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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories 【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

リアクション

 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は来し方を振り仰いだ。
「やりました……!」
 驚くべき光景が広がっていた。まるで映画のような。
 壁が倒壊するかのように、十メートルはあろうかという重厚な本棚が呻きを上げながら倒れたのだ。木の枠が悲鳴をあげるようにして砕け、塗装が剥がれて黒い雪のように降った。本そのもの、そして破けた本のページが、雪崩を打って後方に溢れていった。
 倒れた本棚の下から、あるいはこれを乗り越えて、量産型クランジΧが追いかけんとするのが見えた。しかし巨大な本棚であったのでそうは簡単にいかない。大量の本に埋まり、本棚の木材の餌食となっていく。
 雷光が駆け抜けた。本棚が押し潰した量産型の一つが爆発したのだろう。ぼっ、と火が吹き上がり、紙が燃える灰色の煙がただよってきた。
 特殊な植物について記した辞典、とうに名の忘れられた詩人の叙情詩、地球の歴史について詳細の述べた史書……貴重な本が燃えていく。
 だが止まるわけにはいかない。
 ざばと本棚をかきわけて伸びた腕が、レーザーですっぱり切断された。クランジの腕はその鞭とともに、放電しながらくるくると飛んでいった。
 レーザーナギナタを振り抜いた勢いを殺さず、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は反転した。
 魔法と歴史の遺産たる貴重な書物が喪われるのを見るのは辛い。しかし、ここで時間を食って救出作戦が失敗すれば、それこそ恐るべき損失となる。ゆえに、心を鬼にして前を向くのだ。
(「待っててミーミル、エリザベート。今行くわ!」)
 ルカはミーミルの名付け親であり、エリザベートとも親交がある。たとえそのような事情がなくとも、金鋭鋒から指令を受けた国軍兵士として、ルカは一命を賭して作戦を成功させる気概であった。
「先に進まなければ……」
 と言うルカにうなずき、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は感慨を洩らす。
「あれがクランジ量産型……イルミン周辺での騒ぎから始まり、とうとう校内にまで来てしまいましたか……」
 これは正直なザカコの感想だ。イルミンスール周辺で工場が発見された時の事から考えると、随分と大事(おおごと)になったといえよう。塵殺寺院のテロ行為が、神聖なる学舎まで入ってきたことに静かな怒りと哀しみを覚える。
 ザカコら一行は『Hope(希望)』と名づけたチームを結成し、校長とミーミルの救出を中心目的として出動している。上層階では主に非常時の避難通路を選んで進んできたが、禁書・貴重書の眠る深層ではそのようなルートもなく、しばしば変化する道と、敵集団の襲撃に苦しめられながら進んでいた。
 ふぅ、と内心、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は溜息をついた。
(「兵器に追い回されるのは好みじゃないんだけれどねぇ」)
 地球人がやってきてから、創造も進んだが破壊も進んだ。時間の進み方も早くなったのではないかと思う。クランジと呼ばれる機晶姫の登場やその量産化などは、地球と接触するまでの頃であれば考えることすらできなかっただろう。
 面白いという気持ちもないではないが、反面、メシエは恐ろしさも感じる。これからこの世界は、どのように変化していくのだろうか……?
「よくもまぁ、次から次へと出てくるもんだ。どれだけ『量産』されてやがんだか」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)は狼の牙をのぞかせてしかめっ面を作った。
 巨大な本棚をトラップにして、追っ手を一気に押し潰したのはヘルの手腕である。沢山の貴重書が犠牲になってしまったのは残念だが、この状況では致し方ない。
「しかし、敵が必死で追ってくるってことは、この道で正しいって意味かもしれねぇな」
「可能性は高いな。まだ校長を見つけていない以上、我々を追う利点が連中にあるとは思えない」
 知謀の人ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、落ち着いた口調でヘルに応じた。最大限戦闘を回避してきたとはいえ、彼は無傷ではない。二枚目の顔にも煤などの汚れがある。いや、これは全員にとって同様だ。いいペースで来ているとは思うが、決して楽な行程ではなかった。
 中程度の本棚を次々倒して、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はバリケードを強固なものに変えた。これでしばらくは敵を支えられるだろう。
「ところでよ、ダリル。連中、自分の意思があるように思うか?」
「いや、やはりロボット程度のもののようだ」
「だとすれば、やっぱり……?」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が声を弾ませるとダリルはうなずいた。
「ああ。量産型の自動戦闘兵器には必ず遠隔制御機構がある。制御プログラムさえ読めれば足止めはできるだろう。確かに高度な機械ではあろうが、ネームドクランジに比べればずっと単純に思える」
「じゃあこのあたりで打ち合わせ通りいこうか?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がルカルカに提案した。
 この提案が気軽に選べる手段でないことはエースにもわかっているが、えり好みはできない。
「うん」
 とルカは言い、カルキノスとダリルの肩に片方ずつの手を置いた。
「頼むわね。二人とも」
「任せろ。泥船にのったつもりでいてくれや」
「それを言うなら『大船』だろ。……この程度のAIなら問題ない。ルカたちは先を急いでくれ」
 夏侯 淵(かこう・えん)もカルキノスを見上げ、彼の胸を握り拳で軽く打った。
「絶対成功させろよ。なんかあったら承知しないからな!」
 それを聞くと、カルキノスはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「『なんか』って何だ?」
「そ、そりゃー……死ぬとか」
「男の娘になっちまうとか?」
「なんでその話が出てくるんだ!! 関係ないだろ!」
 淵は左の拳で少々強烈なパンチを繰り出した。別れのあいさつにしては少々過激だが、淵らしいではある。
「死ぬなよ! 本当に!」
 淵は振り返らずに走った。すでにザカコ、ヘル、エースらの背は小さくなっている。クマラ、メシエ、エオリアがこれに続き、最後尾のルカルカも「早く!」と淵を呼んでいた。
「イテテ……じゃ、やるとしようか」
 もう一度だけルカルカに手を振って、カルキノスはダリルとともにバリケードに向かった。
 既にバリケードは破壊されつつあった。量産型の鞭が根気よく崩しているのだ。進入されるのも時間の問題だ。
 二人はここに残り、量産型を食い止めるのだ。
 ダリルが制御プログラムを解析し、その間ずっとカルキノスが守る。……何でもないことのように二人は言ったが、その実、悲壮な決意がそこにあった。死と隣り合わせの任務であることは言うまでもない。
 カルキノスはとうに、覚悟した男の表情になっていた。ポツリと言う。
「なったけ急いでくれや」
「分かっている」
 ダリルも、言葉少なく応じた。
 量産型の攻撃が再開された。