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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【監獄の中の対峙:2】



 同時刻、ジェルジンスク監獄の応接間。
 「では、我々に、侵入者の迎撃許可など頂けますでしょうか?」
 刹那が去った後、そう言ってノヴゴルドの前へ出たのは風森 望(かぜもり・のぞみ)だ。
「ただまんじりと味方を待つのでは、あまりに無用心ですから」
 先に辿り着くのがキリアナ達ならば良い。だがもし万が一、敵が先にたどり着いた場合、無防備で居るのはあまりに危険だ。直ぐにでも行動に起こし、その身を守るためには準備を進めておくべきだ、というのに、ノヴゴルドは尤もとだ、と頷いた。
 その結果、セルウス達はキリアナの到着を待ちながら、警戒に空気をぴりぴりとさせることとなった。
 扉と、その前の通路をアルツールの不滅騎士団が固め、ノヴゴルドとセルウスを中心にするように、円陣で守りを固める。通気口や、肉体の無いアンデットを警戒してのことだ。部屋の中には衛のルーンが張り巡らされて準備万端、といったところだが、油断無く周囲に意識をめぐらせながらも、やや腑に落ちない、という様子で聖は首を傾げた。
「室内で篭城されるのでしたら、ここの警備に救援を求めても良いのではありませんか?」
 その言葉に、ノヴゴルドは「それには及ばんよ」と首を振った。
「どこまでが味方かも、判ってはおらん状況ではの。呼んでみたら敵であった、では笑い話にもならん」
 ジェルジンスクの選帝神を務めるとは言え、全てを知っているわけではない。その役について日が浅いこともある。監獄の内部すべて、内情の全てを把握しているわけではないのだ。
「助けが来ると言うのじゃ、待ってみれば良かろうよ」
 泰然と言って、ノヴゴルドはセルウスを見やった。その静かだが厳しさの混じる目線に、自分と自分を助ける力……つまり、彼自身の力と、その持つ宿命の重さを試しているのだと判って、セルウスはぐっと拳を握る。
 その時だ。
「邪魔くせえ!」
 扉の外から声がしたかと思うと、次の瞬間、ドアを蹴破って人影が飛び込んできた。テロリストの後を追っていたはずの竜造だ。どうやらその気配で、目的位置を察し、一足先にゴッドスピードで不滅騎士団の間を縫って飛び込んできたらしい。身構えた面々の中に、セルウスの顔を見つけて「あん?」と竜造は首を傾げた。
「何だ、結局てめぇとぶつかったか。あいつらの様子じゃ、狙いは違ってると思ったんだがな」
 独り言のように言って、セルウスが何のことかわからない、と言う顔で首を傾げたが、竜造の方はその後ろでじっと眺めてくる視線に気付き、その人物が纏う貫禄に「なるほどな」と納得した声を漏らした。
「雰囲気からお偉いさんみてぇだが、あいつらの狙いはあんたってわけだ」
「あいつら、とは?」
 ノヴゴルドが首を傾げたが、竜造は我構わずといった調子で、「そいつは直ぐ判る」と取り合わぬまま、ずい、っとノヴゴルドに近寄った。
「俺が聞きてぇのは、ナッシングって奴のことだ」
 国の偉いさんなら、知っているのではないか、と追求しようとした、その時だ。
「我……の、ことか?」
 唐突に声がしたのに、ばっと全員がそちらに視線をやると、先程ハデス達オリュンポスについていた、彼らの命名するところのオルクス・ナッシングが、いつの間にかそこに立っていた。
 思わず目を見開いた面々だったが、突然の乱入者は、彼らだけではなかった。ガシャガシャと騒がしい金属音に続いて、不滅騎士団を蹴散らして部屋に踏み込んできたのは、先程裕輝と剣を交えた少女だ。仲間と言うより部下と言った様子の二人の男を従えたその少女は、契約者と同じように、部屋の中に佇んでいるナッシングの姿に、訝しげに目を細めた。
「ナッシング……? 何故ここに居るのカシラ。貴方はどのナッシングなのカシラ?」
