空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

リアクション公開中!

【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

リアクション


鏡の国の戦争 13


 ショルダータックルを受けた鋼竜が、近くにビルに叩きつけられる。崩れかかっていたビルと一緒に崩れ落ち、そこへレッドラインの槍が突きたてられた。
「ここも限界ね」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は飛来する飛沫を手で防ぎながら、パイロットが無事脱出した事だけは確認する。
「パイロットを回収するわよ、同じ学校の子よ、見捨てられないわ。ま、アナザーでもいい子なら当然見捨てないけどね」
 ニキータが随伴していたイコン部隊は、契約者のパイロットはおらず教導団のイコン部隊が指揮を取っていた。彼らもイコンのパイロットとして十分な技量はあるが、第一線から退きつつある旧式の機体に、第二世代と比べても遜色の無い反応速度を出すレッドラインの集団近接戦闘に巻き込まれてしまえば、その真価を発揮するのは難しい。
「……弓で援護するわ」
「お願いね。さぁ、時間はいつだって有限よ」
 ニキータは二人の部下と共に瓦礫を飛び出し、走る。そちらに注意が向いた敵をタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)と残った兵士が攻撃を仕掛ける。
 大通りを一息に駆け抜けて、パイロットが脱出した地点へ急ぐ。脱出の対応は早かった、大きな怪我とかはないだろう。集まってくる敵歩兵よりも早く合流するのが望ましい。
「わお、同じタイミングね」
 別のビルから、ゴブリンが飛び出してくるのが見える。既に何体かは、瓦礫に向かって射撃を行っていた。その先で、身を隠すパイロットの姿が見える。
「足を抑えてるわね、ちょっと厄介かも」
 周囲の敵を殲滅するには戦力が足りない。自力で脱出してもらうのは厳しい。作戦を練る時間も無い。
「こっちだ、化け物ども!」
 六熾翼で空中に滞空する大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が叫んだ。
 なんでこんなところに、という疑問が一瞬ニキータに沸くが、ひとまずそれは忘れる。確か彼は指揮官ではなかったが、何人かのアナザーの兵士とチームを組んで行動していたはずだ。なら、あれは陽動。
 丈二がレーザー銃でゴブリンを撃つ。荒い狙いの攻撃は、ゴブリンの肩をかするのがせいぜいだったが、傷に対してゴブリンは大きく苦しんでいた。
「魔力が乗ってれば、あんな小さな傷でも見た目以上の効果がでるのか」
 ゴブリン達はいつでも殺せる負傷兵から、危険な丈二に狙いを切り替えた。
「いくわよ、戦場で視野が狭いとどうなるか教えてあげなさい」
 丈二は空中機動で攻撃を回避する。さすがに回避がやっとで反撃が行えないようだ。その横合いから、ニキータが突っ込んだ。アサルトライフルといえども、手の届く距離でやり合うには少し邪魔な大きさだ。
 この中にリーダー各が見当たらないので、フラワシによる魔法を乗せた拳の打撃で一番真ん中のを殴り倒し、群れをそのまま突破する。
 ニキータを狙うか、それとも攻撃を再開した丈二を狙うか、指揮官がいない彼らの動きに統一性はない。
 そこへさらに、瓦礫を飛び越えてヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の乗る軍用バイクが真っ直ぐイコンのパイロットに向かう。
 ヒルダが負傷兵をサイドカーに押し込む。少し扱いが雑だが仕方ない。そのまま脱出しようとした進路に、別の部隊のダエーヴァが現れた。
「イコンとパイロットを潰そうとする執念に、並々ならないものを感じるわね」
 バイクの頭は彼らの方を向いている。サイドカーが無ければ方向転換など簡単だが、今はちょっと時間がかかる。
「わお、大胆」
 ヒルダはそのままアクセルを捻り、軍用バイクでゴブリンの群れに突っ込んだ。体を張ってでも止めようとしたゴブリン達は、しかし横合いからの攻撃を受け、崩れた瞬間にバイクがその頭上を飛び越えていった。
「自分じゃなくて負傷兵を優先してたのね」
 ゴブリンを襲ったのは、丈二と共に活動していたアナザーの部隊だろう。ニキータからは影になっていて見えない。
「そのまま行った先に、タマーラがいるから、そこで治療を受けて!」
 ヒルダの背中に声をかけつつ、ニキータ達と丈二は残ったゴブリンを相手に動いた。

