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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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「やっと壱ノ島さんに着いたのー!!」
 ばんざーい。
 及川 翠(おいかわ・みどり)は一度も来たことのない、新しい場所で始まった冒険に、隠しきれない興奮でうずうずしながらタラップを駆け下りた。そして走り出そうとした直後、ひょいっとミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)に襟首を掴まれ、引き戻される。
「はい、そこまで」
「……えっ? なぁに? お姉ちゃん」
 肩越しにかわいらしく小首を傾げて見つめてきたが、ミリアは力を緩めようとはしなかった。
 船に乗っているときから――いや、レシェフの港を出航したときから、着けばこうなるのは分かっていた。ずっと翠はそわつきっぱなしで、早くも暴走の気が現れている。
 きっとこの手を放したら、その瞬間ぱぴゅんっ! と走り出して島の地図か何かを作りだし、それが完成するまで止まろうとしないに決まっているのだ。
 ミリアは翠の手をとり、自分と手をつながせる。
「翠、勝手に1人で行かないようにね?」
「えっ? 壱ノ島さんの探検に行っちゃ駄目なの?」
 びっくり目をしている翠に、ミリアは首を振って見せた。
「駄目とは言わないわ。私たちもいろいろ観光したいもの。
 でも、あなたは今、私やスノゥと一緒にいるの。1人で勝手にいろいろと先走っては駄目よ」
 翠はミリアを見て、それから後ろで2人のやりとりを見守っているスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)を見て、ミリアの言った意味を理解すると、自分の今しがたの行いを少し反省するように、こくんとうなずいた。
 翠は好奇心旺盛で、すぐひとつのことで頭がいっぱいになって暴走しかけるが、決してわざとではない。
「お姉ちゃん、ごめんなさいなの」
 殊勝に謝って、ミリアと手をつないだまま歩き出した。
(ふぇ〜、翠ちゃんは相変わらずですねぇ……)
 スノゥはほほ笑ましい思いでそんな翠を見つめる。
 本当は、スノゥとミリアはこの風光明媚な島を一緒にゆっくり見て回るつもりだったのだが、それはほぼ無理だと、船のなかで悟っていた。
 今、こうして翠はおとなしくミリアの言葉に従って、ミリアと手をつないで歩いているが、きっと島を歩いているうちにまたぞろ好奇心と冒険心が刺激されて、注意されたこともきれいさっぱり頭のなかから吹っ飛んで、走り出してしまうだろう。そうなれば迷子確実である。
 どこにどんな危険があるとも知れない見知らぬ地で翠が迷子になるなんて、考えただけでおそろしい。
(もう1人監視役さんがいればぁ〜、のんびりお買い物できそうなんですけどねぇ〜……。
 のんびりは無理そうですねぇ〜)
 せめて、家で留守番をしてくれている子たちにお土産を買う間ぐらいは翠の自制がもってくれるといいのだけれど。
 そんなことを考えて、なかば祈りつつ、スノゥは2人の後ろをとことこと歩いて行った。




 光と風、緑、そして水の豊かな島。
 空には子どもたちが乗ったトトリが飛び交い、当然のように滑空して降りてきては助走をつけて再び空へ舞い上がる。
 そんな光景を横目に、源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)とともにのんびりと歩いていた。
 舗装路のレンガ1つ、家屋を飾る装飾品1つとっても歴史を感じさせる物で、しかも異国情緒にあふれている。石造りで高さがさほどないのはカナンに似ていたが、微妙に違って見えた。
 斜面に沿って連なっている家屋には、場所によっては崖をくり抜いて、ほとんど一体化しているのではないかと思えるような物もあった。どこまでが岩でどこまでが家か。そんなふうに推測しながら、巨石でできた天然のアーチをくぐる。
 3人は、町の市場へ入った。
 すれ違う島民は笑顔を絶やさず、目が合うと必ず会釈をしてくる。あたたかそうな人ばかりだ。
 市場には色あざやかな野菜や果物が屋台のかごいっぱいに山盛りされていて、ずらりと両側に並んでいた。そのほかにも魚屋があったり、肉屋があったり、パン屋があったり。そのうちのいくつかは、シャンバラでは見かけたことのない物だ。そしてそういった店には必ず横にそれらを飲食できる屋台が設置されていて、そこからは食欲を刺激される、おいしそうなにおいが漂ってきていた。そして、くつろげるようにいたる所にオープンスペースが確保されている。
 7000年間断絶していたあとでの国交回復。5000年前に起きた古王国滅亡の影響をあまり受けず、古い技術や知識が残されている可能性もあるのではないかと思っていたが、この分だと本当にあり得そうな気がしてきて、いつの間にか鉄心はそちらに考えの大半を奪われてしまう。
