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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

 極東新大陸研究所海京分所。
「ドクトルさん、間もなく完成します」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)は、ドクトルに報告した。
 能力活性薬の存在と、なぜドクトルが能力消去薬を作ろうとしたのか、その本当の目的を聞いた後すぐに申し出て、能力活性薬を中和する薬作りに取り掛かった。
 現実から逃げていた。ドクトルがそう言っていたが、自分はそうは思わない。今まで何もなかったわけではなく、何かしようとしながらも何も出来なくて苦しんでいたということを知っている。
「でも、能力活性薬の最後の一つが残ってるのって、どのくらいの人が知ってるんだろう……?」
 ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が疑問をドクトルに投げかけた。能力活性薬の名前自体は、クーデター中に風間が口にしたのを聞いている者がいるということは、佑一も耳にしていている。
「風間君も死んだ以上、いないはずだよ」
 だが、万が一ということがある。そのための中和薬だ。
「しかし、その風間が死ぬ前に誰かに伝えていたら? あり得ない話ではないと思います」
 ドクトルに告げた後、佑一はシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)を召喚した。
「急に呼び出して、どうした?」
 まずはシュヴァルツに事情を説明する。
「確かに能力活性薬を開発したドクトル自身が狙われるというのも考えられるな。なるほど、それで呼び出したということか。ならば、彼の護衛を完遂させるとしよう」
 そのままシュヴァルツがドクトルの護衛についた。
「それはありがたいが、この研究所は海京で一番安全な場所だ。契約者が侵入してきても、所内のPキャンセラーを発動させればいい。クーデター時に使われた強化型と同等だから、身動きが取れなくなるはずだよ」
「しかし、それを防ぐ手立てはあります。用心に越したことはありません」
 そのとき、内線電話が鳴った。
『中尉か。うん、分かった」
 すぐに佑一に視線を合わせてきた。
「矢野君、君の知り合いが到着したそうだ」
「はい、では迎えに行って来ます」
 わざわざ入口まで行くのは、彼らが本物か確認するためだ。真実の鏡を携え、レン・オズワルド(れん・おずわるど)茅野 茉莉(ちの・まつり)達を出迎えた。

「よく来てくれたね。まずは座ってくれ」
 レンは椅子に腰を下ろし、ドクトルから事情を聞くことにした。彼とメティスが話している間も、アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)が護衛役を務めている。何かあっても、すぐに動ける者は必要なためだ。
「なるほど、能力活性薬に、それを中和するための薬を……」
 それを知った上で、研究を行うドクトルや佑一達の護衛を買って出た。
「だが、その上で一つ頼みたいことがある。もし中和薬が完成したら、それをルージュに与えて欲しい。もちろん、それを受け入れるかどうかは彼女達の意志に委ねるが」
 『炎帝』ルージュ・ベルモント。
 彼女は海京クーデターにおいて首謀者に近い位置にいたうちの一人だ。現在は重症を負い治療中であるが、クーデターにおける強化人間は全員オーダー13によって、自分の意思に関わらず首謀者である風間 天樹に操られていたということで処理されている。全ては彼の仕組んだことだと。
 しかし今回の一件によって、強化人間への偏見はより一層強まるかもしれない。そうなると、彼女達の居場所はなくなる可能性だってある。
「あの子の未来を守りたい。だから、選択肢を与えたい」
 ちょうどその間、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がコリマと交渉を行っていた。海京内に精神ネットワークを張っている彼に呼び掛ければ、直接会いに行けずとも会話が出来る。もっとも、常にというわけにはいかないため、重要な話をする場合はやはり直接行くのが確実だが。
「……そうですか、分かりました」
「どうだ?」
 レンはメティスの表情を見て、結果を察した。
「彼女はまだ学院に必要な存在、とのことです。そして、こうも言ってました。仮に薬が完成しても、ルージュさんがそれを受け入れる可能性はゼロだって」
 今度はドクトルに向き直る。彼もまた、険しい顔つきになっていた。
「確かに、能力活性薬は私にとって忘れたいものだった。だが、それは決して闇の中で生まれたものではないと理解して欲しい。当初は人間の限界を、可能性を見出そうとするためのものだった。だが、あまりにもリスクが多き過ぎた。君は、ベルモントさんの身体に刻まれた傷を見たのだろう? 能力活性薬だって、望んで投与されたものではないはずだよ」
 自分の能力をコントロールするために必死で努力をした形跡。それは目に焼き付いている。
 もしかしたら、ドクトルの言う通りかもしれない。だが、それならなおさら中和薬というのが必要なのではないのか。
「だけど、そうやって自分の力と向き合ってきたからこそ、彼女はその力に誇りを持てるようになった。君が言う新しい選択肢は、彼女のアイデンティティを奪うだけじゃない。彼女の努力も、前向きな姿勢も、風紀委員として本当にこの海京を護ろうとしていたことも、その全てをなかったことにしてしまうものだ。確かに選択肢を用意することは出来る。だがベルモントさんに君の言葉をそのまま伝えれば、彼女は自分の全てを否定されたと思うだろう。お前は間違ってる、だからその能力はない方がいい、と助けた恩人から絶望を与えられるんだ。選択の問題じゃない。君は、彼女の姿を見ていながら強化人間も、ルージュ・ベルモントという個人も自分の中にある正義、価値基準で否定しているんだよ。未来を守るどころか、その未来を粉々に打ち砕いているんだ」
 そこで、ドクトルが一息ついた。
「……と、厳しいことを言ったが、確かにクーデターの影響を考えると彼女達に対する風当たりは強くなるだろう。だけど、人の意識は変わっていく。いや、変えていかなければいけない。そのために、学院も新体制に移ろうとしている。大人達の勝手な都合に振り回されない、生徒達が自ら可能性を掴み取っていくための環境になろうとしている。時間はかかるだろうけど、未来っていうのは過去に否定ではなく、過去を受け入れてこそ拓かれるものではないのかな。なかったことにしてはいけない。失敗や間違いを積み重ねることで人は成長するし、科学は発展する。私も、過去を否定してたから偉そうなことは言えないんだけどね。佑一君達のおかげで、気付くことが出来たよ」
 まだまだ悩みは尽きないけどね、と穏やかな口調で告げた。

