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リアクション
「ウァール!」
屋台で買った焼きたてのビスコッティを食べ歩きしながらウァールがツク・ヨ・ミと一緒にパレードのあとを歩いていると、いきなり彼を呼ぶ声がした。
「ん?」
その聞き覚えのある声に立ち止まり、視界を制限する邪魔な仮装用マスクを押し上げてきょろきょろと辺りを見回す。流れる人波を強引に掻き分けて横断してきたのは、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)だった。
それと知った瞬間、パッとウァールの表情が輝く。
「フェイミィ! フェイミィも来てたのか!」
「ああ。オレはおまえたちも来てるだろうなとは思ってたが、どの島かまでは想像がつかなくてな。壱ノ島だったんだな」
「うん。一応全部の島、観光して回ろうかって話してたんだけど……」
ちろ、とウァールの目がツク・ヨ・ミの方に流れる。
「だめよ。そんなことしてたら学校を休むことになるじゃない」
「というわけ。おれはべつに、2〜3日くらい休んだってどうってことないと思うんだけど。どうせ下から数えた方が早いのは変わらないし」
「だーめ。全島回って2〜3日ですむはずないでしょ。テスト期間に入っちゃうじゃない。ウァールは理数以外いつも赤点すれすれなんだから、勉強しなかったら今度こそ放課後補習になっちゃうわよ。そうなったら工房の親方さんにだって出禁くらっちゃうんだから」
ほらこれ、と言わんばかりに両肩をすくめて見せるウァールに、フェイミィはわははと笑う。
「学生は勉強が一番だからな。
にしても、さっそく尻に敷かれてんなぁ、おまえ」
「尻って……」ちら、とツク・ヨ・ミを見て「おれの周りにいる女って、こんなのばっかだよ。シラといい」
もちろんその中にはフェイミィも入っている、と暗に言うようにその目をフェイミィへと戻した。
「シラって?」
「村の女の子。すっごくかっこいいのよ。女の子グループのリーダーなの」
答えたのはツク・ヨ・ミだった。
「あ、そういえばリネンたちは? フェイミィだけ?」
「いや? あいつらもいるぜ」
立てた親指で今自分が出てきた方の人波を指す。フェイミィよりずっと穏やかに、人波をすり抜けるようにしてこちらへ来ようとしているリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)とユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)の姿がそこにあった。
「リネン! ユーベルも!」
はしゃいで手を振るウァールの横で、ツク・ヨ・ミは軽く頭を下げる。
「……こんばんは」
「こんばんは、ツク・ヨ・ミ」
ツク・ヨ・ミの礼儀正しさに、ほほ笑みながらリネンが返す。
「ひさしぶり。2人とも元気そうね。ウァール、体の方はもう大丈夫?」
「あー、うん。しつこく黒あざが残ってたけど、もう消えたよ」
「そう。なら良かった」
2人のあいさつが終わるのを待って、肩越しにユーベルが2人に向かって話しかけた。
「おふたりともごきげんよう。観光ですか?」
「うん! ミツ・ハさんに誘われたんだ。ユーベルたちも?」
「ええ。あたしたちも観光ですわ。やっと、人目をはばからずにすむようになりましたからね」
「だな。あのころは、どうなることかと思ったけど……。
あ、リネン、それもしかして盗賊?」
「分かる?」
リネンは一歩後ろに下がるとマントをひるがえして一回転して全体を見せる。
「でもただの盗賊じゃないわよ。本物の義賊ロビン・フット」
腰の飾り剣を抜き、それらしく剣をふるっているのを見て「かっこいい、かっこいい」とウァールとツク・ヨ・ミが手をたたく。そんな様子をユーベルはほほ笑ましく見守る。
「なあウァール」
ツク・ヨ・ミとリネンたちがこれからについて話しているとき、こそっとフェイミィがウァールの肩を掴んで話しかけた。そのまま、さりげなく少し離れたとこまで移動する。
