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リアクション
第四章:誰が為にケーキは増える
「ケーキを永遠にでかくするって! 本当かそれ!」
身を乗り出すと、神野 永太(じんの・えいた)は襲い掛かるシフォンケーキを見つめた。入道雲がわくように上に向かって膨らんでゆくケーキを見て永太は思い切り破顔する。永太の横から顔を覗かせた燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)も、雲母のような美しい虹彩をきらめかせ増殖するケーキのタワーを見つめた。
「ザイン、見てみろ。ケーキのタワーだ! これなら満腹になるかもしれないぞ」
「……デザートは別腹です」
「何個あるんだ、四次元胃袋」
一つでもそりゃもう大変だっていうのに。
永太の心の家計簿には、食費食費おやつ食費とザイエンデの飲食代が並んでいる。空腹なザイエンデの姿など見たくないからとせっせとやりくりをする永太だが、それにも限界はある。何しろ、金は有限だが胃袋は無限ときているのだ。
ケーキを膨張させているというシールが手に入れば、この自分の苦労が解消されるかもしれない。
エンゲル係数が軽く5割を突破している今のこの状況を打破できるなら、ケーキへの突入など安いもの。
「行くぞザイン! 何としてでもシールを入手するんだ!」
「……ケーキに向かうのですか? ではすぐ行きます」
永太の言葉に、ケーキに向かって走りだそうとするザイエンデ。
「ちょっと待った! ケーキは後だ。永太についてこい!」
永太が走り出す。目指すは校門そばの案内板。確かあそこに、来客用の校内案内図があった筈。
目的の案内図を見つけると、永太は家庭科室を確認する。
「おや、貴方がたも救出に向かわれるのですか?」
熱心に位置を確認する永太の背後から響いてきた、太くて響きの良い声。振り返った先にはルイ・フリードがいた。
「救出? 誰の?」
「ご存知なかったのですね。あのケーキの中にお嬢さんが二人、閉じ込められているのです」
「あの中に? そりゃ大変だ」
「ええですから、今から救出に向かうところです。目的が同じなら協力できれば」
にっこり、とスキンヘッドの下の笑顔がまぶしい。笑顔はすこぶる良いのだが、その不思議なポーズをなんと捕らえればいいのだろう。
「そのくらいでよいだろう、ダディ。早く地図をメモリーに登録しなければ」
見かねたリア・リムが、ちょいちょいとルイの袖を引く。
思い出したように、ルイは案内図に向き直った。
リアがメモリープロジェクターに地図を登録し、更に投影できるのを確認する。
「協力か。……そうだな、手を貸すよ」
あのケーキを掘削し、オーブンへとたどり着くのは結構骨が折れそうだ。近くまでは大勢で掘り進めたほうがいい。そう判断した永太は、ザイエンデとともにルイ達の後を追う。
その通り過ぎる永太の横を、兎野 ミミ(うさぎの・みみ)が橘 カナ(たちばな・かな)の左手を引いて連れてすれ違う。そのカナ右手には市松人形の『福ちゃん』が、いつもの通り抱きかかえられている。
「ほらほらカナさん、ケーキッスよ!」
「え? 何何? ケーキ? ケーキなの? 食べていいの??」
「いくら食べてもなくならないそうッス」
「へえーおっきくてすごいのねえー」
カナの言葉に、福ちゃんが続ける。
『ここあ味、ネ。しふぉんけーきナラ紅茶味ガ良カッタワ』
「もー、福ちゃんてばワガママはダメよう」
「さて、どこかで食器を借りることが出来ればいいッスが……」
きょろきょろと見回すミミとカナ。
二人が食器を探している頃、ルイ・フリードとリア・リム、それに神野 永太と燦式鎮護機 ザイエンデは、クルードたちとは逆方向、家庭科室の廊下側から突入するチームと合流していた。
メンバーは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)、ルイ・フリード、本郷 涼介、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、日比谷 皐月、ニコラス・シュヴァルツと、今加わった神野 永太、そして、彼らのパートナーたち。