 レン達との話が一段落すると、茉莉はドクトルに相談を持ちかけた。この間、レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が佑一の中和薬作りの手伝いを行い、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が襲撃に備えてバリケードを張ったり、トラップを仕掛けたりしている。
「能力活性薬の最後の一つがあるってのは聞いたんだけど……それ、あたしに使わせてくれないかしら?」
「……一応、理由を聞くよ」
「今よりも強くなりたいから。守りたいものを守るため、力が欲しいのよ」
 魔法が使えなくなっても、超能力者に転向した上でレイヴンのテストパイロットになって戦ってきたが、そのレイヴンも失ってしまった。
 まだ自分には力が足りない。だから、もっと強くならないと何も守れない。一種の強迫観念のようなものが彼女の中にはあった。
「危険過ぎる。暴走した挙句、最悪の場合は死ぬかもしれない。それだけじゃなく、暴走が治まっても、能力が上がらない可能性だってある」
「世界が滅亡するかもしれないのよ。あたしはたとえ可能性が1%だったとしてもそれに賭けるわ。BMIのときだって死にそうになったこともあるじゃない。でも、最適化だって出来たのよ。きっと今度も大丈夫よ」
 自分の精神も大分強くなった。それに、これまで乗り越えてきたのだから、今度も乗り越えられる。そう思っていた。
「必要ならパラミタ化手術だって受けるわ。それだけの覚悟はあるわよ」
 ドクトルは苦い顔をしたままだ。
「はっきり言ってしまうと、君の脳はもうボロボロだ。これまで、あまりにも無理をしすぎている。BMIだって乗り越えたわけではなく、最適化は君自身の脳が制限をかけた結果だよ。その自覚を持てていない時点で、かなり深刻だと思う。これはプラス思考、マイナス思考といった気質の問題じゃないんだ」
「そんなはずないわ! 他のレイヴン組と、強化人間がパートナーでなくても互角だった」
 確かに、他のレイヴンパイロットのほとんどは地球人と強化人間とだ。茉莉は彼らと肩を並べていた。
「だが、他の者達の中には、BMIのリミッターを解除した状態で自在に制御出来るようになった人もいる。君は無理を押し通すことで成長するタイプだ。だけどそれゆえに、自分自身が壊れるまで、という限界がついてしまう」
 静かに茉莉を見て、告げる。
「その限界は近い。今、何でも出来るような気になってるのは、君の精神が鍛えられたからではなく、むしろ弱まったからだよ。勇敢と無謀は一見似ているようだけど、まったく違う」
 それでも、と言い返そうとしたとき、
「ドクトルさん、完成しました」
 と、佑一からの声が掛かった。
「これがちゃんと出来てれば、脳におる能力活性薬によって覚醒した領域を再び眠らせることで、能力を減退させることが可能なはずです。ですが、一度試さないことには分かりません」
「試す?」
「僕が被験者になります。仮に暴走しても、薬が効果を表せば治まるでしょうし、能力に目覚めたとしてもちゃんと薬で消せるか試します。どちらにしても、やるべきことは変わりません」
 薬が未完成であったとしても、自身が責任をもって完成させる。そう彼は毅然とした態度で主張した。
「だったら、あたしがやるわ。暴走したら、それを使って止めてくれればいい。でも、成功したら……その能力はあたしのものにするわ。最後の一本なら、なくなってしまえばもう新しく能力が強化された人は誕生しないでしょ? 活性薬を新たに作らない限りは」
 あくまで中和薬作りにレオナルドを協力させているのは、暴走したときに備えるためだ。
「パートナーとして、ボクは茉莉を推薦しよう。処分した方がいい代物だとは思うが、少しでも可能性があるなら彼女に託したい」
 ですが、と再度佑一が声を発した。
「最終的な決断は、ドクトルさんが行って下さい。僕達はその結果を受け入れます」
 ドクトルが思案するようにして、沈黙した。
「……! 不吉な気配がする」
 ミシェルが研究所の近くに迫る、何者かの存在を感知した。
 ドクトルを護るため、ミシェル、シュヴァルツ、レン、メティス、アリスが彼を囲い込む。
「様子を見てきます。何かあったらすぐ動けるようにして下さい」
 佑一が状況を確認するため、研究室を出て行った。