校長室
蒼空サッカー
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第22章 後半――まねかれざるもの 垣間見える突破ライン。 レロシャンとネノノは同時にそれを察知、レロシャンが紅白入り乱れている中から飛び出す。 (止める!) ジュレール・リーヴェンディが「ブラインドナイブス」の呼吸で死角に回り込み、スライディング。が、ネノノはこれを回避、パンダボールと自分を宙に浮かせて蹴り脚に精神を集中。 脚での「ソニックブレード」。シュートではない、これはパス。コースが少し狂ったか。 (レロシャンなら、「遠当て」連打でひとりでも「マルチアクセラ」ができる!) 打ち出されたソニックシュートが、周囲に軽い衝撃波をばらまいた。 (繋げない!) 軌道上に割り込む人影。カレン・クレスティア。前半と同じく、体がバラバラになるような衝撃が、彼女の全身に響き渡る。 ――! 倒れない。今度は耐えられた。打ち出す態勢が不完全だったから? 自覚。まだ意識がある。宙に浮いているパンダボール。このままにはできない、フリーになったボールなんて、白のチームは絶対に見逃さない。 クリアしなきゃ……ダメ、止められる――止められる? (私の……キックを止められる?) まだボールは浮いている。ボールに向けて、カレンの顔に笑み。 (止められる? 試してみようか!?) 白ゴールまでの距離、2000メートル弱。まだ2000メートルもある。違う、たったの2000メートルしかない。もともと最初は、ゴールトゥゴールの3000メートルシュートを狙っていたのだ。 よろけた体。両足を踏ん張って態勢を整える。しっかりと地面を踏みしめて。痛くない、痛くない、自分には「リジェネレイション」がある。 浮いたボール。落下を開始。落着点予測。蹴り脚を引く。「ヒロイックアサルト」で、力の限りボールを蹴り上げた。 (ゴールまで――届けぇぇぇぇっ!) インパクトの瞬間、思いっきり足首のスナップを利かせた。凄まじい縦回転がかかっているから、ドライブシュートになっているはず。 ――数秒後、その表情は驚愕に歪んだ。 頭上を抜けようとするパンダボールには、多くの者が反応した。 「バーストダッシュ」や「軽気功」を使える者は一斉に跳んだが、ボールの軌道はその遙か上を行くものだった。 緋桜遙遠が精神を集中、全気力を振り絞る。 (「奈落の鉄鎖」! ボールよ、落ちろ!) 縦回転を残したまま、パンダボールが不自然な軌道で落下を始めた。が、さらにその軌道が替わる。落ちていたはずのパンダボールに前進する力が付加され、再び白の陣地に向かう。 ――自分以外に、誰かが「奈落の鉄鎖」を使っている! 緋桜遙遠は周囲を見回した。いた。強烈な眼光でボールを睨み付けている紅のプレイヤー。 12番。 (お前か!) 藤原優梨子が視線に気付き、緋桜遙遠の方を見た。 (あなたの好きにはさせません) 彼女は微笑む。 (今度は私の番ですね?) 緋桜遙遠は、彼女の心の声を確かに聞いた。 そして、パンダボールを拾ったのは紅のゼッケンをつけたプレイヤーだった。 21番。飛び入りだ。 ボール一個の主導権死守――白の戦術は、この瞬間崩壊した。 (もーらいっ、と) 騎沙良詩穂は、妙な軌道を描いて落ちてくるボールをキープすると、ゴール前に向けて突撃した。 本当に、目前には遮る者が何もない。ドリブルしていて気持ちいい。 だが、同時に彼女は、彼方のゴール前の状況を観察していた。 紅19番のシュートは止められるが、赤羽美央のクリアは例によって9番によってブロックされる。そして今度は20番にパスされる。 (……オッケー。この次のタイミングで行こうか) 白の鉄壁・赤羽美央の恐るべき防御率。それは、「怪力の籠手」や「パワードレッグ」による能力強化、また、本人の元々の能力もさることながら、「黒檀の砂時計」による所が大きい。 だが、それを持ってしても、一度にふたつのボールを止める事は出来ない。それは前半で明らかになった弱点だ。 地平線の彼方にあったはずの白ゴールは、みるみるうちに大きくなってくる。その視界の中で、20番のシュートが止められた。クリア、ブロック、今度は椎名真に繋げられる。 併走。眼が合う。指でサイン(同時に撃つ。そっちは右、自分は左)。椎名真は頷く。 さらに吶喊。ゴールポストも目前。キーパーの顔、微かに焦慮の気配。 撃った。 キーパーは椎名真の弾道に反応。付き添っていたヴァーナー・ヴォネガットも騎沙良詩穂のシュートコースを読み、体を張って止めようとした。 が、 「きゃああああああっ!」 ボールが帯びていた稲妻が彼女の体を直撃。こぼれたパンダボールは、ネットを揺らした。 (「轟雷閃」シュート、きーまりっ!) 影野陽太の笛が鳴った。 2−1 ついに紅が、勝ち越した。 「和輝! 稔!」 葛葉翔が叫んだ。 