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リアクション
参ノ島行きの船が出るのは昼近くだった。
「チッ。早く着きすぎたか」
港の様子を見下ろせる坂の上で、現在の時刻を確認した白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は軽く舌打ちをする。
「まあまあ。早いのはいいことだよ。のんびりしすぎて乗り遅れたら目もあてられないからねぇ」
後ろをついて歩いていた松岡 徹雄(まつおか・てつお)がゆったり口調で言う。
振り返り、彼のアロハシャツにハーフパンツといういでたちを見て、竜造は答えた。
「おまえはくつろぎすぎだ」
昨日から気になっていたが、なんだ? その格好。普段の緊張感のカケラもない。
「えー? せっかく旅行に来てるんだよー? そりゃ念のため、お仕事用道具一式はカバンに入れて持ってきてるけどさ。ああいうのは使わないにこしたことはないよねぇ」
胸に下げたカメラを持ち上げて見せる姿は、どこからどう見ても旅行に浮かれた観光客である。
ちなみに次の目的地として参ノ島へ行くことを決めたのも徹雄だった。
「あのキンシたち、すごかったよねぇ。細身で引き締まってて。しかも美女揃い。船で遠目だったけど、太守さんもすごい美女だった。こりゃ参ノ島は美女の産地かもしれないねぇ」
早くもその美女たちとのキャッキャウフフ、旅先のアバンチュールを想像してか、徹雄はもうにやついている。竜造は少し引き気味だったが、無視して徹雄は続けた。
「きっと竜造にもいい目の保養になるよ」
「いや、俺はいい」
後退しかけた竜造の肩をがしっと掴んで引き寄せる。
「いいからおじさんに任せなさい。なぁに、女性の1人や2人、すぐ調達してあげるよ。これでも『ナンパの数だけなら』百戦錬磨だからね!」
「そんなんで威張ってんじゃねーよ! アホかてめえ!」
竜造は怒鳴ったが、しかし徹雄は止まらない。もしかすると竜造で遊ぼうとしているのかもしれない。
「ふっふっふ。竜造のお相手にお似合いなのは、どんなタイプの子かな? ねえアユナちゃん、どう思う?」
「知りません。興味ありませんから」
ぷい、とアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)は、少しふくれた顔でそっぽを向く。「竜造さんも徹雄さんも不潔です」とでも言いたそうだ。
しかし、参ノ島へ行くこと自体にはアユナも賛成だった。聞くところによると、参ノ島は機晶技術が残っており、機晶姫も多いらしい。そういう場所ならアストー01へのお土産になりそうな物が見つかりやすいのではないかと思ったのだ。
アストー01はあのあと、結局芸能界へ復帰することはなかった。今はもう別のアストーがいるから、というのが理由だった。そしてツァンダで1人暮らしをしている。
(あんな美しい人が一般人として暮らしているなんて……危険すぎます)
お土産は護身用の何かがいいかもしれない。とすると、いろんな武具を扱う店が多いという参ノ島はぴったりだろう。
早くもそれを頭のなかでリストアップしているアユナの横では、2人は――というか主に徹雄が――まだ言い合っていた。
「いいか? 竜造くんのために、プロの美女の見分け方を教えてやろう」
「いらねぇ」
「それはな、足だ。足がきれいな女は美女! 間違いなく美女!
