リアクション
第12章 パルメーラ・アガスティア
「レーダーに反応。
六時の方向に巨大な物体あり。虚無霊と思われます」
『こちらのレーダーでも補足しました。
二百メートル以内に接近したら、迎撃します』
彼等は、何とかナラカに到着したものの、ウィスタリアの損傷によって、足止めとなっていた。
柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)やアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)に船の修理を任せ、ウィスタリアの艦長であるアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は、レーダーで周囲を索敵する。
反応を、周囲を警戒中のゴスホークに伝えれば、向こうでも同じ反応を捉えていたようだ。
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、いつでも出撃できるよう操縦席に待機し、二人の搭乗するゴスホークは、ウィスタリアの甲板に立っている。
奈落人などの小さい反応は、レーダーが逃すこともあるので、モニターや肉眼での確認も重要だ。
「やれやれ。折角ナラカに着いたというのに、推進装置が壊されるとはの」
「とりあえず、これを最優先に直そう。
他は、移動しながらでも修理できれば」
「そうじゃの」
桂輔の言葉に、アレーティアも同意する。
ウィスタリアだけではなく、ゴスホークの点検、補給も怠るわけにはいかないから、大忙しだ。
ゴスホークは失うわけにいかない貴重な戦力である。
とりあえず、ゴスホークが戦闘を始めたならすぐさまイコンデッキに戻るつもりで、今はウィスタリアの修理だ。
「んー、真司にリング貰って外も出れるようになったし、ちとパルメーラんトコまで行くかー」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ウィスタリアの外に出て、ひとつ伸びをした。
自分では艦の修理には役に立たない。
それならば、修理の完了を待つよりも、一足先に、列車で先行した連中を追いかけようと思ったのだ。
「うん、走って行こう。
縮界を使って超速でぶっとばせば、多分その方が速いしなー」
残る連中にそれを伝える。
「いってらっしゃい」
柚木桂輔は修理の手を休めずにそう言い、「気をつけろよ」と柊真司も言う。
「【鴉】も機動させて行くし、心配すんな」
装備する鬼種特務装束を示してみせながら、唯斗はそう答え、じゃあな、と出て行った。
とはいえ、場所は解らないので、やはり線路沿いに行くことにする。
そして、乗車切符を持っていなかった唯斗は、列車で数日かかる道のりを、最後まで走って菩提樹駅まで到達した。
やがて、ようやくウィスタリアの推進装置の修理が済み、ナラカローカル線の車掌の助言の元、線路沿いに菩提樹駅を目指す。
「調子はどうだ?」
桂輔が、操縦するアルマに連絡を入れて訊ねる。
「航行に問題ありません。
遅れを取り戻す為に、若干速度を上げます。通常航行より、3%加速」
計器を確認しながら、アルマはそう返す。
「了解だ。じゃあこっちは、他を修理に行く。何かあったら連絡をくれ」
「よろしくお願いします」
線路周辺は、不可侵のエリアとなっているらしく、停泊中、何度かあった奈落人からの攻撃が、進行中は激減していた。
奈落人達も、それなりに町などを形成して生活している以上、全くの無秩序というわけでもないらしい。
無論、全くなくなったわけではないのは、やはりここの住人にとって、自分達は格好の獲物なのだろう。
秩序などという言葉とは全く無縁の存在も多そうだし、知能が存在しないと思われる虚無霊の襲撃も、少なくはなったにしろ、全くなくなることもなかった。
(真司、プラズマは無駄弾です)
威嚇射撃代わりのプラズマライフルを連射しながら、真司は丘のような巨大さの虚無霊にレーザービットを放つ。
レーザービットを操作しながら、ヴェルリアの言葉に、真司はそうだった、とライフルを下げた。
プラズマは、虚無霊には効果が薄いことを思い出し、落ち着け、と自身に言い聞かせる。
戦力の殆どが、列車で先行し、また、敵襲が殆どなくなったことで、トゥレンもウィスタリアの修理が終了した時点で先に行ってしまった。残る戦力が、ウィスタリア自身の装備とゴスホークだけとなってしまったことに、多少の焦りがあったのか。
だが、落ち着けば、怖れる程の相手ではない。
此処にくる迄に、このレベルの虚無霊にも幾度となく相手どってきたのだ。
「一気に距離を詰める。牽制頼む」
(了解)