「なに? フェイミィ」
「時間ないからな、腹割って話そう。
おまえとツク・ヨ・ミはどうなってんだ?」
「どうって?」
「彼女を自分の村へ連れ帰ったんだろ? それからだよ」
「ああ。最初は村の人もツク・ヨ・ミたちもとまどってたみたいだったな。浮遊島群から来た人たちだからって遠巻きにして、遠くから見に来る人たちもいたりして。でも、もう落ち着いたよ。村の人たちも協力して、そういう手合いは村に来ても彼女たちに近づけないようにしてるみたいだ。学校の女の子たちともうまくやってるみたいだし。シアなんか、もう親友気取り――」
「そうじゃなくて」
フェイミィはちょっとイラついてるようだった。だがウァールはなぜか分からない。
見返してくるウァールが本気で分かっていないのを見て、フェイミィは深々とため息をついた。
「ひとつ忠告しとくぞ。あまり自分を誤魔化すなよ? 『妹みたいなもんだし…』『責任感で…』とか言ってる間に失くしちゃうものもあるんだぜ?」
「? うん」
やっぱり要領を得ていない顔で、それでもとりあえずうなずいて見せるウァールにひとまずは満足して、フェイミィはリネンとユーベルの元へ戻った。
「じゃあな、2人とも」
「今度はシャンバラで会いましょう。ぜひツァンダへ来てちょうだい、ツク・ヨ・ミ。案内するわ」
「ありがとうございます、リネンさん」
「そのときは結婚のご報告でもいいですから、ね?」
いたずらっぽく片目を閉じて言ってくるユーベルに、ウァールもツク・ヨ・ミも冗談ととって笑った。ツク・ヨ・ミはともかく、ウァールはまだ14だ。冗談以外にとりようがない。
5人は、できるだけ近いうちにまた会おうと約束して別れたのだった。
「ツァンダってどんなとこ?」
リネンたちと別れてまた歩きだしたツク・ヨ・ミは、好奇心いっぱいの目をウァールへ向ける。
「んー。おれも最後に行ったのは2年くらい前なんだよな。けど、伍ノ島みたいなとこだったと思う」
「へえ」
「村から一番近いのはイルミンスールだな。今度みんなで行ってみる? 朝早く出たら日帰りできる距離だし、あそこへは親方たちの言いつけでちょくちょく行くから案内できるよ」
「ええ。行ってみたいわ」
そのとき、またもやウァールを呼ぶ声がした。
辺りを見回したけれど、それらしくこちらを見ている者はいない。聞き間違いかと思いかけたとき。
「ウァール、僕でふよー!」
という声がはっきりと聞こえて、ウァールはようやく声の主がリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)だと気がついた。
「リイムか?」
気がついたものの、リイムの姿はどこにも見えない。
「あそこじゃないかしら?」
きょろきょろ見渡すウァールの袖をツク・ヨ・ミが引っ張って、向かい側の歩道の人だかりを指で教えた。
てっきり露天商が店を出していて、その商品に人が集まっているのだと思ってスルーしていたのだが、よくよく目をこらすと、人と人の合間にたしかにリイムらしき顔があって、こちらをまっすぐ見ている。
「リイム!」
道を渡り、ウァールとツク・ヨ・ミはそちらへ駆け寄った。
「ひさしぶりだな、おまえも来て――ぶっ」
謝罪を口にしながら人をかき分けるようにして一番前に出たウァールは、そこにいるリイムの姿を目にした瞬間思わず吹き出す。
「ウァール、失礼よ」
体が重なって見えないところでツク・ヨ・ミがウァールを肘でついたが、内心はどちらかというとウァールに同意していた。
今のリイムはネフェルティティのティアラと天翔ける月の女神の衣をまとっていた。いずれも女性物だ。駄目押しのように、六熾翼を背中につけている。
「ええと……仮装、なんだよな?」
仮装パーティーだし。
しかしまさか女装しているとは思わなかったと、ウァールはあらためて頭のムラサキツメクサの先端から月の女神の衣の裾までを見て――やっぱりこらえきれないと吹き出した。
「おまえ、なんって格好してんだよ!」
うわははははははははははははははは!
