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獣人どうぶつえん

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獣人どうぶつえん

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#3 ストライキ当日早朝・出勤時間





 さて、時間はストライキ当日の早朝まで巻戻る。

 空京どうぶつえんの動物は獣人である。

 というのは表向き秘密事項なので、スタッフ達は人に見つからないよう、出勤時間はかなりの早朝になる。

(よし……今日はスト本番だぜ……園長に分からせてやる。スタッフをぞんざいに扱えば、どういう目に会うかってな……)

「おっしゃー! やってやるぜ!!」

 ストライキ発案者のジョナサンは、動物園のスタッフ入口の前で、気合の雄たけびを上げた。

「……元気だねぇ」

 夜が開ける直前の薄暗い虚空から、のんびりした、それでいて冷静な迫力のある静かな声がする。

 ジョナサンはドキリとして、

「だ、誰だっ」

「ジョナサンよ。君は大きな間違いをしている……」

 ジョナサンが目を凝らすと、どうやらその声の主は、10メートルほど離れたジョナサン正面にいるらしい。

「気持ちは分からないでもない、が……」

「おい! だから誰だ!」

「俺か? 俺の名は……」

 その時、計算されたようにうっすらと陽が昇り、その人物を照らす。

「俺は黒脛巾、にゃ……」

 ドガッ!!

 黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が名乗ろうとしたその時、また別の人物が彼を蹴り飛ばした。

「いてええええっ!!」

 にゃん丸は思いっきり顔を蹴られたらしく、鼻のあたりを押さえて悶えている。

「あにすんだよぉリリィ! 今すげえキメるところなのにぃ!!」

「うっさいにゃん丸! もたもた自己紹介に時間かけてどうすんのよ!」

 と、いきなり彼を叱り飛ばすのは、リリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)

「今俺、かっこよかったろぉ!?」

「君がかっこいいなんて気持ち悪い!」

 食い下がるにゃん丸を、リリィは全否定。

「ひ、ひでえよおぉぉ……」

 哀れにも泣きそうになっているにゃん丸。

「泣いてないで、彼に言うこと言ったらどうなの?」

「リリィが邪魔するからだろぉ」

「何か言った?」

 にゃん丸は鼻血をぬぐいながら、

「な、何でもねえよぉ……なあジョナサン、気持ちは分かる。同じ不遇の男として痛いほどな。実際痛い。だが」

「裸になるストライキなんて、聞いたことないわよ!」

「ひ、ひでえよ、リリィ! 最後まで言わせてくれよぉ」

「君、話が長いのよ!」

「全然長くねえよぉ……」

 せっかく気を取り直したにゃん丸は、また涙目に。

「な、何なんだよ、お前ら……」

 ジョナサンは訳のわからない夫婦漫才に、あっけにとられる。

「な! な! ひでぇだろぉ!? 客前で裸になってみろ? こんな感じの腐女子で、かえって動物園が繁盛しちまうぞ? それ園長が喜ぶだけだと思わねえか?」

「君、腐女子の意味分かって言ってる?」

「ちょ、ちょっと待て! 何でお前らストライキのこと知ってんだ?」

「あのかわいい女の子、名前なっていったっけ?」

「デニーか! あいつ余計なことしやがって」

 ストライキを止める計画があるのを察したジョナサンは、動物園内に向かって走り出した。

「あっ、逃げた!」

 当然二人も追う。早朝の空京どうぶつえんで、おっかけっこが始まった。

「はあ、はあ、冗談じゃねえ! ストをパアにされてたまるかっ」

 ジョナサンはたくましい巨体を揺らして全力疾走するが、にゃん丸とリリィの猛追にはかなわない。

「にゃん丸、ゴー!」

「現代忍者をなめるなよおおぉ!」

 にゃん丸がジョナサンの首元をつかもうとしたその時。

「トラーーーーイッ!!!」

 ドギャアッ!!