ほーら見てごらん。あそこの女性たちなんか、みんな足がきれいでしょー? なんだったら船旅のおともに声かけてみる?」
「いらねえつってんだろーが! 力説してんじゃねえよ! そして本当にナンパに行くな!!」
だが徹雄は聞こえないフリか、鼻歌まじりに壁に背を預けて話している美女2人に向かって行った。
「やあお嬢さんたち。きみたちも参ノ島へ? よかったら一緒しない?」
「あらナンパ?」
「え〜? どうしよっかなぁ〜?」
クスクス笑う美女に、脈ありと見てさらに会話を続けようとしたときだった。
「あらあら。うちの子たちに目をつけるなんて、ずい分と目が肥えてるのねん」
別の道から歩いてきた女性がその光景を見つけて、楽しそうな笑声でそう言う。
「……おお、ゴージャス」
健康的な黄金色の肌に肩先で揃えられた金の巻き毛、長いまつげに囲まれた金色の瞳。肉感的なボディのその女性は、先に声をかけた2人よりもはるかに格上の美女だった。
参ノ島太守ミツ・ハだ。美女だとは思っていたが、まさかこれほどとは。間近で見た徹雄は思わずヒュウと称賛の口笛を鳴らす。しかし2人の女性たちは彼と対照的に、あたふたと壁から体を放してピシッと直立不動の姿勢をとった。
「アナタたち、この島の警備の者ねん?」
「は、はい!!」
「この島の警備隊は全員撤収することになったのねん。アナタたちも身支度をしなさいなのねん」
「は……は? で、ですがそれでは――」
突然の通達にとまどう女性に、ミツ・ハは自分の後ろについていた女性に目で合図を出す。女性は一歩前へ出ると、彼女たちに、島のキンシたちは総入れ替えすることになったと告げた。再編成された警備隊が到着するまでは臨時でミツ・ハの連れてきた女性たちが任務につくという。
「分かったらさっさと荷物をまとめてくることねん。さもないと、何も持たずに乗艦することになるわよん」
どこか冷たい響きの言葉だった。口元は笑んでいたが、その笑顔にわずかも緩和されることはない。
「たるみすぎなのねん。島へ戻ったら、全員アタシとメ・イたちで直々にしごいてやるわん」
大急ぎで走っていく2人を見て、フン、と鼻を鳴らしたミツ・ハは、そのまま徹雄を無視してまっすぐ旗艦・ゴールデンレディへ向かおうとする。
彼女を呼び止めたのは、竜造だった。
「待てよ。あんた、参ノ島太守ミツ・ハだろ?」
「……なぁに? 口の悪いお子ちゃまねん」
髪を肩向こうへ払い込みながら振り返ったミツ・ハの手には巨大な刃を持つ金色のハルバートが握られている。大概の者は彼女のゴージャスさにあてられて注意を払わないが、彼女の動作、握り方、重心の移動などから竜造はそれが単なる飾りでないことが見抜けていた。しかも相当の使い手とみた。
(イイ女だ。こんなときじゃなきゃお相手してもらったんだが)
「あんた、俺たちを護衛として雇え」
「護衛?」
「そ。俺ぁ後ろの女どもより数倍役に立つぜ」
「無礼な……!!」
「…………」
くってかかろうとした女性をミツ・ハが無言で制した。
「アタシの護衛役になりたいのねん?」
「そう言っただろ」
「アナタ、見たとこ地上人だけど、ここには観光するために来たんじゃないのん?」
「俺が何するか判断するのはあんたじゃねえ、俺だ。その俺が護衛してやるって言ってんだ、質問に意味あんのか?」
横柄な態度でいけしゃあしゃあ言ってのける竜造に、思わずプッと吹き出した。
「面白い男ねん。
そうねぇ……じゃあこれが防げたら認めてやってもいいわん。アタシより弱いヤツがアタシの護衛なんてできるわけないものねん」
言い終わるよりも早く、ミツ・ハは動いていた。
「!!」
かまえもとらない状態から目にもとまらぬ速さで間合いを詰め、下から振り上げられたハルバートが竜造を襲う。
「チッ!」
竜造はとっさに神葬・バルバトスでこれを防ごうとする。だがミツ・ハは最初からそうすると読んでいた。最低限その程度できなくては役立たずで、できなければ間抜けな男が死ぬほどの大けがを負うだけのこと。
ミツ・ハの初撃は相手の武器をはじくためのもの。そしてノーガードになったところへ遠心力のついた刃を振り下ろし、斬り捨てる――もちろん今回は寸止めをするつもりだが――はずだった。
「あらん?」
はじき飛ばせたと思った剣が己の攻撃を防いでいるのを見て、ミツ・ハは少し驚く。
「……契約成立だな」
刃を噛み合わせ、ギリギリと押し合いながら言う竜造に、ミツ・ハは攻撃をやめた。
