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リアクション
【突入:ユグドラシル】
「今頃は、儀式の準備が始まってるんだろうね・・・・・・」
雲の遙か上までそびえる、パラミタ最大の世界樹ユグドラシルを見上げて、関谷 未憂(せきや・みゆう)が呟いた。
「懐かしいなー、栗鼠さんとか元気かなー」
その隣で、リンが目を細める。以前エリュシオンを訪れた時に見た、その堂々とした姿は、今も変わらず健在だ。
「なんか、デジャヴだね」
その時訪れた理由が、今と同じようなものだったことを思い出してリン・リーファ(りん・りーふぁ)が笑ったが、そうね、と答えながらも未憂の表情は優れない。首を傾げながら、そっと手を握ったプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)
に、未憂は大丈夫、と言ってはみたものの、不安げにその目をユグドラシルへと戻った。世界樹イルミンスールが狙われたのは、ごく最近のことだ。そこへ来て、再び世界樹の足下で、事件が起きようとしている。もしかして、狙われているのはユグドラシルなのではないか、という疑いが、胸に巣くって離れないのだ。だが、いつまでも不安がってばかりいる余裕もない。ベルフラマントを羽織った未憂は、皆が配置につくのを待つキリアナ達の横顔を見やった。
「反対側の準備は出来たそうよ。いつでもいけるわ」
「わかりました。こちらも、そろそろです」
吹雪から通信を受けたスカーレッドの報告に、キリアナが頷いた。
「巡回は各所三組が交代で回ってますから、一旦交代のために、散開した持ち場から離れて集合してます。その時が、チャンスや」
吹雪が調べあげて連絡してきた警備状況は、キリアナの知っている警備計画から変更されていないらしい。選帝の儀が執り行われる日の警備としては随分手薄だが、ユグドラシルの守護を任務とする第三龍騎士団の長であるアーグラの計らいだろうと、キリアナは続けた。立場上、警備を下手に緩めることの出来ない彼からの最大限の譲歩だろう。後は自分たちで何とかするしかない、とキリアナは申し訳なさそうに皆に頭を下げた。
「これはエリュシオンの問題や……本来ウチらの仕事ですのに……」
「水くさいこと言うなよ」
ぽん、と唯斗がその肩を叩き、そうそう、と美羽も頷いた。
「それに、エリュシオンだけの問題じゃあないよ。友達の問題を、放っておけるわけないじゃない?」
にこっと笑った美羽に、キリアナもぎこちないながら少し笑って、気を取り直すように首を振ると、時計を確認した。
「タイミングはこちらで合図しますよって、みなさん、お願いします」
『了解』
皆と同じように、こちらはセルウス達と共に坑道入り口側に残っているエカテリーナが答える。
『起動については任せておk?』
「ええ。こちらで有効に使わせていただきます」
事前にスイッチ等の類を受け取っている風森 望(かぜもり・のぞみ)が言い、歌菜も頷いた。今回の作戦では、セルウスとエカテリーナの位置が知られないように皆それぞれの位置に散開しているのだ。セルウスを中へ飛ばす役割もあるエカテリーナ一人が管制塔をするのは負担が大きすぎるためだ。
『PCMーNV01パワードエクソスケルトンの改造については、さっきも説明した通りなのだぜ。駆動系をかなりいじってるから、スピードはかなり出せるようになってるけど、その分負荷軽減が犠牲になってるし、制御系がかなりピーキーな出来映えなのだぜ』
本当に使いこなせるのか、と言いたげなエカテリーナだが、鳴神 裁(なるかみ・さい)の方は寧ろうきうきした表情だ。
「そういう怪物くらいのがボクには丁度いいよ」
直ぐにでも試運転を始めたそうな裁の横顔を見ながら、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は妙な既視感に口元を緩めた。
「……そういや、最初に会った時も、こんな感じで手伝いすることになったんだったよな」
『そういえば、そうだったのだぜ』
