校長室
星影さやかな夜に 第一回
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九章 カーニバル『夕方』 ホテル『黒猫亭』。 三階にある小洒落たレストラン。そこは地元の人から評判の隠れた名店だ。 観光が盛んなためか各国の料理が取り揃えられていて、どれも味は絶品。値段も良心的。それに何より、眺めがいい。 ガラス張りの店内からはプレッシオの歴史ある街並みを一望でき、特に空が赤色に染まるこの時間帯の夕景色は素晴らしいものだ。 「うおォン。俺はまるで人間火力発電所だ!」 「風が語りかけまス。……美味イ……美味すぎル!」 窓際の上等なテーブル。 卓上に置かれた料理の数々をアキラとアリスは一心不乱に食べ続けていた。 「……もう少し落ち着いて食事をしてほしいものじゃな」 「まぁまぁ、ルーシェさん。食事は騒がしいほうが楽しいと言いますし」 同じテーブルを囲むルシェイメアとヨンは、二人とは対照的に上品に食事を進めていた。 そんなアキラ一行の右隣。 同様に景色を存分に堪能できるテーブルを囲む刀真一行は、料理をほとんど食べ終わり雑談をしていた。が。 「……っと、紫苑、ゼクス。先に今日泊まる客室に帰ってくれるか?」 刀真は<殺気看破>で近づいてくる気配を感じ、二人に言った。 「えー、なんで!? 俺はまだ観光したい!」 (……この男の命令を聞く気はない) しかし、二人は拒否をする。 刀真はため息をつき、二人を見据えて言い放った。 「察してくれ。これから月夜とイイコトをするんだ」 「イイコト?」 (……!) 首を傾げる紫苑に対し、ゼクスは耳を赤くさせる。 そしてゼクスは無言で立ち上がると、紫苑を無理やり肩車して、レストランを後にした。 「さて……もういいですよ。お待たせして申し訳ありません」 刀真がそう言うと、一人の少女がゆっくりと近づいてきた。 ぼーっとした瞳に白雪のように白い顔。色の薄い短めの髪。 一見、深窓の令嬢のような雰囲気の少女だが、背中に担いでいる身の丈よりも大きな棺が異様な雰囲気を醸し出していた。 「……お兄さん達、あたい達を探してた。依頼なら、安くするよ?」 少女はぼんやりと刀真を見つめ、名刺を差し出す。 紙面には大きく【棺姫】アルブム・ラルウァと書かれていて、その横に連絡先の番号も載っていた。 刀真はそれを受け取ると、アルブムに席を勧め、話し出した。 「いえいえ、俺達がラルウァ家を探していたのは依頼を頼みたいからじゃないんです」 「……そうだろうね。間近で見て感じた。お兄さん達、腕が立つ」 アルブムは勧められた椅子に座る。 「でも、意外でしたよ。貴方達について調べていたら暗殺や毒殺などをしてくるかもしれないと思い、警戒していたのですが」 「……そんなことしてたら、お客さんがいなくなる。それに、むやみやたらに、人は殺さない。殺し屋のプライド」 アルブムは刀真を指差し、棒読みの英語で問いかけた。 「……くえすちょん。あたい達に、接触しようとした理由は?」 「これからの事を考えるとラルウァ家とイイ関係になっておくのは悪くないと思いまして」 「……私達と、イイ関係?」 アルブムが不思議そうに首を傾げる。 「俺達に魅力を感じたのなら、手を組みませんか? 理想としてはギブアンドテイクの関係が良いんですけど」 「……ぎぶあんどていく? 手を組む?」 「今この街は裏で少々きな臭い事になっているようで……その情報交換ができれば、とか」 「……なるほど」 アルブムは刀真をぼんやりと見つめたまま言った。 「……お兄さん達、強い。魅力は感じる。でも、だめ」 「それは何故?」 「……ラルウァ家の者は、ラルウァ家としか必要以上に関係を持たない。それでも手を組みたいのなら、試験を受けてもらう」 「試験?」 「……いえす。仕事、手伝ってもらう。