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リアクション
【過去の影を繋いで】
救助班の一行が、洞窟へと足を踏み入れた数分後のことだ。
時を同じくして、洞窟の外で、調査団と共にカモフラージュ役を務めるリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、なんだか前にもこんなことがあったような、と思い起こしながら、シャンバラ側へと残ることとなったディミトリアスのことを脳裏に過ぎらせてため息を吐き出した。
(何と言うか、不憫なのよね……ディミトリアス君)
イルミンスールを襲ったピュグマリオン――エリュシオンからの留学生による誘拐事件は、表向きは無かったことになっている。両国の間に余計な亀裂を入れないために必要な措置だと理解はできなくはないが、事件が終わった直後の、彼の部屋の惨状を思えば、暴れた面々の一人ではあったので、居た堪れない気持ちが湧き上がってきたのだろう。
はあ、と再びため息を吐き出すリカインとは対照的に、彼女の頭で絶賛カツライフ中のシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)は、ご機嫌な様子だった。
先程までピュグマリオンに試みた異文化交流(と言う名の一方的なテレパシー)へに返事をもらえなかったことへのショックに沈んでいたのだが、フェビンナーレやコンナンドと握手――カツラがその髪の毛を動かして握手を求めると言う非常に不可解な光景だった――し、そういった異文化交流に長けた彼ら調査団の経験談を聞くにつれ、そのテンションが上がっていったようだ。
現金な、とは思いつつも、リカイン自身も歌劇のネタになりそうだ、とその話に関心を止められないでいた。
リカイン自身の関わったものも含めて、彼らの訪れた遺跡は変わったものが多く、大体何かしらの事件がセットになっているのだ。彼らを率いるリーダーの性格と性質を考えれば、さもありなんといった所である。何気に語り上手なフェビンナーレの話に、二人して耳を傾けていると、ふと「けど、私達も知らないのは一件あるのよね」と、複雑な顔でコンナンドへ向けるのに、リカインは首を傾げた。そんな彼女へ向けて、フェビンナーレは続ける。
「フレイム・オブ・ゴモラ……あの兵器の調査依頼を受ける何年か前にね。氏無さんから頼まれて、リーダーとツライッツさんだけが、教導団の調査隊に協力しに行ったのよ……あの時は、そんなこともあるのかって気にしてなかったんだけど……」
「この状況じゃあな。なーんか引っかかんだよな……」
コンナンドが追従するのに、リカインも思わず眉を寄せた。
「どういう内容だったかは聞いてないの?」
「……聞いたのは、場所がヒラニプラだったってことと、何かの兵器だったってことぐらいだ。その後、例のフレイム・オブ・ゴモラの調査依頼が来てな。なんつーか……」
気にし過ぎのようでもあるが、いくつかのキーワードが今回の件に符合する以上、無関係とも言い切れない。それなりの付き合いの深さから、二人の言わんとしている事を察して、リカインも難しい顔を浮かべる。
「海中遺跡の件からこっち、リーダーは氏無の旦那に借り出されっぱなしだからな」
全部が繋がっているような気がしてならない、とコンナンドが呟くように言い、リカインも揃って、この場で一番事情を知っていそうなアベルへとちらりと視線を向けた。
が、聞こえていないわけでもないだろうに、アベルの方からは反応はない。その態度に、リカイン達の会話を耳に挟んでいたマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が「そういえば……氏無大尉が、オケアノスに因縁があるのでしたなあ」とわざとらしく呟いた。
「この地で死ぬはずだったとか何とか……死ぬと言えば、ここ最近でオケアノスの騎士が出動し、全滅した……などという事態があったと、小耳に挟んでいるのでありますが」
半ば強引にずいと切り込む物言いで、ちらっと意味深に視線をアベルへ向けながらマリーは続ける。
「留学生の護衛であったはずの騎士が全滅……その上、その亡霊が出たとか。この噂の出所は、オケアノスで間違いはないので?」
