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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【その後の彼らの物語――彼らの立ち位置】



 クローディス達が去り、氏無が現場監督へ戻ってから暫く。
 現場の作業員に休憩を取らせた氏無は、地下の遺跡の中へと潜っていた。
 そんな氏無を尋ねてきたのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)のパートナーである高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)だ。
「今回は無理を聞いてもらって、申し訳なかったわ」
「実際にボクが何をしたわけじゃあないさ」
 鈿女が言っているのは、遺跡でのしぐれとの決着の際のことだろう。鈿女が僅かに眉根を下げるのに、氏無は笑って肩を竦めた。
「キミの機転のおかげで、壱姫が間に合ってくれたから……ボクも生き延びたわけだしね。寧ろ礼を言うのはボクの方かな」
「そう言ってもらえると助かるわ」
 氏無がいつものようにのんびりと、気負いなく口にしたのに、鈿女はふっと肩の力を抜いたようにして微笑んだ。
「正直、今回の件は色々……賭けだったもの。上手くいくかどうかも含めて」
 そう言った鈿女の横顔、その浮かんでいるものに、氏無は微かに目を細めると「キミは……」と声のトーンを幾らか落とした。
「ちょいとばかり、危うい位置に立っている……自覚はしてるんだろうけどね」
 氏無の指摘に、鈿女はほんの少し、自嘲するように笑みを浮かべた。やはり察されていたのかと言う思い半分、もう半分はいくらかすっきりした、と言うような表情だ。
「大丈夫“理解”はしてるから」
 だから、あなたの敵には回らないと思う――……そう言いかけた、その時だ。鈿女の肩がぐっと引かれたかと思うと、その目を覆うように空の袖がひらめいた、と思った次の瞬間にはそれが裂かれ、代わって鋭い金属音が、火花を散らせる。
「んーっ、惜っしいなあ」
 死角から滑り出るようにして先制したデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が、ちえっと口を尖らせたのに、その刀を自らの爪で受け止めた、氏無のパートナ壱姫が、その赤い唇をにっと笑わせた。
「何が惜しいものか……今のは、コレではのうて、わらわを狙ったのじゃろう? 童」
 その挑発めいた言葉に、デメテールは無邪気に笑みを深めた。
「そうだよ、今度こそ決着つけるからねっ、おばちゃん!」
 そう言って飛び出し、そのスピードに任せて死角から死角へとデメテールは飛び回る。動きづらそうな着物ながら、壱姫の方も爪を閃かせるが、お互いの速度は極端に差は無い。となれば後は、手数と先読みの早さだ。動き回るデメテールに対して、壱姫は受身の態勢をとってカウンターを狙っている。が、翻った爪先は分身を切り、その隙に接近したデメテールの刀が、壱姫の衣を切って、その白い肌の上に赤く筋をつけた。
「……ふん、やってくれるのう」
 そうして、両者が楽しげに激突している中。
「あの子が出てきた、ってことは……やっぱりキミかい」
「ええ、どうもご無沙汰いたしております、氏無大尉……今回の一件は、僕の完敗のようですね」
 氏無が目を眇めた先で、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が何食わぬ顔でにっこりと笑っていた。
「貴方もたまに、御雷並に読みやすい行動とるわね」
 対して、恐らく氏無の元へ来るだろう、と思っていたが、その通り姿を現した十六凪に、鈿女は思わずと言った様子で苦笑を浮かべる。
「十六凪、元気そうね」
「あなたもね」
 こちらもまた、対して驚いた風もなく十六凪は肩を竦めた。恐らく、ここに来ると予想されていたのも何となく把握はしていたのだろう。そのまま視線が言葉を待つ様子なのに、鈿女は続ける。