蒼空学園生である、橘 恭司が先頭に立つ。
「では行くか。……フィーナ、俺とクレアにパワーブレスを」
「お任せ下さいマスター」
フィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)が、恭司とクレア・アルバート(くれあ・あるばーと)にパワーブレスをかける。
攻撃力の上がった状態で、恭司は柄に手をかけると義眼の左目だけを僅かに眇めた。
「……っ……!」
斬撃は神速。
たたみ掛けるように一気に刻む。
柔らかく切りにくいはずのシフォンケーキが、硬い固形物のような断面で切り落とされていく。
更にバーストダッシュをかけ、掘削作業を加速させる。
恭司の側で、クレア・アルバートもケーキを掘り進んだ。女の子らしくケーキをきれいな円形スポンジ型に切り出してゆく。切り出したケーキをフィアナが運び出していく。
恭司と並んで、神野 永太と本郷 涼介も作業を開始した。血煙爪を振り荒っぽくケーキを削る永太のそばで、ザイエンデがつまみ食いというには大きな欠片を頬張りながら、穴を掘っている。逆に涼介は、クレア・ワイズマンとともにスコップで丁寧に穴を掘り返している。さらにルイ・フリードとリア・リムが、位置を確認しながら先へと進んでいく。
段々とトンネルが少し深くなり、入り口の光が少しずつ届かなくなる頃。
すっと、神名 祐太がそのメンバーに加わった。
目立たない容姿ではないのに、誰も裕太に気を止めない。あっさりとその場に混じると、裕太もスコップで穴を掘り始める。後は、シールに辿り着くまで気付かれないようにすること。ちょっとしたギャンブル気分で、裕太は作業を続けた。ところが。
「あららら」
声を上げたのは小鳥遊 美羽だった。
「入り口が狭くなってきてるよ!」
膨張するケーキが、せっかく掘り進めたトンネルを埋めようとしている。
「誰かが退路の確保に残らないと、まずいね」
日比谷 皐月が返事をする。
全員の命を守るためには、退路の確保が何よりも重要。救護者を見つけたは良いが戻れなくなった、なんて事は絶対に避けなければならないからだ。
そう思った皐月は、小鳥遊 美羽とともにいったんトンネルの入り口付近へと向かう。
と、外から聞こえてくる鼻歌に、皐月と美羽は顔を見合わせた。
トンネルの外へと出てみる。そこにいたのは東矢 正道(とうや・まさみち)だった。
「いっくら食ってもなくならないって、すげえよなあ」
嬉々としてバッグにケーキを詰め込んでいる正道に、皐月が声をかける。
「何してるの?」
「何って決まってるだろ、切り落としを貰ってるんだ」
無料でいくらでもおやつが手に入るなんて、なかなかない。食べ盛りの高校男子なら飛びつかずにいられないではないか。
「あんたたちこそ何してるんだ。ケーキにトンネル掘って、食いもんで遊ぶなよ」
「遊んでるんじゃないよ! 中に人が閉じ込められてるの」
美羽が訂正すると、ケーキを切り集めていた正道の手が、ぱたりと止まった。
「本当か? それ」
「じゃなきゃ、あんなトンネル作らないよ」
「おやつなんか集めてる場合じゃないな。よっし、俺も手を貸すぜ」
新たに加わった正道も、皐月、美羽とともに退路の確保に加わった。
これで一安心だ。そう呟いた皐月の前に、パートナーの雨宮 七日(あめみや・なのか)が仁王立ちする。
「全く、貴方は本当に愚図ですね、皐月。さっさと前線に行くのです」
「ええ! 前線ってなんだよ」
皐月に対して、七日は常に容赦が無かった。
「ここは人が増えたのですから、誰かが戻るのが当たり前でしょう。いいから行ってさっさと片付けてくるのです。でないと、いつまで経ってもケーキが食べられません」
「仕方ないなあ……」
人使いの荒い守護天使に追い立てられ、皐月はトンネルの奥へ進むことにする。
とはいえ、退路の確保も重要だ。人数が少ない分、こっちのほうが負担が大きい。
「人で大丈夫? かなりの速度でふくらんでるけど」
日比谷 皐月が心配そうに聞いた。小鳥遊 美羽と正道の守る入り口が塞がってしまったら、中にいる全員がそのままケーキの具になってしまう。