 ニキータが言っていたタマーラはすぐに見つかった。
 タマーラ達は最初に相手にしていた部隊を釘付けにしながら、ニキータの援護のためにこちらに向かって移動していたのだ。
 バイクごと瓦礫の裏に入り、そこで負傷兵の治療を行った。なんとか自力で立てるぐらいまで癒し、そのままタマーラ達が相手にしていた敵の排除を手伝う。
「私達が随伴していたイコン部隊は壊滅しました」
「……そう、こっちも似たようなものよ」
 会話は端的なものに終始した。
 遮蔽物に身を隠しあいながらの銃撃戦はすぐに終わらず、決着がつくには自分達の敵を倒した丈二達が、敵の隠れている瓦礫に乗り込んでいくのを待つ必要があった。
「これでやっと一息ね。やっぱり頭数があると違うわ」
 ニキータは気楽に言ってみせるが、すぐ近くでレッドラインの足音がする。彼らが、地上を掃討するような武装を持っておらず、優先度もイコンが高いので危険は危険だが、絶望まではいかない。
「よく見ると、色んな服装の人がいるな、この部隊」
 丈二が見渡すと、まず教導団の制服。次にイコンのパイロットスーツ、さらにアナザー国連軍の軍服に、彼ら用に色合いを変更したパイロットスーツ。おおよそ、人類側のファッションは揃っているようだ。
「それが、歩兵部隊として固まってるのはいかがな物かと」
「連合軍らしくていいじゃない。それより、ここももうダメよ。撤退の許可を取ろうとしてるんだけど、返答が無いのよね」
 撤退が拒否される事はままある事だが、返答が無いのは少しおかしい。こっちの指揮を取っているのは国連軍だ、彼らの経験から兵を見捨てる判断を行ったか―――いや、そうだとしても何かしらあっていいはずだ。
「こちらも同じでしたけど、何か様子がおかしかったような」
「あらそっちも? 軍属としては、命令違反の撤退ってしたくないんだけど、敵中に孤立して死ぬなんてもっと嫌なのよね。どうしましょ?」
 この場面が、命を支払う価値があるかといえば恐らく違うだろう。撤退は已む無しとして、それに疑問や反抗心を持つ者がいるだろうか。アナザーの人間も多いので、教導団の階級だけで命令をごり押すのはちょっと面倒そうだ。
 集まった部隊の顔色を観察する時間は、ダエーヴァは与えてくれなかった。
「うわ、会いたくないタイプのムキムキマッチョね」
 ゴブリンの誰かが、救援を要請していたのか、現れたのはミノタウロスを中心とした部隊だ。ちょくちょく発見報告のある、ちっちゃいレッドラインも居る。
 数はそこまで多く無いが、ゴブリンを相手にするのとはわけが違う。
 特に、ちっちゃいレッドラインは、契約者数人で囲むぐらいしないと、確実に倒せるとは限らない。それに、あれが現れたという事は、十分敵陣の奥深くに自分達がいるという事でもある。
「足は軍用バイクに、大熊ちゃんの六熾翼。全員運ぶのは難しいわね。走っていくのも非現実的だし」
 とはいえ、足で距離を稼ぐしかないだろう。
 顔色を伺う時間んは無かったが、撤退に反対する人はいないようなので撤退を前提に話を進める。
 そんなところで、通信機が仕事しはじめた。慌てて手に取ると、その声の主は国連軍の通信兵ではなく、裏椿 理王(うらつばき・りおう)のものだった。
「無事か?」
「今のところはね」
「元気そうだな。済まない、ちょっと色々あって本部が混乱していた。今はオリジン側の指揮系統を頼りに連絡してる。そっちの様子は?」
 ニキータは手早く状況を説明した。
「了解した。今から輸送部隊を手配する」
「ありがたいわね、でそっちで何があったかは教えてくれないの?」
 一瞬、理王は口ごもる。
 ちらりとニキータはアナザー兵をみてから、人差し指を立てて口の前に置いた。黙っててね、の合図はこっちもあっちも変わらないようで、兵士が頷いて答えた。
「今ここにいるのは、私達オリジン側の人間だけよ。隠し事の必要なんてないんじゃないかしら?」
「……アナザー・コリマ氏が負傷した。詳しい状況はオレにもよくわからない。続報はあまり期待しないでくれ。それよりも、今は撤退するのが優先だ。新星が防衛ラインを再構築している、そこまで下がれれば状況を確認する余裕もできるはずだ」
「わかったわ。こっちの事はこっちで引き受けるから、輸送部隊の連絡先を教えて。………控えたわ、じゃ、通信終了」
 通信を終えてすぐに、今度は輸送部隊にこちらかコールする。
「こちら第六輸送部隊、班長一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)です」
「あら、アリーセちゃんなの」
「救助けど、要請はエリザロフさんでしたか。でしたら、遠慮はいりませんね。私達の部隊でそこまで進むのは不可能です。レッドラインが四機周辺にいます。この地点に留まれる時間も限りがあります。位置情報を送りますので、ここまで来てください」
「つれないわね……けどわかったわ、これぐらいならなんとかしないと、わざわざこっちにでっかい顔してきた意味ないもの。それで、どれぐらいかくれんぼしてられそう?」
「撤退できる距離を確保できるのは、あと二十分、いえ、十五分がいいとろこだと思います」
「了解」
「通信、終了します」
 送られてきたデータを確認すと、全力で走って五分、普通に走って十分ぐらいの距離だ。
「囮は自分達に任せて欲しいであります」
 丈二がそう言うと、ヒルダも頷いて一歩前に出た。
「私達には足があるから、いざとなったら自力で脱出できます」
 丈二の六熾翼があれば、軍用バイクに何かあっても人一人ぐらいなら抱えていけるか。
「超危険な役割よ?」
「覚悟の上であります」
「そう……じゃあ、お願いするわ。誰かがやらなきゃいけない役目だし、適任がいるとしたら貴方達に相違ないもの」
 打ち合わせはそこそこに、ニキータと丈二達はそれぞれ動き出した。
 丈二は敵に向かって飛び出し、それをヒルダが援護する。その奮闘を背に、ニキータは丈二のチームや途中で拾った負傷兵をまとめて撤退を開始した。
 アリーセの装甲車で時間ぎりぎりまで待っても二人は合流せず、彼らが再開を果たすには、それから五時間近い時間を要した。



