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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【極寒の大地にて:2】



「フハハハハ! よく来たな! 来てくれなかったらどうしようかと思ったぞ!」

 時はやや遡る。
 ジェルジンスク監獄正面より東側。
 がちがちと歯の根を鳴らしながらも、妙に威風堂々と、裏側の通用口へ向うキリアナ達の前に立ち塞がったのは、オリュンポスの面々だ。
「我が名は、秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者、ドクター・ハデス!!」
 名乗りを上げたハデスに並んで、アルテミスと神奈が、びっとキリアナ達にそれぞれの武器の切っ先を突きつける。寒空の下、長々と続いた辛い見張り任務からようやく解放されるのだ。ちょっとまだ距離的に遠いのだが、そんなことは関係なく、二人はいつになくやる気たっぷりの様子である。
「ククク……ここは通さんぞ。志半ばに倒された手のナッシングの遺志を継ぎ、セルウスの妨害をしてくれよう!」
 ここを通りたければ自分達を倒していけ、と相変わらずの高笑いを上げているハデスだが、はたから見ても人数差がはんぱないのだ。キリアナ達の間で、さっさと倒して先を急ごう的な空気が流れている中、ハデスは妙に自信たっぷりに、いつもどおり「さあ出でよ!」と声を上げた。それに反応するように、十六凪の後ろから現れたのは。
「――……ッ!?」
 タマーラが思わずと言った様子で目を見開いたのに、アンデット達を後ろに引き連れたナッシングは、ゆらり、とハデスの隣へと並んだ。
「紹介しよう、死霊騎士団長、ナッシング改め――オルクス・ナッシングだ!」
 キリアナ達が事情を問い質す間もなく「行きます!」とアルテミス達は、ナッシングから指揮を預かった十六凪の操るアンデット達と共に侵攻を開始した。
(セルウス君の資質が”本物”ならば、この程度の試練、跳ね除けてくれるはず)
 キリアナ達に向けて襲い掛かる彼女等の背中を見送りながら、十六凪は目を細めた。
「さあ……お手並み拝見させていただきましょうか」


 予定外の戦力に、一堂が身構える中、迫ってくる彼らに向って、飛空艇の上で目を細めたのは洋だ。
「ふふん、ここは任せてもらおうか」
 こちらはこちらで、なにやらやる気満々と言った様子である。同行する乃木坂 みと(のぎさか・みと)相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)を振り返って洋は手を振り上げた。
「エリス、みと、空爆開始。尚、降下戦闘は各員の判断に任せる。洋孝は上空防御。橋頭堡確保まで頑張れ!」
「はいはーい」
 ややノリの軽い洋孝に対して、みとは肩を竦め、エリスは息をついた。
「小型飛空艇砲弾による撹乱突撃、ですか。そして……当然のごとくの爆撃ですね」
「あいも変わらず無謀な作戦。それに付き合う我々も無謀ですね。以上」
 そんな三人の反応を気にした風もなく、洋は飛空艇を加速させた。
「ヘリファルテ、ミサイルモード。最大加速!」
 一気に最大速度に達した飛空艇は、真っ直ぐにアンデット達の襲い来る中央へと、まるで隕石のごとく急降下する。ひらりとそこから身を躍らせた洋の着地と同時に、乗り捨てられた飛空艇がドオンッという爆発音と共に雪の上に真っ赤な火の粉を散らした。そうしてまとめてアンデット達を蹴散らすと、地上で弾幕を張りはじめた洋と共に、みとは上空からブリザードを放ってそこまでの道を切り開く。築かれた橋頭堡の出来に満足げにしながら、洋は引き金を引く手を止めずに振り返った。
「瞬間制圧火力なら、我々だけでも何とかなる!」
 あとは頼む、と告げた洋に、退路を預ける形で各自が移動手段から降りると、ニキータがぱんっと両手を打って鳴らした。
「それじゃあ、突っ切るとしましょうか!」
 その声に、自身の剣に手を伸ばそうとしたキリアナだったが、その肩をとん、と紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が叩いた。
「キリアナはイザって時まで我慢だ。前はそれでへばってただろーに」
 以前、その状態で自分を背負った人間からの一言に、ぐっと詰まったキリアナに、唯斗はにっと笑う。
「別に負ぶってほしいなら良いけどな。それとも、お姫様抱っこのほうが良いか?」
「遠慮しときますわ。お姫さんって柄やあらしまへんし」
 キリアナが苦笑すると、それじゃ、と代わって先頭に出たニキータは、タマーラが弓で援護する中を、フラワシの大熊のミーシャと共に、洋達の方へと誘い出されたおかげで壁の薄くなったアンデットの群れの中へと飛び込んだ。走りこみざま、目の前に立ち塞がるアンデットに、ミーシャが炎の拳に宿した、アンデットの天敵にあたる回復の力を叩き込んでダメージを与え、そこを突き崩して強引に道を切り開きながら、ニキータはちらりと後方を伺った。
「派手にやっちゃってるけど、大丈夫なのかしらねぇ」
 後ろで響く轟音に、先頭を行くニキータが首を傾げたが、その援護をしつつのスカーレッドは却って好都合じゃないかしらね、と何とも言えない顔で目を細めた。
「相手は監獄の職員じゃなくて、秘密結社オリュンポスなのだし」
 その言葉の意味を問うタマーラの視線に、スカーレッドは続ける。
「あなた達が先に、彼らを重要参考人の可能性あり、として意見を上げておいてくれて助かったわ。最悪、事情が申請と前後しはするけど、私達の介入に理由をつけることが出来る」
 これだけ派手にやれば逆に真実味も出るでしょう、と続けたもののスカーレッドの表情は浮かない。いずれもこの場にいる理由に追及があった場合の言い訳程度のものだ。そこから先は手を尽くしたところで、犯罪には違いない。
「テロリスト達の出方にもよるけれど、リスクはかなり高いわね」
 所属が暴かれなければ問題ない。だが既に隠密性を失っている以上、隠し通すのは難しそうだ。ある程度は氏無が手を回すだろうが、ここはエリュシオンだ。誰ともわからない敵の土俵の上にいるに等しい中では、何をするにしろ後手後手に回らざるをえない。
「それでも……キリアナの言う通り、このままだとセルウスの身は危険なのは間違いないわ」
 そして、誰がどんな理由で狙ってくるにしろ、ここでセルウスを失う訳にはいかない。そう続けるスカーレッドに、ニキータはふと、その目を探るように細めた。
「それはセルウスだからなのかしら、それとも、荒野の王の対抗馬として?」
「……」
 ニキータは回答を待ったが、スカーレッドが答えない内に、一同は通用口に到着したのだった。





