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リアクション
【それぞれの三日間――Side:4】
「……ええ、こっちの状況は相変わらずよ。でも、セルウスは何か掴んだみたいね」
ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が、オケアノス駐留中の白竜に向けてそう告げた。
刻一刻と時間が過ぎていく中での、ジェルジンスク地下坑道。
すぐ傍まで迫った選帝の儀に備え、甚五郎の地図等を参考にしながら、行動のおさらいをし、各自準備を行っている中、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)に向かって、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が「ひょっとすれば、だが」と前置きながら話しかけていた。
「僕も、伝聞が本当なら神の血を引いている。その神オーディンがもたらすのが勝利の加護……なら、ラヴェルデの運気に巻き込まれれば、一瞬でも神の力が発現して、ラヴェルデの運気に対抗できるかもしれない」
アルツールが怪訝げな顔をするのにも構わず、シグルズは続ける。
「運気には運気と言うわけだ。下手すると、僕が皇帝になったりするかもねぇ、はっはっは」
妙に明るく言ってアルツールの背中を叩いたシグルズは、打ち合わせをする面々の中へ入っていったが、その背中を見送りながら、アルツールは眉根を寄せた。その態度が、どうにも引っかかっているのだ。アルツールの知るシグルズは、たとえ運命が決まっていても抗う事を選ぶような性格なのだ。
「不確かな神の力と運頼りなど、らしくもない……」
あれは何か隠しているな、と溜息をつくアルツールの様子をちらりと窺って、シグルズもまた苦笑を浮かべていた。アルツールが考えていた通り、シグルズの狙いは勿論別にある。が、それを口に出せば止められるのも判っている。
(回復呪文よろしく、とか冗談でも言えんな)
そんな風に、各々が覚悟と思いを新たにしている中。
「……よし、完成だ!」
殆ど不眠不休で取り掛かっていたドミトリエが息をついた。
アルケリウスの欠片が嵌め込まれたそれは、一見してはごつい腕輪といったところだが、ドミトリエ曰くは最も効率よくその効力を底上げるように作ってある、らしい。
「触るだけだと意味が無いが、装着することによって、欠片の特性を、迂回させて限定的な発動を二種類の……」
「細かいことはいいじゃない」
淡々とだが、気のせいか熱く語り始めかけていたドミトリエの言葉をさっくりとヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が打ち切って、その腕輪を嵌めるようにセルウスへ促した。剣を扱うには邪魔になりそうなので、左腕に嵌められたそれの意匠は地味だが、大きさもあって存在感がある。
「どうだ?」
ドミトリエが問うと、セルウスはちょいちょいと欠片をつつきながら、うん、と頷いた。
「ちょっと重いけど……これが欠片の力、なのかな。つけてると不思議な感じがする」
そんなセルウスの答えに、丈二はその腕輪に軽く触れた。そして軽く意識をやった途端、覚えのある反応を感じて目を細める様子に、ドミトリエは口を開いた。
「秘宝には及ばないと思うが……”具現化”の力を内向的に発動させ、”憑依”の力を連動……と、まぁ、力を引き出してフィードバックさせる力がある、と考えてくれ」
じとりとヒルダの目線を浴びて、ドミトリエが端的に説明すると、ただし、とも付け加えた。力は引き出せるが、どういう力を引き出すのか、については使用者が認識していなければ効果が無いそうだ。単純に腕力を上げたいと願ってもそれは叶うが、それが覚醒に繋がるわけではない。その説明に、丈二はセルウスの肩を叩いた。
「それは覚醒の為の……自転車の補助輪のように使うことはできると思います。しかしながら補助輪無しで自転車を運転できるようにならないと、自転車に乗れるようになったとは言えません」