エカテリーナも少し笑って、工房の扉を開けて発明品の設置を始めた。どう見てもカタパルトなそれに嫌な予感が拭えないのか、ドミトリエは微妙な顔だ。
「……それで俺たちをすっ飛ばすつもりか?」
『他にどうするように見えるのだぜ?』
エカテリーナの返答に、シリウスはぷっと笑った。そんなところまで、最初にあった時に似ているからだ。それなら、この一見してアナログな発明品も、何かしらハイテクな仕掛けがあるに違いない。果たして、エカテリーナに代わって、工房のドワーフが自慢げに「馬鹿にするでないぞ」と鼻を鳴らした。
「ロケットやら何やらと違って、こいつは発射音がせんからの。隠密に飛ばすはもってこいじゃ」
「それに、目的ポイントさえ設定すれば、発射角、飛行軌道なんかは自動的に計算して発射できる代物じゃぞ。その上、おぬし等が搭乗するこの岩もどきは、外見が岩に見えるカモフラージュ機能に、耐衝撃吸収素材出来ておる。これは素材のこうぞ」
「細かいことはさておき、聞いておきたいんだが」
放っておくと長々と説明が続きそうなのをざっくりと断って、あれこれと尋ねているのを見ながら、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は不安そうにドミトリエを見やった。
「あの岩に入ってれば、龍騎士さん達を騙せるのかな……?」
「難しいだろうな」
ドミトリエは息をついた。
「”侵入者”に見えなくなることは確かだが、ぶつかろうとしてると判れば、撃ち落とされる可能性はゼロじゃないだろうな」
実際には樹にぶつけるわけではなく、隙間に滑り込むのだが、急スピードで飛来してくる岩石は、危険物以外の何者でもない。世界樹ユグドラシルの守護が役目である第三龍騎士団員が、見逃すはずは無いだろう。その言葉に、一瞬不安げに顔を曇らせた佳奈子だが、直ぐに首を振った。
「でも、ぶつかるわけじゃないんなら、飛んでる間だけ誤魔化せれば、突入されたのにも気付かれないよね?」
「それはそうだが……」
ドミトリエが首を傾げるのに、佳奈子は決意の浮かぶ顔でぐっと手の平を握った。
「私は私に、できることを頑張るよ!」
彼らが着々と準備を進めているのと同じ頃、丁度セルウス達のいる側とは反対側に位置する第三龍騎士団のユグドラシル外回り詰め所の一つは大騒ぎになっていた。
何者かが詰め所に進入してきたらしく、中が荒らされていたのだ。しかも、番をしていた従騎士は、後ろから隙をつかれたかしたようで、気絶させられた上身ぐるみをはがされている有様だ。騎士たちは憤慨はしたものの、選帝の儀が行われている最中のことだ。警備を割くわけにも行かないため、犯人探しは後日、としようとしたのだが、そんな彼らをあざ笑うかのように更に窓や扉が狙撃されたのだ。
そこまでされて、放っておけるはずもない。騎士達が龍を駆って飛び出し、犯人を捜しに旋回を始めるのに、吹雪はにやりと笑った。
「ポイントK、龍騎士は上空を旋回中。警備から離れたであります、以上」
「了解。こちらも行動を開始するわ」
その通信を受けてスカーレッドが頷き、皆へ目配せを送った瞬間、ドパパパパパッ! と打ち上げられた祝砲まがいの花火によって、作戦は開始された。
「あの……すいません」
心細そうな態度で、堂々と正面から龍騎士に近付いたのは佳奈子だ。迷子になった風情の少女に、流石の龍騎士たちもいきなり武器を向ける様なことはせず、どうかしたか、と訊ねてきた。
「ええと……あの、さっきこっちで花火が鳴ったんですけど、お祭の会場ってここじゃなかったですか?」
思い当たらない、といった様子で、騎士達が顔を見合わせたのと同時、佳奈子の背後で大きな花火が弾けた。赤、青、黄色にカラフルに立ち上る煙。色とりどりに弾けた花火は、一見しては気の早い祝砲だが、そんなものは当然、予定には入っていない。念の為にと確認しに近付いた、地上側の警護を担当する龍騎士達は、予想外の光景に思わず足を止めた。流石にステージ、と呼べるほどの規模ではないが、きらきらと光を放ちながら旋回する照明と、足元にスモークを広がらせて、アイドル然と歌菜が立っていたのだ。戸惑った様子の龍騎士達にぱちんっとウインクを一つ投げかけると、歌菜はすうっと息を吸い込んだ。
