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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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「どうぞ、まだまだたくさんありますよ!」
 珊瑚城では、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)たちが腕によりをかけて拵えた食事が配られていた。暖かく精がつく料理は、なによりの元気の素だ。
 花魄ははりきって料理を配り、「お疲れ様です!」と声をかけている。
 引っ込み思案だった以前の彼女からすると、見違えるような明るさだ。その指には、スレヴィがあげた指輪が光る。彼女が明るく笑うための、それはなによりのお守りになっていたようだ。
「どうぞ。……今回は、ありがとうございます」
 料理を受け取った関谷 未憂(せきや・みゆう)が、タングートの民ではないと気づいて、花魄はぺこりと頭を下げる。
「いえ。こちらこそ、ご馳走になります」
「美味しそうだね!」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、予想外のご馳走にご機嫌だ。その後ろで、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)も控えめに微笑んでいる。
 三人は、先ほどまで悪魔たちとともに、外で戦闘に加わっていた。幸いなことに目立った怪我はないが、すっかりお腹はぺこぺこだ。
「あっちで食べようよ」
 未憂があいている場所をさがし、歩き始めたときだった。
 とある二人組の姿を見つけ、三人は足を止める。
「なにをしてるんだろうね」
 リンが、怪訝そうに顔をしかめた。
 そこにいたのは、妖しげな魔鎧と、一人の女悪魔だ。しきりに酒の入った盃を傾け、どうやらかなり酔っている様子だった。
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)と、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)
 彼らが油断ならない人物だと、リンたちは知っていたし、警戒もしていた。
 『ディテクトエビル』で密かに探りをいれてはみたものの、ブルタはリンに悪意を抱いているわけではないため、反応は薄い。それだけを証拠に、ここで捕縛する理由にはならなかった。けれども。
「嫌な感じ」
 リンは呟く。おそらくは、なにかを企んでいるには違いないのに。
「レモさんの傍に、行ってみようか」
 未憂は暫し考えてから、そう提案する。あの二人が、レモになにかよからぬ手を出してくるかも知れないと思ったのだ。
「……うん」
 こくん、とプリムもそれに同意して首を縦に振った。
「そだね。何もないなら、それにこしたこともないし? あ、ついでに、他にも警備してる人はいると思うから、ご飯差し入れしてあげようよ!」
「そうね、それがいいと思うわ」
 リンの提案に、未憂も同意し、三人は再び花魄のいる列へと一端戻ることにした。


「警戒されてるみたいだねぇ」
 盃をあおるブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は、すでに若干呂律があやしくなっている。そんな彼の前で、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)は目を伏せ、時折あたりを探るように一瞥していた。
「相柳は、戻って来たようですね」
「みたいだねぇ。まぁ、残念だけど、仕方ないよね」
 ブルタの作戦としては、こうだった。
 知人のアウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)に仕事として、相柳の呪詛を依頼した。姿に関しては、ブルタが『ソートグラフィー』で用意したものだ。
 呪詛によって相柳の戦闘能力を削ぎ、ソウルアベレイターに補足させる。そして、相柳を使い、共工に交渉材料とすれば良いと、ブルタは自分からニヤンとナダに提案していたのだ。
 連絡手段は、行ってみれば簡単だ。……『闇の声』に、自ら答えれば良いだけなのだから。
 耳を傾けたフリをして、その提案をしたブルタに、ニヤンは多少意表を突かれたようだった。
『悪くはないけどさ、そういうんだったら、相柳を捕まえる算段くらいはたててよね? そしたら、また話しかけてあげるわ』
 ニヤンはそう言って、気配を消した。
 その準備を整えた上で、ブルタはアウリンノールに依頼をして、実行させたのだが……。
(直接共工を狙うことができたなら、それが良かったんだけどね)
 さすがにそれは、ブルタの力では無理だった。現に今も、ニヤンたちは共工の力と、タングートの軍勢に阻まれ、思うように進撃できずにいる。なので、その線に関しては、ブルタは冷静に、完全に諦めていた。
 なによりも。
「……それなりの効果は、あったようですしね」
「そうだねぇ」
 こうして、珊瑚城に避難したフリをして、酒を飲んで過ごしているブルタには感じられていた。ほんの微かな、緊張感。
 『果たして、地上から来た者たちを完全に信頼していいのか』という疑惑。
 それは、非力な者ほど強く抱いている様子だ。
 ステンノーラが配り歩いたビラを手にしている悪魔も、ちらほら見かけた。今のところは表だってはいないものの、微かな疑惑としては広まっている様子だ。
「楽しいね」
 くっくっく、と魔鎧を揺らしてブルタは笑った。
 疑惑と疑心暗鬼こそが、なによりも強力な呪いとなりうる。
 ブルタの理想は、タングートが滅びることでも、共工が倒れることでもない。タングートとパラミタ、そしてソウルアベレイターが、お互いに疑いあい、三つどもえとなっていがみ合い続けることだ。
 とはいえ、ブルタは今、直接には何も手を下していない。
 誰の目にも触れる場所で、こうして酒を飲んで楽しんでいるだけだ。
 不道徳には映るかもしれないが、不道徳がすなわち罪ではない。
 そこへ、ブルタをさらに喜ばせる報告がもたらされた。

 再び、ソウルアベレイターが動いたという。
 だが、その部隊の先達は、巨人でも幽鬼でもなく……闇の声に墜ちた、契約者たちだったのだ。

「地上の奴らが、ソウルアベレイターと手を組んだ!!」
 見張りの声に、緊張感が走る。
 一挙にわき上がる疑惑を肴に、ブルタはさらに口元を歪め、酒を流し込むのだった。