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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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『――――!!』
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)のかざした刃と、羽根を持った守護天使と思しき少女の振るった剣がぶつかり合い、甲高い音を鳴り散らす。時に空から見舞われる敵の攻撃を、幾多の戦いを経て培った経験と予測から対応し、隙あらば反撃の意思を見せんとする。
「中々の手練と判断します。私とここまで対等にやり合ったのは、あなたが初めてです」
「賞賛の言葉と受け取っておこうか。願うならここで剣を収めて降ってもらいたい所だがな」
 レンの言葉に、少女は剣を構えたまま表情を変えない。
(パートナーを二名連れているとは聞いていたが、彼女もまた一騎当千の力を有している、か。
 ……フッ、アメイアとの戦いを思い出す)

 ――襲撃を受ける少し前。レンはパートナーと共に、エリザベートの元を訪れていた。しかしレン自身はエリザベートの前に姿を見せず、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)を傍に置き、話に聞いた“クロウリー卿”の出現に備える。
「エリザベートさんに挨拶をしなくていいんですか?」
「……俺は、肝心な時に傍に居ることが出来なかった。アーデルハイトが学校を去った時に作るべきだったのだ、校長の相談役というポジションをな」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の問いにレンはそう呟き、齢9歳の子供がこれまで受けてきたであろう難問を想像し、自分が同じ立場であったなら逃げ出していただろうな、と思い至る。
「謝罪する用意はある。……だがそれは、事を全て成し遂げた後だ。それまで俺が生きていればの話だがな……
 ノアには聞こえないように呟いたレンだったが、ノアにはレンがまた無茶をしようとしていることが感じ取れた。尤も、レンを一人で戦わせるつもりなど毛頭なかったのだが。
「……心配するな。俺とてただ犬死にするつもりなぞない。それに……俺ではクロウリー卿を追い切れない」
 弱気とも取れる発言にノアはレンを見つめるが、その表情に悲観めいたものは見られない。あくまで冷静に、自身と相手の能力を比較して導き出した結論であった。
「だから、アメイアさんに助けを求めたのですね」
「そうだ。彼女ならば必ず、クロウリー卿の狙いを挫いてくれるはず。
 ……そして、俺には俺の、大人には大人の役目がある。若い人間に生き方を示すという役目がな」
 言い残すように呟いて、レンが一人、歩き出す。
(はぁ……もう少し楽に生きてもいいと思いますよ? ま、レンに付き合う私も私ですけどね)
 遅れないように、ノアがその後を追う――。

 エリザベートを狙った襲撃は、前方で所属不明機が必殺の一撃を見舞い、戦場が混乱に包まれたのを突くように行われた。初動こそ生徒たちによって防がれたものの、敵は二人でありながら宙を自在に舞い、片方は斬撃、片方は五属性の魔法を駆使した攻撃を浴びせてきた。
「私を直接狙うなんて、いい度胸してますぅ! 直々にぶっ飛ばしてやるですぅ!」
「お待ち下さい、エリザベート様。二人同時に相手をなさるのは危険です。ここは敵を分かれさせるべきかと」
 飛んで行こうとするエリザベートをメティスが宥め、策を講じる。ここでエリザベートが後方に退けば、敵は追う必要が生じる。見たところ速度タイプと火力タイプであるから、二人を引き離すことは可能だろう、と。
「……分かったですぅ」
 悔し気な表情を浮かべつつ、エリザベートはより後方へ退く。標的が逃げようとするのを追う二人の前に、生徒たちが行かせまいと立ち塞がる。
「……先に行って。後から追いかける」
「分かりました。……ご武運を」
 本を携えた少女が羽根の少女に告げ、羽根の少女は目にも留まらぬ速度で離脱を図った後、エリザベートの後を追わんとする。