「魔法少女マジカル☆カナ、ここにあり、なのです! さぁ、皆さん、一緒に歌って踊りましょう!」
宣言。そして、歌菜が放った歌声は魔力を持って響き渡り、油断していた龍騎士達に直撃した。
「な……なんだっ!?」
「敵襲か!?」
流石に直撃を食らっても大きなダメージにはならないようだったが、遠くまで響いたその歌に誘われるように、散開していた龍騎士達は身構えると歌菜に向かって距離を詰めて来た。じり、じり、と距離が詰まった、その時だ。気配を殺し、物陰に潜んでいた月崎 羽純(つきざき・はすみ)が飛び出すと、ブリザードで足元を狙った。バキバキと走った氷が一瞬足を奪ったところで、続けざま剣の雨が龍騎士たちに降り注いだ。
「……っ」
盾を翳してそれを防ごうとするが、そこへ二撃目。歌菜の放った咆哮が空気を震わせて襲い掛かる。空気を伝う分防ぎようの無い攻撃に一瞬たたらを踏んだが、そこは神の身を持つ騎士達だ。剣に槍に構えて仕掛けてきたが、それより早く。目線だけで意思を交わすと、歌菜と羽純の槍が、互いの攻撃の隙を埋めるように動き、相手へ攻撃の暇を与えず、閃く一撃一撃が、薔薇の花弁のように戦場を舞った。
「……この、小癪な……ッ」
龍騎士も何とかそれに応対して、槍に剣に激突を繰り返したが、それもまた花弁を彩る要素にしかならない。殺傷を目的にしていない歌菜と羽純の攻撃は、龍騎士が踏み込めば距離が開き、決定打を撃たせる間合いを作らないのだ。
隠れるつもりの一切無い攻撃に、当然周辺を警備に回っていた龍騎士達も気付き、駆け寄ろうとしたが、そこへ飛び込んだのはドール・ゴールド(どーる・ごーるど)と黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)を纏い、物部 九十九(もののべ・つくも)を憑依させた裁だ。エカテリーナの改造を受けて、特に速度駆動に特化されたPCM−NV01パワードエクソスケルトンの驚異的なスピードが、龍騎士の防御よりも早く懐へと飛び込ませる。そして、接敵と同時に、連撃を胴へ叩き込んで、とどめに放った蹴りの反動を利用して距離を取った。ぎしっと体が軋むような負荷がかかったが、ドールを纏っているおかげで着地のバランスは崩さずに済んでいた。
「さっすが、反動がキッツイなあ……っ」
ぼやきはしたが、口元は笑っていた。速度がある分、一撃の重さが上がっている。九十九の制御のおかげもあって、パーソナルスラスターパックで高度も稼げるため、まさに風のように裁の体は戦場を駆けた。振り返る間も無く接近しては、背中といわず胴と言わず、重い一撃が繰り返されていく。着地の際の衝撃で、がりっと地面が抉れることで場所がわかったところで、次の瞬間にはその体は目前まで肉薄しているのだ。一撃で倒れるほど柔な騎士はいないものの、反撃しようにも速度が追いつかないのだ。ついには攻撃を諦め防御に徹していた騎士の一人が、一旦体勢を立て直すために後退しようとしたが、そこへ「させませんよ」と声がかかった。
「な……っ」
その声に振り返った瞬間、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)の放った局地的な吹雪が、騎士の視界をホワイトアウトさせた。
一瞬退路を見失った騎士が、警戒を強めるその隙間に、距離を詰めたクコ・赤嶺(くこ・あかみね)が先制し、拳を叩き込むと同時に、CODE・9の杭が深々と騎士の腕に食い込んだ。
「貴様……ッ!」
叫んだ龍騎士に、今度は霜月の剣がガギンッと組み合う。剣の重たさは騎士の方が上だが、その剣が二撃目を振り下ろすより早く、霜月の高速の一撃が剣を弾き、更にその間でクコがわき腹へと拳を叩き込んだ。
「聞いていた通りですね。地上の騎士は、強いが重い」
事前にキリアナに聞いていた通りの特徴に、霜月は目を細めた。鎧に身を固め、守備を第一とする彼らには、硬さがあっても速度が無い。勝つための勝負ならそれも脅威だが、霜月たちの目的は時間稼ぎだ。倒せるかどうかが問題ではない以上、ダメージの強弱は問題ではない。
