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願いを還す星祭

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願いを還す星祭

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星の祭 昼下がり〜昼過ぎ 「嵐の前の天気雨」

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室  昼下がり

 エリザベートと盤上競技を楽しむ歩く百科事典がいた。

 エリザベート・ワルプルギスが駒から手を離そうと――。
「本当にそれでよろしいのですか?」
 白沢 鵤(しらさわ・いかる)の質問にエリザベートは悔しそうに唇を噛む。エリザベートもこの手が苦し紛れの一手だと解っているのだ。しかし、他の手が思いつかない。
「よ、よいのですぅ!」
「そうですか」
 鵤は歩を鋭く打ち込む。容赦がない。これで形成は完全に決まった。エリザベートの王に逃げ道は――。



 魂と魔力を失った魔法使いと魂と魔力を奪い復活した魔女がいた

「エリザベート様、お茶の時間ですよ〜」
 校長室の扉が勢いよく開け放たれる。
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)――メイド服を着こなした二人がスカートをひらめかせ飛び込んできた。
「な……」
 瓜二つのナナとズィーベンに鵤が気を取られた瞬間、エリザベートの手が動いた。
「お、おどろかせるなですぅ! おどろいて手が滑ったですぅ!」
 盤上の駒が吹き飛んだ。――が、鵤は余裕の溜息をつく。
「それなら仕方ありませんね」



 ナナとズィーベンがせっせとお茶会の用意をしていると、ノックの音が響いた。
「どうぞ、ですぅ〜」
 校長室の扉が今度は静かに開かれ――数人の生徒が順に入ってきた。

「はじめまして、私は蒼空学園の――」
「カエレ!」
 エリザベートは最後まで聞かずにイーオン・アルカヌムを一蹴する。アルゲオ・メルムはエリザベートの礼を失する態度に不機嫌そうに表情を曇らせる。
「んなっ! せ、せめて名乗らせてください!」
「蒼空学園の制服は好きじゃないんですぅ! ――次ですぅ!」

 しかし、エリザベートの前に出てきたのは、またしても――。
「蒼空学園新聞部の御影 葵と申します! エリザベート校長に――」
「また蒼空学園ですかぁ!? 防衛魔法は一体どうなってるのですぅ!?」
 エリザベートのストレスが頂点に達し爆発しようとした瞬間――エリザベートの口に一粒の白い何かが放り込まれた。
「ん、んぅ!? これは――おいしいですぅ!」
「ミルクキャンディです。ミルキーウェイ――天の川、七夕に因んでつくってみました。あ、まだたくさんありますよ」
 姫神 司とグレッグ・マーセラスの手土産に瞳を輝かせるエリザベート――ナナはタイミングをこの逃さない。
「シャンバラ山羊のミルクアイスです。エリザベート様もきっと満足されると思いますわ」



 満面の笑みを浮かべるエリザベートに司とグレッグはあらためて挨拶をする。
「わたくしは姫神 司――」
「グレッグ・マーセラスです」
「わたくしたちは――」
「それでぇ、あなたはぁ?」
 エリザベートは赤い瞳が気になったのか司の言葉を遮り、腕を組み壁に寄り掛かる吸血鬼に言葉をかける。
「わたくしはメニエス・レイン。エリザベート様の見事な魔法に感服いたし、お話を賜りたく参上致しました」

 チャンスがあればヤっておく女好きがいた。

「エリザベート様は相変わらず美しいですね。おっとつい本音が――」
 髪を直したり、腕を組み直したり、ターンを決めたり、自己主張が激しい男が痺れを切らして喋り出す。
「エリザベート様に私の推論を聞いて頂きたく思いまして参った次第です。ついでに私の名前も覚えてください。譲葉 大和(ゆずりは・やまと)です。譲は譲り合いの譲、葉は――」
「あえて無視していたのに、勝手に喋りだすなですぅ〜」

 儀式魔術学科の講師がいた。

 どこか冷たい雰囲気の男が最後に名乗る。
「私も自己紹介しておきましょう。アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)です。儀式魔術学科の講師をしております」
「知っているですぅ。講義はどうしたですぅ!? 仕事するですぅ!」
「エリザベート様のおかげで講義どころではなくなってしまいましたよ」
「エリザベート様、一体何をなさったんですか?」
 魔法の竹のことを知らない鵤はどうしてこんな状況になっているのか全くつかめない。
「ふむ――」
 エリザベートが何か言おうとした瞬間――。