そもそも、留学生の護衛に龍騎士がわざわざ複数派遣されること自体が不可解である。先日のヴァジラ誘拐事件の起こったジェルジンスクに派遣された騎士ではないのか、と疑いを持っているのをその言葉の端に感じ「……そこまで知っていらっしゃるなら隠し立てする意味もありませんね」とアベルはため息を吐き出し、一応は声を潜めて説明を始めた。
「龍騎士達が動いたのは、オケアノス滞在中のシャンバラの留学生が誘拐された、と報が入ったためです。ことを荒立たせぬよう『留学生の護衛』として派遣しましたが……結果はご存知の通りです』
全滅の原因は定かではないが、事故ではないのは間違いない。その後目撃された亡霊というのは恐らく、移送中のヴァジラを襲ったという一団だろう、というのがオケアノス――ラヴェルデの見解らしい。
帝国からの留学生の遺体も、シャンバラに襲撃者として現れたというイルミンスールからの報告がある。間違いなく同じ人物が動いているとほぼ確信に近い心境の中、マリーはため息をついた。
「しかし、そういう情報はもう少し早く教えていただきたいですな?」
こちら側も隠していることはあるが、それはそれ、と反応を伺うように視線を細めるマリーに、アベルもため息を吐き出した。
「国家間の無用な争いを避けたいのはお互い様でしょう。それに……この場所をシャンバラの契約者が訪れることを黙認するだけでも、ラヴェルデさまは相当譲歩されていらっしゃるのですよ」
「と言うと?」
「この場所が、帝国でも本来立ち入りを禁じられている遺跡だから、だよね?」
と、カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)がアベルの先手を取るようにマリーの疑問に答えた。屋敷での捜索でマリーにいいところを見せようと張り切ったものの、屋敷自体には特に怪しい点が無かったことで、ちょっとばかりがっかりとしている蘆屋 道満(あしや・どうまん)へと、一瞬自慢げな目線をやったのは気のせいではないだろう。
マリーから聞いた、海へ沈んだという都市の遺跡と殆ど同年代の古いその遺跡が封鎖されたのは、その歴史から考えればつい最近とも言える、数年前の出来事である。
「その理由は――この場所で起こった事件を何処にも漏らさないようにするため、だったと聞いております。ここに足を踏み入れるのを許すと言うことは、その事件が明るみに出ることを……ラヴェルデ様が許容したと言うことです」
「事件……」
もの問いたげな目線に、アベルは苦笑と共に首を振る。
「詳しくを、私の口から申し上げることは出来ません。が……一度、アーグラ様がオケアノスに長く滞在されたことがありました。帝都守護を旨とする第三龍騎士団の長とラヴェルデ様の間に繋がりは何もなかったので、不思議に思ったのを覚えています」
その言葉に、アーグラの失踪を知っているのだと悟り、更に追求するようにじっと視線を送ると、根負けしたようにアベルは目を逸らして息をついた。
「……この件を詳しく知っていらっしゃるのは、当事者であるアーグラ様を除けば、エリュシオンでは当時の選帝神方と皇帝陛下ぐらいだと思います」
「エリュシオンでは……?」
その言い方に引っ掛かりを感じ、鸚鵡返しに問うマリーにアベルは頷く。
「ええ……シャンバラ政府の一部も、この件についてはご存知であると伺っております。この件は両国にとって蓋をしておきたい事……だということでしょう」
「……ですが、最早そういうわけにも行きますまい」
マリーの声が不意に今までと違った芯をもったのに、軽く目を開いたアベルへと言葉は続く。
「今や、この裏に潜む「何者か」が共通の敵なれば、帝国……いえ、オケアノスは共闘できはせぬものですかな?」
一朝一夕に友好的になろう、というのは無理な話なのは互いに判っている。歩みあうにしても限度が有り、国を代表するようなことは言えない。だが、少なくとも、同じ敵を持つ者として、互いに戦うことを、そしてそれを願うことは出来るはずだ。
「共闘……ですか」
呟くアベルの声に、前向きな意思を感じて、マリーは頷きを返したのだった。
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