校長室
蒼空サッカー
リアクション公開中!
第19章 ハーフタイム――シャンバランvs蕪之進 混濁した意識が、記憶を探った。 ――「ここ」はどこだ? 俺がぶっこわす「ここ」はどこだ? 幽かに残る理性が、記憶の中にその問いの答えを見つけ出す。 ここはパラミタ大陸。ここはその一画のシャンバラ地方。 (シャンバラァァン) ――何? (パラミタの明日を守るため 正義と平和を守るため おれは闘う 今日も明日も おれは おれは パラミタ刑事シャンバラン) 蕪之進は確かに聞いた。 フィールドの(フィールドって何だっけ?)中心で、マイクを持って歌い、手足を振り回している男は、自分のことを「パラミタ刑事シャンバラン」と名乗った。 パラミタ。シャンバラ。俺を呪う、俺が呪うべき世界。 それを名乗る者が、いる! ――貴様から先にぶっこわす! 蕪之進は立ち上ると、その男に向かって歩を進め――やがて、走り出した。 嘘のように体が軽い。力が全身の隅々まで行き渡っている。 ――すごい! すごいぞ! 蕪之進は歓喜の雄叫びを上げた。 今の自分なら、出来ないことはない気がする。 この世を破壊することも、目前の男を倒すことも。 こちらに近づいてくるものの気配に、神代正義は気づいていた。 歌いながら脳裏を探る。実行委員になった時、自分が言った企画はあくまで「歌のショー」であって、立ち回りも含めた「スタントショー」ではなかったはずなのだが。 予定していた歌を全部歌い終えた。本来なら、この後は「よい子のみんな」宛てへのお別れの挨拶をして、そのままフィールドから姿を消す(これが凄く広いんだよなぁ……)事になるのだが―― 「ブッコワス! パラミタァァ! シャンバラァァン!」 ゆる族がひとり、彼の前に立っていた。 不自然に筋肉が発達し、開いた口からヨダレを垂らし、双眸を赤く光らせている、いかにも怪人然とした姿。 しかもフリとかではなくて、本当に精神状態が少し別な所に行ってるっぽいので、放置するのは極めて危険。 警備担当を呼び出す? できるものか、そんな事! ヒーローは逃げない! 逃げないからこそヒーローなのだ! 「出たな、怪人!」 神代正義は身構えた。 「このパラミタ刑事シャンバランがいる限り、お前の好きにはさせないぞ!」 《放送席ゲルデラー博士より実行委員本部テントへ! 応答せよ!》 《こちら本部テント、浅葱。どうぞ》 《そちらより配られたスポーツドリンクで、こちらの実況アナウンサーが泡を吹いて倒れた! 一体どんな飲み物を配ってるんだ!?》 《そんな! 普通に市販されている清涼飲料水と水出し珈琲しかこちらでは用意を……あっ!》 《どうした!?》 《ひとつ……心当たりがある》 《何だ?》 《そちらに飲み物を届けに行ったのは、今から言う者じゃなかったか》 無線機越し、ある人物の特徴が伝えられる。それは、一条アリーセのものだった。 《……その人物だが、どうかしたのか?》 《その人物は、自分で配布用の飲み物を持ち込もうとしたんだ。嫌な予感がして、一度没収したんだけどね……まだ隠し持っていたか》 《そうか……では、警備に頼んで欲しい事がある》 《分かっている。一条アリーセの身柄の確保だね》 《いや、それも重要だが、もっと大事なことがある》 《何?》 《解説実況ができる人材が大至急必要だ。ハーフタイム中に確保して、後半の放送に間に合わせなければいけない!》 《……というわけで、どう考えても警備の仕事じゃないんだけど、喋れて物知りな人間が急遽必要になった。探せるかい?》 《この会場に一体何万人の観客が集まっていると思っているんだ? 大体、体調少し崩しても、ヒールなり何なりの回復系スキル使えば一発で元どおりになるじゃないか》 《体調が回復しても、意識が元に戻るとは限らないよ。それに、そういう回復系スキルが通用しない、なんてケースもあるかも知れない》 《……実況アナウンサーは生きているんだろうな?》 《唯乃さんがいまついている。命に別状はない、っては言ってるらしいけど》 《……できるできないの問題じゃなくて、やらなきゃいけないんだな?》 《うん。すまない》 《別にそっちの責任じゃない。全力は尽くす》 通信が終わってから、神崎優はため息をついた。 レーザーポインターの件も、まだ犯人は見つかっていないのに。 (物知りでお喋りに自身のある人いませんか……って放送かけて募集した方が早いんじゃないのかな) そうも思ったが、希望者が殺到するとその対応が面倒だし、舞台裏のゴタゴタはできるだけ表に出さない方が得策だ。 ……正直言って、今フィールドでやられているヒーローショーの戦闘アトラクションも、一体どこまでが打ち合わせでどこまでが本当のバトルなのか気が気じゃないのだけど。 深呼吸――まずは、物知りなお喋りさんを探し出そう。ハーフタイムももうすぐ終わる。 「俺の知り合いに、博識で会話好きな人間って、誰かいたかな」 《警備、零より優へ、どうぞ》 《こちら優。どうした?》 《北面方向の客席に、それっぽいお客さんがいた気がします。四人組で固まってて、うちひとりが関西弁で色々周りのひとに解説していたような気が……》 ――そう言えば。 観客席を見回っている時に、何かあるたびに色々試合にツッコんでいた人間がいたっけ。 エセくさい関西弁を喋っていたから、話芸は得意だろう。物知りかどうかについては…… 《こちら優、これより現場に向かう。ありがとう!》 「こんなサッカーの試合だ。常識的な知識なんて通用しないさ」 神崎優は、観客席の間の通路を極力早足で抜けていった。 