「鬼さんこちらっ、捕まえてごらんよ☆」
縦横無尽に戦場を駆け抜ける裁が、挑発するように動き、ダメージを蓄積させると同時にその注意を向けさせ、歌菜たちはその派手な歌と踊りと槍の舞いで引き付けている。そう、彼らの役目は囮と時間稼ぎだ。反撃を封じられていいように踊らされている龍騎士たちは、苛立ちも露にしながら舌打ちした。
「くそう……上はなにをやってるんだ……!」
「空爆を開始する。撃ち方始め!」
撹乱されっぱなしの龍騎士達が、地上で叫んでいた頃、その同僚である他の龍騎士達もまた、地上へ援護を送っているどころではなかった。元々地上警戒を優先していたために手薄になっていたこともあるが、こちらはこちらで、洋の一声を合図に動いた上空部隊の面々に手を焼いていたのだ。彼らは総じて、最初から全力で騎士達を乱しにかかっていたのである。
「手段は問わん。敵戦力を無力化せよ!」
飛行艇小班を率いる洋は、ただし、龍騎士達に死者を出さないように、怪我をさせることに重点を置くようにとも付け加える。彼らは騎士だ。死人は見捨てたとしても、怪我人は見捨てられない。当然、そこで動きは鈍る。
「戦術基本則だな。故に派手に! 派手に行く!」
言いながら先頭を切って飛行艇を飛ばす洋に、乃木坂 みと(のぎさか・みと)は息を吐き出した。
「いい加減、特攻戦術ばかりしないで欲しいものですね」
一応口にしてはみたものの、聞き入れる筈がないことも良く判っている。作戦に付き合う代わりに、今度はデートしてもらいますよ、とぼやくみとの近くで、巧みに飛行艇を旋回させながら、はぁ、と相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)も息をついた。
「まーったく。これ、完全にオレッチの知っている歴史じゃないよ。セルウス一世が、テロリストとか逃亡とか」
自身の知っている歴史との齟齬に、自分のいた未来とは違う未来へこの世界が向かっているのを実感しながら、接近してくる龍騎士の突撃を急上昇してやりすごし、旋回して後ろを取ると、後方からフューチャー・アーティファクトによる一撃をお見舞いした。多少バランスを崩しながらも、龍騎士が反撃に旋回してくるのには、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)がヴォルケーノミサイルをお見舞いした。
「今回もヴォルケーノミサイルの運び屋ですか。別に構いませんが。以上」
感慨もなく言って、エリスは続けざまにミサイルを放っていく。目的は直撃させることではなく、可能な限りの負傷、そして派手に動いて囮となることだ。
「新皇帝就任のお祝いの花火です。盛大に撃ち上げ……もとい、撃ち込みましょう。以上」
そうして、洋孝とエリスが龍騎士と空中でやりあっている間、みとは急降下と上昇の隙間でブリザードを放ち、地上で戦闘中の龍騎士たちの足を止めていく。上昇時に龍騎士の振り上げた剣が掠めるのを何とかやりすごし、息を吐き出した。
「これでセルウスが皇帝にならなければ、私たちは反乱軍ですね」
頼みますね、次期皇帝陛下、と呟きながら、ますます激しくなる戦域に、みとは再び飛び込んだ。
「派手にやるなぁ、まったく」
そんな彼らから一歩離れる位置で、リンは空飛ぶ箒の上で息をついた。龍騎士の意識を引く囮となる傍ら、上空で戦闘中の洋達の流れ弾がユグドラシルに被弾するのを防いでいるのだ。もしイルミンスールが同じ目にあったら、と思うと放っておくわけにもいかない。
「おおっと」
ブリザードで爆縁を防いでいると、龍騎士の一人がこちらに気付いたようだ。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜!」
挑発と当時に、リンは箒を翻す。速度では到底、龍騎士には敵わないが、そこへ未憂の光術が弾けた。瞬間的な目晦ましの間に、遮蔽物に身を滑り込ませて、リンはベルフラマントで姿を隠してやり過ごす。共に身を隠しながら、仲間達へ歌を贈ってその背中を押すプリムの横で、少しずつ少しずつ、龍騎士たちの警備位置がずれているのを確認して、よし、と未憂は息をついた。