「お二方は守護天使の方を追って下さい。ここは私とレイナさんで、侵攻を阻みます」
 その場に居た五月葉 終夏(さつきば・おりが)ルイ・フリード(るい・ふりーど)に行くように告げて、赤羽 美央(あかばね・みお)は愛馬アンブラを見た目幼き少女へと向ける。
(みんながみんな、それぞれのできる事をしています。
 カヤノさんだって、ニーズヘッグさんだって、私レベルに貧相なエリザベート校長だって、……きっと大ババ様だって)
 そして皆が皆、どこか頑張り過ぎている、そのようにも思えた。尤も、『雪だるま王国』の面々もまた、今挙げた人物に負けず劣らず頑張り過ぎているようにも思っていたが。
(みんなが頑張り過ぎなくていいように、私ももっと強くならないといけませんね。猪突猛進な人、多いですからね。私の周りは……)
 ジャタの森の戦いでは、別人格で暴れ回ったレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)を止めるためにウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が随分と無茶していた。他にも、一人で敵軍を引き受けた者もいたり、雪だるま王国の面々は何度、死線を乗り越えてきたのだろうか。
(……自分が命を失うこと、それ自体は怖いと思いません。本当に怖いのは、自分が命を失うことで悲しむ人が出来る事……。
 それはきっと自分だけでなく、他人にも、敵味方関係なく言える事)
 悲しみの連鎖を生み出すような事は、叶うならしたくはない。しかし、時には掲げてきた『犠牲者ゼロ』が叶わず、悲しみの基を作り出してしまったこともあった。
 ……でも、たとえそうだとしても、歩みを止めるつもりはない。
(すでにこの戦いで命を落としてしまった人達、
 身体が軟弱な魔法使い、
 今まで一緒に戦ってきたみんな、
 そして自分自身の為にも……全力で立ち向かわねばなりません)
 決意を胸に、美央が槍を携える。装着した魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)からは、声は聞こえてこない。自分の為すべきことを見極め、それを為さんと気合十分の主に、言葉は必要ないと判断したのであった。
「今まで戦ってきた人達の思いも背負って、戦いの中で得た技術も背負って……
 イナテミス……いや、イルミンスールの盾、赤羽美央、参ります!
 アンブラの腹を蹴り、美央が少女――魔道書『法の書』――の放つ炎や氷、電撃、光と闇の魔弾を回避しながら、少女に攻撃させない立ち回りを見せる。敵を殲滅するのではなく、敵に攻撃させない――矛ではなく盾としての、美央の戦い方であった。
「レイナ、あたしらも続くぜ!」
「はい……あの、ウルさん、私本当に何もなかったのでしょうか?」
「何だ、まだ気にしてんのか? 大丈夫、何もなかったぜ。
 んじゃ、援護の方よろしくな! 女王サマの分もだぜ!」
 記憶の一部が抜け落ちていること、今の状況までの経緯をまったく覚えていないことに首を傾げるレイナを励ますように声をかけて、ウルフィオナが巨獣を柄の部分に使ったナイフを両手に、魔弾を掻い潜って懐に飛び込まんとする。『法の書』も魔弾の弾幕を張りながら、接近してくる二人に障壁を張って防御する。
(うっし、やっと思ったように身体が動かせるぜ。
 レイナの方もま、しばらくは裏が出てくることもねぇだろ。あの時のことを思い出させるまでもねぇ、忘れてた方がいいこともあるってもんだよな)
 そう思いつつもウルフィオナは、一抹の寂しさを感じてはいた。けれど今はそのような感傷に浸っている場合ではない、と気持ちを切り替える。
(何かとても大事な事を忘れているような気がするのですが……今は、悩んでいる場合ではありませんね。
 皆さんが……いえ、イルミンスール全体が頑張っているこの時に、私だけ何もしなかった……というのはいただけません)
 一方のレイナも、気にはなるものの、今回はしっかりと皆の役に立とう、精一杯自分の出来る事をしよう、と気持ちを新たにする。
(私にできることは限られていますが……それでも、何もしないよりは意味のある行為ですよね……?)
