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第1章 集いし宿命


 浮遊大陸の玄関口となる大都市、空京では、この週末にパラミタ出現十周年記念祭が開かれる。
 その開催に合わせるように、各国大使館やメディア、各旅行代理店へ、シャンバラ建国に反対するテロ組織鏖殺寺院から警告とおぼしきメールが届いた。
 送り主は、鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイ
 メールの内容は、次のようなものだった。
「シャンバラ復活をたくらみ、浮遊大陸にあがりこむ不心得者には、罰をくださなければなりません。我が身が惜しいならば、この週末は空京には立ち入らないことです」
 このメールには、鏖殺寺院が以前起こしたテロの現場写真が添付されており、ニセ者やイタズラではないようだ。

 これを知った、蒼空学園のリコこと高根沢理子(たかねざわ・りこ)
「十周年記念祭のテロを食い止めて、あのムカつく包帯キザ男をギャフンと言わせるんだから!」
 と意気をあげた。
 彼女は先日、魔剣と恐れられる斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンの確保に向かったのだが、鏖殺寺院の陰謀か、単に本人の不注意か、魔剣の主となってしまったのだ。
 そのウップン晴らしと、周囲からの疑いを晴らすため、リコはテロを止めようと考えている。
 彼女のパートナー、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)は、学生たちで独自に空京を警備する日程をまとめた。好奇心旺盛でお祭り好きなリコを満足させる、空京の観光もしつつテロを警備する盛りだくさんなスケジュールである。
 リコは、空京で行われるパラミタ出現十周年記念祭をテロから守るため、仲間を募るのだった。


 そして、空京で祭が開かれる週末がやってくる。
 対テロ警備を行なう有志生徒の集合場所は、空京駅近くの公園だった。
「駅警備組は、携帯番号とメアド交換よろしくね〜!
 あと、空京駅の地図も用意したから、皆、持ってって」
 ウィザード生琉里一葉(ふるさと・いちは)とソルジャー山田一(やまだ・はじめ)が携帯電話片手に、駅の見取り図のコピーを配ってまわる。
 一般の旅客が使う地図ではない。一葉が駅員に警備の目的を話して入手した、従業員用の通路や出入口まで詳細に描かれた地図だ。
 一方で、働くのが嫌いな山田はコピーを配りつつ
(今日はコピーを配って終わりならいいのに……)
 などと思っている。
 公園に集まった生徒たちは、そこかしこで自己紹介や携帯番号とアドレス交換の赤外線通信に忙しい。
 巨漢のソルジャーラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、人ごみの中に見覚えのある顔を見つける。
「おお!? もしかしてベアトか? なっつー!」
 どこかで聞いたような声に、凛々しい女性ナイトベアトリス・ベルリオーズ(べあとりす・べるりおーず)が振り返り、ラルクのヒゲづらに気づく。
「よう、久しぶり」
 二人は幼馴染だった。ラルクは再会したベアトリスを見て思う。
(なんつーか色っぽくなったなー、こいつ。
 まぁ、厳しい雰囲気は変わってねぇが)
 一方のベアトリスは
(久しく見ない間にまた老けたな、コイツ……)
 などと思っている。事実、ラルクは彼女より十歳以上も年長に見えていた。

 セイバー那木照火(なぎ・しょうか)は、番号交換の前にリコに握手を求めた。
「同じ学校だけど、こうして話すのは初めてだね。僕は那木 照火。よろしくね」
「うん、よろしくっ! あたしはリコよ」
 照火のパートナー那木照日(なぎ・てるひ)も挨拶する。
「私は照日。剣の花嫁だよ!」
「あれ? 双子かと思った」
 照火と照日は、まるで双子のようによく似ている。
 一葉が、皆が挨拶や連絡先の交換を済ませたのを見計らって呼びかけた。
「みんな、そろそろ空京駅に向かうよー! 新幹線の時間は決まってるんだから、ぐずぐずしなーい」
 一行は駅に向けて出発した。他に、連絡先交換を済ませて、すぐに別の警備地点へ向かう生徒もいる。