剣の柄を握り締め、正道は高揚した面持ちで怒鳴り返した。
「いっちょんさばけんと思うとるとや」
「え? えっと?? 何語しゃべってるの? 」
美羽のきょとんとした大きな目に見つめられ。
はた、と気付いて、正道はごほんと咳払いした。
「『全然うまくいかないと思っているのですか』……かな」
「ああ、そういう意味だったんだあ。……うん、大丈夫だよっ。ふくらんできたのを片っ端から切り落とせばいいんでしょ?」
「そうだな。……いいからここは任せろ。全員の命預かってんだ、なんとしてでも救出ルートを守るぜ」
「分かった。じゃあ先に進むよ」
美和と正道を置いて、皐月はトンネルの奥へと消える。
残された美羽と正道。美羽は光条兵器を取り出し、正道は剣を構える。
「よいしょっ!」
シフォンケーキが一定のサイズにふくらむと、美羽は一撃を振るう。
美羽が光条兵器で切りつける度に、スカートがひらりと揺れて太腿がちらちら見える。
目のやり場に困った正道、必死に目をそらせて闇雲に剣を振るう。
「なんで、そんな短いスカート穿いてんだ」
「だって可愛いんだもん。それに、動きやすいんだよ?」
その場でくるりと回ってみせる美羽。格闘技で鍛えられたきれいな脚が覗いている。
「あ、もしかして照れてるんでしょ」
「んなごつあっか! 肥後もっこすばぁ、なめんじゃなかと!」
「えっと、だから」
「『そんな事はありません。熊本人を馬鹿にしないでください』……翻訳してるとテンションさがるぜ」
言いながら、あきらめ半分で正道は剣を振り回した。
トンネル周辺で必死の救出作業が続く中。
そこから少し離れた場所で、のんきすぎる理由でシフォンケーキを刻んでいる者がいた。
まさかケーキの中に人が閉じ込められているとは知らない鳥不会 志朗(とりあえず・しろう)、目の前にあるめったにお目にかかれない物体に、うきうきとケーキカッターを振るっていた。
芸術家肌といえばそうなのだろう、とりあえず彫刻できそうなものがあればつい何か刻んでみたくなる。
得意の木彫りのように上手くはいかないが、ケーキというのもなかなか面白い素材じゃないか。
「何掘ってんだよ?」
持参した緑茶のボトルで一人お茶会状態のナントナ・クー(なんとな・くー)が、ケーキをむしりながら志朗に問いかけた。
「ケーキっつったらデコレートだろ」
「だから?」
「蒼空名物のデコつったら、校長の輝くデコだろ!」
人の胸ほどの高さでケーキの塊を切り出すと、それをふくらんで出っ張ったシフォンの端に立てかける。
ケーキカッターでおおまかな胸像の形を切り出すと、ナイフを使って校長の顔を彫刻する。彫刻が得意なだけあって、無駄に似ている。
勿論、額には大きく『デコ』の二文字。
「クー、つまみ食いするんならこっちの……、クー?」
不意に無言になったクーに向かって、志朗は不思議そうに向き直った。
「クー、どうした?」
どうしたもこうしたもない。
一切の表情を消したその顔、豪快に噴出される緑茶。
一点を見つめた視線は瞬き一つしない。そのうちがくがくと体が震え出す。
「何かすごいことなってるけど、大丈夫かお前……」
その指が上がった。グラウンドのあたり、何かを指差すクー。
「何だありゃ!」
生足で走る生クリームが、コントのように次々と生徒を転ばせてゆく。誰かがすっ転ぶ度に、クーの肩ががくがくと振るえ、その口から緑茶がほとばしる。
「もうちょっと分かりやすく笑えよ、お前……」
散々笑い転げる……はたから見れば笑っているように見えなくても……クーに気を取られていた、その間に。
「……あれ?」
振り返るとデコ長が、ない。志朗はきょろきょろとあたりを見回した。おかしい。誰もいなかった筈……。
「……あれ」
クーの指差した先は、志朗の頭のはるか上だった。
「なんで?!」
「…なんか、ふくらんできてるじゃん?」
切り出した彫刻の素材を、ケーキの上に置いたのがまずかった。目を離した隙にふくらんだケーキ、デコレートされたデコ校長をどんどん上へと持ち上げてゆく。
「どうする?」
クーの問いに対する答えは一つだった。
「まあ、とりあえず、……逃げようか」
