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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【監獄の中の対峙:1】




 カンテミールが激闘の最中にあった頃、一方のジェルジンスクでは、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が、突入してきたテロリストの一団と鉢合わせしているところだった。
「……やるやないか」
 出会い頭に刃を交えた少女に向けて、に、と裕輝が笑うと、その笑みの中に何を感じたのか、少女もまたくつりと笑みを浮かべた。五人程のテロリスト達は、この少女が率いてきたらしい。余裕のつもりなのか、それとも楽しんでいるのか、部下に手出しを禁じたまま、数秒の剣と拳とが交わった後、軽く距離を取って少女は首を傾げた。
「……警備、じゃないワネ?」
「そういう嬢ちゃんも違うみたいやけど……えらい殺気だって、誰か殺しにでも行くんかいな」
 裕輝が目を細めて笑うのに、少女は無邪気ともいえる仕草でことん、と首を更に傾げる。
「さあ、どうカシラ?」
 その中に、殺意と喜悦が同居しているのを感じて、裕輝は我知らず口元が緩むのを感じていた。この少女の中にあるのは殺戮狂とでも言う類の何かだ。それは、闘争狂とも言うべき自身の歪んだ部分とそれが響く。
「あんた、”おもしろい”な」
「奇遇ネ。ワタシもそう思ってたトコロ……ヨッ」
 少女が跳躍して距離を詰めようとしてくる。何度目かわからない激突が、起ころうとしていた、その時だ。
「……ッ、ちぃ……っ」
 唐突に感じた気配に、裕輝と少女は、舌打ちと共にばっと飛び離れ、その気配の主もまた二人から距離を取ったところでその足を止めていた。ノヴゴルドに話をつけた後、キリアナ達の下へ帰ろうとしたその最中に、裕樹達とかち合ったのだ。部下の元まで引いた少女は、武器を下げると残念そうに肩を竦めた。
「ちょっと物足りないケド、お仕事を済ませないと駄目だワネ」
 言うや否や、少女はすっとすり抜けるように部下達の後ろへ退がってしまったのだ。
「逃がすかいっ!」
 その意図を察し、裕輝はその後を追おうとしたが、狭い通路の中、テロリスト達はまるで壁のように立ち塞がって、その先へ向うのを許さない。少女ほどではないが、その背を追った二人を除いた、残る三人のテロリストたちも皆、実力者たちなのだ。それが同時にかかってきては、裕輝と、その場に居合わせた刹那だけでは分が悪い。刹那はしびれ粉を撒いて動きを鈍らせつつ、防戦一方の体を装って、彼らの追撃を誘う。
「……この、ちょこまかと……っ」
 テロリストの一人が、舌打ちした、その時だ。
「――ッ」
 反射的に避けこそすれ、その一撃はテロリストの肩をざっくりと裂いていった。魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)を纏い、ギフトの宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を装備した祥子が、接近してきた気配に気付いて、神速の速度で斬りかかったのだ。思わぬ追加戦力に、僅かな同様の走ったテロリストたちを、今度はレキの朱の飛沫が襲い掛かる。そう、刹那は、後退するふりをして、キリアナ達本体のいる場所まで招き寄せていたのだ。
「何だ、貴様等……」
 流石に警備兵たちと違って、この程度でパニックになったりはしなかったが、動揺は剣の腕を鈍らせる。そこに、カツラかなにかのごとくシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)を頭にはりつかせたリカインの激励を受けて、祥子たちが畳み掛けた。発する侠客の威勢に圧されて動きの鈍った三人のテロリスト達に、刀状態の義弘が振り下ろされる。そこへ、グラビティコントロールによって天地の縛りのなくなった清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)の、予想外の角度からの攻撃が加わる。かわしたところで、青白磁のフラワシが放っている悪疫が、その調子を狂わせるのだ。形勢不利と見たテロリスト達が退こうとしたが、当然、それをさせるはずもない。
「逃がしませんわよ」
 そう言ってセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が踊り出、その足元を乱すように、両手の拳銃が火を噴いた。右手の連射が終わったかと思うと左手がその後を継ぎ、その間に空になった弾倉に、袖口から滑り出る弾薬が補填される。そんな息つく暇のないような銃撃に、からからといくつもの足元に薬莢が転がっていった。
 そんな攻撃を一気に受ければ、いくら手練れといってもひとたまりもない。取り押さえられて転がされたテロリストたちを見下ろして、祥子は右手の刀、義弘の切っ先をちゃきりとその首へ向けた。
「セルウスの……私達の邪魔をしようというのなら容赦はしない」
「セルウス?」
 首を傾げたテロリストの一人に、祥子は目を細める。
「とぼけても無駄よ……死になさい」
 そう言って、刀を振り下ろそうとしたのを、ぱしっとその腕を掴んで誌穂が止めた。
「何故止めるの? テロリストなんて、生きているだけで脅威よ」
 祥子の声は冷たかったが、誌穂は駄目だ、と首を振った。祥子の言うことも判らないではないが、今は情報が欲しいのだ。殺さない、というのは彼ら自身の情報を得るためだ。だが、その場に残った三人のてテロリスト達は、一応は仲間だが、雇われただけに等しいようで、詳しいことは何も知らないようだった。
「兎に角、先を急ぎましょう」
 溜息をついたものの、その言葉に再び足を勧め始めた面々から、やや離れたところで、一人息をつきながら裕輝はちらり、とその視線をテロリスト達の消えていった廊下を見やった。なんの変哲もない、廊下だ。
(そういや、あいつらを追っかけてったんは……何やったんや?)
 


 裕輝が見た、テロリストたちを追う影――白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は先を行く影を見失わない距離をキープして追跡を続けながら、僅かに目を細めた。
(やりあったのは警備兵じゃねぇな。こいつ等とはまた別に、押しかけてるやつがいるってことか)
 噂に聞くアスコルドの葬式での一幕。護送されたセルウス。そしてこのタイミングでテロリストの襲撃だ、無関係であるはずがない、と竜造は、ふん、と鼻を鳴らした。
(頭が死ねば必ず起こる権力闘争。どこの国でも変わらねぇな)
 考えるまでもなく、問題になっているのは次期皇帝の座だ。どこの誰とも知れない誰かが、荒野の王をその座につけるために、障害になるとすれば、竜造の知る限りセルウスしかいない。彼らテロリスト達が、このタイミングでジェルジンスク監獄に襲撃をかけたことからも、セルウスの命を狙っている可能性は高い、と思っていたが、こうやって後を追って観察している限り、どうも様子が違うようである。
(どうやら、俺の知らない誰かがまだいやがるな)
 それも、荒野の王を皇帝にするための、キーになる誰かだ。面白い、と口元を歪めた竜造は、引き続きテロリストの後を追いかけたのだった。