「あーッ! あれは?!」
 駅への道。突然リコが大声をあげて、走り出す。
 その先にあるのは、聖アトラーテ病院。空京市立病院に比べると規模は小さいが、最先端の医療機器をそろえた小綺麗な病院である。
 リコは生けガキを飛び越し、病院の庭に勢いよく転がりこんだ。
 ベンチに座ってタバコをふかしていた蒼空学園教師砕音アントゥルース(さいおん・‐)が「うわっ?!」と声をあげる。
 リコはスカートのほこりを払うと、精一杯の猫かぶり声で彼に言った。
「先生ぇ、こんな所で会えるなんて奇遇ですねえ」
 リコの勢いにテロリストでも現れたのかと、後に続いて走ってきた生徒たちが、つんのめる。
 彼女が砕音にあこがれを抱いている事は、その友人の間では知られていた。
 砕音の担当教科は、普通科目は地理、冒険系授業ではトラップ設置及び解除である。リコはセイバーながら、彼目当てに罠の実習に参加するほどだ。
「た……高根沢か。辻斬りでも襲ってきたのかと思った……」
 砕音は唖然としたまま、ベンチにへたりこんでいた。
 優しく、あまり生徒に厳しい事を言わない彼は、きりっとしていればハンサムの若い男性教師ということもあり、よく女生徒にからかわれている。
 また黒髪の容貌から、よく日本人だと間違われるが、実際は英国系アメリカ人と日本人のハーフで、国籍はアメリカ合衆国にある。
 よく見れば琥珀色の瞳や、日に焼けていない服の下の肌は、日本人にしては色素が薄い。
 気を取り直した照日と照火が、リコに注意する。
「もう! 一人で走ってっちゃ駄目だよ」
「今は団体行動してるんだから、皆に一言言ってから動かないとね?」
 リコは「ごめーん」と謝るものの、意識は砕音に向かっている。
「先生もお祭りに来たの? よかったら、そのう、あ、あたしたちといいい一緒にぃ」
「いや、今は病院の待ち時間なんだ」
「ああ、誰かのお見舞いに来たんだ?」
 リコの何気ない言葉に、砕音はわずかに躊躇する。
「……うん。まあ、そんなところ」
 一葉がリコたちを、せかしにかかる。
「ほら、先生ナンパしてないで、もう駅に行こっ」
「あうー」
 リコがすごすごと空京駅方面に向かおうとすると、砕音が止めた。
「ごめん。ちょっといいかな? 高根沢だけじゃなく、皆にも言っておきたいんだけど……。
 魔剣確保とか、テロを防ぐって意気ごむのも分かるけど。冒険の一番の成果は、参加した生徒が皆、無事にそれぞれの学校に戻ることだからな。
 あまり無茶はするんじゃないぞ」
 真剣な眼差しで言う砕音に、リコは目がハートマークになってしまう。
「や〜ん、砕音先生ったら、なぁんてイイ人なの!
 分かりましたッ! あたし、先生のために鏖殺寺院のテロリストどもをギッタギタのボッコボコにしてみせるから!!」
 リコはあさっての方角を見て、拳を固める。
「……いや、あの……高根沢? 俺の話、聞いてたのかな……?」
 聞いてはいたが、理解してはいないようだ。それを察して照火が言う。
「後で、機会を見て言っておくよ、先生」
「そうか、頼んだ……」
 一気に疲れた様子の砕音を残し、生徒たちは改めて空京駅へと向かった。

 砕音は、タバコをもう一服すると病院内に戻る。休日のために人は多く、待合用のイスもすべて埋まっていた。
 やがて名前を呼ばれて彼が受付に行くと、薬剤師が何種類もの薬を並べて言う。
「一ヶ月もタシガンに行くということで、特別に多めに出しておきましたからね。
 こちらがいつもの頭痛薬、睡眠薬。こちらは血を増やす薬、貧血の症状を緩和する薬、抗生物質。薬の量が増えたので、これが胃を保護する薬。
 それから、タバコはなるべく控えてくださいよ」
 砕音は生返事で薬を受け取る。すでに一ヶ月分のタバコを買いだめしてあるとは、ちょっと言えなかった。
 彼は、蒼空学園校長の決定により、タシガンにある薔薇の学舎に一ヶ月間の出向が決まったのだ。そのために持病の薬とタバコの調達も兼ねて、空京を訪れたのだった。