 何者かがジョナサンに思いっきりタックルを決め、にゃん丸もついでに吹っ飛ばされる。

「ぎゃああぁぁ!」

 二人とも同じ悲鳴をあげて、地面にしたたか体をぶつけた。

「い、いいとこだったのにぃ……」

「にゃん丸! 誰っ!」

 リリィがにゃん丸に寄り、警戒した方向に立っているのは、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)と、パートナーのルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)の三人。

「ちくしょうっ、今度は誰だ!」

 肩を押さえるジョナサンをしり目に、ミレイユは体についた砂埃をはたいて言う。

「に〜さん、やんちゃしちゃだめだよ〜」

「そりゃお前だよ!」

 にゃん丸達は一斉にツッコんでみる。ミレイユはかまわず続ける。

「ジョナサンさん、いや、ジョナさん。すっぽんぽんなんてやめなよ、ね?」

「お、お前らもストと止めようってやつらか」

「そんなことしたら動物園が大変なことになっちゃうよ?」

「う、うるせえ! 誰だか知らねえが、関係ねえヤツが邪魔すんな」

「!……ひ、ひどい。何でそんなこと言うの……?」

 ジョナサンのたった一言で、ミレイユは目に涙をためる。

「ロレッタぁ、あの人ってばひどいんだよぉ。関係ないだって……」

 ミレイユは小さなロレッタを抱え込むようにして、甘える。

「よしよし。大変だったねぇ」

 ロレッタは少し間延びした口調で、ミレイユを撫でてあげる。ロレッタは100センチちょっとの子供のような外見とは裏腹に、大人びた雰囲気でジョナサンに語りかける。

「悪いけど、お前さんの汚いモノなんて、見たくないんだぞ」

 そのひどく冷めた口調に、ジョナサンは少したじろぐ。

 そこへ、いつの間にかジョナサンのそばに寄っていたルイーゼが、いきなりジョナサンに平手打ちをかます。

「この大バカ野郎っ!」

「いてっ、てめえ何しやが……」

 ルイーゼは二の句を継がせずに、ジョナサンの胸倉を掴む。

「あたしも同じ獣人だけどぉ。同意できないしぃ」

 ルイーゼの軽薄な口調には、不思議と迫力がある。

「そうそう。人前で裸になろうなんて、そんなのだめだよ」

 瞳を潤ませたまま、ミレイユは言葉を継ぐ。

「あたしなら、そんな中途半端なことしないしぃ」

「そうそ、ん?」

「キミ、人前で脱ぐってどーゆーことか、分かってないんじゃん?」

「あれ、脱ぐんじゃなくて、人間化することなんだけど……」

「どうせやるならぁ、真っ暗な夜にライトアップした方が盛り上がるじゃん?」

 ルイーゼの話がおかしな方向になってきたのを感じるミレイユとロレッタ。

 ルイーゼはジョナサンから手を離し、その手をおもむろに自分のブラのホックに当てる。

「それから、一枚ずつ丁寧に脱ぐのが定石じゃん? ストリップってのはさぁ」

「え? え! ルイーゼ待った待った!」

 ルイーゼはホックをパチリと外し、するすると上半身を露わにし始める。

「何! 何で脱いでんのこの人!」

 リリィがにゃん丸の目を手でふさぐ。

「ほら、こうやって……ゆっくり……じらしながら……」

 バチィッ!!!

 ルイーゼの乳房が見えるか見えないかの境で、ロレッタが雷撃を浴びせる。

 ぱたりと倒れるルイーゼ。彼女のブラも、はらりと落ちる。

「まったくしょうのない人だねぇ。危なかったぁ」

「危なかったじゃない! 見えてる見えてる!」

 ミレイユが、ルイーゼの胸を慌てて隠す。

「付き合ってらんねえ!」

「あっ、逃げた!」

 隙をついてまた走り出すジョナサン。



☆★☆★



 ジョナサンはまっすぐパンダの檻に向かわず、壁の隙間の物陰に隠れる。

「待てえええぇぇ。ストライキやめろおおぉぉぉ」

 ミレイユや、気絶したルイーゼをおんぶさせられたにゃん丸達が、脇を通り過ぎて消えていく。

「や、やっとまいたぜ……ちくしょう」

 ジョナサンは一息して、立ち上がる。

「マスコットの営業やってた俺としてはよぉ」

「わあっ!!」

 後ろから突然声が聞こえて、ジョナサンは後ずさる。

 そこに立っているのは、ヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)