 睡魔に取り憑かれた少年がいた。
 
「僕は関貫 円(かんぬき・まどか)です……すぅ……」
 誰かの声が聞こえた。
 一同が声に振り向くとソファの端に女の子のような男の子が座っていた。誰も気付かなかった、気付けなかった。 
「あ、僕にもお茶……頂けますか」
 ナナは動じずに笑顔で円に紅茶を差し出す。
「ありがとう。ん、あたたかい……」
 円に注目が集まる隙にズィーベンは校長室の扉に近付いていく。これ以上、人が増えると静かに話ができないというナナの意向だ。
 ナナが目配せをするとズィーベンは小さく頷く。
 ギャザリングヘクス――ズィーベンはティーポッドを魔女の釜に見立て増幅させた魔力を扉の外に放出した。

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室前廊下 昼下がり

「岩造様!」
「ちぃっ!」
 フェイト・シュタールの声に松平 岩造はバイクを飛び降りる。その直後――廊下を雷の矢が降り注いだ。
「フェイト無事か!?」
「はい。ですがバイクが――」
 乗り捨てられ壁に激突した軍用バイクは煙を吐き出し沈黙している。
「お前が無事ならいい。しかし――」
「エリザベートは私に会いたくないらしいな!」
 魔法陣が一面の壁に浮かび上がる。無数の光球が召還され岩造とフェイトを取り囲む。



「な、なんですかこれは?」
 神楽坂 有栖は声を震わせる。
「どうやらエリザベート様に会うどころではないようですね」
 有栖の問いかけにミルフィ・ガレットは冷静に答える。
有栖とミルフィの前方の廊下でシャンバラ教導団の軍服を身に纏った中年とツインテールの美しい僧侶が激しい戦闘を繰り広げていた。
「ミルフィ! 危ない」
 光球が放った衝撃波に弾き飛ばされたフェイトをミルフィが抱き止める。
「大丈夫です。お嬢様」
「も、申し訳ありません」
 フェイトは立ち上がるとミルフィに頭を下げる。
「一体、どうなっているのですか?」
「わたくしにも――校長室に向かっていたのですが、突然、襲われて――」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
 岩造が咆哮を上げる。ボロボロになりながらも戦い続ける岩造はただ雄雄しかった。所々破れた軍服の隙間からは筋肉質な身体が垣間見え染み付きそうな漢臭さが周囲に充満する。
 有栖とミルフィに一礼するとフェイトは再び岩造の援護に回る。
「どうなさいますか? お嬢様」
「う、うーん」
「見捨てますか?」
「え、え? そ、そんなことは――ただ、私、ああいう人、苦手で――」
 岩造は見捨てたいが、ミルフィーは助けたい――そんな風に悩む有栖の背中を否応なしに押す声が廊下に響く。
「た、助けてくださいいいいい!」
 蒼空学園の制服を着た女性が有栖とミルフィの元へ駆けてくる。無数の光球を引き連れて――。
「どうなってんですか!? イルミンスールは!」
 ルーシー・トランブルは悪態をつきながら光球に応戦するが数が多すぎて止まらない。
「どうなさいますか? お嬢様」
「し、仕方ないですね!」



 知識を追求する眼鏡の青年と片想いの女の子がいた。

「メリエル、そっちはどうなってます」
 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)はエントランスに残してきたパートナーに携帯で呼びかける。
「ん〜特に変化は無いみたいだよ。それより、やっぱり短冊かけちゃだめ?」
 メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)は短冊を飾ることをエリオットに反対されご機嫌斜めのようだ。
「絶対にダメです!」
「ど、どうしたの、エリオット君?」
「上層の防衛魔法が起動しているようです。何か起きているのかもしれません」
「だ、大丈夫なの!?」
「ええ、見つからないように校長室に向かいます。思ったより時間が掛かりそうですが――」
「エ、エリオット君? どうしたの? 大丈――」
 エリオットは近付いていくる光球に気付き、スピーカーを抑え息を殺す。
「――ええ、大丈夫です」
「私はどうすればいい?」
「そのままエントランスで状況を見守っていてください。何か動きがあったら連絡を下さい」
「わ、わかったよ。エリオット君――」
「なんですか?」
「気をつけてね」
「ええ」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 外縁 昼過ぎ