 少女が尋ねると、皆がその反応をうかがう中で、ナッシングは首をゆるく振った。
「我、は…………そう、だ、な……死霊騎士団長、オルクス・ナッシング……だ、そうだ」
 く、くと可笑しそうに名乗る様子に、少女は更に眉を潜めた。
「ふざけているのカシラ。それとも自我でも持ったとでもいうつもりカシラ? まぁいいワ……ワタシ達の目的はそちらのおじいさまデスモノネ」
 ノヴゴルドを視界に捕らえ、くすっと笑った少女に、両脇の男がそれぞれ剣と槍と構えた。少女も剣を取ったが、こちらはどちらかと言えば短剣という長さだ。その途端に溢れ出した黒い殺気に、先の言葉を問い質す余裕はないと皆が悟り、身構えた次の瞬間。テロリスト達が、ノヴゴルド達に向けてゆっくりと距離を詰めていったそのタイミングで、キリアナ達がついに部屋へと辿り着いたのだった。
「……さて、これはどうしたものかしら」
 数秒の間の後に、祥子が呟いた。それぞれの思惑が、突然一堂に会したことで、誰もがすぐに動けないこう着状態に陥ったのだ。
 それを打開しようと想ったのか、それとも先手必勝と思ったのか、キリアナがその手を剣にかけようとしていたが、祥子はその手を押さえた。
「待った。あなたは出来るだけ自重してくれないかしら」
 その言葉に美羽も頷く。
「この件は、セルウスの手柄にした方がいいと思う」
 そうすれば、正々堂々とここから出すことも出来るかもしれない、と、そう話している一方で、ディミトリアスは一人、その顔色を変えて少女たちを見ていた。
「……その、武器は……!」
 その声と目線で、それが自分たちの武器のことだと気付くと、少女は小首を傾げた。
「これカシラ? これはさるオカタから頂いたものヨ」
 そう告げた途端に、その顔が更に険しいものになったのに、スカーレッドが「どうしたの、ディミトリアス?」と問いかけると、手にした錫杖をギッと握り締めて、ディミトリアスは呻くように言った。
「……、あれは……俺を殺した武器だ」
 その言葉に、何人かが顔色を変えた。何ともいえないこう着状態が更に雰囲気を悪くしたのに、少女がふうっと息をつく。
「よく判らないケド……ワタシには関係ないわ……ネッ!」
 言い終わるや否や、少女が身を躍らせた瞬間。
 弾かれるようにして、全員が一斉に飛び出していた。




「セルウス!」
 一声と共に飛び出すと当時、駆け寄ってセルウスに剣を渡したのは美羽だ。
「さあ、テロリストなんてやっつけちゃって、堂々とここを出よう!」
 そう言って武器を構えた美羽と同じく、ノヴゴルドを奥へ囲うように陣を固めた面々へ、その切っ先を向けていたのは、剣と槍を携えた二人だった。リーダー格らしき少女が前へ出るための露払い、と言った役割なのだろう。通路で対戦した三人のテロリストたちとは違い、表情の全くない不気味な気配で、剣士が強引に突っ切ろうとでも言うかのように、一気に接近した。
「させん……!」
 その正面へ躍り出たのはシグルズだ。ガンッという盛大な音と共に盾と剣がぶつかった。そのまま、ぐっとシグルズの盾が剣を押し返そうとしたが、それより早く、剣士の後ろから、槍士の一撃が追撃してきた。
「……ッ」
 びりびりとその手に衝撃が走る。だが、そうして一瞬動きが止まったことで、ポイントシフトによる移動で、その背後を取ったのはコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だ。その槍はそのまま剣士の背後を狙ったが、剣士の方も背中を裂かれながらも反転すると、その剣で槍の柄を弾いた。続けて、その反転の力に乗せて足を捌き、ぐっとコハクとの距離を詰める。槍と剣では、間合いに入れば有利は剣だ。目の前に迫った剣先に、退くのは間に合わない。そこへ、ギィンッと音を立てて割り込んだのは、魔鎧リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)を纏った、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の剣だった。