 同じ頃。
「ミスKの突入を確認したよー」
 上空から戦況を確認していた洋孝の報告に、洋は「よし」と頷いた。
「ならば全力で行くぞ!」
「ぜ、全力って、これが全力じゃないんですか!?」
 洋の声に、アルテミスの声が裏返った。手加減ナシの爆撃に、オリュンポス勢へのダメージは結構大きいのである。
「フハハハハハ! のぞむところだ!」
 勢いが良いのは、高笑いするハデスと神奈だけである。
「行け、ヤマタノオロチ!」
 叫んだ神奈の声に従って出現した式神はしかし、残念な結果を招くことになった。
「あら?」
 狙って、というよりただ式神が暴れた結果、その頭がみとの乗る飛空艇に軽くぶつかったのだ。ダメージは少なかったが、それを受けてみとは考えるような間を空けて、ぼそっと呟くように口を開いた。
「当てられましたか……折角ですし、練習しておきますか?」
「れ、練習って、なんですか?」
 非常に嫌な予感のするアルテミスが尋ねたが、それは綺麗に無視されて「そうですね」とエリスは頷いた。洋孝も反対する風もない。
「丁度じーちゃんの所に集まってるしねー。殺さない程度にじーちゃんごと吹き飛ばし可能!」
「ちょ、待……っ」
 さあっとアルテミスの顔色が変わるのに、エリスが止めを刺した。
「面倒です……ミサイルを機体ごと、プレゼントします。燃えるといいです。以上」
 その声を合図に、みととエリスはそれぞれの飛空艇を一気に降下させると、揃って飛行能力でそこから飛び離れたのである。操縦者のない飛空艇は、躊躇いなくまっすぐに急降下していった。
「な、な、なんじゃ!?」
 神奈が漸く事態に気付いて顔色を変えたところに、両機が突っ込んできたが、更にトドメとばかりに、ヴォルケーノのミサイルを、エリスがライフルモードの光条兵器で吹き飛ばした。結果。
「きゃああああーーーッ!?」
 どぉおんっという、盛大な爆発音と共に、深い雪ごとオリュンポス一同は、どこかへ吹っ飛ばされたのであった。