…外ではそんなゆるい状況が続いている間も、救出参加者は淡々とトンネルを掘り進めていた。
「おーい!」
ルイ・フリードが叫んだ。
「今どのあたりですか?!」
ルイの声にクルードが気付く。
「逆方向からも、かなり近づいているようだ……」
「ここにいるわ、聞こえる?!」
白波 理沙がルイに応じる。
「おお、聞こえましたかリア。救出者に違いありません!」
声のした向きに向かって、ルイ・フリードはケーキを鷲掴みにした。思い切り腕を振るってスポンジを毟り取ると、次々と後ろへ向かって放り投げる。慌ててリアが端へと避けた。
「違うよダディ。その声は逆方向からトンネルを掘っている人達だと思うよ、僕は!」
メモリープロジェクターの地図からそれた明後日の方向へと、猛然と掘り進むルイ。
軽い筈のケーキの塊が、どんな力で投げているのか剛速球となってびゅんびゅんトンネルを突っ切る。まるで人間ピッチングマシーンだ。これほどのケーキ投擲を披露できるのは、ルイ・フリードか『全パラミタ・びっくりパイ投げ新記録』の優勝者位かだろう。
掘り起こして出てきた鍋やお玉やフライ返しだけ、リアが回収してトンネルの脇に避ける。ちょうど合流した日比谷 皐月が、発掘現場から出てきたものを入り口側にいる雨宮 七日に渡す。七日が、それを少し開けた場所に積み上げてゆく。
しかも。
「ないすぴっち〜んぐ」
ぱくん。ごくん。
飛んできたケーキを口でキャッチすると、テレシア・ラヴァーズ(てれしあ・らう゛ぁーず)が満面の笑みを浮かべた。
ぱちぱちぱち、とその側で幾嶋 冬華(いくしま・ふゆか)が拍手をする。
「お見事だわ、テレシア。今度は私が切り分けて差し上げてよー」
「わーい、嬉しいですぅ冬華ちゃん。夢にまで見たケーキの食べ放題ですぅ〜」
「悪夢に出そうな、の間違いじゃあないかな?」
ケーキ片を運び出していたニコラス・シュバルツがのんびりした物言いで突っ込んだが、冬華はまったく気にしていない。
ブレードソードでケーキを切り出すと、それを更に半分に切って片方をテレシアに差し出す。親鳥からえさをもらう雛のように、テレシアがケーキに被りついた。
「ふふふのふー、美味しくがっつりいただきます」
手に残る半分を、冬華も頬張る。まさしくがっつり頬張る。
そうして大きく開いた胸元に屑が零れると、それを集めて小人の小鞄に放り込んだ。ついでに、ルイが放り投げるケーキの塊を小人の小鞄でキャッチして回る。
「……何をやって……」
見かねた橘 恭司が、剣先できれいにケーキを切ってやる。
「……クレア、フィーナ」
恭司の手渡した四角いケーキを、クレア・アルバートが受け取って。
「はい、お姉ちゃん」
クレアからフィアナ・アルバートへとケーキが移る。更にフィアナからニコラスへバケツリレーで渡って来たケーキの塊を、ニコラスが冬華へ手渡した。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「あら、ありがと〜。どうせなら屑もすべてくださいな〜」
「どうするんです? それ。粉になってるのもあるけど」
「ふふふのふー、食べれれば勿論食べるし、粉になったのは畑に帰せば肥料になるのよ? だから全部貰っとくわ」
「無駄にしないんだ。いいねえ、それ。……でも危ないから入り口近くにいるといいよ、そこまで運ぶから」
ニコラスが誘導し、冬華とテレシアを避難させる。
その間に、恭司はトレジャーセンスで神経を研ぎ澄ませる。財宝専門のスキルであるため人間の位置は測れないが、冴え渡った勘で人の気配を探ってみる。
「……おそらくこっちだ。そう距離はない筈だから、丁寧に探して行きたいが」
トンネルの奥は余りに暗い。手元が狂うとまずいことになる。
その不安を拭ったのは本郷 涼介だった。
「明かりならある。任せてくれ」
涼介が光精の指輪をかざすと、光の人工精霊がほの明るい光を振りまきながら現れ出た。
暗闇に明かりが灯り、皆がほっと安堵の息を漏らす。
「クレア」
「わかってるよ、おにいちゃん」
クレア・ワイズマンも、涼介にならって光精の指輪から精霊を呼び出す。
「こんな暗闇から、早く二人を出してやろう」