「剣には剣だろう……俺が相手してやるぜ」
 その言葉にうっすらと剣士が目を細める中、槍士の前へと立ち塞がったのは、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)クコ・赤嶺(くこ・あかみね)の二人だ。先に飛び出したクコが、槍の間合いへと飛び込んで、その足で仕掛けると、ぐるっと回転した槍がその足を受け止めたが、飛び込んでいたのはクコだけではない。その直ぐ後ろまで踏み込んでいた霜月は、攻撃を受け止められたのを逆に利用して、反動の力で霜月を飛び越える。
「――ふ……ッ」
 一息。その体が霜月を越えるその瞬間に、一歩を踏み出した居合い抜きの一撃が、槍士の胴を狙った。だが、ガギッと、その細さの割に頑丈らしい柄が、軌道に割り込むようにしてそれを受け止めると、剣先を巻き込むように再び槍がぐるり、と回る。
「……速いですね」
 霜月が思わずと言った調子で呟いた。槍士は、一度弾いた後、間合いに入れさせまいとしたのか、槍の旋回を使ってクコ達を牽制する。が、それを更に妨害するように、引き金を引いたのは丈二だ。張られた弾幕で追撃を防がれた槍士と、クコ達の至近距離での攻防が再開した。



 そして、彼らとは別に、ナッシングの前へ立ち塞がるように飛び出したのは刀真だ。
 超獣の欠片で同化した光条兵器、黒の剣の切っ先をナッシングに向けて、刀真は目を細めた。
「お前は……あの時の、目のナッシングで、間違いないな」
 確認するような問いに、オルクス・ナッシングはローブの奥で首を傾げる気配だった。
「もし、今回もセルウスの邪魔をしに来たのなら……」
「なら、ば……どう……する?」
 訊ねながらも、答えなどわかっていたのだろう。ゆらりと手を掲げたオルクス・ナッシングに、刀真は剣を構えると、これが回答、とばかりに飛び込んだ。瞬間、その手の左記から吹き出したのは、遺跡で手のナッシングが見せた黒い光に良く似たものだ。
「……ッ」
 危険を察知して咄嗟にその攻撃を、後方に飛ぶことで避けたが、光は止まらず、咄嗟に白花が放った神子の波動が相殺した。そのまま白花の奏でるヴァイオリンの音色が、周囲の冷気を巻き込んで壁を作る。
「あれは……手のナッシングの力、ではなかったでしょうか」
「見てたから、学んだ、ってことなのかな」
 白花が不安げに言うのに、月夜が眉を寄せた。だがそれを検証している余裕はなさそうだ。刀真は、氷の壁を一息に飛び越えると、ニ撃、三撃、と攻撃を繰り出したが、まるで風に舞う布を相手にしているかのように、オルクス・ナッシングの体は寸でのところでそれをかわしていく。だが同時に、百戦錬磨の経験から見切っているその動きに、反撃を許す隙も与えない。
「……その……欠片……」
 オルクス・ナッシングが呟くように言って、刀真の腕に手を伸ばそうとするのに、咄嗟に刀真は引きそうになった腕を留めた。
「……っ、もら、った……!」
 その指先が僅かに触れ、超獣の欠片が吸収の力を発現した瞬間に、訪れる不快感に耐えながら、刀真はナッシングの腕ごと落とそうとしたが、その切っ先が裂いたのは、その指先だけだ。それも、切り離された傍からざあっと霧の様に霧散して消えてしまう。その一連は、見ている者からは、ひらひらと影を相手にダンスしているかのような奇妙な光景だった。
「……月夜!」
 このままでは埒が空かない、と痺れを切らした刀真が、一歩下がる。と、同時、声を受けた月夜が、そのローブめがけて自身の周りに現れた光の剣達を放った、が。吹き出した黒い光で体を包んだナッシングは、光の剣をそれで相殺させると、くく、と喉で笑ったようだった。
「……秘密結社……の、正、体は……明かせない、だった、な……」
「何?」
 思わず首を傾げた刀真に、オルクス・ナッシングは答えるでもなく首を振り、そして。
「…………面、白い」
 その一言だけ残すと、現れたのと同じだけの唐突さで、姿を消したのだった。