そこで、ラルウァ家になれるかどうか判断」 アルブムは氷水の入ったグラスを両手で持って言った。 「……でも、さっきあたいの質問に答えてくれた。だから、一つだけなら何でも答える」 アルブムは氷水に口をつける。 刀真はしばし考えた後、ゆっくりと問いかけた。 「……貴方達の目的は何です?」 「……目的? そんなものない」 「目的もなく、今の仕事に関わっていると?」 「……いえす。殺し屋は、ただ標的を殺すだけ。 そこにどれだけ一方的で、理不尽で、胸糞わるい理由があるのかは知らない。でも関係ない。仕事だから」 アルブムは立ち上がった。場を去る手前に、刀真に言う。 「……試験、受けたくなったら連絡ちょうだい。それじゃあ、ぐっばい」 ―――――――――― アキラと刀真達から離れたテーブル。 店内の一番奥にあり、街の景色が一切見えない場所。そこでヴィータは一人寂しく食事をしていた。 (ふーん……あの子もラルウァ家の一員なんだ。わたしが居た頃から大分変わったものねぇ) ヴィータは刀真達と話し終えて、帰路に着くアルブムを見ながら、料理を口に運ぶ。 「お嬢さん、相席してもいいかい?」 不意にかけられた声に、ヴィータは顔を上げた。 そこにいたのはにこやかな笑みを称える七刀 切(しちとう・きり)だ。 「ええ、別に構わないわよ。お兄さん、もしかしてナンパ?」 「な、ナンパじゃねぇよ!」 切の必死な反応に、ヴィータはクスクスと笑う。 そして対面の席を勧めると、切はそこに座った。 「いやぁ、悪いねぇ。 一人で来たもんだからさ。一緒に飯食う奴がいなくて」 「そうなんだ。じゃあ、お兄さんはカーニバルの観光客?」 「ああ、そうだよ。お嬢さんは?」 「わたしは、まあ……仕事、かな」 「そうなんだ。大変だねぇ」 切はやって来たウェイターに、メニューの中から適当に選び、注文する。 「にしても、祭りってのはいいな、皆が笑って楽しそうだ」 「……そうね、楽しそうね」 「それに、なんか別の面白そうな匂いもするしなぁ」 その切の言葉を聞いて、ヴィータの手が止まる。 そして、切をまじまじと見て、「ふーん……」とつぶいた。 「……お兄さんはそっち系なんだ」 「そっち系?」 「ううん、なんでもないわ」 ウェイターがテーブルに切が頼んだ料理を置いた。 湯気が立ち、おいしそうな匂いが香り立つ。切は手を合わせ「いただきます」と言った後に料理を口に運んだ。 「美味っ! 美味いなぁ!」 「ここ、地元では結構有名な店だから。昔から有名なんだよ? ……そういえば、なんでわたしの席を選んだの?」 「いやぁ、やっぱり可愛い子と一緒に食べた方が飯もうまいし、おまえさんからは面白そうな匂いがしたからな」 「いやーん、嬉しいこと言ってくれるじゃない」 ヴィータは両手を顔に当て、くねくねと動く。 その姿を見て切は苦笑いを浮かべながら、思った。 (実の所もう一つ。危なそうな匂いがしたってのもあるんだけどな) ヴィータはくねくねをやめると、「ふぅ」と疲れたようなため息を吐いた。 「じゃあ、残念だけどそろそろわたしは行くわね。まだ仕事があるから」 「ん、そうかぁ。残念だなぁ」 「きゃは♪ 残念がらなくても大丈夫よ。お兄さんとは、またどっかで会う気がするから」 ヴィータはそう言うと席から立ち上がり、伝票を手にレジへと向かう。 その途中、「あっ」と呟いて振り返り、切に問いかけた。 「そうそう。そういえばお名前は?」 「七刀切。お嬢さんは?」 「ヴィータよ。ヴィータ・インケルタ。それじゃあ、またね。切」 「うん。それじゃあ、ヴィータ」 切は手を振り、離れていくヴィータの背中を見送って、一人ごちた。 「裏ではいろいろ起こってるみたいだけど、あの子も関わってんのかねぇ」 そして、料理が冷め始めていることに気づき、慌てて食べ始める。 切は料理を口に詰め込み、スプーンをくわえながら、ボソッと呟いた。 「……ワイも参戦してみっかなぁ」