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リアクション
四章 ハイ・シェン所縁の地
幼い少女が朗々と語るハイ・シェンの伝説に耳を傾けるなぶらと恭也の後方。
人ごみに紛れて歩きながら、観光がてら今回の事件に巻き込まれた師王 アスカ(しおう・あすか)は顎に指を当てうーんと唸っていた。
「謎の裏組織……戦闘集団に殺し屋……追われる少女……うん! 今度の新作はこのネタねぇ!」
アスカは目をキラキラと輝かせ、両手をぐっと握り締めた。
彼女と並んで歩くルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は呆れた目を向ける。
「ちょっと……呆れた目をしないでよ。切ない〜」
「アスカは相変わらずだね。
……でも、まさかハイ・シェン所縁の地に行くなんて予想外だった」
「どういうことぉ〜? もしかして不満だったぁ?」
「いや、そうじゃないけど。
てっきり鈴蘭畑に行くもんだと思ってたから、そっちのほうが絵のネタになりそうなのに」
「鈴蘭の花畑は鴉の言葉で行く気無くなっちゃったもん!」
アスカは可愛らしく頬を膨らまし、怒ったようにそう言った。
原因は別行動中の蒼灯 鴉(そうひ・からす)がこの街についたときに口にした一言。
『鈴蘭畑は行くな、あの花は見目はいいが根や茎に強い毒があるんだ』
「あぁ……そういや言ってたね。そんなこと」
「うん!
……でも、まぁ、この場所はハイ・シェンの由来を知りたいから元々観光で来るつもりだったんだけどねぇ。それに」
「それに?」
ルーツの問いかけに、アスカはにっこりと笑みを浮かべた。
「な〜んかありそうだったからぁ……久しぶりの出会いが〜♪」
アスカの言葉に、ルーツは苦笑いを浮かべた。
それはアスカの勘が良く当たるからだ。実際に『刻命城』で『愚者』と出会う前にもそんなことを言っていた気がする。
「そういえば……今頃どうしてるのかしらぁ、愚者さん。
会えたらあの刻命城の絵が描けたから見せてあげたいのに〜」
アスカはそう言うと、良く晴れた青空を見上げた。
愚者とは、魔都タシガンの霧に包まれた孤島で起こった一騒動。
ニュースや新聞では『刻命城事件』と報道された出来事を巻き起こした張本人のことである。
「本当に相変わらずだなぁ……」
笑顔を浮かべるアスカを見て、ルーツは心配になってきた。
しかし、それはいつも通りふわふわとしているアスカだけが原因ではない。
(……けど、あの冷静な鴉の様子もおかしいんだよな)
ルーツは鴉が口にした一言の続きを思い出す。鴉は珍しく表情を歪ませて言っていた。
『集団はともかく殺し屋は遮蔽物の少ない上に身の危険性がある場所には行かない。体に匂いがつく場所なんてありえねぇんだよ……』
ラルウァ家がこの事件に関わっている。
多分、その言葉を聞いてから鴉の様子はおかしくなったのだと、ルーツは思う。
(鴉はラルウァ家を聞いてから様子がおかしいし、アスカは相変わらずだし、……大丈夫なんだろうか?)
ルーツが考え事をしていると、いつの間にか大分前へ進んでいたアスカが手をぶんぶんと振った。
「ルーツ。置いていっちゃうわよぉ。組織の関係者に早く会わなくちゃいけないのに」
「……あぁ、うん。今行くよ」
ルーツは返事をすると、考えを一旦打ち切って、アスカを追いかけた。
アスカとルーツから少し離れた場所。
人の群れや建物の陰に<姿形の術>で隠れて、二人を見張る鴉はため息をついていた。
「やれやれ、あいつらは危なっかしいな……」
鴉が隠れているのは三人の作戦だ。
内容は二人の見た目で組織の関係者を油断させ、近づいてきたところを捕獲するというもの。
そのため鴉はハイ・シェン所縁の地につくやいな、別れる振りをして身を隠していたのだった。
「……それにしても」
鴉は懐かしく忌々しい気配を感じて、端正な顔を歪ませる。それは憎悪に満ちた悪鬼の顔だ。
「この気配……間違いない。ラルウァ家の奴らのものだ。
……やっと見つけた手がかり……俺から両親を奪った奴らの忌み名。絶対見つけて、そして殺してやる……!」
鴉の瞳に暗い感情の火が灯る。
それを言葉で形容するのなら、復讐の炎だった。
――――――――――
同じく、ハイ・シェン所縁の地。
人が集まった場所からは離れ、閑散した路地裏の方面。
そこに特別警備部隊の一員である狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)はいた。
(情報では失踪者の一人、リュカは怪我をしているらしい。