「この程度、できてあたりまえだけど、約束は約束なのねん」
指を曲げて、ついて来いと合図する。そのことに、後ろの女性たちは今度は何も言わなかった。ミツ・ハの決定は絶対と、訓練されているのだろう。
剣を収め、それに従う竜造と徹雄にふうとため息をこぼし、アユナも従って歩き出したのだった。
リネン・エルフト(りねん・えるふと)たちは肆ノ島へ向かっていた。
観光が目的ではない。昨日、壱ノ島で謎の影と戦ってから、そんな気持ちは吹っ飛んでしまっていた。
厳密に言えば、影の標的となっているのは彼女たちコントラクターではなくこの浮遊島の少女で、どうやら犯罪者と認定されているようだったが、その存在を知り、関係を持ったからには、そんなことは関係ない。小さな少女が狙われているのに見て見ぬふりで自分たちは観光などと、リネンたちにはできない話だった。
肆ノ島には魔術についての専門家が多いという。影という外見、光輝属性が効果があり、闇黒属性を持つことから推察して、彼らなら何か知っているのではないか、との行動である。
参ノ島で船を乗り換え、肆ノ島へ降り立ったころにはもう昼を回っており、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は地面に足をつけた解放感に伸びをした。
「さーて、と。まずどこへ行く?」
「そうね……あの影について情報収集するにしても、島の人全員が陰陽師のプロというわけでもないでしょうから、そういう人たちが集まっている場所かしら。
どこか専門店の多い通りでもあるといいわね」
観光客に無料配布されている観光マップを覗き込みながら出口をくぐる。とたん、彼らの前には葦原やマホロバを思わせる和風な光景が広がった。島民らしき一般人たちは壱ノ島の人たちと同じで、少し和風テイストの感じられる普通のシャツやズボン、スカートといった現代服だ。港の職員の制服といい、少しやり過ぎな感じも受けるものの、国の玄関とはこういったもので、観光客を喜ばせるための趣向なのだろう。
施設内外にある売店にも陰陽師グッズは扱われているようだが、彼らが求めているのはこういった一般大衆向けの店ではない。
「とりあえず、ここへ行ってみましょう」
観光マップに載っているあたり一般大衆向けとしか思えないが、まだ島についたばかりである以上、ほかに行く所が思いつかなかった。ここを起点に広げていくしかないだろう。
「乗合馬車を使うべきかしら。それともいっそ、1日レンタルした方が……ねえユーベル、あなたどう思う? ――ユーベル?」
リネンはユーベルから返答がないことを不思議に思って振り返る。ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は彼女たちから少し後ろで足を止めて、空を仰いでいた。
かなりの高度で、青空にうっすらと小石程度に見える点に注目している。
「どうかしたの?」
「あ、いえ。特には何も……。
ただ、あれは何かと思ったものですから」
上の点を指さすユーベルに、リネンとフェイミィも目をこらす。
「あれじゃねーか? ほら、船からも遠くに見えてた無人の浮遊小島」
「そうね。それみたい」
「でしょうか」
最初、ユーベルもそう思った。しかし点を見つけるたびに、妙な違和感がある。肉眼で捕えられるだけで10個は浮かんでいるそれが、妙に法則的に浮かんでいるように見えて、気になってしかたがないのだ。
「まあ、いつまでもここで空見上げててもしゃーないし。とりあえず動こうや」
「そうね。
行くわよ、ユーベル」
「はい」
3人は結局、安い乗合馬車へと向かう。
ユーベルが気になったそれが、浮遊小島を改造して造られたこの島の防衛装置、15基の浮遊砲台ヒノカグツチであることを彼らが知るのは、もう少し先のことである。
陰陽系商品を専門に扱う店が並んだアーケードに到着した彼らは、その中心にある休憩用の広場でフェイミィがファンの集いを用いて集まった人たちからそれらしい店を聞き取りし、そこへ向かった。
店員が親切で優しい、人気がある店というより、プロ御用達なマニアックな店、というやつだ。
その店はそれらしい客引き看板はなく、入り口は地下にあり、照明を落としたうす暗い店内に所狭しとさまざまな商品が並ぶうさんくさい店だった。
いろんな物が発するにおいが混ざり合って空気も悪い。天井でファンが回っていたが、大して効果はないようである。