ツク・ヨ・ミが「ウァール!」としかりつけるが、スイッチが入ってしまったのかウァールの笑いは止まらず腹を抱えて笑っている。
それを見て、リイムはむーっと眉間に眉を寄せた。
振り返り、そこにいる十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)に向かって叫ぶ。
「リーダー! リーダーのせいでふよ! やっぱりおかしいんでふよ、この格好!」
服を引っ張って主張する。
リイムとて、好きで女装しているわけではなかった。すべてはリイム・プロデューサーを自負する宵一が仕掛けた『リイムを浮遊島群連合マスコットキャラクターに!』という作戦なのだ。
その第一歩として、人通りの多い壱ノ島の大通りでこうしてリイムを売り出しているのだった。
無理やりこんな格好をさせられて、さらにはもふもふ気分を使い、人前に出てパフォーマンスをするというのにリイムが耐えているのは、これを計画したのがひとえに宵一だからこそだが、ウァールにこういう反応をされては到底我慢しきれない。
しかし当の宵一は
「わー、怒ってるリイムもかわいーなあ」
などとつぶやいてる始末だ。完全に愛情で目がくらんでいる。
しまりのないデレデレ顔に、いくら腹を立てても無駄と、リイムは深々とため息をつく。
公平を期して表現すれば、その格好をしたリイムは本当に愛らしかった。周囲に若者――圧倒的に女子――が群がっているのも、無理からぬ話だ。もともとふわふわもこもこの毛並みをした身長40センチしかない生き物というのは猫や小型犬と同じようなもの。抱っこするのに最適の大きさで、そりゃもう女の子たちがこぞって抱きたがるのは間違いない。
この人だかりからして、宵一が考えた『愛らしいリイムを抱っこして記念撮影をすることで、親密度・知名度を爆上げする』計画もあながちまとはずれというわけではないだろう。
ただ、ウァールは剣をとって雄々しく戦うリイムをずっと見てきていて、愛くるしいだけのキャラクターではないことを知っているため、どうしても今のかわいらしさを前面に押し出した姿には違和感があるのだった。
「なあ、ウァールたちもそう思うだろ? このリイムの服装を選ぶのには大分苦労したが、その甲斐あって、可愛さはいつも以上だ。
もうさ、この可愛さって天使だよね! そのリイムを誰でも自由にもふもふできて、しかも一緒に記念写真を撮れるだなんて! これ以上のサービスはないな!」
まくしたててくる宵一のあきらかに興奮した様子にウァールはどう返答すればいいか分からず、「あー」とか「えーと」とかあいまいなあいづちを打ちつつ、そろそろと後ろへ下がる。
リイムが助け手を出した。
「それで、ウァールたちは何をしているでふか? パレードでふ?」
「ん? いや、パレードはもう見終わったから、屋台でも見てぶらつこうかと。おれ、トトリなくしちゃっただろ?」
赤い翼に歯車のマークが入ったあれは、村のゲンじぃからのもらい物だった。あの状況ではどうしようもなかったとはいえ、やっぱり壊したのは気が引ける。それに、ウァールにも愛着が生まれていた。
「似たようなのないかな、って」
「そうでふか。じゃあ僕も一緒に探すでふよ」
「ほんとか?」
「えっ?」
驚いたのは宵一だった。
「しかしリイム――」
「休憩でふ」じろり。宵一を振り返ってにらむ。「昼からずっと休みなしでふからね。そろそろ休憩もらえないと、騒ぎ出すでふよ」
「それはそれでかわ――」
じろり。
「わ、分かった分かったっ。……すぐに帰ってくるんだぞ」
「さあ行くでふよ」
まだ何かぶつぶつ言っている宵一――もふもふ=平和の象徴とか、ミツ・ハさんがどうのとか――を置いて、リイムはさっさとウァールと一緒に買い物へ出る。地上から来た人たち用の土産物を扱う屋台や露天商も多く、トトリを扱っている店は多かった。なかにはトトリを専門に扱っている店もあって、店先に色とりどりのトトリをずらりと吊っている。
「やっぱり赤でふか?」
「うん。赤で、白い歯車模様があったら最高なんだけど」
「ウァール。それもだけど、みんなへのお土産も忘れちゃだめよ?」
羽がたたまれたトトリを順に1つ1つ見ていくウァールに向けて、ツク・ヨ・ミが釘を刺す。
「特にシラが何て言ってたか、覚えてる?」
「ガラス細工のペンダントだろ。分かってるって」
だから壱ノ島にした、というのも実はあった。壱ノ島はガラス製品が名産だから。
「ガラスならここにもあるでふよ」
棚に並んだ商品をリイムが指差して教える。
「え? どれどれ?