「……消えやがったか」
「残念だったワネ」
 団体を剣士と槍士に押し付ける形で、直にノヴゴルドに仕掛けようとした少女に立ち塞がっていた竜造が、剣戟の合間、それを横目に、斬られなかった安堵と、逃げられたことの両方に、舌打ち交じりに呟いたのに、対峙する少女がくつくつと笑うと「しかし」と、不思議そうに小首を傾げた。
「本当に、妙な具合に変わったものネ」
「ほぉ」
 少女の物言いに、竜造は目を細めた。ノヴゴルドに確認しようと思っていたところ、この相手のほうがよほど情報を持っていそうな気配である。それも、出所の近い方面で、だ。にいっと、竜造は思わず口角を上げた。
「そのあたり、ちっと詳しく教えてもらおうじゃねぇか!」
 その一声を合図にするように、竜造と少女は戦闘を再開した。振り下ろされる剣は重く速いが、少女の形をしたそのテロリストはそれをまともに受け止めず、その小ささと身軽さを生かす形で切っ先すれすれで身を翻し、ギャリギャリと刃と刃を擦らせるようにしてその軌道を逸らさせて、自らの剣を食い込ませようとしてくるのだ。リーチでは竜造が勝るが、小さな体躯の少女のリーチは逆に、その有効範囲の更に内側まで滑り込んでくるのだ。手数が竜造のそれを上回り始めた瞬間、喉元を掻っ切るような刃が迫る。
「ち……っ」
 咄嗟に剣の腹でそれを弾き、頬に赤く筋を入れられただけですんだが、少女はくるっと飛ばされた力を回転で消して着地すると、再び距離を詰めようとした。が。
「余所見厳禁ですわよ!」
 その横合いから、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の剣が少女に振り下ろされた。それは逆に振り上げる少女の剣が受け止めたが、振り下ろすのと振り上げるのでは力が違う。押し負かされる前に少女のほうが剣を滑らせて横に転がったが、それで距離を取ろうとしたところへ、望の銃が弾幕を作って退路を消す。その援護に、ノートが距離を詰めて更に激しい剣戟が弾けたが、次の瞬間。
「……っ、危!?」
 少女が突然剣から手を離したかと思うと、ノートの剣の腹を足場に飛びあがると、懐から取り出したダガーを投擲したのだ。それも、切っ先はノートではなく――ノヴゴルド。そもそもの目的を果たすべく、隙を突いたのだ。
「ぐぅ……――ッ!!」
 危機一髪、というところだった。
 ノヴゴルドの傍で守りに入っていたハーティオンが飛び出し、その身を挺してダガーを受け止めたのだ。鈍い嫌な音が響く中に、ハーティオンが床に倒れる。ラブが駆け寄る間もなく、二撃目。ハーティオンという壁がなくなって狙われたその隙間に飛んできたダガーを、今度はマリと妖蛆、メイスンがそれぞれが叩き落とした。
「そうはさせんけぇの!」
 奇襲に失敗した少女は軽く舌打ちすると、一瞬気が逸れた間に再び距離を詰めた竜造の剣戟を跳躍でかわし、その追撃に来たノートの剣を、投げ損ねたダガーで受け止めた。
「……あまり、邪魔しないでもらえるカシラ?」
「それはこちらの台詞ですわね」
 邪悪に笑みを浮かべた少女に、ノートは不敵かつ挑戦的な笑みを浮かべる。
「あなたこそ、さっさと降伏していただけませんこと?」
 


 リーダー格と思われる少女が激しい攻防の最中にあった一方。
 剣と槍を持つ二人との戦況は、佳境に入っていた。
「いい加減、倒れろ……っ」
 剣士と槍士との間に、激しい攻防は繰り返され、数で勝る霜月達が圧倒的有利に断っていたのだが、問題は、傷を負い、疲労もダメージも蓄積している筈の二人は、全く表情を変えず、その動きも鈍る様子が無いことだった。
「これは……クスリでも使っているのでありますかな」
 マリーが眉を顰めたが、解毒する方法はなさそうだ。と、なればその体を動けなくさせてしまう他ない。
「それなら……一気に行くぞ!」