これだけ掘り進んできたのだ。きっと、リシェルと未散のいる場所までもう少し。
橘 恭司が神経を集中し、繊細な剣さばきで大きく枠を取る。
リアに諭されて方向転換したルイが素手で細かく掘り返し、人の気配がないことを確認してから涼介とクレア・ワイズマンがざっくりとシャベルをケーキに突き立てる。発掘したケーキの塊をフィアナ・アルバート、クレア・アルバートが受け取り、ニコラスが外まで運び出す。掘り進んだトンネル半ばには日比谷 皐月と雨宮 七日が通路を確保し、これ以上外への広がりを食い止めるため、東矢 正道が入り口で刀を振るう。
「……どこにいるんだ」
涼介が高く明かりをかざす。
神経を研ぎ澄まして周囲をうかがっていた橘 恭司が、一点を指差した。教員が使う作業テーブル。あの下は空間が空いている筈だ。
「おい、そこにいるのか?! 返事できるか?」
恭司が叫ぶ。ごとごと、と、いう小さな音がテーブルの下から漏れた。
誰かいるのは間違いない。バーストダッシュで一気にペースをあげると、恭司は作業テーブルの下へともぐり込んだ。
未散とリシェルは、そこにいた。
ふくらんでくるシフォンケーキを必死に背中で押し返し、未散が気を失ったリシェルをかばっていた。
「……無事か?」
恭司のその言葉に、小さく頷く未散。そのままぐったりと倒れ込むのを、恭司の腕が受け止める。
「無事でしたねえ、本当によかった」
ルイ・フリードが気を失った未散をテーブルの下から出すと、そのまま抱えあげる。
奥のリシェルを恭司が助け出し、ヒールをかける。
「ここから連れて出るのが先だな」
そう結論付けると、橘 恭司とルイ・フリードが二人を抱えてトンネルの外へと戻る。リア・リム、クレア・アルバート、フィアナ・アルバートも勿論その後に続いた。
「私達も戻ろう。あの子達には薬草が必要だろうから」
本郷 涼介とクレア・ワイズマンもトンネルを出てゆく。
「お、見つかったのか。……じゃあ後は、シールだけだな」
少女二人の無事を確認し、神野 永太が笑った。これで心置きなくシールの探索が出来る。問題はそのルートだが……。
その時、永太は気づいた。ルイ・フリードが掘った間違いルートに、一人立つ者に。
「あれ、あんた、誰だっけ?」
永太の問いには答えずに、神名 祐太はそのルートを掘り進んでいた。裕太にとっては間違いルートのこちらが正解だったのだ。探しているのは、オーブンのシールなのだから。
無言で掘り進める裕太の意図に、神野 永太は気付く。
多分、シール狙いだ。
だったら負けるわけにはいかない。永太も並んで掘り続ける。
無言の中の暑い戦い。ざくざくという音だけが響く中、離れた位置でザイエンデがケーキの壁をつまんでいる。
「……ここまでだな」
突然、裕太が手を止めた。
何かを伺い、ダイスを振るような思案げな面持ちで前方を見つめる。
それからケーキに突き刺したスコップを引き抜くと、来た時と同じ迷いのない足取りでトンネルを戻って行く。
「ここまで来て引き返すと?」
「……勝負の結果が見えたしね。人助けは出来たし、今日はもういいかな」
ところどころをつまみ食いしながら、トンネルを抜けてゆく裕太。
「俺に勝ちを譲ってくれる、って事か?」
鼻歌交じりに永太は爪を振るう。これで我が家の食卓事情は薔薇色だ! 喜びながら永太は掘った。やがてオーブンの側面が見えてくる。ここまでくればその扉まではすぐだ!
永太が手を伸ばした瞬間だった。
キンと音を立ててオーブンの背後のケーキが崩れ落ちた。と、同時に。
「水!?」
気づいた時には手遅れだった。
トンネルの反対側から近づいていたもう一つのチーム。ちょうどケーキ一壁を隔てて向こう側にいた影野 陽太が、思いっきり水を撒いていた。その壁をぶち抜いた永太の方に、水は一気に流れ込む。
「え?!」
陽太が慌ててホースを下ろす。が、ほんの少し遅かった。
「つめてっ!!」
冬の最中に水浴びなんて。
ぐしょぬれの永太を尻目に、クルードがオーブンの前に立った。
「……これで、任務完了だな……」
水で濡れて使い物にならなくなったシールをはがすと。
こんなものがあるから甘い匂いが酷くなったのだと、クルードはシールを粉々に引き裂いた。