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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

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第七章  中ヶ原古戦場

 東野平原を幾筋も流れる大小の河川。その河川に挟まれるようにして、『中ヶ原(あたるがはら)古戦場』は存在する。
 四州島における最後の内乱、『中ヶ原の戦い』の戦場として知られるこの地は、以来一度も開拓の手が入る事無く、そのままに放置されて来た。
 その理由を木賊 練(とくさ・ねり)は、「戦で死んだ死者の魂が今も尚この地に漂い、人の侵入を拒んでいるからだ」と、土地の古老たちから聞いた。
 事の真偽はともかく、今でも周辺の人々は、年に一度執り行われる慰霊祭の時以外、決してこの地に足を踏み入れる事はないという。

「手付かずのままの古戦場だよ!どんなモノが埋まってるか、今からワクワクだね〜!」

 練とパートナーの彩里 秘色(あやさと・ひそく)は、この古戦場に、発掘調査に訪れていた。

「そうは言っても、なにせ何百年も野ざらしにされたままですからね。そもそも、状態のよいモノが見つかるかどうか……」

 などと口では否定的なコトを言っている秘色だが、その顔には期待の色がありありと浮かんでいる。
 秘色は、実は刀剣マニアなのだ。

「そんなコト言って、意外と凄い名刀とか出てきちゃうかもしれないよ〜」

 練は荷馬車からいそいそと【フライングボード】を引きずり出すと、それに飛び乗った。

「まず空から写真を撮って、全体の様子を確認するね」
「なら私は、地上から調べてみよう」

 早速二手に別れ、調査を始める二人。

「うわ〜、随分と霧が出てるな。うまく撮れるといいけど……」

 中ヶ原は川の中州にあるせいか、霧の出る確率が高く、今日も朝から一日中薄い霧に包まれている。
 【技師ゴーグル】越しに見る中ヶ原は、暗く、うすぼんやりとしていた。


 一方秘色は、事前に入手しておいた古文書に記載のある陣の跡や、大きな戦いのあった場所を特定しようと、必死に現実の地形に照らし合わせていた。
 この中ヶ原では、今まで一度も本格的な測量が行われたことがなく、手元にあるのは不確かな地図一枚きりである。
 比定は困難を極めた。


「ひーさん、お待たせ!撮ってきたよ〜。霧が多くて、中々上手く撮れなかったけど……」
「いやそれでも、この適当な地図よりは余程マシでしょう。早速見せてください」

 そして、それから小一時間後――。

「よし……、ここだな。木賊殿。今日は、ココを重点的に調査しましょう」
「うん、わかった!」

 ついに比定を終えた秘色が、発掘場所を指示する。
 そこは、かつて本陣があったはずの場所である。

「よーし!それじゃチカちゃん、今日も頑張ってね!」
「キュー!」

 練の可愛がっているペット【パラミタモグラのチカちゃん】は、一声鳴くと、モケモケと地面の下に潜っていく。
 せいぜいが数百年というレベルでは、遺物は地表から十センチ位までの深さに埋まっている可能性が高い。
 チカちゃんにはそれぐらいの深さを片っ端から掘っていってもらって、とにかく何でもいいから「硬いモノ」を見つけてもらう計画である。

 練と秘色も、【日曜大工セット】や【腰道具】セットからスコップやハケを取り出し、発掘を開始した。
 ひたすら中腰で歩き回りながら、黙々と手を動かすだけの、地味な作業を繰り返していく。