「勝敗はもはや明らか……あとは、どれだけ上手に負けれるかですね」
 上空のため広い視野を持つノルトを操るゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)から見れば、この戦いの行方はもう見えていた。
 最初こそ国連軍はイコンの数で優位を持っていたが、レッドラインとの激突によって多くを失ってしまった。今なんとか抗戦できているのは、契約者が指揮している部隊で、その数は両手の指よりも少し多いぐらいである。
「敵砲撃、来るぞい」
 枝島 幻舟(えだしま・げんしゅう)の警告を受け、機体を大きく傾けて回避行動を撮る。飛んできたのは榴弾で、すぐ近くを通って地面に落ちて爆発した。
 敵に航空戦力は無いが、ライオンヘッドによる長距離砲撃がとてつもなく厄介だった。この砲撃に使われる弾頭の種類は豊富で、煙幕から榴弾、超高出力のビーム砲まで揃っている。
 そして、その狙いは正確だ。しかも、ほとんどの攻撃はライオンヘッド自身で目標を確認せず、遮蔽物の向こう側からの曲射で行われる。着弾までの時間差もあり、こちら側から対処するのは難しい。
 現に、ノルトもいくつか回避をしきれず、外から見ると黒煙をあげているのが見えるだろう。ダメージコントロールによって墜落は免れているが、長く持つ保障は無い。
「さすがにこのままじゃ、まずいぞ」
「もう少し、もう少し時間をください」
 ゴットリープは敵陣地奥を、瞬きをせずに見つめていた。