 魔女っ子アニメを愛する女の子にしか見えない男の子がいた。

「大丈夫か?」
「うっ、うーん。あれ、私?」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は女子生徒を助け起こす。
「突然倒れたんだ。貧血だろう」
 ケイは汀の手刀が女子生徒の意識を奪う瞬間を目撃していたが色々と面倒なのでそう誤魔化しておく。
「そ、そうなの? なんだか首がずきずきするけど――」
「興味深い話しをしていたな。校長の名が入った短冊があるとか――」
「え、ええ、でも見えたのは校長の名前だけで――」
「すまないが、もう一度、確認してくれ」
「わ、解ったわ。私も興味あるし、ちょっと待ってね」
 そう言うと女子生徒は左目を瞑り人差し指を天に翳す。指先の空間が歪み光が収束する。
「読めそうか?」
「ええ、風が弱くなってる。これなら――」

『願いが叶いますように えりざべーと・わるぷるぎす』

「ふん、成程な」
「その隣りの短冊は――」
 ケイは女子生徒の心臓を拳で打ち抜き意識を奪う。
「すまん――汀の短冊は読まないでやってくれ」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 中央 昼過ぎ

 空を翔ける少女がいた。

『魔法が上手く使えるようになりますようにっ! 八神 九十九』

 八神 九十九(やがみ・つくも)は書き上げた短冊を空にかざし満足そうに微笑む。
「やっぱり短冊を吊るすなら一番上だよね〜」
 空飛ぶ箒に飛び乗ると九十九は両足に魔法力を集中させる。
「いっくよ〜」
 九十九は空を切り裂くように飛び出した。サーフィンのように両足でバランスを取りながら風の波を切り裂くように空をかけあがっていく。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 魔法の竹周縁 昼過ぎ

 ロレンシア・パウは目に見えて不機嫌だった。不機嫌そうな自身を隠すのにも疲れたらしい。
 そして――。
「ロレンシア?」
 ――限界が訪れた。ロレンシアは白砂 司が短冊を結んでいた付近を睨みつけると魔法の竹に向かって走り出した。
「な、どうしたんだ?」
 司はワケがわからない。――が、とりあえずロレンシアの腕を掴む。
「うるさい! 離せ!」



 日下部 社と望月 寺美がまったりしていた。
「しっかし、けったいなしろもんやなぁ」
「そうだねぇ、立派な竹だよねぇ。パラミタの竹は皆こんなに大きいのかなぁ」
「んなわけあるかい! あの校長がヤバイことしたに決まっとるわ」
 寺美の天然ボケに社の鋭いツッコミが決まる。
「そういえば寺美はなんともないんか?」
「え、う、うん」
「願いを叶えたり、おかしくしたり、何も起こらんかったり――気まぐれな竹やなぁ」
「社――アレ」
 寺美が社のシャツの袖を引いて後ろを振り向くように促す。
「騒がしいのう。痴話喧嘩なら他所でやって欲しいわ」
 社は興味なさそうに呟くが、なんとなく成り行きを見守ってしまう。



「どうしても登ってはいかんと言うのか!?」
「ああ! 危ないだろう! 心配なんだよ!」
「ならば――仕方あるまい!」
 ロレンシアは最後の手段に出る。
「そこにいるお前!」
 ロレンシアが竹に向かって大声を上げると誰かが返事をした。
「私ですかぁ?」
「そうだ! そこにいる! ピンク色の髪のお前だ!」
 シャーロット・マウザーが枝の上で休んでいた。短冊を取引材料に汀の血を吸おうと目論んでいたのだが、空腹に襲われ力尽き殆ど動けなくなってしまったらしい。
「ふふ、朝ご飯はちゃんと食べなきゃダメですわねぇ」
 シャーロットは呟く。
「そこに掛かっている短冊を私に聞こえるように読み上げてくれ!」
「でも、お腹が空いてしまって――誰でもいいから吸わせて欲しいですわぁ」
 シャーロットの瞳は虚ろだ。
「キミは吸血鬼か――では、読み上げてくれたら血をやるぞ!」
 ロレンシアの言葉を聞いてシャーロットは途端に元気になる。
「これですわね! 読み上げますわよ!」
「そうだ! 頼むぞ!」
「やめろ! 早まるなああああ!」
 ようやく自体を把握した司が絶叫する。