 そのせいで、彼はこのあとに起きる惨事の予兆を完全に見逃してしまっていた。
「おいしそうなにおいがしているのです〜 ♪ ねっ? イコナちゃん。どれが食べたいですか?」
「買い食いしながら歩くなんて、はしたないですわ」
 イコナは即座にそう言ったが、目はとある屋台に並んだ、かわいくデコレートされたプチシューのような物がいくつか入った紙コップに釘付けである。
 それに気づいているティーは、ふふっと笑う。
「こちらの人たちも、観光客も、みんなそうしてますよ。平気なのです。いいえ、むしろここを歩くときはそうするのが礼儀なのです」
「そう、ですの?」
 イコナだって食べたい。こちらではどんな料理があるか知りたいし。だからティーの説得に心がぐらついている。
「郷に入れば郷に従えなのですよ、イコナちゃん。失礼のないように、何か食べましょう」
「し、しかたありませんわねっ」
 こほ、と空咳をして。イコナは「じゃああれを1つ」と、ティーとともにスイーツの屋台へ向かう。
 そのとき。
『うさっ!?』
『うさ?』
『うさうさ!』
『うさ〜?』
『うさうさうさ』
『……うさ!』
『うさうさ!!』
『うさ〜♪』
 と、彼らにだけ通じる会話でミニうさティーがティーのそばから離れ、一斉に走り出した。いかにも、もうしんぼうたまらん、という様子である。
「えっ!?」
「ティーがあんなこと言うからですわ! あの子たちも食べていいと思ったのです!」
「そんな!?」
 驚きに目を瞠るティーの前、イコナの言葉が的確であるように、たくさんのミニうさティーたちは向かいの串焼きの屋台へ突撃をかける。
 ちょうどその場に居合わせ、その様子を目撃した瞬間、ミリアはたちまち目の色を変えた。
「あれはもふもふ! もふもふもふもふもふーーーーーっ!!」
 両手を突き出し、きゃーーーっとハートマークを飛ばしながら駆け寄ろうとしたミリアを、あわててスノゥがとり押さえる。
「駄目ですよぅ」
 そしてミリアを正気に返すべく、片手に翠、片手にミリアを掴んで、うさミミもふもふのミニうさティーたちが見えなくなる場所へ引っ張って消えて行った。
 ミニうさティーの騒動の被害者は、彼女たちにとどまらない。
「うわっ! なんだこりゃ!?」
 同じく市場へ来ていた高柳 陣(たかやなぎ・じん)が、突然足元を走り抜けて行く大勢のちびっこキャラたちのせいで足を下ろす場を失い、たたらを踏んだ。
「お兄ちゃん!」
 店先に並ぶ商品に目を奪われて歩いていたティエン・シア(てぃえん・しあ)は、陣の声にこそびっくりして、よろけた陣のそでを大急ぎ掴む。そのおかげで陣は横の電燈を掴むことができて、みっともなく倒れずにすんだ。
 ティーがあわあわしながら駆け寄る。
「すみません! ご無事ですか?」
「ああ、なんとかな」
「うちの子たちがご迷惑をおかけてして……。この子たちったら、いつもならこんな勝手に動いたりは――」
 ……………………。
 うむむ。よく考えたら、いつも通りかも?
「にしても、一体どうしたんだ? ありゃ」
 考え込んでしまったティーには気づかず、陣はドドドドと砂煙まで上げて通り過ぎたミニうさティーたちを振り返り、あらためてその暴走振りを見る。
 しかし陣は幸運な方だった。路地を曲がって通りに走り込んできたスク・ナは、ミニうさティーたちに完全に足をとられてもののみごとにすっ転んだからだ。
「おーいナ・ムチー! 見て見てこれー! さっきもらった――うわ!」
 抱えていた紙袋が宙に舞い、揚げ肉まんのような菓子が辺りに散らばる。頭上から降ってくるそれらにミニうさティーたちは歓喜し、パン食い競争でもしているかのようにぴょんと飛び跳ねてダイビングキャッチするとかぶりついた。
「あーーーーーーっ!! オレの揚げ肉まんっっ!!」
「どうしたんです? スク・ナ」
 半泣きになっているスク・ナの元へ、ナ・ムチ(な・むち)と呼ばれた青年が駆け寄ってきた。
「ナ・ムチ! オレの揚げ肉まんが盗られた!」
「揚げ肉まん……? きみ、そんなの買うお金持っていましたか?」
「さっき、ええと、ナントカって男の人と女の人からもらったんだ」
「ナントカって。いただいた人の名前も覚えていないんですか?」
「……えーと。そういや名前、聞かなかったような……」
「名前も知らない相手からもらったお菓子を食べていたんですか?」
 ナ・ムチのあきれた声に、スク・ナは「あ、しまった」という顔をして、えへへと愛想笑いを浮かべた。
「知らない人から物をもらってはいけないと、何度も教えたでしょう?
 まったく、きみという子は……」
「だって、くれるって言うんだもん。それに、オレが拾わないと食べれなくなってた物だし。もったいないよ」
 スク・ナは笑って開き直る。どう見ても反省している様子はなく、ナ・ムチは許してくれると信じきっている顔だ。
 この2人、兄弟というには全く似ていないが、雰囲気はそんな感じだと、鉄心は思った。
「あのう」と、2人の前にティーが進み出る。「シャンバラから来たティー・ティーといいます。うちの子たちがとんだことをしてしまい、申し訳ありません。よかったら、弁償させてください」