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 そのテーブルは、他と趣が違っていた。
「このティーセットはパートナーの珠が長く大切に使ってるものです。長く使ってるものは味が出てくるんですって」
 カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)が、“ティーセット”の“カップ”の表面に指を滑らせる。
「珍しい色合いですね。均一な色合いではなく、複雑な色が交じり合って……あら、この器だけにある、枝のような模様は……?」
(ティーセット……と言われますと、若干違和感がございますわね)
 茶器の持ち主である明智 珠(あけち・たま)は、名門バルトリ家の夫人アレッシア・バルトリに問われ、閉ざしているつもりだった口を開いた。
「長く長く使っている器は、割れたり欠けてしまうこともございます。わたくしの生まれ育った日本には、その部分を漆で繋ぎ、金で装飾するという技法がございます。物を大事に扱う心は勿論ですが、それによって美しさが増すこともございますね」
「お茶を楽しむためには道具にも気を使う事が大切よね」
「そうね、美しい器で飲むと、同じお茶でも一層美味しく感じられます。そのような器をわざわざ持ってきてくださって、ありがとうございます」
「それに、やはりその文化のお茶は、その器で頂いた方が、口当たりも良いように思いますね」
 アレッシアの横で、青年貴族が頷く。
「ありがとうございますわ」
 珠は控えめにほほ笑んだ。
 テーブルに並んでいるのは、ティーセット──もとい陶器の急須と湯呑。湯呑に入っているのは日本茶だった。
「日本では古くから様々なお茶が親しまれております。こちらは現代最も親しまれている、緑茶でございます。緑茶にもさまざまございますけれど、こちらは皆様にも飲みやすいものをご用意させていただきました」
 ヴァイシャリーで生まれ育った貴族は、いわゆる紅茶を飲むことが多い。けれど紅茶と緑茶は主に発酵の違いで、兄弟のようなものだ。
 日本茶の中にも、普通に飲まれる緑茶の茶葉を発酵させて紅茶にした、緑茶っぽい紅茶もある。紅茶のように柑橘類などで香りを付けたものまである。
 或いは、紅茶の木なのに緑茶っぽい味があるものもあり、よく知られるダージリンのファーストフラッシュは、緑茶に似た薄い色と味を持つものもあった。
「アンティークの器やお茶を愛するところは、よく似ていますね」
「今度我が家でも日本風のお茶会をしてみるのもいいかもしれませんね。──ほら、こちらには茶道部があると伺っていますし、今度拝見したいですね」
「お抹茶でございますね。どちらかといえば、わたくしもお抹茶の方が親しんでおりまして……」
 カトリーンは、聞き役のつもりが珍しく饒舌に(ただし控えめに)お茶を語る珠を見ながら、楽しげな来賓者の様子に満足していた。
 ティーパーティを自分たちが楽しむのはいいけれど、こちらは来賓の方をお迎えする側。その気持ちを忘れずに、百合園生らしく節度を持ったおもてなしで、満足していただきたかった。
「ヴァイシャリーではどのようなお茶を楽しまれるのですか?」
 話題は茶器からお茶の種類、作法から育て方にまで広がって、六人ほどのテーブルの話題は、様々な方向に転がっていった。
「……空京だとドーナツにコーヒーっていうのも定番みたいだね」
 ベーグルをさりげなく取り分けながら言ったのは、ミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)だった。
「あ、これあたしの手作りベーグルね。プレーンにクリームチーズ挟んだやつに、ココアとチョコチップ。で、これがさっき話題にもで出た抹茶入りだよ」
 テーブルの青年貴族に何故だか視線を合わせてにこやかに。
「……手作りって、仕上げのオーブンの温度を合わせただけじゃないですか……」
 ベーグルの本当の作者、アーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)がお茶を吹き出すのをこらえてパートナーに突っ込みを入れたが、ミネッティは聞こえていないように笑顔をつくりつつ、
「でも、きっと普段から美味しいもの食べてるだろうから、口に合うかどうかは分からないかなー。あたしも大学に入る前は百合園に通ってたんだけど、学生食堂とかやっぱり美味しかったよ」
 ちょっと探りをいれる。……このテーブルにいる来賓は、皆一目で上質とわかる衣服に身を包んでいた。既製品じゃなくて、多分オーダーメイドの。
「ああ、珍しいパンだな。<湖の畔>でも作ってくれたら面白いんだが」一人は四十手前といったところ──まぁ許容範囲か。「妻にでも頼んでみようか」ああ、妻帯者は面倒だ。
「いいえ、美味しいですよ。それに家の料理人はヴァイシャリーの料理が主ですから、こういったものも新鮮ですね」もう一人は年の頃なら二十代後半、全く問題ない。
「向上心は大事だよねー。あたしが百合園を出たのも、勉強して更に上を目指したいって思ったからなんだ。って言っても、ヴァイシャリーのこの雰囲気も好きだな」
「料理に興味がおありなら、幾つか名店と呼ばれるレストランをご紹介しましょうか」
 きたっ、と、ミネッティは心の中でガッツポーズ。
 ミネッティはパートナーが花を摘みに席を外したのを見計らって、こっそりと彼にメモを手渡そうとした。
「今はパートナーが居るので……後で二人でお会いできませんか」
 彼女の連絡先の書いてあるメモである。
 だがその辺は、一応貴族。騙すのも騙されるのにも警戒心があるわけで……、がさつで不良と混じって遊んでいたミネッティの素性を、何となく感じ取っていた。
 更にさらに、お金持ちや貴族なら、婚約者がいてもおかしくないわけで……それなりの年齢であれば妻帯者である可能性も高いわけで。
 いや、そうでなくとも、初対面の女性に誘われて二人で会うのはなかなかにリスキーである。そこに火遊びの意味が含んでいそう、となれば特に。
「親切そうに見えても、良く知らない男性に軽率なことをしてはいけませんよ」
 にっこり親切で善良そうに笑って見せて、その貴族は代わりに彼女のお皿に、ケーキを乗せたのだった。