「はい。ではここはお願いいたします」
 ぺこりと頭を下げて、美咲はパーティ会場へと向かう。
 何人か、少し気がかりな人物もいるから。
 自分がパーティを楽しむためではなくて、皆が楽しめるパーティであってほしいから。
 美咲は今日は警備に徹するつもりだった。

(もめ事は起きていないようですね。これだけの人数が集まっているのに)
 和やかな会場を見て、美咲はほっと息をつく。
 だけれどこのご時世だ。気を抜くわけにはいかない。
 ここには力のない子も、要人も沢山いるのだから。
(身元が明らかな人は他の方にお任せするとして……)
 会場には自分より強い人も沢山いるから。不意打ちでもされない限り、皆がなんとかしてくれるはず。そう信じて。
 美咲自身は、会場を見回して、見たこともない人物、生徒手帳の提示もなかった人物の傍に近づいていく。
 特に気になったのは、カップルのような男女だ。
 趣旨的に考えても、この場に若いカップルが呼ばれるのはどこかおかしい。
「普通の家庭を築くことが私達の夢なんです」
「穏やかにのんびり暮らしたいですね」
 カップルは百合園生が集まるテーブルで、そのようなことを言っている。
「私はパラミタに残るのなら、それなりの家に嫁ぎたいなー。その為に、百合園で勉強しているんだから」
「そうですわね。パラミタも地球も非常に不安定な状態ですし。でも、好きな人が出来たら、お二人と同じような気持ちになるのかもしれません。裕福な安定した生活よりも、大好きな人と一緒にいることが一番幸せ……なのかもしれませんから」
「うんうん!」
 明るく会話をしていた百合園生が、近づいてきた美咲に気付く。
「美咲ちゃんはどう思う?」
「え……っ」
 同級生からの突然の問いに、美咲はちょっと考え込む。
 そういえば将来について、深く考えたことはなかったなと。
「自分のことは、その時になってみないとわからないです。今を懸命に生きた先の未来なら、信じられる未来になっていると思います」
 お茶を飲みながら、カップルの視線も美咲に向けられる。
 例え、誰かが用意したレールの上であっても。
 その道を進むのは他でもない自分自身の足だから。
 だから、何の不安も持っていないと、美咲は話していく。
「勿論無茶をやり過ぎて死んじゃったら元も子もないですけど」
 最後にそう言って、くすりと笑うと、百合園の同級生達も。
「美咲ちゃん、無茶ばかりするしね」
「取り返しのつかないことだけはしないようにしてね」
 と、笑みを浮かべた。
「……貴方は警備をしているのですよね。こちらに近づいてきたのは、僕達を怪しんでいるから?」
 突然、カップルの男性が少し悲しげな顔で問いかけてきた。
「いえ、皆がより楽しめるように、荒事がおこらないよう見て回っているだけですよ! ご不快な思いをさせてしまっていたら、ごめんなさい。お詫びにお茶でもケーキでもお持ちします!」
 そう元気に、明るく美咲が答えると、男性も笑みを浮かべ。
 女性は立ち上がって、美咲の手を引っ張った。
「自分が楽しむことも、忘れないでね。こちらは百合園生の為のパーティなのでしょ? あなたも主役の一人なのですから」
 彼女が、美咲を席に座らせようとしたその時。
「あっ」
 ドンと、近くを通りかかった男性が、女性にぶつかってしまった。
「大丈夫?」
 よろめいた女性を、男性――黒崎 天音(くろさき・あまね)が支える。
「大丈夫です、が……」
 天音が持っていた紅茶が、彼女の服にかかってしまった。
「熱くなかった?」
 女性の彼の言葉に、女性はこくりと首を縦に振る。
「ぼんやりしていて……ごめん。それじゃもうその服は着られないね、新しい服をすぐ用意するにしてもそのままじゃ……」
 天音は共に歩いていた人物に目を向ける。
「ラズィーヤさん、すまないけどこの人にサイズの合いそうな服は無いかな?」
「校長室に、静香さん用のドレスなら沢山用意してありますわ。どなたか、案内をお願いいたします」
 ラズィーヤがそう言うと、白百合団員達が立ち上がって彼女を校長室へと連れていく。
「それでは、わたくしは面談に向かいます。あなたもゆっくりしていってくださいませ」
 天音にそう言葉を残すと、ラズィーヤは第二部の面談を行うために執務室へと戻っていった。
「また後で」
 そう言って見送り、天音は先ほど彼女に声をかけてきた男性の方に目を向ける。
「すまないね。折角のパーティなのに台無しにしてしまって。服は好みもあると思うから、問題なければ彼女の着替えが済んでから、近くのショップに一緒に行きたいと思っているのだけれど。……君の恋人だよね?」
「ええ、彼女は僕の大切な人です。お気持ちだけで十分です。他の男性から服を贈られるのはちょっと、ね」
 そう答える男性からは、気品が感じられた。
 身なりは一般的で、表情も和やかだったけれど。
 少し違和感を感じる。
「それじゃ、これだけでも受け取ってもらいたいな」
 彼に興味を持った天音は、持ってきていた菓子壺をテーブルに置き、彼と同じテーブルに座らせてもらうことにする。
「我のパートナーがすまんな。飲み物は足りているか?」
 天音のパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、トレーにジュースを乗せて現れる。
「サンドイッチはどうだ。スコーンにはクロテッドクリームが良いだろうか?」
 別のテーブルに合った食べ物も分けてもらって、彼とそのテーブルに集まる百合園生の世話を始める。
「名前、聞いてもいいかな?」
「僕はオミロ。彼女はトッエリュジ。ここではそう呼んで」
 くすりと男性は笑みを浮かべる。
「訳ありのようだね?」
「ええ……彼女との交際を両親に反対されていまして。2人で家を出てきたものの、資金が尽きてしまったんですよ。こちらの美しいお嬢様方のご厚意に甘えて、パーティに参加させていただいているのです」
