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リアクション
フレンディスたちがあてがわれた部屋でキ・サカとの面会を待っているころ。
伍ノ島のとある公園にて
「――きたな」
受信処理でチカチカ点滅する銃型HCのランプを見、高柳 陣(たかやなぎ・じん)がつぶやく。そして購入したトトリのならし運転を兼ねて飛んでいた木曽 義仲(きそ・よしなか)とティエン・シア(てぃえん・しあ)に、戻ってこいと合図を送った。
「ようやっとか。ずい分遅かったな」
「館内の各階平面図にはなれの平面図。警備のスケジュール表、武装、ルート……よし、必要なのは全部揃っていそうだ。さすがポチ」
「では俺たちも行動に移すか」
「はい、義仲くん。これも忘れずにね」
ティエンがロープと毛布の入った紙袋を差し出した。
「うむ」
それを手に、たたんだトトリを脇に抱えてさっそく移動しようとする義仲に、そのとき陣が待ったをかけた。
「ちょっと待て、ヤバい。そこらじゅうにセンサーがあるぞ」
「ぬ?」
陣の肩越しにディスプレイを覗き込む。陣の言うとおり、センサーは門や敷地のみでなく、屋根にまで及んでいた。
それらを指で数えるように追い、陣はぶつぶつつぶやく。
「監視カメラもある。……しくったな。ベルクにこういったものも無効化してもらうように頼んでおけばよかったか。しかしそこまでさせるとなると、ますますあいつらを危険な立場に置くことになるし……」
「問題ない。こうして分かっていれば避けられる。ようはどこに何があるかを記憶しておけばよいのだ。たしかに少々計画に変更は必要だがな、この程度ならそれほど変えずともいいだろう。おまえはおまえのルートに必要な所だけ記憶していろ。
さあ行くぞ、陣。じき日が暮れる。日が入った直後と日が昇る直前が最も暗いというがな、人の目をくらませるには斜陽が一番だ」
彼らのたてた作戦とはこういうものだ。
まず、ティエンが正面から門へ近づく。2人の守衛が彼女に気づいて応対に出た。
「お嬢さん、そこで止まって。入っちゃだめだ。ここは私有地だからね」
「あ、あのー、えーっと……」
ティエンは体をもじもじさせて、迷っているような素振りを見せる。
「んん? どうしたんだい?」
「おい、あまり近づくな。危険かもしれん」
「ああ、分かっているよ」
相棒が警戒する理由は分かっていた。この館の主で島の太守が殺害されたと聞かされたばかりなのだ。どんな無力そうに見える少女でも――むしろ、容疑者は少女だ――警戒しなくてはならない。
「この館の人に御用かな?」
門は開門されず、鉄柵ごしに話しかけられた。
「僕、壱ノ島から旅行で来たんですけど、観光してる途中でおじいちゃんとはぐれちゃって……。捜してたら、おじいちゃんらしい人がこっちへ向かってるのを見たって人がいたから……。
おじいちゃん、病気で目が見えないの。だからすごく心配で……。
シラ・ギって名前なんですけど、おじいちゃんを見かけませんでしたか?」
「おい。今日の訪問客にそんな名前の人いたか?」
振り返り、相棒に訊く。
「ちょっと待て。――いや、弔問客リストにはないな」
2人ともが門から目を離した。その隙を狙って、まず義仲が軽身功で門を飛び越え、守衛室の影に身をひそめようとした。
しかしここで彼らにとって想定外のことが起きた。
義仲の姿が監視カメラに捕えられたのだ。その映像は館内にある監視室のモニターにリアルタイムで送られ、即座に侵入者警報が鳴り響いた。
「何事だ!?」
「……チッ」
警備員たちを振り返った一瞬、義仲は陣の隠れている位置に視線を投げた。そしてすぐさま身をひるがえし、館へ向かって走り出す。見つかったら見つかったで、囮となる腹づもりだったのだろう。
「おい待てっ!!」
警備員たちはティエンの存在をすっかり忘れて、義仲を追いかけて行った。
「義仲くん……」
おろおろするティエンの横に進み出た陣が、ピッキングで門を開錠する。
「おまえはもういいから、ここから離れろ」
言い置いて、陣はするりと門をくぐった。
彼が目指すのは西の棟、ヒノ・コが監禁されているというはなれの方だ。隠れ身を用いて監視カメラを躱し、レビテートで足音を消すと、さまざまな所に設置されているセンサーを避けてはなれへ近づく。義仲が大方の目を引きつけてくれたので、警備員は各所に最低限しかおらず、目を盗むのはたやすかった。