 レイナから放たれる加護の力が、ウルフィオナと美央を包み込む。その後に魔弾が二人を掠めるが、行動に支障のない程度の損害で済む。
 何より、レイナは回復においては雪だるま王国、いや、イルミンスールでも指折りのスペシャリストである。五体満足である限りは治してみせる、そのイメージを持って事に当たっていた。

「……なんかわたくし、ハミったっぽいですわね。今ならあのヘンテコ吸血鬼の気分が分かる気がしますわ」
 一行の戦いを、月来 香(げつらい・かおり)が森の中から見上げながら呟く。だからといって美央とサイレントスノーに混ざって戦うつもりはなかったし、あのヘンテコ吸血鬼と仲良しこよしをするつもりなんて毛頭なかったが。
(植物たちが騒いでますわね。これからの激戦を感じ取ってるよう。
 わたくしにはその激戦から、植物たちを護ることはできねーですが……ここで無事を祈ってやるくらいはしてやりますわ)
 ちなみにその対象はイルミンスールのだけでなく、ザナドゥの植物も含んでいた。尤も香に言わせれば、「勘違いしねーで下さい、魔界の植物も意思あるものだし、胸糞悪いのは嫌だからですわよ」とのことだったが。

「……わたしが、押されてる……? ……ありえない。わたしはマスターに生み出された最高の魔道書。たかだか二、三人の契約者如きに負けるなんて、ありえない」
 無表情を貫いてきた『法の書』に、初めて動揺の色が浮かぶ。
「うっし、このまま一気に決めちまおうぜ!」
「――待って下さい、ウルさん!」
 弾幕が途切れたのを見計らって、飛び込もうとするウルフィオナを、美央が制する。直後、それまで小刻みに放っていた魔弾とは比べものにならないほど大きな魔弾が、『法の書』の上空に作り上げられようとしていた。
「うっひゃー、あんだけバカスカ撃っといて、まだあんなの作れんのか」
「感心してる場合ではありませんね。あれが放たれれば、周囲に甚大な被害が及びます」
 美央の指摘通り、もし自分たちに被害が及ばずとも、周囲の仲間や森には被害が及ぶかも知れない。イルミンスールの盾としては、そのような事態は避けたかった。
「……私にお任せ下さい」
「レイナ!? おまえ――」
「おかしいですか? 私にも一つや二つ、攻撃魔法の心得くらいありますよ。
 ……まあ、アレを止めるとなると、苦労しそうですが……やってやれないことはないです」
 レイナの表情を見て、ウルフィオナはそれ以上言葉を口にするのを止める。一旦やると本人が言い出したら、協力してやるのが本人にとって最もいい結果であろうと思ったが故であった。
「大きいの来ますよ! レイナさん、くれぐれも無茶だけはしないで下さい!」
 そう口にした所で、結局は無茶するんだろうなと思いながら美央がアンブラを駆り、『法の書』から死角になる位置に飛び込む。
「…………せーの」
 大きく息を吸って、かざした両手に魔力を漲らせて、レイナが飛んでくる巨弾を受け止め、弾を構成する魔力に働きかけて相殺を図る。バチバチ、と両手と魔弾の間で火花のようなものが散り、球だったものが少しずつ削られていく。
「んっ…………」
 レイナの顔が歪み、汗が頬を伝い流れ落ちる。それでも懸命にレイナは巨弾を受け止め続ける。
 ――最後かもしれないこの局面、皆さんのお役に立ちたいですから。
 その思いだけで、レイナはついに巨弾を最後まで受け切り、相殺する。
「うそ……わたしの魔法が、破られた……?」
 必殺の一撃を防がれ、茫然とする『法の書』は、急速に接近する二つの影に気付くのが遅れた。
「急所に一撃、これがあたしのスタイルだっ!」
「ごめんなさい……あなたの思い、私が背負っていきます……!」
 美央とウルフィオナ、二人が交差するようにすれ違い、『法の書』に対して致命傷を負わせる。傷口から、そして口から紅いものを吐いて、言葉なく『法の書』が落下していく。
「……あら、何か落ちてきますわね。取り敢えず手当位はしてやりますわ」
 このまま最後までハミられるのか、そんな危機感かどうか分からない何かを抱いていた香の近くに、撃墜された『法の書』は落ちた。
 どれほどの激戦であったとしても、易々と命を奪うべきではない……美央の意思を、香も彼女なりに尊重している表れかもしれない。きっと彼女は認めないだろうが。