「まあまあ、落ち着けよ。別に害はねえぜ。しがないヒポポタマスだ」

「つまりカバね。しかもピンク」

 ヤマがパートナーを組んでいる山本 夜麻(やまもと・やま)が、茶々を入れる。

「おまえさんがやろうとしてること、理解できなくはねえぜ」

「あんた、ここのスタッフじゃねえな?」

 カバの見た目で少し落ち着いたジョナサンに、質問する余裕が出る。

「俺はゆる族でね。獣人なんてオシャレな種族じゃねえのさ」

「ちょっと待て。お前ら何なんだ? 次から次へと」

「他の奴がどうかは、俺は知らねえ。だがおそらく、ストライキを止めたいって気持ちは一緒だな」

「ち、やっぱそうかよ」

 ジョナサンは足早に去ろうとする。

「おい、待て待て。待てよ。話くらい聞いて損はねえだろ?」

「話すことは何もねえよ」

 呼び止めるヤマに、去ろうとするジョナサン。

「ふ……俺にもそんな尖った時期があったなぁ」

 ヤマは、なぜかタバコを吸う仕草をしている。

「どうでもいいけどヤマダ、何渋く決めてんのさ? 全然らしくないよね」

「うるせえな、ヤマモト。ちょっと黙ってろ」

「俺を止めたって無駄だぜ。園長に絶対分からせてやるんだ」

 ジョナサンは息巻いている。ヤマはまたジョナサンを見据えて言う。

「ストライキ強行派のおまえさんら、普段もわざわざ全裸になって獣になるんだって?」

「あ? ああ。その方が本物って感じがするからな。誰が言い出したか忘れちまったが」

 ヤマはカバの手をぽふぽふ叩く。

「素晴らしいぜ、そのプロ根性。獣人は獣になると、人間の時に着ていた服は消えちまう。だから本来、全裸になる必要はねえはずだ。その魂は買うぜ」

「ねえ、消えた服ってどこ行っちゃうの?」

 山本が興味深げに質問する。

「あのな、今別にそれはどうでもいいんだよ」

「でも気になるじゃん」

「後で調べろよ。大事な話してんだから」

「……で? ストやめろっていうのか?」

 山本の素っ頓狂な質問に、ジョナサンの方が痺れを切らしてしまった。

「その話だ。あんたらはプロだ。まあ、待遇改善の抗議をするななんて言わねえ。だが客を巻き込むことはねえだろ」

「……」

「子供の夢をぶち壊すようなやり方で、本当にいいのか?」

「夢……」

「そう。夢だ。俺も昔そういう仕事をしていたが、ロマンがなきゃ始まらねえだろ」

「でも動物が人間になるのって、ちょっとふぁんたじっくじゃない?」

「ヤマモトおおおおお! 余計なこと言うなよな! 邪魔すんならあっち行ってろよぉ!」

「動物が人間になったら、喜ぶ子供もいるんじゃない? 変身みたいで」

「しーっ! しーっ! おまえそれ言っちゃダメだろ!」

「背中にチャックがついてるより、よっぽど夢あるし」

「おまええええ! 言うなって、それ!」

「だって問題点って、全裸でしょ? 服着ればいいじゃん」

「だからあ! それじゃあいつらのプロ根性挫くことになっちゃうだろー! 台無しにすんなよ、いちいち! 俺だってたまにはカッコいいこと言いてえんだよ!」

「あは、なーんだ、結局それかぁ」

「いいじゃねえかよぉ! たまにはさあ!!」

 いつの間にか、何やら二人の口げんかが始まってしまった。

(夢だって? それを忘れちまったのは園長の方じゃねえか……)

 ジョナサンは、二人をほったらかして、パンダの檻へ向かって行った。

 山本とヤマは、それに気づかない……



☆★☆★



 ジョナサンはようやくパンダの檻までやってきた。もう陽が昇っている。

「長え通勤時間だったぜ……」

 パンダ舎のドアを開けると、そこには見知らぬ四人の人影が。

「ま、まだいんのかよ……」

 ジョナサンはほとほとうんざりである。

「あー、ごほん。どうも大変な目にあったみたいだなあ。いや、待ってくれ。オレの名前は弥涼 総司(いすず・そうじ)