覚醒した力を自身が扱えなければ、覚醒したとは言えない。その言葉に真剣な表情をするセルウスに、続けたのは尋人だ。
「ティアラが言っていた。荒野の王は、持っている力と、その使い方を良く知っている、と。おまえにあと一つ足りないのは、多分それだ」
そう言って、ぽん、と応援するように尋人はその肩を叩く。
「だからって、難しく考えなくていい。自分の力を良く探れば、どう使いたいかは自然と見えてくるはずだ」
そうだ、と同意して優も続ける。
「心配するな。君の力がどんなものでも、君は使い方を間違ったりはしないから」
「間違えそうになっても、俺たちが居るしな」
聖夜も言い、だから大丈夫だ、と。
そんな彼らの言葉を背に、セルウスは再び魔方陣の中心へ戻って深く息を吸い込んだ。欠片の特性を引き出す補佐として、持ち主である丈二とタマーラが傍につくことになったが、タマーラはふと、魔方陣を再構成しているディミトリアスをじっと見上げ、不意にその手をきゅ、と握った。
「どうした?」
首を傾げたディミトリアスに、タマーラは「糸の端」とぽつりと言った。
「……繋ぐ者、か」
その意味を理解して、ディミトリアスはその手を軽く握り返してから、その小さな手の平の上にさらさらと指を走らせた。その独特な紋様は、トゥーゲドアのそれと良く似ているところを見ると、彼の一族の文字なのだろう。その意図するところを悟って、こく、と頷いたタマーラは、皆に握手をして回ると、最後にセルウスの手をぎゅっと握った。
「…………」
その瞬間、欠片が小さく反応を示したのに、セルウスはぱち、と目を瞬かせた。何を感じたのか、セルウスが自身の感覚に戸惑いがちに首を捻る中、ディミトリアスが錫杖をしゃらん、と鳴らした。
「……最大で発動させる。備えてくれ」
今までは地脈の流れを真下へ寄せるだけだったのを、直接地脈を腕輪に接続させて遺跡龍の体内に似た状況を作り出そうというのだ。それによって秘宝の再現度を上げる狙いだが、、それは同時に、ここにセルウスが居ると悟られやすくなるということでもある。
「いつでもどうぞ」
尋人やニキータ達が周囲へ目一杯の警戒と備えを固めるのを確認し、ディミトリアスは錫杖を振ると共に詠唱を始めた。地脈の力がそれに呼応して、魔方陣とセルウスの腕輪の欠片とが接続されていくにつれ、その淡い光が増し始めた。
「―――…………」
皆が見守る中、セルウスがその魔法陣の中心で目を伏せ、集中するように息を吸い込んだ。丈二が隣で欠片の発動を支え始めると、今までより鮮明に、薄暗い地下を深い力が流れていくのが判る。大地から生まれ、大地へと還る全てが作り出す、世界の脈音。
(……すごいや……力が、動いてる)
まるで心臓の音のようなそれを体に感じながらセルウスは目を伏せると、ごく自然にその力の流れに意識を集中させた。皆の緊張を孕んだ視線が注がれているのも、気にならない様子だ。
「……気のせい、ですやろか。何や、光がちかちかしてはります」
キリアナが思わず呟いたのに、皆が周囲を見回すと、淡い光の粒が、時折ふわりと空中で瞬くのだ。それと共に、気がつけば欠片の嵌った腕輪から漏れた光が、セルウスの輪郭を淡く光で包みはじめている。
皆が、小さく息を呑んだ。覚醒の時が近付いたのだと思われた、その時だ。
「―――危ないっ!」
尋人が叫び、それぞれがとっさに動いたのとほぼ同時。
突如、黒い光がぶわりと湧き出してきたのだ。
「……ナッシングッ!」
何らかの力を感知して来たのだろう。黒い光を纏わりつかせながら表れた、ボロボロのローブで体を包んだ男……恐らくは”手”と呼ばれるナッシングは、真っ直ぐにセルウスを指差すと、その黒い光を放ってきた。
「……っ」
とっさに尋人が庇おうとしたが、その周囲に局地的に地脈の力が満ちていたためか、光はセルウスに到達する前にその力を失って霧散した。
「……その……力、は……」
気のせいか、ナッシングに動揺があったように感じられたが、一度集中が解けた以上、地脈の力ももう霧散し始めていて、恐らく次は防げない。その上、もう一体のナッシングが姿を現し、力で押し切ろうとでも考えたのか、更に質量を増した黒い光が集まり始めている。
「こっちです!」
