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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●見つめ返す深淵

 この世界では、『色』は一定しない。
 止むことなく集合し離散する無数の色、変化の速度はめまぐるしいとまでは言えずとも、決して遅いということはない。
 無から有、有から無、流転を繰り返すこの世界は、八岐大蛇の精神世界である。強いて言うならば荒野に似ているが、それとてこの一瞬のことかもしれない。
 アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)龍杜 那由他(たつもり・なゆた)を呼び、那由他はアルセーネの手を取った。
 そうしなくては互いの存在が消えてしまう――そんな風に思えた。
 すべてが幻に思えるこの場所だが、確実なのは互いの存在だ。逆に言えばこれくらいしか確実なものはないだろう。
 二人が投げ込まれた檻が炎に包まれているというこの状況も、想像力が生み出した幻にすぎない。そのはずなのだ。だがこの火勢、皮膚が燃える気が狂いそうな熱さ、自分の髪が焼け焦げる匂い……これがすべて非現実とは!
「負けちゃ駄目! アルセーネ、ここでの『死』は精神を八岐大蛇に捧げることとイコールよ! 大蛇の力を増大させることになってしまう!」
「……は、はい! 乗り越えて見せます」
 那由他はまだ抵抗しているが、アルセーネはもう息も絶え絶えという様子だ。大量の汗で肌に巫女の服が貼り付いている。
 このとき、
「うう……、ここはどこじゃ……? わらわは、確か何者かに襲われて……」
 奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)が目を醒ました。彼女こそ、残る三人の乙女の一人だ。
 しかし神奈の眼前はすべて闇であった。二三度まばたきすると、ようやく目の前の光景が見えるようになる。
「ふぅむ、これは現実の世界とは思えぬ。じゃが夢でもない。わらわの意識は確かに目覚めておる。それにこの感覚……」
 ということは――神奈は理解した。
「攫われて敵の内部に入り込むという策は成功か。どうじゃ、これでわらわが美少女であることが証明されたであろう」
 そう理解すると胸を張りたくなる(肝心の胸のヴォリュームがないことはこの際忘れてほしい)。余裕が出てきたのかすぐに神奈は、荒涼とした光景が認識できるようになった。
 さすがはあの人の許嫁というか、このような逆境に置かれても彼女は冷静である。しっかりと状況を分析する。
「おそらくはこの世界……精神世界を左右するものは意思のようじゃの。『見よう』という意思がなければ見ることも感じることもできぬというわけか」
 そこで彼女は、より強く『見よう』という念を抱く。
 すると目の前に那由他とアルセーネの苦境が飛び込んで来た。自分の目の前には見知らぬ少女の背中がある。
「あとはハデス殿の助けを待つだけと思ったが……そう悠長に待ってるだけというわけにもいかんようじゃな!」
「……そうです。静観はできません」
「おっと!? どこから出てきた!?」
 神奈が面食らったのも無理はない。忽然と鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が出現し、彼女の隣に並んだからである。
「情景が見えるようになるまで時間がかかりました……。それはともかく、話は聞いています。どうやら想像力であの人に勝らねばならないようですね」
 言うなり偲は深呼吸した。切り替えの早い彼女だ。いつまでもためらってはいられないと決断したのだろう。このとき、
「あっ、そこにいた〜!」
 那由他とアルセーネを檻に閉じ込めていた主、丸い眼鏡をかけた加古川みどりが振り返った。彼女はぱくりと口を三日月型に歪めて笑んで、やはり檻で神奈と偲を包んだのだった。
「ここは……アルセーネを問い詰めた所までは覚えておるのじゃが」
 そこにまた一人虜囚が現れた。最初から檻の中、偲と神奈の間に出現している。
 黄金の半仮面をつけた彼女こそ、姫百合のような美しさと気高さを持つ黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)である。