「……ちッ。なんか、訪れた客を殺して処理して何の肉かも分からせないで店頭に並べてるって雰囲気だな」
しんきくせぇ、とこぼしながら、店内のあちらこちらへ視線を飛ばす。もしもの場合、逃げるとなれば店員の数、出口の把握、動線の確保が必要だった。
陰陽のマークが入ったカーテンの奥から、店員らしい男が現れる。フードの下からリネンと目を合わせると「おや?」というふうに小首を傾げ、フードをとった。
「めずらしい。一見さまでいらっしゃいますね? 当店に何をお求めでいらっしゃいますか? 呪符ならひととおりあちらの棚にありますし、祭儀用の香木でしたら今朝いい物が――」
「知識よ」
「……ふむ。それは内容により、値段も変動いたしますが、よろしいでしょうか?」
「かまわないわ」
リネンの即答に、男はにっこり笑った。上客と思われたのだろう。
「ではこちらへおいでください」
別室へ誘われる。そこは意外にもテーブルとイスがあるだけの簡素な部屋で、守護のための符らしきものが壁に数枚貼られているものの、明るく、さわやかなハーブの香りがしていた。
「ここは占いを求めて当店にいらっしゃるお客さま用のブースですよ。なんなら運勢を占ってさしあげましょうか?」
少し意外そうな顔をしている3人の反応を見て、男はがらりと声のトーンまで変えて説明した。
「いえ、結構よ」
「そうですか。当店にはよく当たると評判の者もいますので、ご入り用でしたらいつでもおっしゃってくださいね。
さて、予約客が来られるまでまだ時間がありますから、こちらでおうかがいしたいと思います。今、係りの者がハーブティーを入れてきますから、どうぞおかけになってお待ちください」
「え、ええ……ありがとう」
気負っていた分、少し肩すかしをくらった気がした。
やはりここは客商売のショップで、もしかしたら店内のあれは単なる雰囲気づくりで、男は格好こそそれらしいがこれもコスチュームで、単なる商売人なのかもしれない、との考えが浮かぶ。
しかし、リネンの話した謎の影に対する返答はたしかだった。
「それはヤタガラスと言われる死霊ですね」
「ヤタガラス?」
「ええ。外法使いが使役する影たちです。外法使いはご存じですか?」
「いえ……それはどういった者なの?」
「外法使いは個人ではありません。簡単に言えば、倫理をなくした陰陽師たちのことです。陰陽師は白も黒も用います。黒ばかりを扱うからといって、即外法使いとは呼びません。禁術とされる術を用いた者が外法使いと呼ばれ、陰陽師仲間からは忌み嫌われると同時に畏怖されます。禁術には、その手段、発動条件が人としての倫理を犯す分、強力な術が多いからです。たとえば蠱毒、そしてこのヤタガラスのように」
蠱毒とは一定の空間にあらゆる生物を詰め込み、るつぼと化したそこでたった1つ生き残った生物を用いて言う呪術である。
「蠱毒とはまた違ったやり方ですが、ヤタガラスは人を用います。そのため、ヤタガラスを使役する外法使いは全員大量殺人鬼です。1体のヤタガラスを生み出すのに、数人の命を使用するからです。しかも……そのヤタガラスと親しい者たちの」
男はいったんそこで言葉を切った。
視線をハーブティーを持つ手に落とし、何かを思い出すような遠い目をしたあと、思いきるようにため息をつき、言葉をつなぐ。
「ただし、同じヤタガラスを用いれるのは30年がせいぜいと言われています。だんだんと知恵をつけたヤタガラスは力も増し、あっという間に主人の力を追い越して、勝手に動いたり逆らいだすからです。そのため大体20年前後でどの外法使いもヤタガラスを処分します。ですから、古いヤタガラスは存在しません。
そして外法使いがヤタガラスを作成するために行ったのではないかと思われる事件は、数は少ないものの現在もあとを絶ちません」
「そのヤタガラスを倒すにはどうしたらいいんだ?」
フェイミィがしびれを切らして身を乗り出した。
一番聞きたいのはそこで、その製造過程などグロそうな話は知らなくてもいい。
「光輝属性の武器や魔法は効果あるみたいだが、倒せそうにないんだ」
「ヤタガラス自身を攻撃すれば、そうでしょう。あれはただの影でしかないのですから。
ヤタガラスを消滅させる方法は簡単です。主の外法使いが隠し持っている、憑代の頭がい骨を破壊すればいい」
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