「この調子なら……」
一方、エカテリーナたちの待機するポイントを中心として、未憂たちの逆側にあたる方面では逆に、直接的な攻撃ではなく、精神的な面をついた作戦が繰り広げられていた。
「貴様……名を名乗れ!」
「できるわけ無いだろ」
龍騎士が怒号を上げるのに、小次郎はぼそりと呟いた。ドラゴンに乗って滑空する小次郎が羽織っているのは、マント・オブ・エリュシオン。本来皇帝のみが纏うことの出来るマントを再現したものだ。ただでさえ不敬なところに、時期が時期だ。エリュシオンの騎士が、それを見て穏やかでいられるはずが無い。霜月が事前に確認していた通り、国家に比類ない忠誠を誓う龍騎士たちは、罠であるかよりも、見過ごせないという思いのままに小次郎を狙ってきた。それも、倒すというよりは捕まえてやる、という意気込みが強いためか、攻撃の手はどちらかと言うと緩い。好都合といえば好都合だが、速度は当然龍騎士の駆る龍の方が上だ。接近されるたびに銃で牽制しながら逃亡する小次郎は、ちらっとややわざとらしくその視線を下方へと向けた。
「……よし、結構割れてきたな」
その視線の先、隠れているかいないかといった微妙な地点に浮遊しながら、戦況を観察していたシリウスは呟いた。その隣では、シリウスを庇うような形で、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が周囲を伺っている。地上も上空も、大きな負傷者を互いに出さないまま、状況はキープされている。事前にエカテリーナから告げられていた、発射までのチャージ時間も、迫りつつある。そろそろ頃合か、とシリウスと目配せしたサビクは、構え直して誰かと通信するかのような素振りで「あと二分でいい!」と声を上げた。
「できるだけ、そちらに引きつけておいてくれ。あとは……」
そこまで口にして、意味ありげな視線をシリウスへと向けた時だ。一騎の龍が急に軌道を変えてシリウスたちめがけて降下してきた。組のリーダーなのだろう、後方で戦況を見ていた最後の一人が、シリウス達がこの襲撃の切り札であると認識して、撃破に来たのだ。
「ち……っ、あと一騎いたのか!」
舌打ちして見せながら、サビクは身に秘められた潜在能力を覚醒させると、龍騎士の一撃を迎え撃った。龍の速さの乗った一撃を、僅かに突点をずらさせ、そのまま横から一撃を入れて攻撃をいなして直撃を避ける。翻った二撃目は、勢いの無い力比べにもつれ込んだ。相手は龍だが、逆に言えば身軽さは生身のサビクとシリウスの方が上だ。直撃さえ食らわなければ、相手が身を翻す間に、死角へ入ってしまえる。そして、最後の一騎が動いたことで、状況は完成した。
『チャージ完了、演算開始。ポイント到達までの軌道を計算中……』
エカテリーナの通信に、シリウスは口元を軽く引き上げた。カウントダウンが始まりつつある。攻撃を避けるふりをして、小次郎や洋達も、目標のポイントからさりげなく遠ざかって行き、地上でも撤退のふりをして距離を離し始めた。そして。
『発射角、調整終了。軌道クリア……!』
その一声を合図に、ドン、ドンッ、ドンッ! と一斉に周囲から砲撃のような花火の音が響いた。歌菜と望が仕掛けておいた”祝砲”を打ち上げたのだ。それに騎士達が一瞬ぎょっと視線をやったのと同時、未憂がバニッシュを、リンがアシッドミストとエンドレス・ナイトメアを放って中空の騎士達の視界を潰し、霜月のホワイトアウトが地上の騎士達の視界を奪った。
戦場に、僅かな死角が生まれた、その瞬間。
『……発射!!』
エカテリーナの声と同時、思いのほか静かな駆動で、セルウス達を乗せた岩が、カタパルトから発射された。
それは攻城兵器並みの速度ですっ飛び、セルウスの示したユグドラシルの樹皮の隙間をめがけて飛行する。
「たーまや〜☆」
無事成功しそうなのを喜ぶ裁達が見送るその岩の中では、衝撃の吸収は説明されていたが、内部が快適だとは、一言も触れられていなかったことを、契約者が思い出している最中なのだった。
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