 煉は太刀を構えなおすと、気合を声にするのと同時、アクセルギアを最大起動させて、剣士へと飛び掛った。目にも止まらぬ連撃に、剣士も最大限に応じてくるが、手数はそれに追いつかない。幾つもの火花が弾けて、剣士の上体が浮いた。同時、槍士の方も、懐に飛び込んだクコの一撃が胴を薙ぎ払う。それに、体勢を立て直そうと、二人が後方へと距離を取った、が。
「それは悪手じゃったのう……出でよ、人魚姫!」
 二人が全員から距離をあけたのを確認し、衛が、と笑った、次の瞬間。部屋に張り巡らされてあったルーン召喚術が二人めがけて発動したのだ。人魚姫の纏った水が、二人の体を壁側まで押し流すようにしてぶつかる。そして。
「我が呼び声に答えよ……召喚獣・ウンディゴ!」
 詠唱を終えたアルツールの召喚魔法が発動し、巨大な雪男が二人に向って襲い掛かったのだ。ジェルジンスクの極寒の中で、その力の増している上、先程の召喚術で水を浴びたばかりである。猛烈な冷たさは、痛覚を失っていると思しき体の神経までを凍りつかせ、ついにその動きを完全に奪ったのだった。


 その光景に、竜造達と斬りあっていた少女は、ちっと舌打ちした。
「使えないワネ……コレだから男は嫌ナノヨ」
 呆れたように眉を寄せて、そう呟くと、少女はとんっと地面を蹴ると、振り下ろされた剣の間合いから飛び退き、曲芸師よろしく壁を蹴ってくるんっと跳ねて倒れた二人の傍へ着地すると、にこり、と笑った、その一瞬のことだった。すとん、と袖口から滑り落ちるように現れたナイフが、冗談のように男たちの喉を貫通していた。
「な……っ」
 ハーティオンが声を上げ、駆け寄ろうとしたが、遅い。少女は、男たちの持っていた剣と槍とを抱え込むと、肩を竦めてくすりと笑った。
「どこまで私の足を引っ張る気カシラ。倒された時点で、死を選ぶ位のことすらできないのカシラ?」
 仲間のはずの二人を、自らの手であっさりと殺しておいて、寧ろ自害すら出来ずに倒された事実に呆れたような様子で、少女は「まあイイワ」と溜息をついた。
「失敗、ということになるのは癪だけど、チャンスはまだいくらでもあるデショウ」
「させると思うのかよ?」
 その間に、飛び込んでいた竜造とノートが、踏み込んだ勢いをそのまま乗せて少女に斬りかかったが、一歩遅かった。少女は、剣と槍を抱えているとは思えない身軽さで地面を蹴ると天井に張り付き、通気口の中へと飛び込んでいってしまったのだった。
「ち……」
 面白くなさそうに竜造は吐き捨てて剣を収め、煉も後味の悪そうな顔で、転がったテロリストの遺体を見やった。口封じのために殺していったのはテロリストの方ではあるが、その原因を作ったような気分が広がる。皆、同じように幾らかの口苦さを感じてはいたが、首を振って振り払ったり、溜息を吐き出したりと、何とかそれを押し込めようとしていた。
 そんな中、リーゼロッテが「こんな子が皇帝候補だなんてねぇ」と物珍しげにその姿を見つめている視線の先で、ぎゅうっと音の聞こえる程ほど拳を握り締めたのはセルウスだ。
「……あいつは、あいつらは……なんでこんなこと、したんだろ」
「あくまで予想だが、荒野の王を皇帝にするため、だろうな」
 アルツールが低く言うのに、セルウスの声が僅かに震える。
「そのために、味方まで殺しちゃっても良いって、思ってるのかな」
「恐らくな」
「……」
 続く答えに、答える言葉はなかった。芽生えた何かの感情を堪えるように、抑えるように、ぎゅうっと更に強く拳を握り締めるのに、美羽とレキがその肩を叩き、優が声をかけた。
「セルウス。君は……どうしたい」
 監獄の中で問いかけたのと、全く同じ言葉、全く同じ意味で、真っ直ぐにその顔を見つめながら、優はセルウスに問いかけた。何を感じ、何を望んだか。どうしなければ、も、どうすればいいか、も取っ払った根幹の想いが言葉になるのを待つ優や煉達に、セルウスは「オレは」とゆっくりと確かめるように口を開いた。
「皇帝になるってことか、どういうことかわかんないし、覚悟なんて、できてないけど」
 きっと顔を上げたセルウスには、決意の光が強く輝いていた。

「こんな、こんな酷い真似をするヤツは……ぶっ倒してやる!!」