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リアクション
}第六章 講和の条件2
【マホロバ暦1188年(西暦528年) 7月19日 10時21分】
扶桑の都 扶桑の樹――
「独りでいる君をほうっておけないので会いにきました。そして、君と同じようにこの一年、マホロバを見つめてきた……」
樹月 刀真(きづき・とうま)は、扶桑の樹の下に座り込んでいた。
周囲には酒器がいくつも転がっている。
「刀真さん、もう……」
契約者の封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が杯にそっと白い手を置く。
刀真が酒を飲みたいという気持ちも分かる。
扶桑の都が華やかなのは表向きのごくわずかで、都のほうぼうでは強奪や蛮行が繰り返され、飢えた人々が横たわっていたのだ。
長い戦乱によって、人々の生活も心もすっかり荒れ果てていた。
白花は、同じように傷つき、枯れかけている扶桑の樹に向かって言った。
この時代でも世界樹である扶桑の樹は、マホロバの天子の化身である。
「天子様の目にはこのマホロバがどのようにうつっておられるのでしょう。私は……もうその資格がなくとも、扶桑の巫女としてできることをしたいと思っています」
しかし、返事はなかった。
天子はただ、マホロバの成り行きを見守っているだけだというのだろうか。
「君が、未来の日本へと生命を送り続けるために、扶桑の噴花という『死』と『復活』を繰り返すのは1500年後の未来で見てきました。そのとき俺は、多くの悲しみも見たし、君の孤独も知った」
刀真が立ち上がって、拳を振りあげた。
「約束したんです。必ず、力になると……だから!」
「――ウン」
小さな声が聞こえた。
刀真もそれに気づき、あたりを見渡す。
「あ……あのこ。どこかで……」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が小さな人影を見つけて扶桑の樹の後ろ手に回った。
扶桑の幹は巨大で大きな壁が延々と続くようでもある。
「待って! あなた、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公に四方ヶ原で助けてもらった子よね。えっと、}雪うさ(ゆき・うさ)ちゃんだったけ?」
雪うさとは貞康が戦場で拾ってきた孤児で、名も彼がつけたものである。
月夜の問いかけに、白いおかっぱの童女は振り返り、にこりと笑った。
「どうしてこんなところに? それに……」
月夜は違和感を覚えた。
四方ヶ原の合戦から単純に数えても、もう三年は経っているはずだ。
「まるで成長していない?」
子供の三年間の成長は目を見張るものであるはずなのに、目の前の童女は、1185年に刀真たちが見かけたころとまったく変化がなかった。
よほど栄養状態が悪いのだろうか。
その雪うさが、小さな手を扶桑の枝に向かって必死に手を伸ばし、彼らに何かを訴えかけていた。
枝の先に小さなふくらみがある。
「桜の蕾が……扶桑の噴花が、起ころうとしている!?」
歴史がまた変わったのだろうか。
枯れたはずの樹に開花の予兆が見え始めていた。
卍卍卍
「天子様はまだお会いくださらぬ。この秀古の働きが、足りぬというのであろう」
扶桑の膨らみかけた蕾を見て、秀古はつぶやいた。
秀古の猿目は、遥か遠く海を越えている。
「マホロバの広さには限りがある。しかし世界は広い。海を越えれば、まだまだ土地は開ける。富も得られよう」
大名を従えるたびに多くの褒美として城や土地を取らせてきた秀古にとって、マホロバという島国ひとつだけでは、日輪の栄光を支え続けることはできなかった。
「飢えと戦に明け暮れた世は終わったのだ。もう万民が腹をすかせることはない。ようやくマホロバを栄えさせることができる。成し得るのは、この太閤秀古のみ!」
足軽の身ひとつで戦国の世の階段を駆け上り、ついには太閤となった秀古。
かつて秀古を見下したものはもはやなく、いまやマホロバ中の諸侯を従えるほどの実力者である。
秀古は日輪の子として太陽のごとくのぼりつめ、マホロバを照らした。
扶桑の樹がざわっと揺れた。
「数千年に一度の桜。咲かぬというなら、咲かせてみせましょうぞ!」
太陽のごとき輝きが、かげることなどあろうはずがなかった……。