「『寺美の願いが無事に叶いますように! 日下部 社』」

 社が固まった。
「――社」
 寺美は短く名前を呼んで恥ずかしそうに俯く。
「ちょっ、おまっ、なんでやねん! て、寺美、ちゃうねん! これはちゃうねん!」
 社が言い訳する。
「この学校は良い方ばかりですねぇ」
 シャーロットが呟く。
「ちがーう! それじゃない! 名前は司だ!」
 ロレンシアが説明する。
「やめろおおおおおお!」
 司が絶叫する。
「何、勝手に読んどんねん! コラッ! おりてこんかい! ブス! ボケー!」
「誰がブスですかぁ! この似非関西弁!」
 ぶち切れて立ち上がろうとする社の手を寺美が掴む。
「――社」
「なんじゃい!」
「ありがとう」
「お、おう!」
「これ――ボクの短冊」
 寺美は恥ずかしそうに短冊を社に見せる。

『お友達がいっぱい出来ますように 望月 寺美』

「まだかけとらんかったんか?」
「できるだけ高い場所に飾りたくて――」
 社はシャーロットを睨みつけ――悔しそうに叫んだ。
「今日はこのくらいにしといたるわ!」
 社は少し照れくさそうに寺美の手を取って歩き出す。
「ほんま、お前はしゃーないなぁ。――飾るの手伝ったるわ」
「うん!」
 どこか二人は幸せそうだ。
そして――。

「『誰かの願いがかないますように 白砂司』」

「ぐがあああああああああ」
 司は恥ずかしさに悶絶する。
「この方はきっと優しい方なのでしょうねぇ〜。ああ、どんな味がするのでしょうか。血を吸ってみたいですわぁ〜」
 シャーロットは舌舐めずり。
「恥じることはない! キミは信じていた通りのキミだった!」
 ロレンシアは少し反省しつつ司を慰めた。



「ねぇ――」
 騒動を見守っていた支倉 遥がベアトリクス・シュヴァルツバルトに問いかけた。
「なんだ?」
「ベアトリクスは私に隠しごとがありますか?」
「あるぞ。隠しごとがない人間などいない」
「うーん、まぁ、そうですねぇ」
 遥は自分の願いごとが叶っているのか、どうにも確信がもてない。
「ベアトリクスは願いごとをしましたか」
「ああ、似合わないか?」
「いえ、とても似合います」
 二人の短冊が仲良く風に揺れる。

『今日一日、だれもが自分の気持ちに正直になれますように 支倉 遥』
『イルミンスールと蒼学の仲が良くなりますように ベアトリクス・シュヴァルツバルト』



 ちびっこい少女がいた。

 アスティニア・ローストラッテ(あすてぃにあ・ろーすとらって)は願い事を書き上げると満面の笑みを浮かべ弾むように魔法の竹に駆けていく。
 アスティニアはしだれる枝の一本に狙いを定め――思いっきり背を伸ばす。
 ――届かない。ぷるぷると震える右手が哀愁を誘う。
「落ち着きなさない。アスティニア。落ち着くのよ」
 アスティニアは深呼吸をして――ジャンプする。全身をばねにした渾身の跳躍。額から飛んだ汗が美しく輝く。
 ――が、届かない。全く、届かない。
「ふふっ」
 怒りのトウキックが魔法の竹を襲う。微動だにしない魔法の竹。言葉にならない声を上げて爪先を抑え蹲るアスティニア。
「クッ! くぬ! こ、こんな竹、バキバキにへし折ってやるわよっ!」
 涙目のアスティニアは魔法の竹を睨みつけた。



 野心とプライドの狭間で心を揺らす繊細な研究生とこき使われることに喜びを感じる機晶姫がいた。

「これからあの目障りな竹の破壊に取り掛かるわけだが――」
「破壊――ですか? 願い毎はしなくてよいのですか?」
 ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)はきょとんとした顔で首を傾けブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)に確認する。
「くだらんな、僕にとって叶えるべき願いとは、僕自身の才能と努力によって成し遂げなければ意味がない」
「意外です。ブレイズなら必死で願いを叶えてもらおうとすると思っていました」
「失敬な、お前は僕に対する理解が足らん。あんな形で叶う願いなぞ人を堕落させるだけだ。それに短冊を吊るした連中だけが願いを叶えてもらうというのもそれはそれで癪だろう――」
「僻みですね」
「何か言ったか?」
「いえ――しかし、私たちだけ大丈夫でしょうか?」
「なぁに、心配はいらん」
 ブレイズは不適に微笑んだ。