 そう、小さな声で男性は天音に語った。
 彼、彼女共に、年齢は20そこそこと思われる。
 茶や茶菓子をつまむそのしぐさからは、品格が感じられ、彼は良家の子息のように思えた。
 だとしたら、彼女はメイドか何かだろうか……。
 そんな風に考えながら、談笑しているうちに、彼女が戻ってくる。
 静香のドレスを纏った彼女は――とても美しかった。
 彼が軽く眉をひそめる。
「目立ち過ぎだぞ」
「ごめんなさい。このドレス、とても気に入ってしまって。貴方にも見てほしくて……。服、洗濯してくださっていますし、ここを出るまでの間ですから」
「……そうだね。僕もその姿の君の方が好きだし、可愛いよ」
 そんな彼らのやり取りを天音は興味深げに、観察していた。
 彼女の方もそれなりの家柄の娘のように、見える。
「良かったら使ってください〜」
 同じテーブルについているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、苺ジャムをカップルへと差し出した。
 この苺ジャムは、パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の手作りだ。
「旬の路地物の苺で作ったんだよ。ケーキとかも沢山作りたかったんだけれど、今日はそういう準備をしたらいけない会だから、大したもの出せなくてごめんね」
 セシリアはそう謝罪した。
 きっとお腹を空かせているだろうし、もう少し料理を提供したかったのだけれど。
 今日は趣旨的に、料理を振る舞うことは良しとされないパーティなのだ。
 だからセシリアが悩んだ末に持ってきた料理もルール通り、サンドイッチだけ、だった。
「甘いものだけじゃ飽きるしね。採れたての卵使ってるから、こちらも美味しいと思うよ」
 言って、卵サンドも、カップルへと差し出した。
「ありがとうございます。ホント美味しいですね」
「ジャムの甘味と酸味も程よくて、上品な味ですわ」
 2人は料理とお茶を楽しみながらメイベル、セシリアに微笑みを向けた。
「はい〜。あの……色々大変そうですが、今はゆっくりリラックスして楽しんでいただければと思いますぅ。ここには、招待されている方以外、入ることはできませんから……」
「ええ、ありがとうございます」
 メイベルの優しい言葉に、カップルは感謝をし、周りの百合園生達にも目を向ける。
「本当にありがとうございます。皆さん、とても優しくて素敵な方ばかりです」
「ただ……」
 男性の顔にわずかな変化を、天音や警戒心をもって彼を注視していた者は気付いた。
 すぐに男性は微笑みを浮かべて、こう続ける。
「親切過ぎて、心配にもなります。世の中には悪い人も沢山いますから。どうか、騙されたりしないよう、ご注意くださいね」
「生活が安定したら、百合園にお礼の贈り物を送らせていただきます。皆さんは何がお好きですか?」
 女性の問いかけに、メイベルは少し考える。
「こういった会で楽しめる、茶葉などが嬉しいかもしれません〜。皆で楽しめますし」
「お花とかもいいよね。視覚で皆で楽しめるから」
 メイベルとセシリアはそう答える。
 お礼は受け取ることが相手の喜びにもなるから。
「今日、このように一緒にパーティを楽しめたことを、思い出せるようなものだと嬉しいですわね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はそう言って、自分の隣に座る百合園生達に目を向ける。
 彼女達は、カップルに招待状を書いてあげた子達――百合園の高校の新入生だった。
「皆様は何が良いと思います?」
 少し緊張している彼女達に、フィリッパは問いかけた。
「えっと、お手紙です。お手紙がいただけたら嬉しいです」
「もし、いつか結婚されるのなら、式のお写真とか見たいです」
「写メで十分ですわ。どうか、幸せになって欲しいです……」
 少女達は素直な感情をカップルに話していく。
(初々しいですわね。メイベル様も新入生の頃は、このような感じでしたのに……)
 フィリッパは新入生の少女達を暖かい目で見、それからメイベルにそっと目を向ける。
 彼女は、カップル達を気遣いながら、他のテーブルに座る、白百合団の先輩の方にも時折目を向けている。
「私がメイベルさんと契約して百合園の生徒として入学してから、約一年になります」
 フィリッパの隣に座るシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が、フィリッパと一緒にメイベルを見ながら小声で話していく。
「新入生が入ってきた以上、私も一応上級生という形になるのですよね。こんな私でも上級生らしく振る舞えるかいささか緊張してしまいます、が」
 シャーロットは可愛らしい新入生達に目を向けて、ほっと息をつく。
「粗相のないよう、気をつけませんと」
 自分自身も楽しみたいけれど、シャーロットとしては、新入生の皆に楽しんでもらいたいと思っていた。
「そうですわね。ですが、この会には様々な狙いのある会のようですわよ」
 フィリッパはカップルや、カップルの傍に集まる人々。警備に携わっている人、来賓達を見回し、最後にメイベルに視線を戻す。
(メイベル様は、今では、白百合団の班長ですのよね。無邪気なだけではいられませんわよね)
 新入生達に向けた目と同じような暖かい目でメイベルを見詰めた後。
「こちらのお菓子は、手作りですわね。柔らかくてとても美味しいですわ。どなたが作られたのでしょう?」
 そう、新入生達に尋ねる。
「ホント、とても柔らかですね」
 シャーロットもその焼き菓子を手にして、微笑みを浮かべる。
「あ、それは私が作りました。柔らかさを出すには、ちょっとコツがあって……っ」
「うん、とても美味しいです。コツ知りたいな〜!」
「私も知りたいですっ」
 そんな風に、フィリッパとシャーロットは新入生達の会話のサポートを、それとなくしていくのだった。