所々で警備員たちの会話に耳をすませてみたが、義仲も捕まった様子はなさそうだ。
壁に貼りついた陣は、内部へ入るべく窓をピッキングし――ここで彼もしくじった。窓を開いた瞬間、大音量でまた別種の警報がはなれじゅうに鳴り響く。
「くそっ、もう慎重にやっているどころじゃねーな」
館内の見取り図が頭に入っているのが幸いした。目的のヒノ・コの部屋は4階だ。だが今は最短で行くのはあきらめて、駆けつけてくる警備員を避けて気配のない廊下を選んで走る。
後ろから迫る警備員にばかり気をとられていた陣は、突然横から伸びてきた手に対処できなかった。
「!!」
口をふさがれ、肩を掴まれて、そのまま室内に引っ張り込まれる。
とっさにヒプノシスをぶつけようとしたが、それよりも早く手は陣を解放して、後ろへ引いた。
間接照明のうす暗い室内に、ぼうっと白い髪が浮かび上がる。
「あんたは――」
「しっ」
白い髪の男は口元に指を立てた。視線は陣の肩越しにドアを見ている。陣が言葉を切った直後、ドアの前をばたばたと走り抜けていく警備員の足音がした。息を殺してドアを見つめる陣の前、足音は遠ざかって消えて、戻ってくる気配はしない。
もう戻ってこないと確信して、ようやく陣は自分をここへ引っ張り込んだ男を見た。
歳はおそらく40後半か50前半。ゆるく毛先がウェーブした長い白髪をうなじのところで紐でまとめている。おちついた雰囲気でほほ笑んでいたが、深く刻まれた目元のしわや口元のしわからは、まるで疲れきった年老いたグレートハウンドのような印象を受けた。
「まさか今さらここに忍び込んでくる者がいるなんてねぇ、驚いたよ」
見つめるばかりで陣が何も言わないので、ヒノ・コが話しかける。
「どうかした?」
「……いや」
えーと。
「……大きな孫のいるおじいちゃんだって聞いてたから、つい」
「ははは。もっと年寄りだと思っていたわけか」
ヒノ・コは抑制の効いた、控えめな声で笑った。重そうに垂れたまぶたに半分隠れていたすみれ色の瞳が、かすかに光を取り戻す。
「きみは島の人間じゃないね。島の者なら、わたしを知らないはずはないからねぇ。ということは、わたしを殺しに来たわけでもない?」
「違う。俺は――あんたを、ここから連れ出しに来たんだ」
まだ警報は鳴り続けている。陣は手短に、自分が何者かを話し、これまでの経緯を話した。
「そうか、コト・サカは殺されたのか……」
「あんた、全然驚いてないんだな」
淡々とした口調、薄れない微笑に、ここにきてようやく陣は少し警戒をするようになった。
額に黒い4枚花弁の刺青があることからして、彼がヒノ・コであるのは間違いないだろう。しかしどうも自分が想像していたような男とはかなり違っているようだ。
「ん? いや、十分驚いているよ」ヒノ・コは小首を傾げて応じる。「まさかあの子がそこまでするとはねぇ。かわいそうな子だ。昔からあの子はそれゆえに苦しんでいた。それさえ捨てることができたら、あの子はもっと幸せになれた」
「まさか、犯人に心当たりがあるのか!?」
「あの子はコト・サカを殺さないことも選べたんだ。カラクリの予想はついてたはずだからねぇ。だけど、殺してしまった。――ああそうか、とうとう選んでしまったのか」
ふう、とため息をつき、ヒノ・コは突然きびすを返した。ドアを開け、廊下に出ると、すたすた歩き出す。
「あ、おい!?」
うわ。こいつ、人の話きかないタイプか!?
「いいからついておいで。もうあまり時間がない。――あ、きみ、鍵開けできる?」
「そりゃできるけど……」
「じゃああそこ、頼むよ」
廊下を曲がった先、ヒノ・コが指さしたのは、本館とつながる渡り廊下に設置された鉄製のドアだった。
「さあ早く早く。監視カメラに映ってるからね、すぐここにも警備の人たちがやってくるよ」
「……ああ……」
わけも分からず、やらされている感がぬぐえないまま、急かされて陣はピッキングをする。その背中を見守りながらヒノ・コは言った。
「ツク・ヨ・ミが無事でいることを教えてくれてありがとう」
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