 その中の一人がジョナサンに声をかけた。

「もう出てってくれ! 関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

 総司は、さすがに怒り心頭のジョナサンをなだめる。

「待てジョナサン。なにも恐れることはない。友達になろう」

「はあ?」

「そう、オレはただ、アンタと友達になりに来たんだ。」

「な、何言ってんだ? お前」

「オレのことは、音石明って呼んでくれてもいい」

 総司はエレキギターを抱えて、意味不明な名前を出した。

「だからジョナサン、いや、これからは気安くジョジョって呼んでいいかい?」

「お、おい、それ大丈夫か?」

 ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が、何かオトナの事情を気にした発言をする。

 総司は構わず、唐突にテンションをあげて言う。

「いいかジョジョッ! 友人として言わせてもらうッ! 君は全裸を観客に見せて、一体何人の子供たちの夢を壊すつもりだッ!」

 ジョナサンは、総司とは逆に、下からねめつけるように言った。

「……貴様は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」

「なにいッ」

「だ、大丈夫かこれ? 怒られないか?」

 ウィルネストはなぜかヒヤヒヤしている。

 ジョナサンは構わず続ける。

「このジョナサンには! 正しいと信じる夢があるッ!」

 ジョナサンは拳を握って胸に当てる。

「それはパンダスターになることだ!」

「パンダスター……だとッ!」

 総司はたじろぐ。

「パンダスター? そんなのあんの? 初めて聞いたよ!」

 ウィルネストは律義にあいの手を入れる。

「観客に夢と喜びを与えるのは当然のことだぜ。だが最高のパフォーマンスをするには、環境を整えるのは当然のことじゃねえか。俺は別に、贅沢がしたいわけじゃねえ」

「……やれやれだぜ、ジョジョ」

「そのセリフ、すっごくやばいと思う!」

 総司はジョナサンの肩に手を置く。

「ジョジョ……がんばれよ」

「納得しちゃった! 説得しろよ!」

「だからって、子供たちの夢を壊すのは間違ってるよね!」

 それまでおとなしく話を聞いていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、突然拳に炎の闘気をまとう。

「お、おい! いきなり戦闘モードかよ!」

 美羽はウィルネストの言葉などお構いなしに、

「安っぽい感情で動いてんじゃあないぞッ! そんなに脱ぎたいなら、園長の前で脱げばいいじゃあないかッ!」

 と総司をはねのけ、ジョナサンを殴りつける。

 ドガッ!

「君がッ!」

 バキッ!

「泣くまでッ!」

 ズガッ!

「殴るのをやめないッ!」

 バキャッ!

「待て待て! やめてあげて! ルナール、ぼーっとしてないで手伝え!」

「は、はいっ! 手伝うでありますっ!」

 ウィルネストはパートナーのルナール・フラーム(るなーる・ふらーむ)を呼びつけて、二人で美羽を羽交い絞めにする。

 ジョナサンは殴られた勢いで壁に叩きつけられ、美羽を睨みつける。

「なッ、なにをするだァー! ゆるさんッ」

「するだぁ? 誤植?」

 ジョナサンは、怒りにまかせていかつい巨体を構える。

 そして、服を脱ぎ始め、あっという間に全裸になってしまった。

「ええっ! ええええ〜〜!」

 ルナールは目を覆う。

「お前ら! いい加減にしやがれええ!」

 ジョナサンは突然、パンダに変身する。

「うおお! ジョジョがパンダに!」

「……か、かわいいな」

 とウィルネスト。人間の時と打って変わって、ずいぶんかわいらしいフォルムだ。

「お前らにストライキの邪魔はさせねえ!」

 人間の時よりパンダの体の方がパワーが上がるのだろうか? ジョナサンは体を構えて、四人を追い出す体制をとる。

「火に油だったかなぁ」

 美羽は少し反省しているらしい。

 ウィルネストがおもむろにルナールに手を掛ける。

「よしルナール、お前も脱げ。で変身しろ」

「へ? 何ででありますか?」

「同じ獣人なんだから一蓮托生だ」

「ちょ、ちょっとウィル殿! 意味が分からないでありますっ! 別に裸になる必要はないでありますっ」

 ウィルネストは、ルナールのパンツを脱がしにかかる。

「ええっ、ちょ、いや! ウィル殿の、鬼い〜〜〜〜っ!!」

 ルナールは、お得意の馬鹿力で、ウィルネストをぶっ飛ばす。

「どわあぁぁ!」

 吹っ飛んだウィルネストの体は、ついでに総司と美羽も吹っ飛ばしてしまった。

「ぎゃああああぁぁぁぁ……」

「ひどいっ、ひどいであります、ウィル殿おぉぉぉ」

 そのままルナールは泣きながら走り去っていく。

 残されたのはジョナサン一人。

「な、何だったんだ、あいつら……」

「何だったんだんでしょうねぇ」

 また一人、別の声がする。

「もういい加減にしてくれよ……」

 ジョナサンはさすがに心が折れそうだ。

「朝っぱらから大変でしたね。でももう大丈夫」

「何?」

 物陰から現れたのは、鳥羽 寛太(とば・かんた)である。

「ストライキに反対する者がいれば、当然協力する者もいる。そうでしょう?」

「お前は……」

「ストライキをお手伝いしに来たんですよ」

 ジョナサンは、突然の味方の登場に、面くらっているようだ。

 寛太は優しい頬笑みを浮かべながら、

(ククク……世の中に夢や希望などないことを子供たちに教えてやろう……)

 寛太は、無駄に腹黒い。。。