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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【幕の開けるその前:2】





 同じ頃、ジェルジンスク北方、山間部。
 雪に白く覆われた木々の間を縫うように、キリアナの呼びかけに集まった一同が、監獄へ向っているところだった。
 寒冷地方に明るいニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)によって防寒装備を整え、「腹が減っては戦は出来ぬ」ち小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の用意したドーナツで腹ごしらえしつつの移動は、専ら各自の用意した飛空艇や、ニキータのモービル、キリアナのエニセイだ。
「いいの? あの欠片渡しちゃって」
 雪の中も難なくモービルで走行しながら、ニキータは、可愛く着ぐるんでいるパートナーに問いかけて首を傾げると、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)はこくん、と頷いた。
「あれは…………ナラカのちからに対抗するもの……」
 御託宣によって、遺跡の内部で起こった出来事を「見た」タマーラは、所有していたアルケリウスの欠片にナッシングに対抗する手段の可能性を見出して、それをカンテミールに向う者へ託したのだ。
「まあ、あちらはあちらで何とかするでしょ」 
 その託された相手のことを思い出しつつ、楽観とも信頼とも取れる物言いで息をつくと、切り替えて細くなった目が横をちらりと見やった。
「……で、私たちだけじゃなくって、テロリストらしき団体さんも監獄に向ってるっていうのは、確かなのね?」
 その問いに、頷いたのは、モービルの後ろに、乗り物慣れしていないディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)を乗せたスカーレッドだ。
「目的は不明だけれど、ここへ向っているので間違いないと、氏無が内々に第三龍騎士団経由で確認を取っているわ」
「第三騎士団に知り合いがいてはるんですか?」
 密偵と言うのではなさそうな物言いに、キリアナが不思議そうに首を傾げたが、スカーレッドが何故か複雑な顔で「一番上、にね」と言うと、キリアナは思わず目を見開いた。
「……騎士団長と、お知り合いですの?」
「色々あったらしいけど、私は詳しくは知らないわ」
 その辺りは、どうせはぐらかされるだろう、と、詳しく尋ねたことはないそうだ。 
「これで最低限の名目は揃ったが、それでも弱いな」
 その会話に、独り言のように言ったのは相沢 洋(あいざわ・ひろし)だ。
 テロリスト「らしき」存在であって、まだ確定はしていない。しかも正式に依頼があったわけではないのだ。後にそこを突付かれたら厄介だな、と洋は続けると、す、とキリアナを見やった。
「キリアナ。あんたは政治的にやばいことをしようとしてる」
「ええ……判ってます」
「つまり、それに協力するのは、教導団としてもやばいということだ」
 身分を隠しての行動、とはつまりそういうことだ。テロリストのことが無くても、セルウスを助ける、というのはエリュシオンの法を破ることだ。成功するにしろ失敗するにしろ、国軍である教導団の関与が発覚すれば、国家間の問題へ発展しかねない。
 その言葉に、キリアナは苦渋の表情を浮かべた。これが罪であることは承知している。だが「そうしなければならない」と何かが告げるのだ。
「監獄の中やったら、セルウスはんを煮るも焼くも思いのままや」
 どこの誰が敵で、何がどう繋がっているのかどうかはまだ判らないが、ここに居る限りセルウスは人知れず処分されてしまう可能性もある。
「それだけは、させたらあきまへんのや……」
 言いながら、更に苦渋の表情を浮かべるキリアナに、スカーレッドが何か言いかけたが、洋は「気に入った」と寧ろ楽しそうに続けた。
「覚悟の上、ということだ。ならば私も全力を尽くすとしよう」
「……いいんですか?」
 その言葉には、凱 鼬瓏(がい・ゆうろん)が眉を寄せた。
「こんな違法行為、教導団から承認は降りていないと思いますが」
「恐ろしいか?」
「……」
 そう言う事を言っているのではない、とその顔が言うのに、スカーレッドが苦笑した。
 鼬瓏の言う通り、教導団からの承認は降りていない。というより、表向き承認できないのだ。故に、大尉レベルであるスカーレッドが独断で動いている、という体裁をとっているのだが、その事実は今のところ一定レベルの地位の者しか知らない話だ。スカーレッドは「無理をする必要はないわ」と曖昧に笑った。
「無茶なのは承知の上よ。それでも必要なことだ、とキリアナに協力すると決めたのは、私……と、氏無の独断よ。だから、あなたの参加も強制では無いわ」
 これ以上は協力できない、というのならそれでもいい、と続けたスカーレッドに、鼬瓏は僅かに目を細めると、諦めるように息をついた。
「……了解」
 微妙に含む声が頷いた、その時だ。キリアナのほうもテレパシーを受け取ったようで、はっと顔色を変えた。
「ノヴゴルド様が監獄に到着されはったようや……急いだ方が良さそうどすな」
「ジェルジンスクの今の選帝神……ですか。先の選帝神、白輝精様は、どうされたんです?」
 前選帝神、白輝精の召使だったクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が首を傾げると「あまり詳しいことは聞いてまへんけど」とキリアナは口を開いた。
「地球へ行かれてはると聞いとります。医学の研鑽のためやとか」
「ひとつ所に落ち着かない人ですね」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が苦笑するのに、美羽も頷く。とりあえず当人の意思だと判って安心した様子に、キリアナは続ける。
「ノヴゴルド様は、表舞台にこそあまりお出でにならへんかったけど、ジェルジンスキー様治世の頃から、ジェルジンスク地方を支えてはったとか」
 その実力や人柄から、今までも何度か選帝神への推薦はあったらしいが、その度に「自分はその器にあらず」と裏方であることを望み、頑なに出世を拒み続けていたのだという。
「そやさかい、未だに選帝神の座を”預かった”てスタンスを崩されてはりませんのどす」
 聞いているだけで気難しそうな印象なのに、クリストファーは苦笑する。
「そんな方がわざわざここへ来たのはやはり、セルウスの資質を見極めに、ということでしょうか」
「そうやと思います」
 その目で見たもの以外を信じようとしない性格なのは、帝国内でも上層階級では知られているようで、テロリストたちの行動も彼のそんな性質を把握しているからだろう、と続ける。
「ちなみに今……他の選帝神の方々の反応はどんな具合なんですか?」
「難しいところです。特にセルウスはんは、知名度が足りへんさかい。平穏な時なら兎も角、大陸の危機の迫っている今、あまり選定に時間をかけられんのも事実どす。その実力、カリスマ性や実績、何よりその資質から、荒野の王が優勢なんは間違いありまへん」
 けど、とキリアナは続ける。
「カンテミールの選帝神は不在やし、ノヴゴルド様も選帝神に就かれたばかり。大帝の喪も明けてへんよって、他の選帝神方は、様子を窺ってはる、といったところですやろか」
 判っているのは、オケアノスの選帝神と、カンテミールの選帝神候補ぐらいである。
「それなら、まだセルウスの逆転のチャンスはあるってことね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が嬉しげにしたが、キリアナが「そうかもしれまへんな」と歯切れ悪く言ったのに、祥子は「あら」と首を傾げた。
「キリアナは、セルウスに選帝神になって欲しいんじゃないの?」
 その問いには、キリアナは首を振った。
「皇帝を選ぶんは、選帝神の領分やさかい。ウチら第三龍騎士団は、誰かに肩入れはせえへんのです」
「でもセルウスを助けようとしてるんだよね、今は」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は首を傾げながら、キリアナの硬い物言いに、からかうようにくすりと笑った。
「皇帝にしたいんじゃないけど、助けたい……だなんて。もしかして、ツンからデレた?」
「そっ、そういうのと違いますえ!」
 からかわれて真っ赤になりながらキリアナはぶんぶんと首を振った。
「ただ、セルウスはんが皇帝となれる資質を持ってはるのは間違いないんどす」
 それを真に検討することもなく、表舞台から遠ざけるのは間違っている、と、判断を焦るのは国のためにならないと、エリュシオン国民として思っている、と声を大にするキリアナに詩穂は笑いつつ、それ以上からかうのは止めておうことにした。
「でも、助けてくれるのは間違いないよね」
 そんな中、言ったのは美羽だ。かつては追われる側と追う側だったお互いが、今はこうして一緒に助ける仲間であることが素直に嬉しい、とその顔が言っている。セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も頷いてにこりと笑った。
「かつては追っ手だったキリアナさんと共に、というのは、感慨深いものがありますね。
 その言葉には、キリアナも僅かに表情を緩めて頷いた。相対したとは言え、憎しみあっていたわけではないのだ。今は仲間として力をあわせられる事に、美羽は「よおし」とぐっと手のひらを握り締めた。