レーザービットの攻撃で怯ませた虚無霊に、パイロキネシスの炎を纏わせたブレードを構え、エナジーバーストの機動力を利用して突っ込む。
突っ込んで来たゴスホークを、巨大な虚無霊は取り込もうとして来た。
『ゴスホークへ通信、援護します!』
ウィスタリアがグラビディキャノンを放つ。
暗黒属性を持つその攻撃は、虚無霊に対して致命的なダメージを与えることはできなかったが、ゴスホークは、同時にショックウエーブによる衝撃を与え、怯んだところへブレードを叩き込んだ。
(虚無霊が撤退します)
「追撃しない。ウィスタリアに帰艦する」
(了解)
虚無霊を退け、ゴスホークは、アレーティアに連絡を入れつつ、ウィスタリアに戻る。
ウィスタリアは再び速度を上げた。
◇ ◇ ◇
菩提樹駅からは、聳え立つナラカの世界樹、アガスティアがよく見える。
アガスティアを見上げる
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に、
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が溜息を吐いた。
「見上げても、降って来たりしないと思うわよ」
「あはは……」
まさかナラカにいるわけがないと思いつつ、ひょっとして行方不明中の
ケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)がアガスティアから木の実よろしく降ってきたりして、などと考えていたことを見透かされて、リカインは誤魔化し笑いをする。
アガスティアの根元には、かつてパルメーラを眠らせた神社が建っていた。
神社の横に、見覚えのある龍がうずくまっている。
トゥレンの龍だ。
出発は自分達より遅かったはずだが、途中列車を追い越して、一足先に到着していたらしい。
外壁に寄りかかって立っていたトゥレンが、ちらりと彼等に視線を寄越す。
その姿を視認しつつ、
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)達は神社に向かった。
「まさか……またここに来るとはな……」
ラルクが感慨を込めて呟いた。
かつて、色々な人の助けを経てパルメーラを此処で眠らせた、その選択は間違っていないと今も信じている。
アクリトもパルメーラもやり直せる。普通の生活に戻れる。
例え今はまだ無理でも、そんな思いを込めて、「おかえり」と言ってやりたい。
その為に、此処に来た。
神社の中に入ると、その中に、ボードのようなものが置かれていた。
タッチパネル形式のそれは、
パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)の「魔道書」だ。
近づくと、フッと電源が入った。
「音声入力モードになっています。パスワードを入力してください」
機械的な口調だったが、パルメーラの声だ。
「アクリト・シーカー」
ラルクが最初にそう言った。
正直全く見当がつかず、パルメーラに関することといえば、
ウゲンか
アクリトしか考え付かなかったので、正解と思っていたわけでもないのだが、駄目元で言ってみる。
エラー音が鳴って、やっぱり違っていたか、と思った。
「なら、『ウゲン・タシガン』だ。
本名は違うが、パルメーラと関わっていたのは、タシガン姓だった頃だからな」
青葉 旭(あおば・あきら)が言う。
これも正直、旭自身は正解とは思っていない。
ただ、パルメーラにその名を聞かせたかった。
ウゲン・タシガン。この名は、パルメーラの罪そのものだ。
予想通りにエラー音が鳴り、旭のパートナー、
山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が
「じゃあ、『アールキング』は?」
と言う。
だがこれにも、エラー音が鳴った。
「うーん、合っているとも思えないけど、『ゾディアック』はどう?」
リカインも言ってみる。
リカインには、特に知りたいことも無いのだが、当たれば儲け、という感じだ。
正解だったら、その後は誰かに任せてしまうつもりでいる。
あの事件があった時は、リカインも蒼空学園所属だった。
だから他人事ではなく大事件だったが、気がつけば、自分も罪にならなかったとはいえ、謀らずも女王殺害未遂犯の幇助的役割を担ってしまったのだ。
人生、何が起きるかわからないわよね、と、つくづく思う。ので、パルメーラを責めるつもりもない。
「アカシックレコード」
リカインのエラー音に、シルフィスティがそう続けて、リカインは少し驚いた。
「……姉さんが、予言に興味があるなんて」
「うるさいわね」
シルフィスティは、ぷいとそっぽを向いたが、その言葉にも、返ってきたのはエラー音だった。