 そして数時間後――。

「どう、ひーさん。何か、イイ物あった?」

 心底疲れ果てた顔で、練が訊ねる。
 秘色が途中から出土品の精査とクリーニングに専念するようになったため、ずっと一人(と一匹)で発掘していたのだった。

「そうですね……。やはり、痛みの激しいモノが多くて――でも、コレは中々いい品だと思います」

 そう言って秘色が、真ん中に縦長の穴が開いた、丸い円盤を差し出す。
 円盤には細かい象嵌が施され、相当に高価なモノであることが分かる。

「刀の鍔?」
「そうです。袱紗の間に挟まれるようにして、埋まっていました。そのおかげで腐食を免れたんだと思います。ホラ、ここを見て下さい」
「どれどれ……。あ!これ人の名前!?」
「はい。銘が刻んであります」
「へ〜。コレ、誰なの?」
「さすがにそこまではちょっと……。持ち主の名か製作者の名だと思うのですが……。帰ったら、調べてみましょう」
「ひーさんの刀にも合う?」
「はい。たぶん、大丈夫だと思います」
「そっかー。使えるといいね」
「ダメですよ、木賊殿。出土した品は、みんな東野藩に収めないと」
「あ、そっかー。一応、文化遺産だもんね」
「ここに名前が刻まれている方の子孫の方に、お渡し出来ればよいと、思っています」
「うんうん、それがいい!きっと、喜んでくれるよ!」
「ハイ!」

 出土した鍔を、キラキラした瞳でじっと見つめる秘色。
 その思いは、既に数百年前に飛んでいるようだった。



 橘 柚子(たちばな・ゆず)安倍 晴明(あべの・せいめい)、それに藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の3人は今、中ヶ原の中心にある首塚明神へとやって来ていた。

 優梨子は、「首狩り族の研究」という、およそ年頃の娘らしからぬ趣味のため。
 柚子と晴明は、呪詛の痕跡を見つけるためである。

 二人は、東州公は呪殺されたのではないかと、疑っていた。
 葦原城内から、犯人の遺留品が全く見つかっていないからである。
「もし呪詛が行われたのなら、必ずその痕跡があるはずだ」
 そう考えた二人は呪詛の痕跡を求めて、東野藩内の目ぼしいスポットを、調べて回っていたのである。
 この中ヶ原の首塚明神も、有力な候補になっていた。

「首塚明神の祭神である首塚大神(くびづかのおおかみ)には、次のような逸話があるんです」

 優梨子が、事前に仕入れておいた情報を披露する。
 
「かつて不死身を誇り、方々で暴れまわった鬼がいた。しかし鬼は唯一の弱点である項(うなじ)を突かれ、討ち取られる。鬼は首のみとなってもなお祟りを成したが、高い呪力を持つ術者によって首塚に封印される。のち、鬼の祟りを恐れた人々が首塚に祠を建てて祀るようになるに及び、鬼は祟り神から地主神へとその姿を変え、土地に繁栄をもたらしたという」
「将門公の伝説に、良く似たお話どすなぁ」
「マホロバ人は鬼神化するからな。意外と、事実かもしれないぜ」

 柚子と晴明が、それぞれに感想を述べる。


「あ、見えてきました。あれです」

 優梨子の指し示す指の先に、それはあった。

「これが……、神社?」

 柚子が驚くのも、無理はなかった。
 中心に高さが5メートル以上もあるいびつな楕円形の巨石が置かれ、その前に石よりはるかに小さい祠が一つ、ポツンとある。
 その周囲には、まるで来る者を拒むように逆茂木(さかもぎ)が張り巡らされ、唯一ある入口には、立入禁止を示すように交差した竹の棒が渡されている。
 洪水に晒された逆茂木には、泥が薄くこびりつき、多くの場所で壊れていた。

「なんて言うか、神社って言うより、処刑場ってカンジですね」

 優梨子が率直な感想を述べる。

「首塚明神の本宮も、これと同じか?」

 既に本宮の調査を終えている優梨子に、晴明が訊ねた。

「いいえ。あちらの方はいかにも神社ってカンジで、囲いも逆茂木じゃなくて白壁でしたし、鳥居もちゃんとありました。日本のとは、ちょっと違う形してましたけど」

 この首塚明神は、初めからここにあったのではない。
 初めここには、中ヶ原の戦いで討ち取られた無数の首の内、身元の分からぬ者たちの首を埋めた、首塚があった。
 その後、戦死者の鎮魂のため、勧請(かんじょう)されたのである。
 
「では、この囲いの厳重さは、やはりこの地特有の理由によるものなのですね」
「伊達に禁足地では無いって事だな」

 そう言いつつも躊躇無く竹の棒をくぐり、境内へと入っていく晴明。
 柚子と優梨子が後に続く。
 境内には昨年の大洪水の爪痕が色濃く、まだ泥を被っている場所が幾つもあった。
 