「一緒に、セルウスを助けよう!」





 一方その頃の、監獄外壁前では、山の影に紛れるようにして、こそこそと身を寄せ合う影が5つ、あった。
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)率いる、オリュンポスの面々だ。
「ここここここに、セ、セセルウスが居るのは、間違いないんだな?」
「ああ……間違い、ない」
 震える声で言うに、声は答えた。
「うう……は、はやく、来てくれないですかねえ……」
「で、でないと凍えてしまうのじゃ……!」
「全くです……」
 アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)の震える声に、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)も苦笑気味に頷いた。なんとかジェルジンスク監獄を見下ろせる場所に陣取った彼らは、アルテミスと神奈は交代して見張りながら、キリアナたちが来るのを、今か今かと待ち受かまえているのだ。
 とは言え、いくら防寒具を用意しても、猛烈な吹雪のジェルジンスク地方である。神奈が苦手な術で起こした火程度では、アルテミスの服を焦がすことは出来ても、ハデス達を温めるには至らない。全身が凍りつきそうな様相の中、何故かハデスはいつもの白衣姿だ。他の面々から比べていかにも軽装であり、真っ先に凍え死にしそうなものだが、当人は寒い寒いとは言いつつも、なんとか耐えられているようだ。
 まあ、何とかは風邪を引かないというから、きっと大丈夫なのだろう。
「って、そんなわけがあるかっ! この白衣は、最新の機晶技術を元にして作った、気温コントロール機能付きの白衣なのだっ!」
 そんな誰に向けたのだかなツッコミは、虚しく吹雪の中に消えていったのだった。