「パラミタァァ! シャンバラァァ!」 そう叫びながら、目前の狂暴化したゆる族は殴ったりつかみ掛かろうとしたりして来る。 いずれも神代正義には十分回避できるものではあったが、彼は迷っていた。 (どこまで本気を出していいんだ?) 単に観客のひとりが悪ノリして乱入(それはある意味嬉しくてありがたい事ではあるが)して来たのだとしたら、手荒な事をしてはまずい。 が、正真正銘の不審者、暴漢の類だとしても、やはり過剰に手荒な事をするのはまずい。ヒーローはカッコよく、鮮やかに敵を倒すものである。暴力でもって相手を叩き伏せるような姿は、観客から引かれる恐れがある。 そして、相手は後者らしい。現在放送席に陣取っている電子兵機 レコルダー(でんしへいき・れこるだー)からの連絡によると、何らかの理由で衰弱していたゆる族が怪しい薬物を摂取し、このような状況になったとか。 かくして、事態の沈静化は神代正義の手に委ねられている。 そして神代正義は戸惑い、ゆる族の攻撃をまずはひたすら回避し、攻撃といえば牽制程度の軽いパンチやキックを当たらないように放つ程度にとどめていた。 と、不意にゆる族の動きが止まった。 振り下ろした腕を止め、突然胸を押さえて呻き始めたのだ。 「……何だ、一体どうした?」 話し掛けても反応はない。唸りながら、やがて体をガクガクと震わせ始めた。 レコルダーから連絡が入った。放送用マイクとは別な回線なので、観客に聞かれる事はない。 《そのまま打ち倒すのでございます》 《いいのか、やっちゃって?》 《どうやらゆる族にキマってた薬物が切れたようでございます。地面に転ばせた後、フィニッシュの爆炎破をすぐ傍の地面に決めて、その後本部テントまで運ぶのでございます》 《運ぶのは誰がやるんだ?》 《もちろんあなたでございます。倒してしまった敵への悲しみを感じながら、抱きかかえて舞台を退場するのでございます。とにかく時間を引っ張れ、との放送席の指示です》 《……分かった》 色々言いたい事があるが、議論をしている時間はない。 動きを止めているゆる族に躍りかかり、足をひっかけて体重を乗せ、地面に仰向きに転ばせた。その横の地面に「爆炎破」を載せた拳を叩き付け、土を吹き飛ばして「必殺技」をアピール。土煙が静まったタイミングで、ゆっくりとゆる族の体を抱え上げた。 放送されているBGMが、突然「G線上のアリア」になった。 《戦いは、いつも空しい》 ナレーションが入った。レコルダーが頑張っている。 《この男も、望んで悪に身を落としたわけではない。運命が、巡り合わせが、自分とこの男を戦わせたのだ。 ああ、一体誰がシャンバランの胸の奥の悲しみを知るだろう。正義のために闘う者、闘わなければならないものの痛みを、一体誰が知るだろう。 シャンバランは祈る。 神よ、救いたまえ。この者の魂を救いたまえ。 抱えた亡骸は、また宿業を背負わせる。 だが、彼は闘い続ける。いくつもの悲しみを背負いながらも、決して進む事を止めないだろう。 正義のために闘い続ける事。それが、だれも悲しむ事のない未来へ続く、たったひとつの道だからだ。 君の背負った悲しみは、僕たちだけが知っている。 闘え、シャンバラン。 この世界が、誰も悲しむ事のない、幸せな世界となるその日まで》 レコルダーの言っていることは正しかった。 神代正義――シャンバランの胸の奥を知る者は、誰もいない。 ――お姫さま抱っこなら、可愛い女の子の方が良かったかもな! ――で、フィールドの外に行くまでに結構時間かかるんだが、BGM、間が保つんだろうな。お客さんが萎えちまうぜ! ――っても、この流れでいきなり走り出したらヘンだよな! ――あ、BGM変わった……って、えーと確か、ベートーベンのピアノ曲だったっけ! ――「悲愴」の第2楽章……ちょっと待て、何か雰囲気違わねえか?! ――あー、お客さんお客さん! 盛り上がってくれるのはいいんですけど、光術使ってスポットライトあてるのは勘弁して下さい! つーか、ピンクって何だよピンクって! ――そこの応援席! 持ち込んだ楽器でBGM一緒に鳴らすのはノリノリっぽくていいんだが、その、甘ったるい雰囲気強調するのもできれば勘弁してもらえませんか! ――そこの女性のお客さん! 眼の色変えてスケッチブックに何か描いてらっしゃるようですが、あの、何を描いてるんでしょう?! ――いや、恐いから追求しないことにします! 大会開催後。 ごくごく一部の領域で、「シャバラン×悪のゆる族」というのがキーワードになって大いに盛り上がる事になるのだが、この時の神代正義も蕪之進も、そんな事を知る由もなかった。 そして、シャンバランの胸に抱えられている蕪之進は、薄れゆく意識の中でひっそりと満足していた。 ――シャンバラン、礼を言う。 ――俺は、お前と闘っている時、確かに運命から解放されていた。 ――そうさ。俺はお前と闘うことで、運命に抗えた。 ――なぁ、シャンバラン。教えてくれ……俺は、強かったか? アリーセが施した薬物が、その効果を失っていく。 それと共に、かろうじて残っていた意識も、闇の中に埋没して行く。 ――蕪之進が再び眼を覚ました時、シャンバランとの戦いも、彼への問いかけも、その脳裏からはきれいさっぱり失われる事になる。 もちろんその事も、この時の蕪之進が知るはずもない。 予定を大分超過してから、ハーフタイムは終わった。 後半開始直前、両チームに審判から通達があった。 「禁止スキル: アボミネーションは危険なスキルと判断し、以後、これの使用を禁じる」