「用……ってのも無いんだけど……顔を身に来たのかな。弟に説教されてどんな顔してるかと思ったけど……存外さっぱりしてるわね」
 その言葉に、十六凪はその表情を苦笑にして「そうですね」と頷いて視線を氏無に戻しながら、並んだ二人の顔を見比べるようにして肩を竦めた。
「大尉の信じる『絆』の力を侮っていたようです……まさか、ハデス君にまで説教されるとは思いませんでしたがね」
 その時のことを思い出しているのか、苦笑を深める十六凪に、氏無は「あれは傑作だったね」とくつりと喉を笑わせた。からかうような、面白がっているような、それでいてどこか嬉しそうにも見える氏無の笑い方に、十六凪は「まあ、過程はどうあれ、今回の結果は僕の望むものでもありました」と半ば話題を逸らすようにして首を振ると、多少演技かった調子で肩を竦め、意味ありげに目を細めて氏無を見やる。
「しぐれさんという共通の敵の出現により、シャンバラとエリュシオンの友好関係が強化されるという、ね」
 本来なら僕がその立場になるつもりだったのですが、と、不敵な笑みを浮かべる十六凪に「代わりってのは、どうだろうねぇ」と氏無は肩を竦めた。
「あいつは劇薬に過ぎるんだよ。正直、あいつとやりあうよりゃ、キミとやりあってみたかったね」
 しぐれはただ、過去に囚われて前へ進めないまま、その憎悪が全てをひっくり返らせてしまっただけだ。一歩違えれば片方だけを食い散らかす方向に変えることも躊躇わなかっただろう。下手をすれば制御の利かない化け物をもう一つ生み出す嵌めになっていたんだから、と溜息をついて、それよりはキミぐらい物分りがいい奴の方がいいよ、とそう言いながら「しかしまあ」と氏無は呆れたように肩を竦めた。
「よもや、キミが“こちら側”だとは思っても見なかったけどね。キミも大概、捻くれてるねぇ」
 氏無の含む言葉に、十六凪が笑みを深める。と、そこへ「ふふっ」と笑う声が滑り込んだ。鈿女だ。十六凪が疑問の視線を向けると、鈿女はいくらか自嘲を含んだ顔で笑っていた。
「結局、私は「正義」も「悪」もどうでもよくて、「自分の興味のある事だけ」をやってたいだけの人でなしね」
 そう言って、目を瞬かせる十六凪に向けて「だってこの事件…こんなに被害出たのに私は貴方とテーブルゲームしてる感覚だったのよね」と鈿女は肩を竦めた。
「割とまともに世を案じてる貴方より、私の方がアレだった…って思うと笑えてね」
 十六凪が、他の全てを駒とし、その技術の全てを傾けながら、悪の立場で動くことでその理想を果たそうと執心しているのに対して、鈿女はその技術と知恵を「使うこと」に対してしかその情熱が動かない自分の性質を理解していた。流血も厭わない十六凪は確かに「悪」と呼ぶベキかもしれないが、そんなものをどうでもいいと言ってしまえる自分も、大概だ。だがそれを気に止むのを病め「知識的興味が第一の自分」を受け入れ、それを律して行く覚悟を決めた鈿女の顔は、十六凪と同じようにさっぱりとした笑顔を浮かべていた。
 そんな鈿女に目を細める十六凪に「さて、それじゃ」と鈿女は息を吐き出した。
「私はおいとまするわ。氏無さん、お手数だけど後のこいつの相手はお願いね」
 任された氏無の方は肩を竦めるだけで、野暮は言わずにただ手を振る。それに少し笑って、鈿女はくるりと踵を返すと、後ろ手でただひらひらと手を振った。
「それじゃ……次はもっと楽しいゲームにしましょうね、十六凪」
「……そうですね」
 小さく漏れた十六凪の声は聞こえたのかどうか。遠ざかった鈿女の背中に、十六凪は気を取り直すように「そういうわけで」と氏無に向き直るとゆっくりと頭を下げてにっこりと笑う。
「今後も、僕は『世界平和のための必要悪』として皆さんの前に立ち塞がります。その際には……また大尉と会うこともあるでしょう」
「だろうね。キミが「そのための悪」であるなら……「必要になれば」お膳立てぐらいは付き合ってもらおうかな?」
 それは宣言のようであり、或いは協力を求めるようにも聞こえる、奇妙な会話だった。お互いに言いたいことは察している。そういう確信に十六凪は目を細めた。