なら、そう遠くへは移動できないだろうし、応急手当を施しながら潜伏を続けるにしても、取り替えた包帯の血の匂いは隠せないはずだ)
乱世はそう考えると、血の匂いに焦点を当てた調査を開始した。
人の集まるところから外れたのも、微かな血の匂いを逃がさないため。集まる場所では香水や体臭といった様々な香りが混じり合っているからだ。
(恐らくコルッテロの連中も、同じことを考えているだろうな。
捜索を続けて行くうちに、奴らとぶつかることは避けられないし、最低限の準備はしておかねぇと。それに――)
乱世はなんだかこの街を取り囲む状況に違和感を感じ、思う。
(犯罪組織の暗躍といい、『人喰い』なんて二つ名を持つ勇者の伝説といい、楽しい祝祭だというのにやたら血生臭い印象がつきまとうのが、どうにも気になるんだよな……)
乱世は調査の手を止めずに、この事件に関わって浮かび上がった疑問を思い返す。
(それに気になることがもう一つあんだよなぁ。
以前空京で馬鹿でかい化物を召喚しようとした怪しげな女に似た人物を見た、という噂を小耳にはさんだし。
何でも人を小馬鹿にしたような態度を取る、いけ好かないアマだとか何とか……ケッ、あたいの一番嫌いなタイプだぜ)
乱世は嫌悪感から、不快な表情を浮かべた。
(もし、あの女が裏で糸を引いているとしたら、その目的は『人喰い勇者ハイ・シェン』もしくは『彼に倒された悪王』を召喚することじゃないのか……?)
乱世は頭を働かせながら、路地裏を進んでいく。
(グレアムが調べている、ハイ・シェンに関する情報が、奴の陰謀を阻止する切り札になればいいが……――っと、この匂いは……)
その時。鼻に微かな血の匂いを感じて、乱世はよしっという表情を浮かべて呟いた。
「ビンゴだぜ……!」
乱世は血の匂いを頼りにひた走る。それは走れば走るほど強くなる。
だんだんと近づいているという実感を感じ、路地裏の角を曲がりそこにあったのは――。
「――っ!?」
痛めつけられ、倒れているブルドックの獣人の男性だった。
乱世はそいつの名前は知らない。しかし、早朝の会議で見た覚えがある。特別警備部隊の一員だ。
彼女は慌てて近寄り、彼の肩を揺する。
「お、おい! あんた、大丈夫か!?」
「……あぁ、どうにか、な」
乱世は返事を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
そして症状を確認する。どうやら命に別状はなく、<しびれ粉>によって麻痺しているだけのようだ。
「……血の匂いを頼りに調査しててたらこのザマだ。
ついさっきやられてな。そいつは俺を殺す価値もねぇって様子で無視してどっか行ったよ」
彼は悔しそうな表情を浮かべる。
恐らく、全くと言っていいほど歯が立たなかったのだろう。
「……あんたも血の匂いを探って?」
「ああ、そうだ。あたいもそれでやって来た」
「……そうか。なら、これを……」
彼は痺れる手でゆっくりと血のついた包帯を差し出した。
大部分が血で滲んでいるところから、使っていた本人の傷の深さがうかがえる。
「っ。もしかしてこれ失踪者のなのか?」
「……犬の嗅覚で確かめたんだ。間違いねぇよ」
付着した血は比較的新しい。放置されて一日も経過していないだろう。数時間といったところか。
「……恐らく、失踪者の二人はこの近くを通ったんだろう。
この先は、動かない時計塔へと繋がっている。今ならまだ間に合うかもしれない。早く追ってくれ……」
男の言葉に、乱世は迷わず首を横に振る。
「いや、あんたを救護班に届けるのが先だ」
「……俺のことはいい。後を追いかけてくれ」
「それは出来ねぇ。
第一、この包帯は早くても数時間前ものだ。今から追いかけても、見つけられる確率は低い」
「……けれど、少しでも見つけられる可能性があるのなら」
男の言葉を遮り、乱世は言い放つ。
「あたいは傷ついた仲間を放っておくほど薄情ではないんでな。
もし、次に見つけたのがコルッテロの奴らなら、動けないあんたをそのまま放置しておくなんて考えられねぇし」
「……すまん。迷惑かける」
「いいよ、気にすんな。あたい達は仲間だろう?」
乱世はタフな笑みを浮かべ、彼を背負うと来た道を戻り出した。
「……あんた、名前は……?」
「狩生乱世だ。漢字は狩りに、生きるに、乱れるに、世界の世」
「……そうか。俺の命の恩人として覚えておくよ」
「おいおい、大げさだな。
まぁ、そう思うんなら精々長生きして、末代まで語り継いでくれ」
ニシシと笑いながら言う乱世に、男は思わず吹き出した。
「……あんたも十分大げさじゃねぇか」
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