「アルセーネちゃんを喰らい、那由他ちゃんを喰らって……あと三人、つまりあなたたちをパクっと喰らっちゃえば大蛇様はたちまち完璧な状態になるってわけよね〜?」
 みどりが哄笑するとそれに煽られたように、めらめらと檻が燃え始めていた。幸いなことがあるとすれば、加古川みどりが新たな乙女三人に注力し始めたせいでその勢いが多少なりとも落ちたことだろうか。
「八岐大蛇の精神世界、のう。であるならば、この身が儘ならぬも道理ではある……が、妾には溶けられぬ理由があるゆえ溶けられぬのよ!」
 大姫も状況を理解した。
 偲は目を閉じる。
「想像力の勝負……。しかし、この場合似たようなモノを考えてしまえば更にその上、また更にとマッチポンプような状態になるのは必至」
 想像力で上回ればいい。それは偲にも直感的に理解できた。
「やはり無心、でしょうか……」
 無心、と言いながらもつい考えてしまう偲だ。
 だがそれは、自分が置かれた状況や大蛇のことではなかった。グランツ教も思念の外だ。
 当然(?)のように、最初に浮かんだのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)のことだ。
 今彼がどうしているか……それを思ったのだ。
 なんとなくだが、そもそも裕輝は偲の失踪をほとんど気にしていない気がする。「気がついたらいなかった」とか「どこいったのやら。どうでもいいですな、とりあえず」なんて認識でいるような気もする。
 ……いや、気がするというレベルではなく、かなりそう思うのだ。
「あ、いけませんいけません。ついあの馬鹿を殴り倒したい想像が」
 偲の口をついて出たのはその言葉だった。
 すると実際、眼前に裕輝(に似せたサンドバッグ)が出現し、これを、ボクシンググローブをはめた巨大な拳が全力で打ちすえた。
 裕輝サンドバッグは『く』の字に折れ曲がって吹き飛んだ。このとき、サンドバッグに当たってアルセーネたちの檻、それに自分たちの檻が両方、バラバラになって消えてしまった。当然、灼熱の暑さも消えてしまっている。
「いえしかし、意外とすっきりしますねコレ」
 爽快なものを胸に抱き、偲はかく言うのである。
「あの威力……! よほどの思いだったのかのう?」
 神奈は素直に褒めた。効果はてきめん、炎が消えたおかげで熱さが急速に引いていく。
 だが、安心できる状況ではなさそうだ。
「こんなものっ! えい!」
 みどりの眼鏡が赤く輝くと、そのサンドバッグは急回転して虚空の彼方へ消えた。
 そしてかわりに空からは、サンドバッグ型の隕石群が降り始めたのだ。いずれも火焔をまとい真っ赤になっている。
「なるほど、ただ『強い攻撃』を意識するだけではこちらに勝ち目はないとな」
 純粋な力比べではない――そう理解して大姫は片手を上げた。
「ならば、滅する必要はあるまい。扶桑の花びらの如く、花吹雪で包み込んでくれようぞ」
 その言葉が止むより早く、世界がまた急変した。
「……冬の吹雪の如く、降り積もる程にな」
 想うは一つ。終わりなき桜吹雪。
 大姫が招いたのは花。それも、桜の花吹雪であった。空の隕石が砕けると、火焔球はそのまま花へと変化した。
 止まらない。
 花弁の落つるが止まらない。
 三人はたちまち、首まで桜に埋もれる事態となったのである。
「しかしこれでは……自分も桜吹雪に埋まって逝きそうで……」
 それもまた、風流ではあるが。
 だがその夢想は一瞬だった。花びらはすべて、天に吸い込まれてしまったのである。 
「掃除機!? 無粋な……」
 神奈も不服な顔だ。精神世界の頭上に大きな掃除機が現れ、花びらを一気に吸い取ってしまったのだ。みどりという女の成したわざであるのは言うまでもない。
「私のほうが精神世界での戦いは一枚も二枚も……いえ、五千枚くらい上手のようね〜♪」
 ひゃひゃひゃ、と漫画のような笑い方をするみどりだった。
「このまま那由他ちゃんアルセーネちゃん含めて五人とも吸い上げてしまって、精神を溶かしてしまうつもり〜! よろしく!」
「その言い様、好まんな」
 神奈は厳しい表情となり、
「さて、どうしますかね……」
 それは偲も同様だ。だがこのとき大姫は、
「そう悪い状況でもないぞ」
 と涼やかに微笑んだ。
「感じぬか……? 外の息吹を……外部からこの場所に侵入しようという気配がある。
 坂東、……いや。久万羅も……おるのか?」
 このとき大姫は突然、大きな声で呼ばわったのである。
「此処じゃ! 妾は、黄泉耶大姫は此処に居るぞ!」