こんなこともあろうかと、避難経路を確認していた勇が示す通路に、丈二がセルウスの腕を引き、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)がその背にノヴゴルドを負って飛び込んだ。その後追う仲間たちを、勿論ナッシングが見逃すはずはなかったが、接近しようとしたところをブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)の仕掛けていたトラップの一つが発動して動きを一瞬阻むと、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の常闇の帳が、彼らの壁になるように広がって向かってきた黒い光を飲み込んだ。とは言え、完全に無効化できるわけではない。
「早く、行って下さい!」
ホリイが叫び、ユグドラシルに向かう面々が全員通路へ入ったのを確認して、甚五郎が更に促した。
「そこからなら、経路2が使えるはずだ。後は作戦通り、急げ!」
頷いたセルウス達が遠ざかるのを見送るタマーラの横で、地祇のたくらみで少年の姿を保ったままだったニキータが「さあて」と手を叩いた。
「そんなに邪魔をしたいのなら、相手になるよ!」
そう言ってニキータが不敵笑みを浮かべる中、警護を手伝っていた樹齢のハーフたちを安全な場所まで下がらせた聖が、意味深にパートナーへと視線を送っていた。
「お〜っほっほっほっ ここはキャンティちゃんの出番ですわね〜」
それを受けて、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)がメイド服のスカートの裾を掴んで、お辞儀するように端を僅かに上げると、ゴトゴトッと、火器が転がり落ちて来る。ブリジットたちは兎も角、両手に銃火器を構えたメイド姿の黒猫耳のゆる族と、いやにマッチョなフラワシに、その繊細げな見目にそぐわない闘気を放った美少年、という何とも言えない組み合わせは、セルウス達の走る通路の壁になるように、ナッシングの前へ立ち塞がった。
「ここは通しませんわよぉ〜?」
そうして、彼らがナッシングの追撃を抑えている間、一同はその足を皇帝直轄地……世界樹ユグドラシルの下へ向けて走らせていた。選帝の儀は目前に迫っており、今からでは、もう一度地脈を選んで魔方陣を用意する時間はない。セルウスが完全に覚醒しているとは言い難いが、誰もがまだ、諦めてはいなかった。
「こうなったら、ぶっつけ本番で行くしかありませんね」
言葉とは裏腹に、遠野 歌菜(とおの・かな)の顔はやる気に満ちている。皆が頷いて士気を鼓舞させている中で、先導するドミトリエを追うセルウスの隣を駆けながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が口を開いた。
「やりたいことは決まった? そのためにしなきゃいけないことはわかった?」
教師のような口調の祥子に、セルウスはまだそれに答えられる言葉がなかったようだが、判っていない、というのとも違っているようだった。あとひとつ、何かが少し足りていない。それが窺える表情に、祥子は足を止めぬまま「あとは貴方の覚悟次第よ」と、くしゃりとその頭を撫でた。
「決まって、わかったなら、あとは全速力で突っ走りなさい。私たちはいつもどおり、サポートをするから」
セルウスがその言葉に耳を傾けている気配に、祥子は続ける。
「一人ではできないことも誰かの力を借りればできることもある。できないことは悪いことじゃないわ。悪いのは、できるようになろうとしないことよ」
「……うん」
セルウスは頷くと、その走る速度を上げた。その横顔は、出会った当時の無邪気さとは違う何かがある。祥子は何とも言えない心地でその横顔を見た。このまま全てが上手くいけば、セルウスは皇帝になるだろう。教師はもう必要はない。そう思うと、僅かな寂寥が胸をよぎるが、祥子は振り払うように首を振った。
(感傷に浸るには、まだまだ早いわね)
セルウスにとっての難関は、此処から先が本番なのだから。
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