「こっちも砲撃が激しくなってきた、か。好き勝手やってくれちゃってさ」
 十七夜 リオ(かなき・りお)ヴァ―ミリオンを手足のように動かし、砲撃を回避する。目の前にはレッドラインがいるため、ここに飛来するのは榴弾ではなく徹甲弾だ、直撃さえしなければ問題無い。
「精神感応か何かで、前線の兵をスポッターにしてるんだと思います」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)がそう進言する。自分達の知っている精神感応かどうかはわからないが、彼らの砲撃に自身の目を使っていないのは明白だった。
 針穴を通すような操作で、詰め寄ってくるレッドラインと、砲撃を回避し、直感を頼りに上昇した。
「やっぱあの獅子頭見えないか……」
 ライオンヘッドの姿は見えない。前線の敵を壊滅させて引きずり出すか、こちらから会いに行く必要があるだろう。
 前者は夢物語で、後者は無謀の極みだ。
「討てー!」
 ヴァーミリオンが飛び上がった瞬間、地上をプラズマキャノンが駆け抜ける。ヴァーミリオンを見上げたレッドラインは巻き込まれ、咄嗟に盾を掲げた機体も、左右からの焔虎の攻撃を受けて撃墜した。
「状況は?」
 トーテンコップマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)がリオに回線を開く。
「こっちが聞きたいんだけど、途中から本部の通信が沈黙して、どうなってんのさ」
「すまない。こちらも状況の把握に手間取っていたのです……後方に新たな防衛陣を構築している、だが機能するにはもうしばらく時間がかかりそうですな」
「ってことは、完全に負けなわけか」
「撤退、ですか?」
 フェルクレールトの問いに、マーゼンは「いや」と答える。
「動けるイコン隊で、敵の進攻を遅らせる必要があります」
「つまり、時間を稼げと」
「自分も支援します」
 会話のやりとりから、拒否権が存在しない事をリオは悟った。
「砲撃くるわ!」
 通信回線に飛び込んできたのは、トーテンコップに同乗する黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)の声だ。
「こちらでも確認しました。数、多いです」
「全力回避!」
 レッドラインが全滅したため、今度の砲撃は荒々しいものになった。機動力にものをいわせたり、あるいは落下地点を高速で予測してそれぞれ回避を行う。
「被害は?」
「焔虎が一機、歩行は可能のようね」
「下がらせろ」
 通信回線から会話はそのまま聞こえる。一方のリオ達も、
「砲撃地点予測は……曖昧ね。コームラント隊に目標地点を指示」
「指示、送ります」
「カウント十三で同時攻撃、攻撃結果の確認は不要、攻撃したら回避行動」
 と、慌しく通信を行う。そこへ、割り込んでくる通信が一つ、ゴットリープのノルトからだ。
「なにこれ?」
「敵の位置のようです。かなり詳細です」
 余計な情報一切無しの、データだ。しかも、リアルタイムで更新されていく。
「目は任せろってこと」
 このコームラント隊のカウントダウンは続いている。使うのなら急いで指示を変更しなければならない。
「まだそんなところに居るのですか」
 マーゼンの声が聞こえてくる。通信相手はゴットリープのようだが、そちらの声はよく聞こえない。
「敵の攻撃が直撃したと……まだ飛べるだなんて……っ、了解しました」
 聞こえてくる声で、おおよその状況を把握した。皆の目になるために、ノルトは相当な無理をしているようだ。
「僕の部隊は砲撃支援に特化させてる。合わせるよ」
「すみません。お願いします」
「レッドラインが近づいてきてます」
「忙しいな!」
 ヴァ―ミリオンは急加速して、レッドラインに肉薄する。
 数は四、向こうもこちらを潰したくてたまらないようだ。
 二合互いに武器を合わせたところで、ヴァーミリオンの背後から何本もの光の線が引かれた。
「敵の反応、消失を確認しました」
 送られてきているデータから、敵の反応が消えていく。
「第二射……は、無理か」
 更新されていたデータが、途中でぴたりと止まる。何が起きたかは、敢えて考えない。送信者の位置も、リオからではわからないのだ。
「今は目の前の敵を倒す。無理せず無茶して行くよ、フェル!」