「それじゃ、私はあの塚を調べて来ますね」

 優梨子は楽しそうに鼻歌を歌いながら、巨石へと歩み寄っていく。
 巨石の下には、戦で討ち取られた侍たちの首が、数千数万と埋まっているのだ。
 優梨子にしてみれば、まさに宝の山である。

「まずは祠から調べて見ようぜ」
「分かりました」

 柚子と晴明は、祠へと近づいて行く。
 一応洪水後に一度は掃除されているようだが、まだ泥のこびり付いている場所もある。
 さらに、洪水によって破壊されたのか、祠の扉は壊れており、中の御神体が丸見えになっていた。

「これは、新しいモノのようですね。洪水の後、収め直したのでしょうか」

 簡単にお参りを済ませた後、祠の中を確認する2人。
 御神体として収められている御幣(ごへい)はまだ白さを保っていた。

「柚子さん、晴明さん、ちょっと来て下さい!」

 優梨子が、何時になく切迫した声で二人を呼んでいる。
 二人は顔を見合わせると、声のした方へと急いだ。

 優梨子は巨石のすぐ脇に立ち、二人を手招きしている。

「これ見て下さい、コレ!」

 優梨子が指差す先を、覗きこむ二人。
 そこの地面に、何かを引きずったような大きな傷が、数メートルに渡って付いている。
 さらに巨石の下にも、同じ様な傷がついていた。

「洪水で動いたんやろか……」

 傷の付き具合を確かめながら、柚子が呟く。

「私もそう思ったんですが、それならこの傷も、泥を被っていないとおかしいんです。周りを見て下さい」

 優梨子に言われて改めて周りを見回すと、確かに岩の周辺は全て泥で覆われているのに、この傷の場所だけ全く泥がついていない。

「本当……。ここだけ、綺麗なままです」
「じゃあ誰かが、この岩を動かしたって事か?」
「でもこの岩、どう少なく見ても1トン以上ありますよ。こんな岩、どうやって動かすんですか?」

 困惑した表情を浮かべる3人。
 皆は答えを求めるように巨石を見上げるが、石はただそこに佇むのみである。

「……!気づいてるか、柚子」
「はい、晴明はん。少なくともこの地に眠る霊たちにとっては、好ましい事ではなかったようどすな」

 晴明と柚子が、辺りに鋭い目を配る。
 いつの間にか一層薄暗さを増した境内に、ゆらゆらと揺らめく人影が、一つ、また一つと姿を現した。

「え!な、何?」

 戸惑う優梨子を庇うように身構える、晴明と柚子。
 戦に敗れ、この首塚に葬られた武者達の亡霊なのだろう。
 一様に、自分の首を小脇に抱えていた侍たちが、三人を取り囲んだ。

「キャー!ナニナニ、みんなデュラハン状態!?私ってば、なんてラッキーなのかしら!!」
「訳のわかんねートコに萌えるな!!」

 予想外の展開に狂喜乱舞する優梨子に、盛大にツッコむ晴明。
 その時、柚子の無線機が鳴った。
 ケータイの使えない四州での活動のため、御上が全員に一台ずつ持たせていたものである。

「もしもし?木賊はんどすか!どないしはりました?」
『ユーレイが!落ち武者のユーレイが出たの!!』
「そっちも出はりましたか!こちらも今、幽霊に囲まれて、優梨子はんがはしゃいではります!」
『はしゃぐって、何それ……?いやそんなコトより、どうしたら良いの!今ひーさんが戦ってるけど!!』
「なんとか振り切って、こちらに合流できませんか?私たちもすぐそちらに向かいますから!」
『わかった!やってみる!』
「それと木賊はん、幽霊に武器は通じまへんから、気をつけておくれやす!」
『う、ウン!わかった!』

「どうやらあっちも、修羅場みたいだな」
「早くここを切り抜けて、木賊はんたちと合流せななりまへん」
「分かりました。少し名残り惜しいですが、背に腹は換えられません。急ぎましょう」
「おまえなぁ……」

 ジリジリと包囲の輪を狭めてくる亡霊たちに、三人は一斉に身構えた。