「世界に平和をもたらすためには、流血は避けられないのです。ねえ、氏無大尉?」
「……そうかもしれない。だけど、それを最小限にするのはボクのお仕事さ」
 氏無へ向けて言いながら、内心では理想主義を貫くハデスへの、現実主義者な十六凪からの反論のようでもあるその言葉に、ちりりと氏無の言葉が刃物のような気配を纏う。頃合か、と十六凪が手を打つのに併せて、その横でずっと戦闘を継続していたデメテールがばっと壱姫から距離を取って十六凪の元へ飛び寄った。
「ちぇーっ、時間切れかー」
 そう言って口を尖らせるデメテールも、そして壱姫も、見ればお互いきり傷だらけで、乱れた服から覗く肌が中々に扇情的である。役どころが違うな、と氏無と妙なところで感想を一致させながら、十六凪は芝居がかった様子で頭を下げて見せた。
「再戦を楽しみにしていますよ」
 そうして、残された氏無が「やれやれ」と左手で器用に煙草を咥え、その煙が揺れる中で、悠々と二人の姿は闇に溶けて遠ざかって行ったのだった。



 ――そして。

「いやー、最後にいっぱい歌えて満足♪ あたしの歌声に皆メロメロだったわね!」
「……そうだな」

 明るい調子で言うラブ・リトル(らぶ・りとる)に、馬 超(ば・ちょう)は仏頂面のままで応じた。別に不機嫌なわけではなく、これが彼の普段どおりなので、ラブも気にした風もない。氏無の所へ向かった鈿女を待つ間、先日の事件の折に世話になったスカーレッドのもとを訪れていたハーティオン達だったが、彼女も忙しい身であったからか、幾らか言葉を交わした程度で、感謝するつもりが結果的にスカーレッドに「あの時は世話になったわね」と感謝を返されていたところ。
「おお、鈿女博士」
 ハーティオンは、こちらへ戻ってくる鈿女に気付いて手を上げた。続けて、そんなコアの仕草で気付いたラブが「あー、やっと帰ってきた!」と頬を膨れさせる。
「ちょっと鈿女、遅いじゃない! あたしを待たせるって何事よー!」
 そんなラブに「ごめんなさい、色々あってね」と鈿女が苦笑する中、ハーティオンが首を傾げた。
「それほど待ってはいないぞ……どうした?」
 どうも、戻って来た彼女の表情が、行きしと違って見えるのだ。鈿女の方もそんなハーティオンの視線に気付いた様子で少し笑う。もし、自分が彼のパートナーにならなかったら。ラブや超のような仲間に囲まれていなかったら。もしかすると十六凪と立場が逆だったかもしれず、或いは本当にただの「悪」となっていたかもしれない。自分の危うい足元は、彼らによって守られているのだと思うと、その顔は自然、笑みに緩んだ。
「……あなた達のおかげね」
「……そうか」
 呟くような声に、仲間達の中で反応を示したのは超だ。彼女の中の危うさを、唯一気付いていた超は、はるかな過去、大切な家族の命を顧みず望むままに覇王「曹操」に抗い続けた凶刃の様な生き方をしていたかつての自分の姿と、鈿女の他を省みない好奇心の強さとを、無意識に重ねていたのだろう。だが、鈿女の方は何かを振り切ることが出来たらしい、とその表情が僅かに緩む。
 対して、不思議そうに首を傾げたラブは「……なんだか良く判んないけど、まぁあたしに感謝するその心がけは大事よね♪」ところりと笑むと、鈿女に向かって両手を差し出した。 
「お礼はやっぱ言葉だけじゃなくて形で……あいたっ! ちょっと! なんで小突くのよー!」
 そんなラブの頭と背中を、超と共にちょんと小突きながら、ハーティオンは「私も実のところ、何の話かよく判らんが……」と口を開いた。
「私も鈿女博士の知識と手腕にとても助けられている。こちらこそ、本当にありがたい事だ」
 そう言って、いつも通りの爽やかな笑みの浮かぶのに、鈿女は何かを堪えるようにして笑ったが、それに気付いたのもやはり、超ぐらいのものだ。そんな一同を見回して、ハーティオンは「さあ」と気合の入った声で前を向いた。
「どこかで誰かが私達の助けを待っている。行くとしよう! 皆!」
 その声に、応える声は各々好き勝手のてんでばらばら、いまいち揃いが悪かったが、歩いていくその姿は綺麗に並んで、仲間同士の笑みが包んでいるのだった。