「キックオフ対応頼む! 仕切り直しだ、必ず点を取り返す!」 ふたりは頷くと、センターサークルまで駆け戻った。 ゴールから、凄まじい速さで紅の飛び入り選手が駆け戻ってくる。どうやら「バーストダッシュ」を持っているらしい。 その飛び入りが、センターサークルの中心にパンダボールを置いて、手を叩いた。 「はーい、早くゲームを再開しましょ?」 「……とんでもないのが紅に入ってしまいましたね」 安芸宮和輝は呟いた。 「確かに。だが……」 安芸宮稔は、頷きながらも眉をひそめた。 「紅にとっても、これは良かったのだろうか?」 「……と、言いますと?」 「あの飛び入り……このままではおさまらんような気がしましてね」 笛が鳴る。 安芸宮和輝が蹴り出したボールは安芸宮稔が受け、再び和輝に戻る。 そして、紅の陣地に留まっている味方に向かってドリブルを始めた瞬間、 ――! 凄まじく凶暴な視線。飛び入り21番からの視線。「鬼眼」。 わずかに脚が竦み、安芸宮和輝のボールコントロールが乱れた。 「もらいっ!」 紅21番が走り、パンダボールを奪い、 (え?) (何?) 彼女はそのまま紅の陣地に向かって走り出した。 《何と。紅の飛び入り21番、ボールをキープしたまま自陣に向かって突進》 《……あー、詩穂じゃあ仕方ないわ》 《? ご存じなんですか?》 《まぁその……敵にしたくはないけれど、こういう場面じゃ味方にしても油断できない相手ですわ》 騎沙良詩穂の目前に、次々に人影が立ちふさがる。2人。 (ごめん、邪魔) 至近に入ってから、「轟雷閃」のかかったパンダボールを叩き込み、片っ端から撃退していく。 本郷涼介、クレア・ワイズマンが全身に帯電しながらフィールドに転がった 紅のゴールが見えて来た。キーパーと、他にふたり。そのふたりが、こちらに向かって走ってきた。 引きつける。死角が見える。 (ライン、見つけた!) 「轟雷閃」発動。蹴り脚に稲妻が集中。さらに、「ブラインドナイブス」の要領でキック。 帯電したパンダボールは、ふたりの間を突き抜け、ゴールキーパー正面・手前で軌道を落とし、その股下を抜けた。 風森望が笛を鳴らした。 《紅ゴールに、パンダボールが突き刺さる。得点は2−2、再び同点になりました》 《……しっかし、歓声が湧きませんな。当然ですか》 《オウンゴールというのはケースとしてはよくあるでしょうが……ミスキックの類じゃありませんからね、これは》 《しかも、直前に白にシュート決めて、その直後ですからなぁ……選手と観客全員敵に回して、どうするつもりや?》 「……どういうつもりだ?」 椎名真に代わり、ゴールキーパーに立った風森巽は、飛び入りの21番を睨み付けた。 「ん? いやぁ、試合を面白くしたいなぁ、なんてさ」 全く悪びれもせずに、飛び入りは舌を出して微笑んだ。 「貴様……ふざけるな!」 手が伸びて、誰かが飛び入りの襟首をひっつかんだ。白の22番、こちらも飛び入りだ。 「紅で入って、白のゴールを打ち貫いた。口惜しいが、それはまだ分かる。だが、自陣のゴールも打ち貫いて、一体何がしたいんだ!?」 「……すみませーん、審判。これって反則じゃないですかー?」 騎沙良詩穂は、エヴァルトの手を指さしながら風森望に手を振った。 空飛ぶ箒に乗って下降してきた風森望は、胸ポケットからイエローカードを出し、エヴァルトに向けて掲げた。 「紳士的行動から著しく逸脱する行為と見なします」 「紳士的……なら、こいつがやった事は何なんだ!? 自分の意思で両方にゴール決めるヤツなんて、聞いた事がないぞ!?」 「反論は許しません。退場にしますよ?」 「退場? あぁ、構わんさ!」 エヴァルトは騎沙良詩穂を睨み付けた。 「こちとらどうせ飛び入りだ、それならこいつをぶっ飛ばして……!」 「ふぅん? 女の子に暴力振るうんだ?」 騎沙良詩穂が、「鬼眼」でエヴァルトを睨み付けた。拳を振り上げかけたエヴァルトの手が止まる。 「くっ……!」 「あなたにそれができるの? 詩穂ちゃんは別にいいんだけどさ?」 (私の出番ですね!) 彼女は観客席を駆け下りると、本部テントに駆け込んだ。 「あの飛び入りと、反対のチームで参加します!」 武器や防具を外しながら、彼女は浅葱翡翠に言い放つ。 浅葱翡翠は、白チームの23番のゼッケンを渡しながら訊ねた。 「……あなたも実行委員でしたよね?」 「実行委員が参加してはダメだとは聞いてませんが……何より、大会の正常な進行は、実行委員の仕事でしょう?」 (私には分かる――あの飛び入りさんは、私でなければ止められない!) 無線機の奥から、中原鞆絵の声が何か言ってきている。そのスイッチがオフにされた。 ゼッケンを胸に着け、彼女はフィールドを見据え、宣言する。 「リカイン・フェルマータ、蒼空学園、白。出ます!」 リカイン・フェルマータは、フィールドに向かって走り出した。