 ただしこの時、その派手な攻防のせいで、殆どの者が気付いていなかった。
 いつの間にかその戦場からは、オルクス・ナッシングの姿は消えていたのだった。







「何故、あそこにナッシングがおったのかのう……」
 刹那が独り言のように呟くのに、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は判らない、と言うように首を振った。
 アンデット達をすり抜け、キリアナの同類という人物が鍵を開けておいたらしい 外壁北通用口を潜り抜けた一行は、死角を縫うように進み、建物の影に入り込んだところだ。
「判らないけど、セルウスを狙っている……にしては、変な感じだったわね」
 オリュンポス幹部という位置付けに、案外馴染んだような様子を思い出してスカーレッドも首を捻ったが、同じように気になっているキリアナは、難しい顔で振り切るように首を振った。
「……今はその件は後回しどす」
 そう言って、キリアナは監獄内部に続く扉の取っ手をじっと見つめると、苦渋を滲ませながら、同行する皆の顔を振り返った。
「……ここをくぐったら、もう後戻りはできしまへん」
 今ならまだ、理由をつけることができる。引き返すのなら今のうちだ、と、巻き込んでいる負い目からかそう言ったが、返ってきたのはあきれたような溜息だった。
「今更だな」
 端的に言ったのは樹月 刀真(きづき・とうま)だ。刀真はそのまま、パートナーの封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を軽く抱き寄せると、キリアナに笑いかけた。
「この間は、白花が世話になった、ありがとう。俺にとって大切な女性だから……って、グハッ!?」
 言いかけた刀真は、突然の衝撃に頭を押さえた。とても不機嫌な顔をした漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ゴム弾でその頭を打ち抜いたのだ。勿論、彼女も刀真の言っている言葉の意味ぐらいは判っているのだが、それとこれとは話が違うのが複雑なオトメゴコロと言うものだ。ただ災難だったのは刀真の方である。
「ちょ、間違ってないじゃん! 痛ッ、痛いって!」
 その不機嫌さの意味をいまいち理解していない様子の刀真に、月夜の攻撃は更に続く。
「……やっぱり、刀真は胸の大きい方がいいんだ……」
 ぼそぼそっと小声で言いながら引き金を引き続ける様子は、とても、かなり、怖い。慌てて刀真はぶんぶんっと首を振った。
「ご免なさい! もちろん月夜も大切な女性です! 今回胸は関係ない!」
 土下座でもしそうな勢いで謝られて漸く機嫌を直したらしい月夜が銃を降ろしたのに、刀真は「酷い目にあった……」と、ふうっと息をついた。残念なことに、肝心の白花の方が、抱き寄せられた瞬間に真っ赤になっていて、続く言葉が全く耳に入っていなかった様子だったので、この件は暫く波紋を呼びそうだが、それはまた別の話だろう。
「と、とにかく」
 こほん、と咳払いして、仕切りなおし、と刀真は続ける。
「そんな訳だから……俺は君に協力しますよ」
 力強く言ったが、それでもまだどこか躊躇いを消しきれないらしいキリアナに、ぽん、と軽く肩を叩いたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「まあそう気負うなよ」
 そうやって、軽い口調を作って唯斗は続ける。
「つーか、今回は俺に声かけて正解。こう言う作戦は俺の専門だぜ?」
 最悪の事態をそもそも起こさせないから安心しろ、と笑いかけて、視線を皆のほうへと向けて「それに」と更に続ける。
「第一、ここまで来た時点で皆とっくに覚悟してる。それに、皆それぞれ、目的があって来てるんだしな」
 キリアナの為だが、それだけの為でもない、と、気負うところを少しでも軽減させるべくそう言うと「そうです」とリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)もこくこくと頷いた。
「こんなに波乱万丈な展開は、見逃せませんからね」
 逃亡劇に始まり、遺跡から皇帝候補、その上犯罪者として捕まってしまうというセルウスのこれまでは、山あり谷ありの連続だ。そんなセルウスの旅路は、歌劇の題目にぴったりで、インスピレーションをかき立てられる、とリカインは明るく言って、にっこりと笑った。
「こうなったら最後まで、見届けなければ、ですよ」
 自分の都合だから気にしないでいい、とその声が励ますのに、キリアナはうまい言葉が見つからないのか、ただ頭を下げるその真面目さに苦笑しながら、唯斗は取り出した面で、ぽんとその下げられた頭を叩いた。
「あんたは面が割れてるからな」
 気休め程度だが、無いよりましだろ、と渡されたそれを受け取ると、最後に確認するように一同を見やり、頷きが返るのを待って、キリアナは扉を押し開けた。