あいつ、大きさや色にまで細かく注文つけてきたから、もう大変でさぁ」
リイムを相手に愚痴りつつも、植物や波をモチーフにした美しい銀線で囲まれた色ガラスのペンダントをじっくり物色するウァールの姿に、ツク・ヨ・ミは口元をほころばせる。
ウァールとシラはいつもこんな感じで、毎日なんやかんやと言い合いばかりしているけれど、互いを認め合っているのは傍目にもあきらかだった。村を出発間際、この土産物についてもひと悶着あったのだが、なんだかんだ言いつつもシラのためにと彼女に似合う物を考えて選んでいるウァールを見るのはうれしい。そして……少しだけ、彼女がうらやましかった。
こんなふうに、自分のことを思いながら選ばれた物をもらえるシラは、なんて幸せなんだろう……。
(いつかわたしにもそういう人ができるのかしら?)
浮かんできた面影は、最後に別れたときのナ・ムチだった。
暗い目をして彼女を見つめ、抱き締めて、振り向くことなく去って行った人。
あれからずっと気にかかっている。
(どうして彼はあんなことをしたのかしら……)
「ナ・ムチ」
「ええっ!?」
胸の中を突然言い当てられてびっくりしたツク・ヨ・ミは、思わず大声を出してしまった。声をかけたウァールの方も彼女の発した声にびっくりして、言葉をそこで止めてしまっている。
「な、何?」
「あ、うん。
ほら、風森さんから伝言受けてるだろ。あれからナ・ムチと連絡取った?」
「……まだ」
ホテルに着いてから、1度ホテルの通信機を借りて連絡を取ろうとしたのだけれど、残念ながらナ・ムチは外出中だった。「伝言を承りましょうか?」とオペレーターが気を利かせて言ってくれたが、またかけ直すから、と切ったのだった。
「お祭り中だから……」
キ・サカと一緒かもしれない、というのが浮かんだ。2人はよく一緒にいるみたいだから。きっとお祭りにも、2人で出かけているのだろう。
婚約発表が間近という、ミツ・ハから聞いたうわさがよみがえる。キ・サカがナ・ムチに夢中だというのは昔から、館のメイドの間でも公然とささやかれていた。だから、あり得ない話じゃない。キ・サカはとっても美人で魅力的だし。
ナ・ムチはあんなふうに、キ・サカも抱き締めるのかな……。
そう思うとなぜか胸が重くなって。あまり考えないようにしていたことだった。
思い出した今も、なんだかもやもやする。
「もうさ、直接伝えに行ってきたら?」
カフェに設置されている公衆通信機を借りてあらためて連絡を取ろうとしたが、やっぱりナ・ムチは不在とのことで通話機を戻したツク・ヨ・ミに、ウァールが提案する。
「明日にはおれたちも帰るんだし。あいつ、役職ついて忙しいみたいだから、そうでもしないとたぶん捕まえられないよ」
「え? でも」
「おれならリイムがいるし。宵一さんもいるから」
「そうでふよ」
話が見えないまま、リイムはウァールから合図のような目配せを受けて同意した。
「なっ。
だからツク・ヨ・ミは行ってきていいよ。船は無理だろうけど、今なら橋を使った陸路の最終便に乗れるはずだ」
ウァールからの提案に、ツク・ヨ・ミの心はあきらかにぐらついていた。
ナ・ムチに会いに行くなんて、今まで考えたこともなかったけれど……。
「……じゃあ、行ってくるわね。たぶん、戻るのは夜中になると思う」
「向こうで泊まって、朝戻ってくればいいよ」
「でもそれだと――」
「夜中に1人で戻る方が危険だし、おれも心配だから」
「じゃあ、明日の船の時間までには必ず戻ってくるから」
「うん」
「リイム、ウァールのことよろしくね」
「任せるでふよ。行ってらっしゃいでふ」
ツク・ヨ・ミは笑顔でその場を離れ、乗合馬車の駅へと向かう。
見送るウァールのやりきって得意げな横顔を見上げて、リイムは内心思った。
(他人のことならこんなに察しがいいのに、どうして自分のことだと鈍感なんでふかねえ?)
「ん? 何か言ったか? リイム」
「なんでもないでふ。それより、このペンダントでいいんでふか?」
「お、そうだな」
リイムの持ち上げたペンダントトップに、ウァールは再びシアへの土産物選びに戻ったのだった。
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